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 天地戦争は、地上軍の勝利で終わった。
 歴史通り、ミクトランは倒された。カーレルという犠牲を出して。

 彼の王が討たれた瞬間、執念からか意識を取り戻したマナは、三度目の天上軍の敗北を目にしたのだ。
 声もなく落涙する彼女は、もう自分で歩くような気力も失い、ジューダスの背で項垂れている。
 その重みが、まるで死体でも担いでいるような心地になって、ひどく悲しかった。

 そんな彼女の目に再び意志が宿ったのは、先の騒乱の時代に移動し、神の眼の前に伏したミクトランの姿を見た時だった。


「ぁ…ああ…また…」
「、姉さん」
「何度、繰り返せばいいの…この光景を、何度…」


 ジューダスを振り切って、一直線に亡骸へと足を引き摺る。
 かつての千年前、先の騒乱、時間移動をした千年前、そして今。四度目の天上の終わりだ。
 何度も繰り返す絶望は、どれほど彼女を傷付け続けたのだろう。
 彼女はやり直したかったのだ。すべてを無かったことにしたかった。
 きっとそれが彼女の生きる理由だったのだろう。


「地上軍!私から何もかも…故郷も、仲間も、家族も奪ったお前たちが、憎い…っ!どうしてなの、何故お前たちが正義なの?何故私たちは世界から拒まれるの?」


 彼女は天上王の骸を抱きしめて、喚いた。
 これほど感情を露わにしたのを見たのは、これで何度目だろう。
 翠の眼が、怒りに細められている。


『…家族、そうか…君はやはり』


 ディムロスだけが言葉に漏らしたが、沈黙の中で誰もが確信していた。
 マナは、その表情は、横たわる男のそれととてもよく似ていた。髪の色も、瞳の色も、造作も、何もかも。


「そう、私は!父様の、ミクトラン様の、娘…っ!」


 ああ、だからなのだろうか。あれほどの晶術を使えたのも、ダイクロフトへの道を開けられたのも。
 今まであの男に従っていたのも、すべて。


「だから、私は!天上を取り戻さないといけないの!もう私の間違いのせいで、民たちに天上を失わせてはいけないの!」
『間違い?』
『天上軍の敗北が、君のせいだと?』
「あの時、私がお前たちに、地上人たちになど情を抱かなければ。いや、地上に降りるラディッツ殿たちを止めていれば…ソーディアンの開発を見過ごさなければ、ラディスロウを動かさせなければ!天上に…あの方に敗北などなかった!」


 仮定の話をいくら重ねても、本当に天上軍が勝利していたのかなど、わかりようがない。それこそエルレインのように歴史を変えなければ。
 だが、それは同時に、仮定の先に天上軍の勝利がないとも言いきれないということだ。地上軍の勝利だって、様々な偶然や幸運が重なってもたらされたものなのだろう。
 歴史とはそういうものだ。小さな事象が重なって、大きな流れになってゆく。


「あんた一人がどうこうしたって、状況なんてそんなに変わらないわよ」
「…っ、そんなこと」
「天才の私だけじゃなく、兄貴やリトラー司令やディムロスたち、それにあんたもよく知ってる開発チームのやつらも、皆が力を尽くして掴み取った勝利なのよ!たった一人で覆せる可能性なんて掴み取れっこないでしょ。もちろん、ミクトラン一人にもね」


 ハロルドの言葉に言い返そうとして、けれど口篭ったマナは何も言い返せずに拳を握りしめた。
 沈黙の中で、胸が引きつれるような彼女のすすり泣く音だけが響く。
 ここまで彼女を追い詰め、縛り付けたのは。自責の念を植え付けるには。どれだけ酷な言葉を与えられ続けたのだろう。
 あの日々の中、それに気付けば何かが変わったのだろうか。
 永遠に思えるような時が、酷くゆっくりと流れてゆく。
 そんな中沈黙に耐えかねたのか、カイルが口を開いた途端、足元を揺れが襲った。


「な、なんだ!?」
『ダイクロフトが降下しているんだ!我々の力で外殻を破壊したいのだが…』
「ソーディアンを刺したら神の眼の力で、外殻は壊れるんじゃないのかい!?」
「なんにも起きねえじゃねえか!どうなってるんだ、ハロルド?」
「神の眼のエネルギーがソーディアンの力をわずかに上まわっている…だから、神の眼を制御できないんだわ。あとひと押しなんだけど…」


 ソーディアンが4本犠牲になっても、神の眼には及ばないというのか。
 スタンたちが世界を救った歴史に入りかけたヒビが憤ろしい。これも何かの歴史改変か?何が原因だというんだ?
 息を飲み込んだ瞬間、こちらを向くハロルドに気が付いた。
 ──ああ、そうか。
 ソーディアンマスターとして、やるべきことがまだあったのか。


「騒ぐな、見苦しいぞ、カイル」


 見るからに焦っている様子のカイルに言い放つ。
 彼はポカンとして振り返った。


「ジューダス…?」
「だまって見ていろ」


 背からシャルティエを解き放つ。
 馴染んだ感覚で、馴染んだ刃の音が聞こえた。


『やあ、待たせたね、みんな。遅くなって申し訳ない』


 気まずさを隠すためか、ちょっとおどけた様子で言ったシャルティエに、他のソーディアンたちは口々に驚きの声を上げる。
 これでソーディアンは5本。
 きっと神の眼だって破壊できる。
 覚悟を決めて、シャルティエを握りしめた途端、先ほど姿を消したバルバトスが姿を現した。


「英雄ごっこは終わりだ!貴様らはここで死ぬ、この俺と共にな!」
「バ、バルバトス…!」
「おやおや、これは天上王とその姫君ではないか。随分と落ちぶれたものだな」


 バルバトスは地に臥すミクトランとマナに目を留めると、おもむろに少女の首を鷲掴んだ。


「さて、せっかくだ。この俺が利用してやろう」
「マナッ!」
『この期に及んで人質をとって戦おうとは、どこまでも見下げた奴じゃ』
「手も足も出ない連中に何を言われようと、片腹痛いわ!ハーハッハッハ!──ヌッ!?」


 驚きの声とともにバルバトスが跳び退く。
 彼がいた場所に光線が降り注いだ。


「薄汚い地上人が…私たちを侮辱することは、許さない」


 雷が、風が、炎が。追撃を重ねる。


「私に手を出したこと、後悔するがいい!」
「やめなさい、マナ!もうあんたの身体が保たない!」


 立ち上がることもできず、肩で息をしながらも晶術を止めないマナに、ハロルドが悲鳴を上げるかのように叫んだ。
 数を重ねるごとに確実に弱まる術は、消える前の最後の足掻きのようだ。


「どうした、その程度か!?」
「…くっ、── 天光満つる処に我はあり」
「マナッ!!」


 晶力が練り上げられ、マナの元に集う。神の眼がバチバチと一際眩い光を放つ。
 彼女の詠唱で、明らかに場の空気が変わった。
 強力な晶術が放たれようとしている。
 それが発動した結果がどうなるのか。頭をよぎった瞬間、走り出していた。


「お前の相手は僕だ、バルバトス!」


 間に割って入ったジューダスを認めて、晶術の詠唱が止んだ。
 背に刺さる視線を気にしながらも、刃はバルバトスに向ける。


「この世界はスタンたちによって救われなければならない。それを邪魔するヤツは…この僕が許さない!」


 手の中にあるのはシャルティエだ。
 いつもよりも身体が軽く感じる。
 おそらく最後になるであろう二人での戦闘に、少しだけ深呼吸をして、一気に踏み込んだ。



2023.11.26 投稿


 
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