ずっと一緒にいることは前提らしい
ありていに言えば、エイダはレオナが一人でなんとかするタイプだと知っている。
何をするにしたって要領の良い人なのだ。べつにラギーが世話を焼かなくたって食事も、衣服も、授業を受けるにも滞りないと知っている。
なぜなら王宮ではグレてからのレオナに召使いたちが近寄るのを怖がったので。切ない事情だがそういうわけなのでエイダはレオナに生活力があることを実際に目の当たりにしていた。
やればできるひと、だと知っている。
ただしやる気はミリもない。境遇を思えば無理もないとエイダは思っているので特にああしろこうしろだの言わないし、かといって積極的に世話を焼くでもない。だってラギーがやってくれるし。
そういうわけなので、レオナはじめ、オーバーブロット経験者が襲撃を受けて誘拐されたと聞いたとき、エイダは(まあなんとかなるんじゃないかなぁ……)と思った。誘拐されたのは寮長ばかりだったし、ついでに学園長も連行されたそうだし。
倒壊したオンボロ寮、みごとに焼け野原になった馬場などなど被害総額はあまり考えたくない有様のなか、レオナは大人しく従ったらしくさして荒れた様子もない。
大慌てでエイダを呼びに来たラギーへ「そうなの」とうなずき、エイダはめんどうだなと眉間に皺を寄せた。
なにしろレオナは後のことをエイダに頼んだそうだ。ラギーに任せてもよくない? というか、ラギーに任せる流れじゃない? とエイダは思ったが、立場が立場なので仕方あるまい。
「なんっでそんな冷静なんスか! レオナさんがもう戻らないかもしれないんスよ!?」
「うーん。戻ってくると思うけれど……」
襲撃されたオンボロ寮のほうは派手に交戦したらしく、怪我をしたハーツラビュルの一年生は医務室にいるという。駆け込んできたラギーに「とにかく来てください!」と連れられた学園長室で色々と聞かされて事態の深刻さを見て――しかしエイダはあまり悲観していなかった。
オーバーブロットはした。いまは無事にもとの生活に戻っている。
まあ、たぶん、大丈夫でしょう。
エイダは有事に際して、あまり悲観的にものを考えないほうだ。
「どうするんスかあ!」
「どうもこうも、いつも通りでしょう。レオナさんが寮生を纏めること、あまりないし」
やることがおおざっぱだと叱りの言葉が飛ぶが、エイダにはあまり影響がないので気にしないし。獅子の威を借りて群れの長ぶるのもちょっと。
まあ、てきとうに。レオナさんがいなくて緩むことがあれば戻って来たときにあの人が締め上げるでしょ、たぶん。
「……ホントに婚約関係なんスよね?」
どうなってんだこの人ら、とは何度も思っていることだったが、今回ばかりは流石に情がなさすぎるのではとラギーは思った。レオナもレオナでちゃんと任せたと伝えろよ、何も言わなければ絶対何もやらねえだろうからな、と言っていたし。その通りになりそうだ。
エイダはそうね、と頷く。彼女には帰ってこないかもしれない、という不安はない。
これは知っている・知らないの話ではなく、彼女の精神性の問題だ。なんならエイダはこれ以上先のことをもはや覚えていないので、よく分からないし。
「あなたのゴマ擦りが無駄にならないようにお義兄さまへ口添えはしておくわね」
「マジッスか!? あざっす!」
ラギーもラギーなわけだが。
サバナクロー寮は、動揺はあれども概ねいつも通りに一日を終えた。
正直なところ、戻ってこなかったらどうしよう、なんて考えても無駄だとエイダは思っている。
仮に本当に戻ってこなかったのだとして、そうしたらレオナの居ない生活に慣れきった頃「そういえばあんな日々もあったな」と思い出すまでだ。
思い出して、感傷に浸り、そこでおしまい。
情があるかどうかといえばそりゃあある。あるからこそ、戻ってこなかったら戻ってこなかったときに物思いに耽るのだ。
いまを憂いたって、消息も分からないのだしどうしようもない。
それに本当に居なくなってしまったと考えるのは、少し寂しいし。
――うん? と、エイダは僅かに首を捻る。
ふむ。なるほど。まあ長年過ごせばそうもなるわね、とそれからすぐに納得した。
なにせエイダとレオナの関係は婚約者であり、いつかは夫婦なのだと決まりきったことだったので。
