おかげでそれなりに上達した

 クラスが同じだった二年間で存外ヴィルと親しくなったエイダは、三年目でクラスが離れても彼と共にいることが多かった。
 己にも他者にも厳しい美意識を持つヴィルなので時折エイダのセンスに文句を言うことはあったけれど、彼いわくの"ジャガイモ"へ向けるような酷評というわけでもないのでエイダが苦手に思うほどでもなかったのだ。

「あんたが遠巻きにされる理由がわからないわね」
「そんなことを言うのはレオナさんかあなただけよ、ヴィル」
「フィルターをかけすぎなのよ」

 だいたいの生徒はエイダに対して"貴族のお嬢様"というフィルターを通して見る。
 エイダがそう見せようと振る舞っているから、というのもあるが、彼女の婚約者であるレオナが留年なりサボりなりで周囲のイメージをぶち壊しているので、そうなればなるほど対比して表向き立ち振る舞いの優美なエイダのイメージがますます固まっていた。
 よって遠巻きにされるような人物ではないと知るのはレオナかヴィルか、ということになる。
 ちなみにルークは彼なりの価値観に基づいてそうは表現しない。秘められるべき、だそうだ。

「……まあ、振る舞いだけなら適任かしらね」
「? なにかしら」
「毎年やっているんだからあなたも分かっているでしょう、VDCよ」

 ああ、とエイダは頷く。準備の話か、と。
 全国魔法士養成学校総合文化祭。長い上に聞くものが聞けば頭が痛くなりそうな名称である。
 そのうちのいわゆる音楽発表会にあたる、ボーカル&ダンスチャンピオンシップ。年々規模が大きくなっており、有名なモデルであり俳優であるヴィルの参戦によって一昨年からたいへんな盛り上がりを見せているわけだ。
 ヴィルはその準備に余念がない。モデルや俳優活動をしている彼にとって自己研鑽は当然かもしれないが、プロであるというプライドからか、彼はアマチュア同士のそれであっても一切の妥協を許さない。
 そんなヴィルの姿をエイダも毎年見ているわけだ。今年はどうするつもりなのか。

「エペルのことを見てほしいのよ」
「エペルくん? あなたのところの新入生だったかしら」
「ええ。あの子をVDCに出すわ。でもそのためにはあの子の仕草や話し方を矯正するところから始めなくちゃいけないの」
「なるほど?」
「あなた、時間はあるでしょ」

 幸か不幸かヴィルに目をかけられているらしい新入生の訛りがひどく、ヴィルの基準に達していないという話は聞いている。
 つまり芸能活動で忙しいヴィルの代わりに指導をしろ、ということらしい。

「エイダは所作だけは一級品だもの」
「それはまあ、そうね」

 エイダは頷いた。自覚はある。
 外面を取り繕うことに関しては得意だと自信を持って言える。何しろエイダとして生まれて十七年間、貫き通してきた猫かぶりなもので。
 それにヴィルは呆れたような顔になったがともかく。

「いいわ、任されました」

 そういうわけでエイダはエペルと接点を持つことになった。



 翌日引き合わされたエペルはどことなく戸惑ったような素振りだった。

「アタシのいない日はエイダに見てもらいなさい」
「え……」
「それじゃ、これから撮影だから」

 言うだけ言うとヴィルは戸惑ったままのエペルとエイダを、挨拶もままならないうちにふたりきりにして去っていった。
 ヴィルは自分のルールに従って生きているなあ。と思いながら、エイダはエペルへ向き直る。

「ええと。よろしくね?」
「は、はい……」

 エペルは困惑顔のままだった。そりゃそうだ。

 エイダから見たヴィルとエペルはお互いに相容れない美意識を持っているなあ、という言葉に尽きる。
 ヴィルはより"ヴィル"としての美しさを保つために自己研鑽に励んでいる。そこには男性的・女性的といった概念は一切関係ない。
 一方でエペルはより男性的でありたいと思っているようだった。どちらかといえば華憐という言葉が似あうような佇まいであるエペルは、己のそういったところをコンプレックスに思っているようだった。

