02

 ストレイライズ大神殿で四英雄フィリアを狙うバルバトスに辛くも勝利したカイルたちは、一路、四人でアイグレッテ港から船に乗ることになった。
 行き先はファンダリア。リアラのまだ会っていない英雄、ウッドロウに会うのだと言う。


「船内ではおのおの自由行動でいいよな?じゃ、そういうことで」


 ロニの一言で暇な時間ができたジューダスは、カイルについてくるなと念を押して一人甲板に出てきた。
 シャルティエと話そうと人気のないところを探す。出港した直後には大勢人のいたデッキも、海に出てしばらくすると空いていた。
 身体にぶわりと潮風が吹きつける。
 懐かしい、あの旅で船で過ごした時間は長かった。
 かつての情景を思い返していると、あたりに人がいないのを見計らったシャルティエが話しかけてくる。


『ずいぶん久しぶりに船に乗った気がしますね』
「僕たちからしたらあれからそう経ってはいないがな。世界はもう18年の時が過ぎている」
『なんたって、あのルーティとスタンの息子がいたんですもんね』
「ああ…カイル、か」


 底抜けに明るくて、人を疑うことを知らないようなあの少年。スタンをそのまま小さくしたような印象だった。
 彼の側にいると、嫌でもあの旅のことを思い出す。
 ジューダスが彼らとともにいることが、エルレインの意図したものかはわからない。だが今しばらくカイルを見守りたいと思うのも確かだった。
 眉間にしわを刻んで険しい顔をしていると、シャルティエが考えていることを察したのか恐る恐る声をかけてきた。


『ねえ、坊っちゃん。邸の地下水路で――女の子と会ったでしょう』
「ああ…僕よりもあの場所に詳しいようだった。何者だろうな」
『彼女に心当たりがあるんです。できるならまた会って、話がしたい』
「シャルの知り合いか?だとしたら、」


 天地戦争時代の人物じゃないか。
 ならば、あの少女もジューダスのように甦らされた存在だというのか?
 ますます疑惑が募る。
 古の人物がヒューゴ邸の仕掛けについて知っているなどと。いや、エルレインはかつてヒューゴがミクトランに操られていたのだと言った。だとしたらそうおかしいことではないのかもしれない。
 けれど。


「そいつの目的はなんなんだ?」
『わかりません。なんで彼女がこんなことに。でも、あの最期を思えば…』


 嘆くような声のシャルティエにかける言葉を、ジューダスは見つけられなかった。
 シャルティエは、リオンが幼い頃からことあるごとに天地戦争時代の話を聞かせてくれた。たまに愚痴のようなものも混じっていたけれど、幼い時分は冒険物語のようにその話を聞いていたものだ。
 だがその話の中に、少女は一度も出てこなかった。
 つまり、そういうことだ。触れられないほどつらい記憶なのだろう。


「わかった、また出会ったら話をしよう。けれど、今は」
『わかってますよ。カイルたちに着いて行くのが最優先ですから、本当に…偶然、会ったらでいいんです』


 ああ、と頷いて、ジューダスは視線を海の方へ投げた。
 こうして甲板にいると、かつて共に旅をした彼らの声が聞こえてくる気さえする。
 ――やめよう、もう彼らとは決別したのだ。今さら何ができるわけでもないし、しようとも思えない。
 澱んだ思考を振り払うように頭を振る。
 潮風の香りで、きっと色々なことを思い出してしまうのだ。中へ入ろう。
 そうして船室への扉を振り返る。途端、視界の端を金色が過った。


「あれは…まさか」
『どうしたんです、坊っちゃん』
「気付かなかったか?シャルの話していたあの女がいたと思ったんだが」
『えっ!?まさか、マナさんがこの船に?いったいどうして!』
「知るか、探すぞ」