誰かが思う婚約者らしさはないにしても、まあ、なんとなく、いなければ惜しむだけのものがあるらしい。
だって人間だし。感情あるし。
エイダは今日もぐっすり眠った。ちなみにレオナたちは思ったより早く学園に帰って来た。
「あら。おかえりなさい」
「ああ」
寮で交わされた会話にはラギーもジャックもマジかよ……という顔になった。
という出来事があってから数日。
エイダと監督生はそれなりに話す仲だ。学年や生活圏の違いからそう頻繁に顔を合わせることはないが、一度彼に協力したこともあって打ち解けているほうだろう、とエイダは思っている。むこうもあまり物怖じしないし。
昼食を共にしたあと、腹を満たして満足そうに仰向けに眠るグリムをよそに監督生は口を開いた。
「そういえば今日はレオナさんと一緒にいないんですね」
「ああ、レオナさんは植物園あたりで食べていることのほうが多いのよ。授業サボって寝てるから」
「……へー。いやでも、エイダさんってレオナさんと一緒にいるイメージあったんですけど」
「そう? べつにクラスも一緒ではないし……」
どちらかといえばヴィルといる時間のほうが長い。ヴィルとは三年生になった今は同じクラスではないが、それでも合同授業があることは多いし、昨年共にいた流れで今でも廊下ですれ違えば立ち話はするし、食堂で会えば席を共にする。
一方でレオナとは寮ではそばにいても学園内で生活が被ることはない。レオナは授業をサボるし、植物園で昼寝をするし、マジフトにエイダはあまり興味ないし。実のところエイダとあまり行動範囲が被らないのである。
エイダが入学したばかりの頃は獅子の威を借りてレオナといることもあったけれど。
だから監督生が一緒にいないことを意外に思うのはむしろ珍しいことだ。
しかしまあ、かの誘拐騒ぎを受けてなおこれなのだから、二人のスタンスがそういうことなのだろう。そう思っても監督生は疑問を口に出した。
「王族……っていうか貴族の結婚ってそんなものなんですか?」
恋に憧れがあるのだろうな、とエイダは思った。
恋愛感情があるようには見えないと分かりやすく伝えてくる彼にエイダの表情はかすかに苦笑を形作る。
「そうね。お互いに多分、恋とかそういうのはないと思うわ」
「それは……なんか、寂しいですね」
エイダは婚約者になったという義務感から接している部分もあるし、彼の優秀さや性格もあって近所のだらけているちょっとだけ年上の兄くらいの認識だし。
レオナから見たエイダはどうだろうか。折れたほうが早いと諦めている人だけれど、それでも身内に甘いところもある。彼のなかでは様々な葛藤が天秤にかけられていて、エイダではそれを推しはかることはできない。
「でもね」
だからこれは、エイダだけの気持ちだ。
「もし恋をするのならレオナさんとがいいから、別にこのままでいいのよ」
監督生はぱちぱちと数度、瞬きをして。
「なるほど」
そう言った。
監督生にはロマンチストな部分もある。
彼の両親は恋愛結婚で、監督生が高校に入学しようとする頃になっても仲の良さに変わりはなかった。思春期の息子の前でよくもまあと呆れることもあったが、それでも監督生は結婚とはそういうものなのだろうと思っていた。
だからか、婚約関係だというのに随分とさっぱりした間柄に見えるレオナとエイダのふたりに、どうしてだろうと思ったのだ。
素直に尋ねたのは、彼女なら失礼とも思わないだろうからだ。実際エイダはあっさりと応えた。
監督生から見た己の両親がいつまでも恋をしているのだとすれば、レオナとエイダの間にあるのは親愛かもしれない。
少なからずふたりは気を許し合って生きている。
だから愛はあるのだろう、と。
「……生きてりゃそういうこともあるかもしれねえな、多分」
「…………ある意味お似合いですよお二人とも」
レオナも可能性としてはなくもない、みたいな言い方だったので監督生はため息をついた。
なんならエイダもあのあとレオナと似たことを言っている。たぶんて。
この熱量はわけがわからない。ラギーは「理解しようとするほうがムダ」と遠くを見つめていたし、ジャックは「まあ、二人のことだからな……」と視線を逸らしていた。 prev|next [
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