「無理に私やヴィルみたいな言葉遣いに寄せる必要はないけれど、そうね、乱暴に見えてしまうのはよくないわ」

 まあエイダにそんなことは関係ないのだが。
 方言と思わしき濁音が混じるたびにエイダは口調を訂正させたが、ぶっちゃけどっちでもよくない? と思う。
 VDCをアイドル誕生の場か何かだと思っていたので。アイドルは個性が武器である。方言なんて勿論個性にほかならず、ついでに言うと華憐な見た目から放たれる言葉はギャップ萌えではと思っていた。そもそもエペルはアイドルも目指していないし美しくなりたいとも特に思っていない。
 ヴィルの"美しくない"という評価に関してはそもそも着眼点の違うエイダでは話にもならないのでさておき。
 それでも方言を話されると何を言っているか分からず、標準語で喋ってもらえたほうが話しやすい。なのでエイダは言葉遣いの指導は特に抵抗もなくやっていた。

「覚えて損はないとおもうの。姿勢や歩き方は美しいと威嚇にもなるし……ほら、ヴィルだってあの佇まいでなんだか威圧的じゃない?」

 よくわからない詭弁だった。
 そんなことを思っているのはエイダだけだったが、エペルは一理あるかもしれないと思った。
 実際エイダの立ち振る舞いは一定数のNRC生徒に対して恐れを生じさせている。気品あふれるお方に対して気安く話しかけたりしても良いのだろうか、と。
 それから。

「明日の魔法薬学の前準備で、この薬草を持ってこいって言われたんですけど……植物園にはあまり量がなくって。全部採っちゃったらまずい、ですよね?」
「あら、ちょっといじわるね。それなら学園内に自生している場所があるの、一緒に行きましょうか」
「あ、ありがとうございます」

 という感じで案外スムーズに交流していたのはエペルから見て、エイダがあのレオナの婚約者だったからである。
 エペルは格好良いほうがいい。エペルにとっての理想はサバナクロー寮生だ。その寮長たるレオナだって当然、憧れだ。
 正直エペルから見てもエイダはサバナクロー寮生とは思えなかったが、ポムフィオーレ寮生ほど美意識が高くなく気安いので、先輩として接しやすいほうではあった。
 あとはよく分からない人という印象か。ポムフィオーレ寮生から「声をかけることもためらうような高貴なお方」と評されるわりに気さくだったものの、彼女は他のサバナクロー寮生と共にいる様子もなく、存外ひとりで過ごしている時間が多いようだった。
 これもネコ科の気ままさなのか、本人の性質なのか、いまいち分からないが。
 さくり。エペルは慣れた手つきで林檎に果物ナイフを入れていく。

「わ、すごい。ねえ、私もやってみたいわ」
「ええと……どう、ぞ?」
「ふふ、ありがとう」

 継続しなければ得意なことも腐っていく。特技と呼べる林檎の細工切りの技術が下がらないように、とエペルは学園内でも時折、林檎と果物ナイフを持った。
 そのとき、たまたまそばにいたエイダにウケがよく、興味津々な様子だったので試しにと渡してみる。

「……むずかしいわね」
「慣れればやれると思い、ますよ」

 エペルの語尾がぎこちなくなってしまうのは、普段敬語を使う環境下ではなかったからだ。
 お手本と比べずいぶんと情けない有様になってしまった林檎をエイダはなんの躊躇もなく齧った。

「ほかにもレパートリーはあるの?」
「えと、はい」
「本当? 今日はもう食べきれないから、また今度、見せてもらえる?」
「はい、もちろん」

 そういうわけでエイダはエペルに林檎の細工切りを教わることになった。
 ついでに実家から送られてきていた林檎をおすそ分けしたり。

 なのでエペルは原因とも呼べたが、しかし彼はサバナクロー寮で何が起きていたかを知らない。

「レオナさん林檎食べる? 食べるわよね?」
「見飽きたからいい、やめろマジで」
「そう? あ、ジャックにラギー、ちょうどいいところに来たわ、林檎食べる?」
「あー……はい、いただきます」
「食べるッス! タダ飯! ラッキー!」

 若干一名喜んでいたので練習台になった大量の林檎も報われたことだろう。

prev|next

[←戻る / top]