21
天地戦争は、地上軍の勝利で終わった。
歴史通り、ミクトランは倒された。カーレルという犠牲を出して。
彼の王が討たれた瞬間、執念からか意識を取り戻したマナは、三度目の天上軍の敗北を目にしたのだ。
声もなく落涙する彼女は、もう自分で歩くような気力も失い、
ジューダスの背で項垂れている。
その重みが、まるで死体でも担いでいるような心地になって、ひどく悲しかった。
そんな彼女の目に再び意志が宿ったのは、先の騒乱の時代に移動し、神の眼の前に伏したミクトランの姿を見た時だった。
「ぁ…ああ…また…」
「、姉さん」
「何度、繰り返せばいいの…この光景を、何度…」
ジューダスを振り切って、一直線に亡骸へと足を引き摺る。
かつての千年前、先の騒乱、時間移動をした千年前、そして今。四度目の天上の終わりだ。
何度も繰り返す絶望は、どれほど彼女を傷付け続けたのだろう。
彼女はやり直したかったのだ。すべてを無かったことにしたかった。
きっとそれが彼女の生きる理由だったのだろう。
「地上軍!私から何もかも…故郷も、仲間も、家族も奪ったお前たちが、憎い…っ!どうしてなの、何故お前たちが正義なの?何故私たちは世界から拒まれるの?」
彼女は天上王の骸を抱きしめて、喚いた。
これほど感情を露わにしたのを見たのは、これで何度目だろう。
翠の眼が、怒りに細められている。
『…家族、そうか…君はやはり』
ディムロスだけが言葉に漏らしたが、沈黙の中で誰もが確信していた。
マナは、その表情は、横たわる男のそれととてもよく似ていた。髪の色も、瞳の色も、造作も、何もかも。
「そう、私は!父様の、ミクトラン様の、娘…っ!」
ああ、だからなのだろうか。あれほどの晶術を使えたのも、ダイクロフトへの道を開けられたのも。
今まであの男に従っていたのも、すべて。
「だから、私は!天上を取り戻さないといけないの!もう私の間違いのせいで、民たちに天上を失わせてはいけないの!」
『間違い?』
『天上軍の敗北が、君のせいだと?』
「あの時、私がお前たちに、地上人たちになど情を抱かなければ。いや、地上に降りるラディッツ殿たちを止めていれば…ソーディアンの開発を見過ごさなければ、ラディスロウを動かさせなければ!天上に…あの方に敗北などなかった!」
仮定の話をいくら重ねても、本当に天上軍が勝利していたのかなど、わかりようがない。それこそエルレインのように歴史を変えなければ。
だが、それは同時に、仮定の先に天上軍の勝利がないとも言いきれないということだ。地上軍の勝利だって、様々な偶然や幸運が重なってもたらされたものなのだろう。
歴史とはそういうものだ。小さな事象が重なって、大きな流れになってゆく。
「あんた一人がどうこうしたって、状況なんてそんなに変わらないわよ」
「…っ、そんなこと」
「天才の私だけじゃなく、兄貴やリトラー司令やディムロスたち、それにあんたもよく知ってる開発チームのやつらも、皆が力を尽くして掴み取った勝利なのよ!たった一人で覆せる可能性なんて掴み取れっこないでしょ。もちろん、ミクトラン一人にもね」
ハロルドの言葉に言い返そうとして、けれど口篭ったマナは何も言い返せずに拳を握りしめた。
沈黙の中で、胸が引きつれるような彼女のすすり泣く音だけが響く。
ここまで彼女を追い詰め、縛り付けたのは。自責の念を植え付けるには。どれだけ酷な言葉を与えられ続けたのだろう。
あの日々の中、それに気付けば何かが変わったのだろうか。
永遠に思えるような時が、酷くゆっくりと流れてゆく。
そんな中沈黙に耐えかねたのか、カイルが口を開いた途端、足元を揺れが襲った。
「な、なんだ!?」
『ダイクロフトが降下しているんだ!我々の力で外殻を破壊したいのだが…』
「ソーディアンを刺したら神の眼の力で、外殻は壊れるんじゃないのかい!?」
「なんにも起きねえじゃねえか!どうなってるんだ、ハロルド?」
「神の眼のエネルギーがソーディアンの力をわずかに上まわっている…だから、神の眼を制御できないんだわ。あとひと押しなんだけど…」
ソーディアンが4本犠牲になっても、神の眼には及ばないというのか。
スタンたちが世界を救った歴史に入りかけたヒビが憤ろしい。これも何かの歴史改変か?何が原因だというんだ?
息を飲み込んだ瞬間、こちらを向くハロルドに気が付いた。
──ああ、そうか。
ソーディアンマスターとして、やるべきことがまだあったのか。
「騒ぐな、見苦しいぞ、カイル」
見るからに焦っている様子のカイルに言い放つ。
彼はポカンとして振り返った。
「ジューダス…?」
「だまって見ていろ」
背からシャルティエを解き放つ。
馴染んだ感覚で、馴染んだ刃の音が聞こえた。
『やあ、待たせたね、みんな。遅くなって申し訳ない』
気まずさを隠すためか、ちょっとおどけた様子で言ったシャルティエに、他のソーディアンたちは口々に驚きの声を上げる。
これでソーディアンは5本。
きっと神の眼だって破壊できる。
覚悟を決めて、シャルティエを握りしめた途端、先ほど姿を消したバルバトスが姿を現した。
「英雄ごっこは終わりだ!貴様らはここで死ぬ、この俺と共にな!」
「バ、バルバトス…!」
「おやおや、これは天上王とその姫君ではないか。随分と落ちぶれたものだな」
バルバトスは地に臥すミクトランとマナに目を留めると、おもむろに少女の首を鷲掴んだ。
「さて、せっかくだ。この俺が利用してやろう」
「マナッ!」
『この期に及んで人質をとって戦おうとは、どこまでも見下げた奴じゃ』
「手も足も出ない連中に何を言われようと、片腹痛いわ!ハーハッハッハ!──ヌッ!?」
驚きの声とともにバルバトスが跳び退く。
彼がいた場所に光線が降り注いだ。
「薄汚い地上人が…私たちを侮辱することは、許さない」
雷が、風が、炎が。追撃を重ねる。
「私に手を出したこと、後悔するがいい!」
「やめなさい、マナ!もうあんたの身体が保たない!」
立ち上がることもできず、肩で息をしながらも晶術を止めないマナに、ハロルドが悲鳴を上げるかのように叫んだ。
数を重ねるごとに確実に弱まる術は、消える前の最後の足掻きのようだ。
「どうした、その程度か!?」
「…くっ、── 天光満つる処に我はあり」
「マナッ!!」
晶力が練り上げられ、マナの元に集う。神の眼がバチバチと一際眩い光を放つ。
彼女の詠唱で、明らかに場の空気が変わった。
強力な晶術が放たれようとしている。
それが発動した結果がどうなるのか。頭をよぎった瞬間、走り出していた。
「お前の相手は僕だ、バルバトス!」
間に割って入ったジューダスを認めて、晶術の詠唱が止んだ。
背に刺さる視線を気にしながらも、刃はバルバトスに向ける。
「この世界はスタンたちによって救われなければならない。それを邪魔するヤツは…この僕が許さない!」
手の中にあるのはシャルティエだ。
いつもよりも身体が軽く感じる。
おそらく最後になるであろう二人での戦闘に、少しだけ深呼吸をして、一気に踏み込んだ。
2023.11.26 投稿
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