 騒ぐシャルティエに念のため黙っておくように言うと、ジューダスは少女を見た気がする方へと急いだ。
 とはいっても、見間違いかもしれない。金色の髪なんてありふれている。
 それでもどこか確信を持ってあの少女だ、と思ったのは何故だろう。


「見失ったか?いないな」
『そうですか…でも、人違いかもしれませんしね』
「まだファンダリアまで時間はある。折を見て探そう」


 比較的大きな定期船とはいえ、限られた空間だ。そのうちばったり会うこともあるだろう。
 そう言い聞かせて、今度こそ船室へと足を向けた。
 と、海の方から何かが水面に打ち付けたような、大きな音が響く。


「なにごとだ?」
「主だぁっ!デビルズ・リーフの主だぁッ!!」


 あたりに怒号が飛び交い、船員が走りまわる。
 とかく船とは怪物に襲われやすいらしい。そんなことを思って少し自嘲気味に口角を上げた。


「おい、こんなところで何をスカしてるんだよ!さっさとカイルたちを探すぞ!」
「わかっている」


 息を切らせたロニが、ジューダスを見つけるやいなやまくし立てる。それに短く答えると走り出した。
 カイルとリアラは一緒にいたようですぐに合流することができた。
 そのままモンスターがいる舳先へ急行する。


「船が止まったのはこいつのせいだな!」


 その怪物は獲物を捕まえようと長い触腕をくねらせていた。
 やっつけてやる!と意気込むカイル。その姿に不安を覚えてまた地下水路の時のように突っ込むなよ、と釘をさす。わかってるって、などと言っていたが本当だろうか。
 モンスターは複数の触手で攻撃をしてくる。手数も多ければ、表皮も硬い。こちらの攻撃もなかなか通らなかった。
 ここは前衛をロニとカイルに任せて、ジューダスも術での攻撃に専念するべきだろうか?
 そんなことを、あの時も考えていた。かつての旅の中、アクアヴェイルのトウケイ領に向かう途中、クラーケンの襲撃にあった。一瞬の迷いが隙を生んで、足を取られたのだ。
 同じ轍は踏まない、とカイルの援護に走る。


「ジューダス!俺が晶術を使うよ!」
「バカっ!前を見ろ、カイル!」


 隣に並んだジューダスに、カイルが声をかける。そしてサッと身を翻したのだが、モンスターに背を向けたのが悪かった。敵の腕はカイルの足をさらった。
 顔から倒れたカイルが慌てて立ち上がろうとするが、その前にモンスターの腕が高く振り上げられる。


「危ないっ!カイルーー!」
「くそっ!」


 リアラの悲鳴が上がり、ロニが攻撃を庇うために立ちはだかる。
 ジューダスも敵の注意を逸らそうと間合いに踏み込む。
 しかし、モンスターの動きは止まらない。
 このままではカイルとロニ諸共攻撃を受けてしまう。
 あの腕を切り落とすことができれば――ジューダスが背に隠したシャルティエを掴んだ、その時。


「あっ、モンスターが!」


 バチバチと宙に稲妻が走り、モンスターは弾かれたように海へと姿を消していた。
 心なしか指先が痺れるような感覚がする。晶力が辺りに残るほどの術を、いったい誰が使ったというのだろう。
 リアラに目線をやれば戸惑いを映した瞳で首を横に振った。


「いったい誰が、」
「でも、やった!これで船も…」


 カイルが歓喜の声をあげようとしたその時、大きな揺れが皆を襲った。下から突き上げるような鈍い振動が響く。
 なにごとか、と様子をうかがっていると、船員が飛び出してきた。


「大変です!船底に、海の主が!!」


 大きな声で告げられたその言葉は波紋を呼んだ。
 つまりこの船には小さくはない穴が開いているということだ。沈むのも時間の問題だ。
 とにかく、怪物がいるという船底へ行ってみる。


