16
一面の銀雪が広がる大地に凍てつく風が吹き付ける。
ついにここまで来ることなったか、と短い感傷を終わらせて、
ジューダスは皆に向き直った。
「話しておきたいことがある」
自分がかつてのリオン=マグナスであるということをエルレインに知らされても、彼らはジューダスを仲間だと言い、徒に詮索することをしなかった。
それが信頼の証だと思うと妙にくすぐったいような気もしたし、ありがたくもあった。
けれど、どうしても伝えておかなければならないこともある。
「カリナ=ジルクリストの名を知っているか」
「…ああ。十八年前にヒューゴと一緒になってあの争乱を起こしたやつだろ」
「そうだな…」
「ジューダス、話しにくいなら」
気遣うようにリアラが声をかけたが、それを遮って続ける。
「マナは、おそらくそのカリナと同一人物だ」
「はあ!?マナが!?」
「そうだ。そして彼女はこの天地戦争時代にもいた可能性がある」
「…ちょっと待っておくれ。理解が追いつかないよ」
あまりに唐突な話だったからか、皆混乱している。それもそうだろう、仮定が多過ぎる。
推測に過ぎない曖昧なことを話すのは避けたがったが、万一を考えて説明した。
シャルティエがマナと天地戦争時代に出会っていたこと。そして十八年前に共に過ごしたカリナがマナと同じ存在ではないかということ。
「ハァ、とんでもない話だな…」
「僕自身も100%の確信を得ているわけではない。だが、もしこれが当たっているとしたら」
「この時代には、マナが二人いるってこと?」
「そうだ。僕たちが今まで一緒にいたマナはおそらく天上軍にいるだろう」
「そんな…じゃあ、マナと戦わないといけないの!?」
誰のものか、息を呑む音が聞こえた。
緊張した空気が重くのしかかる。
「…それは、まだわからない。彼女が何を思って行動しているのか僕たちは知らないんだ」
「そう、だね…」
「今頭に置いておくのは、この時代のマナのことだ」
まだ自分たちと出会っていない、天上軍の敗北を知らないマナ。
地上軍を勝たせるために行動するのなら、彼女と出会う可能性は大いにある。
「彼女は僕たちのことを知らない。だから、もし会うことになっても僕たちも彼女のことを知らないふりをしなければいけない」
「そっか、初めて会う人に馴れ馴れしく声をかけられたら怪しまれるよね」
「それだけじゃない。彼女自身や、下手したら僕たちも地上軍に疑われる可能性がある」
シャルティエの話を聞くに、マナは戦争終結間際まで地上軍にいたらしい。その歴史も変えてはいけない。
何が災いとなるかわからない以上、極力彼女とは関わらない、話題に出さないことを決めた。
──だが、ボロが出るのもそう遠くない時かもしれない。
「これは、どういった状況なのでしょうか」
かのハロルド=ベルセリオスに出会い、紆余曲折を経てベルクラント開発チームとアトワイト、クレメンテを救出に向かった先。背後から聞こえた声にドキリとした。
いち早く反応して声を上げようとしていたカイルの口を、ロニが咄嗟に塞いだのは流石と言うべきか。
「…私はどうしたらよいのでしょう。天上軍兵士としてあなた方の逃亡を阻止するべきでしょうか?それとも、お世話になったあなた方に恩返しとしてこのまま見過ごすべきでしょうか?」
首を傾げ、こちらを見つめる姿は確かにマナなのに、その口ぶりや抜け落ちた表情は知っているものよりもより機械的だった。彼女は確かに、今まで共に過ごした人物とは別人だ。
だが外見は同じ。気になるのかチラチラと目線をやるカイルを無言で嗜めた。
「なぁに?あんたたち、やけにあの子のこと気にしてるじゃない?」
あっ、何でかは言わないでね!と付け足したハロルドまでもマナに興味深々だ。
そういえばハロルド博士とマナは競い合う関係だったようなことを聞いている。ならばこれは自分たちが影響を及ぼしてしまったが故のことではなさそうだ、と胸を撫で下ろした。
彼女はベルクラント開発チームと共に、ソーディアン制作に関わるらしい。
地上軍が勝利することを望んでいるわけでもないのにそんなことをして大丈夫なのだろうか?彼女の矛盾は難解だ。
『まあ…彼女にも色々事情があるんですよ』
困ったような声で言うシャルティエは、その詳細を教える気はないようだ。
