18

 ハロルドはその日、とても不機嫌だった。
 ソーディアンも完成間近、色々と大詰めで多忙極まるタイミングだというのに、あろうことか地上軍基地の牢が襲撃されたのだ。
 襲撃といっても、以前のような数機の生体兵器が現れただけで、たいした被害はなかった。問題なのは今その牢で拘束されていたのが、天上人だったことだ。
 それも、一応はハロルドの下にいたことのある人物だったのだから、こうして上層部の会議に呼び出されるのも不思議のないことだった。


「あの娘が天上軍のスパイでないという保証はあるのか!?」


 誰かが不安にかられてそう訴えた。
 ベルクラント開発チームと一緒に、というか成り行きで地上軍に来たマナのことを不安視する声はもちろん当初からあったのだ。けれどそれとなく監視はされていたし、怪しい行動はないということで落ち着いたはずだった。けれど、この状況で凡人たちから不信の意見が出るのは仕方のないことかもしれない。
 わざわざ天上軍が地上軍基地を襲ってまで取り戻そうとしたのだとしたら、一体彼女は何者だというのだろう?と。
 まだ年端もいかぬ少女だというのに、開発チームと共にいたことから、余程の功績がある人物なのかという推測もあった。だが本人いわく「上部のことには関わっていない」「良い結果が出せなかった」「上層部からの覚えも良くなかった」らしい。
 だったら、どうして?と。


「私のことなんて、連れ戻そうとするはずがない」


 マナは重い声音でそう呟いた。
 事情聴取、という体で、ハロルドや開発チーム、ソーディアンチームの面々、リトラーを始めとする幹部たちが集められた席でのことだ。
 彼女は状況に構わず、頭を抱えて自問自答していた。


「どうしよう…どうしたらいいの…」


 襲撃に誰よりも動揺しているのはマナ本人のようだった。
 こんな様子で、スパイだとか演技だとか疑えるはずもないほど──そう、何かを恐れている。
 そんな彼女に気持ちを削がれながらも、軍人たちは軽い尋問のようなことを始めた。


「君は、天上軍ではどのような立場だったんだ?」
「……」
「天上軍が襲ってきたことに心当たりは?」
「………」


 だんまりを決め込んで俯く少女の様子から聞き出せることはなさそうだと、矛先はベルクラント開発チームに向けられた。
 彼らはマナと親しいようだった。ダイクロフトへ救出しに行った時も、彼女についてくるようにと言ったのだから。


「マナのためにも、この子のことを明かすことはできないのです」


 察してくれとばかりにラディッツはそう言った。
 それはもはや答えを半分くらい言っているようなものなのに。
 ただまあ、もう半分についてわかるのはこの中ではハロルドくらいだろう。それを明け透けに発言するのはちょっと憚られた。
 少しくらい、あのぼんやりとした子に愛着だってわいてはいるのだから。


「あまり長々と取り調べをするのは、賛成できません。あの子の負担になってしまうわ」
「だが、もう悠長なことを言っている余裕はないのだぞ」
「もしも彼女が天上に情報を流していたのだとしたらなおさらだ」


 またしても恐れる誰かが勝手なことを言っている。
 アトワイトなどが本人に聞こえてしまうのを心配して止めようとしているけれど、抑えきれないようだ。
 まったく、状況も正確に把握できない奴らがただ不安を叫んだところで、何かが解決するなんてことありはしないのに。


