17
マナが拘束されてから数日経つ。
好転することのない状況に、
ナナリーは思わず大きなため息を吐いた。
「タイミングが最悪だったわね」
と言ったのはハロルドだ。
ソーディアン開発も終盤。最終決戦に向けたこの状況では、とても一人の虜囚の処遇などに時間を割くことはできないらしい。
下手をしたら終戦後までこのままだという。
「たかだか子どもが根も葉もない噂に反論しただけだろう、なんだって牢屋に入れられなきゃならないんだい!?」
「その反論が天上軍を擁護するような発言だったのが問題だったんだ。気の立った地上人たちの間に置いておくよりは、まだ本人の安全も確保できるということだろう」
「マナのためでもあるってこと?」
カイルの質問に、誰も"そうだ"とは答えなかった。
結果的にそうなっただけで、最初からマナを保護するためではなかったからだろう。
それに、何より囚われている本人はきっと自分のためだとは思っていない。
「昨日、あの子の食事を運ぶのに着いて行ったんだけどね」
「…ナナリー、あまり関わるなと」
苦言を呈したシューダスをキッと睨みつける。
"この時代のマナには極力接触しない"──彼が提案したことは多分正しいけれど、こんな状況で守れるほど無情にはなれない。
「あんたは実際に今のあの子に会ってないから、そんなことが言えるんだよ」
きっかけは、ナナリーが手伝っている食堂で聞いた話だった。
そこを仕切っている面倒見の良さそうな女性が、マナのことを心配していた。
なんでもマナが地上軍に来てすぐの頃、ハロルドと一緒に食堂へ来たそうだ。その後も度々顔を合わせては世話を焼いていたらしい。まるで娘ができたようで可愛がっていた、と。
そんな少女が突然拘束された上に投獄されたというのだから、いても立ってもいられずに、食事を運ぶ係を買って出たらしい。
けれどマナの態度はすっかり様変わりしてしまっていた。
悲しいやら情けないやらで頭を抱えていたその女性に、心配になったナナリーが様子を見たいと頼み込んだのだ。
「私は地上人からの施しなど受けない!あっちへ行って!」
前日に出された食事のトレーも手付かずに、牢の隅でうずくまる少女が開口一番に発したのはそんな言葉だった。
顔を上げることもなく、全てを拒絶するかのように耳を塞いでいる。
ナナリーは小さな子の癇癪だとかには慣れっこだったが、この尋常ではない様子に軽々と声をかけることもできなかった。
あれはそう単純なものではない。差別に晒されたものの反発だ。
自分だって、カルバレイスの外からやってきた人間から向けられた目に、少なからず苛立ちや憤りを感じたことがある。
どうして自分を何も知らないような者から非難をされなければいけないのか?自分の育った地、まわりの人々を一方的な決めつけによって悪く言われなければいけないのか?
苦しいのに、きっと自分が何を言っても外の人の気持ちなんて変えられない、という悲しさとやるせなさ。無力感。マナもそういったものに苛まれているのだろう。
「牢になんか入れられちゃ、なおさらだよ。今のあの子にとっちゃここの人たちはみんな"
地上人"でしかないんだ」
相手が"天上人"とマナを呼んだから、マナも"天上人"として"地上人"を否定したのだろう。わけもわからないまま。
なんとかして彼女を牢から出して、落ち着かせられたら。彼女を心配していた人もいるのだと、誰もが敵意を向けているのではないのだということを知らせたかった。
そうすれば今の疑心も、恐怖も少しは薄れるのではないかと思ったのだが。
「ハロルドの言う通り、タイミングが悪かったな。もう彼女をどうこうできるような時間的猶予はない」
「そんな!」
「じきにソーディアンも完成する。決戦へ動き始めれば僕たちに解決の手立てはないだろう」
ジューダスは仮面越しに目元をおさえた。丸めた背中に力がこもっている。
「──それに、天上軍には既に未来のマナがいる。同一人物が鉢合わせた場合に何が起きるか…」
「確かに、俺たちは未来の自分に会ったことはなかったね」
「そういや考えたこともなかったな」
そう考えると、この時代のマナは牢にいたままの方がいいのかもしれない。
言い聞かせるようなジューダスの言葉に皆はまた口を噤んだ。
確かに、自分たちが動くことで逆に彼女を危険に晒す可能性はある。
「けどねぇ。だからってあの子を檻の中に放っておけだなんて、そんなことできるわけないよ」
ナナリーにとって、マナは小さな子どもの印象だった。
喧嘩をした後にいたたまれなくなっているようにさえ見えた、頼りない小さな肩で、どれだけのものを背負っていたのだろう。
カルバレイスの者なら信じる、と言っていたのは、ひょっとしたらあの子なりの甘えだったのかもしれない。天上人として生きてきた彼女の。
天上人の末裔だというカルバレイス人だから、ホープタウンの人々には好意的だったのだろうか。トラッシュマウンテンでゴミ山に愚痴を漏らしたロニとナナリーを見ていたのは、何を言いたかったのだろう。
──マナが口にしなかった言葉に気付いてあげられていたら、何か変わっていたのだろうか。
後悔したって何も変わらないけれど。もっといいやり方があったのではないかという思考がまとわりつく。ルーの時みたいに。
「せめて、今近くにいるあの子をどうにか助けてやりたいよ。そうしたら、もしかしたらあたしたちと旅をしてきたマナの気持ちだって、少しは救われるかもしれないだろ?」
自己満足だと言われようと、自分のできる精一杯をやる。
それがナナリーにとっての最善だ。
仲間なのだから、苦しい時には助けになってやりたい。それがきっと、思いがけない縁でも結びついたことの意味なのだろう。
2023.11.26 投稿
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