『それより…未来のマナさんが何かを仕掛けてくるなら、そろそろじゃないですか?』
「ああ、ソーディアンの完成を阻止しに来てもおかしくはない。だがどうやって?」
『どんな方法も考えられますよ。だって彼女は、基地の場所もソーディアンが造られた場所も知ってるんですから』
「…そうだな」
重い空気と共に吐き出した返事は、ほとんど唸り声のようだった。
この時代には彼女だけではない、あのバルバトスもいるはずだ。
マナ、バルバトス、エルレイン。それぞれの思惑で動いている三者を相手にしなければならない。
それがジューダスの頭を痛くしていた。
──ガン、ガン、ガン
途端、押さえたこめかみに、純度の低い金属の嫌な音が響く。半鐘だ。
すわ敵襲かと急いで司令部の近くへ駆ける。
「これは何事だ!」
「敵だよ!基地の場所がバレたみたいなんだ!」
その辺りにいた兵士が青い顔で告げる。
まさか、と言いかけて呑み込んだ。
「変だと思わない?」
「…ハロルド」
「この天才や兄貴たちが、天上軍に見つからないように緻密な計算を重ねて割り出した場所よ?ここがわかるわけない」
突然投げかけられた問いに動揺を隠しながら、ハロルドの言葉の続きを待つ。
「未来から来た奴が、向こうにもいるのね」
ため息とも何とも言えない空気が喉から漏れた。
返答はそれで充分だったようだ。
「まあ、そうよね。あんたたちが地上軍に来たっていうなら、敵が天上軍にいるのも当然のことだわ」
「…どう、するんだ」
「それはあたしだけじゃ決められないけど…とりあえずは様子見でしょうね。攻撃の規模も小さいし」
そう、今回の攻撃には違和感があった。
基地の場所がわかっているなら、全力で潰しに来れば良いのだ。元々戦力差は圧倒的なのだから。
だが襲撃をしてきたのは一個小隊になるかという数の、それも生体兵器のみ。撃退は容易いものだった。
そんな攻撃が何度かあった頃、誰かが言い出した。
「基地への攻撃が始まったのは、ベルクラント開発チームが亡命してきてからじゃないか?もしかして…」
人から人へ投げかけられるうちに、"もしかして"は"おそらく""きっと"になった。
果てはベルクラント開発チームに直接問いただす者までいた。
「お前たちが天上軍を手引きしたんだろう!」
「なんてことをしてくれたんだ、このままじゃ全滅だ!」
中にはそんな根も歯もない噂、と止める者もいた。それでも声が大きいのは非難をする者たちだ。
側から見ていただけだが、開発チームのメンバーも精神的に参ってしまっているようだった。
「お前たちさえ来なければ!」
「これだから天上人は、」
慣れない環境、罵倒の声。限界を迎えるのは仕方のないことだったのかもしれない。
「──下賎な地上の民が…私たちを、愚弄するなっ!」
憤りでいっぱいに言い捨てたのはマナだった。
小さな肩を震わせながら、それでも非難する者たちを手負いの獣のような瞳で睨みつけている。
あわてて開発チームの数人が司令室へ飛んで行った。確かにこの事態を治めるにはリトラーか上層部の人間が必要だろう。
だがその対応も間に合わず、少女は周りの大人たちに取り囲まれた。次々伸びる腕に、抵抗の手段を知らないような振る舞いの彼女は呆気なく捕まえられてしまう。
『そんな…どうしましょう、坊っちゃん!?』
一応は軍の基地内だからか、少女に直接手をあげるものはいない。
しかし、両腕を拘束された彼女は牢へと引き摺られて行った。
「僕たちにできることはない…上層部がどう判断を下すかだな」
『でもっ、これは歴史にはないことなんですよ!きっとこれは未来のマナさんの策略だ!』
中途半端に地上軍の拠点を攻撃し、不安を煽る。それが目的なら、確かに上手くいったのだろう。
──だが、何のために?
ベルクラント開発チームの立場を悪くして、ソーディアンを完成させないようにしたのか?それでもハロルドという存在がいるのだから計画は頓挫したりしないだろう。
ならば、何が目的だというのか。
答えを探すように上空を睨みつけてみても、そこにはただ分厚い雪雲がひしめいているだけだった。
2023.11.26 投稿
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