「そもそも、何故このような者をいつまでも軍に置いておくのですか!さっさと追放するなり処刑するなりしてしまえば──
「よさないか!」


 ついにリトラーの怒号が飛んだ。
 チラ、とマナをうかがえば、落ち着かせようとアトワイトが背を撫でている。
 彼女の顔は蒼白で、拒絶も忘れてしまったようだ。


「処刑…」
「大丈夫よ、あなたが悪事を働いた証拠なんて何もないわ」
「殺される…?」
「マナ、落ち着いて」
「あの方は…、私、もう…いらないの?」


 開発チームの面々も加わり、声をかけるが、彼女には何も聞こえていないようだった。
 なるほど、そういうことかとハロルドは一人納得顔をしていた。


「リトラー総司令!そろそろソーディアンの開発に戻らないと、作戦に遅延が発生してしまいます!」
「ハロルド、何を…」
「そうか、わかった。一旦解散にしよう」


 少しわざとらしい気もしたが、作戦を盾にしてこの尋問を終わらせてしまう言葉を投げた。リトラーも意図を汲んで乗ってくれたからいいだろう。
 精神的に余裕のない捕囚を更に追い詰めても、自白を得られるかなんて五分五分だ。下手したら自害だってされかねないのに。
 とっとと分別のない奴らを追い出して、マナはアトワイトに任せた。こういうケアは彼女が一番得意だ。


「困ったわ、かなり思い詰めているみたい」


 別の牢へと移動させられたマナの付き添いから戻ってきたアトワイトは、深刻そうに発言した。


「あの子、先だっての襲撃は自分を狙ってのものだと思っているみたいなの」
「彼女を狙って?えっと、天上軍が彼女を取り戻すためってことですよね」
「いいえ、」


 ハア、と重い溜め息が響く。


「天上軍が、彼女を消すためにやったと思ってるのよ」


 情報の漏洩を防ぐため、とでも言うのだろうか。そんなことをしても──というか、そんなことをした方が天上軍にとっては損失になりそうなものだけれど。
 もしくは、そんなことを気に掛けないくらいにあの子には価値がないと思っているのだろうか。
 ハロルドなんて、何度あの少女を解剖したいと思ったかわからないのに。


「短絡的かつ偏向的な思考だわね。あんまり現実的な分析だとは言えないわ」
「誰もが常に冷静でいられるとは限らないんだよ、ハロルド」
「そうですよ。あんな軍人でもない子どもじゃ、なおさら…」


 ソーディアンチームの面々は、幼げな少女の似つかわしくない思考を痛ましく思っているようだった。
 接した時間はハロルドたちよりはわずかでも、感じるところはあったのだろうか。皆、軍人ではあるが元々は他人に心を砕くような善良な人たちなのだ。
 善良かどうかは不特定多数の主観に寄るものだとは思うが、当のハロルドもマナの行く末を8%くらい心配してはいる(あとの60%はソーディアン開発、32%はその他のリソースに割かれている)。
 そんな気分にさせるのは、本人との接触だけではなく、外的要因──カイルたちのあからさまな態度があるからだ。


「ねえ、今日もマナは牢屋に入れられたままなの?」


 この時代の人間について、後の時代の人間が訪ねてくる。
 その行動が語ることについて、彼らはわかっているのだろうか?特にカイルなんかはわかっていない気がする。
 彼らが過去の人間の名前を出す時点で、それは少なくとも"歴史に名を残した人物"か"彼らが個人的な理由で知った人物"の可能性があるのだ。
 前者は今のところあまり考えられない。だが、後者については、ジューダスが持つソーディアン・シャルティエから聞いた可能性が考えられる。
 もしくは、あのバルバトスのようにこの時代で死んだ後に未来に甦らされたか。また、もしくは──、


「そう聞いてくるってことは、マナが拘束されているのはあんたたちの歴史じゃなかったことなのね」
「お、俺は知らないよ!」
「どうせジューダスのやつがシャルティエから聞いたんでしょ。いつからあいつはそんなお節介をするようになったのかしら」


 後ろ向きでそのくせに無駄に自信家の顔を思い浮かべる。今度データ採取のために研究所に縛り付けてやろうかしら。


「あのね、あんたたちが何を知ってるかなんてどうでもいいけど、私の邪魔はしないでよね」
「でも、ハロルド…」
「歴史なんて後世の人間には100%正確には伝わりっこないのよ。あんたたちの知ってる通りに進まないからって正解じゃないってわけじゃないの」


 カイルは首を傾げている。わかりにくかっただろうか。
 だから最大限噛み砕いて伝えてやった。


「私や兄貴たちがいる限り、地上軍に負けはありえないの。わかったら黙って、私たちの作る歴史を見てなさいよ」




2023.11.26 投稿


 
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