「な、なんなの、これ!?」


 リアラが悲鳴のような声をあげたのは無理もない。
 触手だけのモンスターだと思っていた相手は、実は硬い殻に覆われた巨大な本体を持っていたのだ。
 先ほどまで戦っていたのがほんの小手先だとわかって、皆が息をのむ。
 そしてモンスターの巨体が覗く穴は、どう考えても修繕などできないようなものだった。倒しても、倒さなくても船は無事では済まない。
 しかしそんなことは知らないと、怪物は襲いかかってくる。
 

「リアラ、火属性の晶術を使え!僕たち三人で援護する!」
「え、ええ…」
「敵の攻撃を抑えるだけで精一杯だな…くそっ、硬すぎだろ!」


 防戦一方の状況に、やはり、と背のシャルティエに意識をやる。
 ソーディアンが使えれば高位の術も発動できる。何より、身に馴染んだ戦い方ができる。
 今手の中にある細剣とダガーでは命を預けるのにはまだ心許ない。


「お前たち、一度離れろ」
「離れろって…どーするつもりだよ?」
「いいから、どけ!」


 問答無用でカイルたちをモンスターから離れさせ、その間に詠唱をしようと自身も距離をとる。
 リアラたちの使う、現代の一般化された晶術ではない。ソーディアンを使った強力なものだ。
 この術を使えばジューダスへの不信は募るだろうが、背に腹は変えられない。
 土属性の術とはいえ、モンスターの装甲を破ることはできるはずだ。
 意識を集中させ、術を発動する準備をする。
 ――と、瞑目していた瞼に風を感じた。


「フレアトルネード」


 少し離れた場所で発生した術にも関わらず、顔を舐めるような熱が覆った。しかしそんなことに構わずに、聞こえてきた声に勢いよく振り返る。
 あの声は、まさか。


「あっ!君はあの時の!」
「……」
「助かったよ。ありがとう!君、やっぱり強いんだね」
「カイル、知ってる人?」
「おいおい、なんでこんなところにいるんだ?」


 部屋の入り口に立っていたのは、想像していた姿とは違う少女だった。
 あの、ヒューゴ邸の地下水路で会った無口な女。シャルティエが天地戦争時代の人物だと言った、金色の髪の。
 声から予想をしていた姿と違うものを目に入れて、思わず言葉が口を突いて出た。


「お前は、誰だ」


 少女はやはり変わらぬ表情で、ジューダスに目をやることすらしない。無論、返事もない。
 カイルはやだなあ、忘れちゃったの?などと笑っているが、ロニとリアラの表情からは戸惑いや不信といった感情がうかがえた。
 そのまま追求を強めようとしたが、足元が大きく揺れて中断を余儀なくされる。
 倒されたモンスターが塞いでいた穴から、力を失ったその巨体が外れていったのだ。その代わりにと大量の水が船内に流れ込む。


「まずいぞ!もう沈みはじめてる!」
「ど、どうしよう!?えっと、水、水をかき出さないと…」
「バカ!そんなことしてもおっつかねえよ!」


 あたふたとする三人に、とにかく船室に残ってる人間を全員甲板まで連れていくようにと指示をする。
 カイルとロニは走って部屋を出ていった。
 残っているのはあの少女とリアラ。
 少女はジューダスが声をかけようとすると、避けるように背を向けた。
 なんのためにここへきて、助けるようなことをしたのか。問い詰めたかったがそうもいかないようだ。
 焦って立ち止まっているリアラの方へ、代わりとばかりに何故力を使わないのかと訊ねれば、先ほどロニが少女へ向けていたような疑心に満ちた瞳で見返された。
 その視線も二人を呼びに来たカイルの声で逸らされたが、ジューダスはあの少女から意識を戻すことができなかった。
 あの一言だけしか聞いていない、しかし自分が聞き間違えるとも思えない声。あの声をもう一度聞いて、確かめたかった。


 ――だってあれは、確かに姉さんの声だった。


2019.02.27投稿


 
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