俺より好きにやってるぞこいつは

 レオナとエイダの年齢差は二年だ。なので当然エイダよりも二年早く、レオナはナイトレイブンカレッジに入学する。
 そしてチェカが、大好きなおじさんと暫く会えなくなる――と気付いた日には、それはもう上を下への大騒ぎだった。
 まだ幼いチェカには全寮制の概念がなく、レオナが学校へ行くこと・そうなるとレオナが王宮にいないことが繋がっていなかったのである。レオナが王宮にいないことのほうが珍しいし、チェカも家庭教師をつけていたので学校へ行ったこともなく、そういった想像がつかなかったのだろう。

 そういうわけで衝撃を受け、すっかりレオナにべったりになったチェカを周囲は入学までの間くらいは、と甘やかしていたし、レオナは入学までの辛抱だと我慢に入っていたので。
 なので、エイダは存分にレオナを利用していた。チェカのご機嫌取りとして。
 育児疲れのような有様のレオナはげっそりとしていて、エイダとしては実に愉快と思うそれだった。度重なるチェカの遊んで攻撃に慣れと諦めで死んだような目のレオナは雑に相手をしていたが、チェカはレオナといられるだけで楽しいのかご満悦のようだった。

「今日もレオナ様とお休みになられるんですか?」
「うん!」
「分かりました。ではそのようにいたしましょう」
「オイ……」

 レオナの抗議の声をエイダは聞かなかったことにして、部屋の片隅に控えていた召使いに昨日と同じようにするよう言いつける。
 ホリデーには帰ってくることになるだろうが、入学してしまえば暫くは羽を伸ばせるのだからそれまでのほんの数日くらい、我慢してほしい。その後落ち込むであろうチェカの機嫌がエイダたちの懸念なのだから。
 チェカの相手をレオナが一手に引き受け(させられ)ている間、エイダは時間に余裕が出来たので結構好きなことをしていた。エイダも二年後のNRC入学に備えて勉強を進めていたが、それ以外に読みたい本の読破が出来た。
 元々読書家の気があったエイダは色々と気になる本が多かったのだけれど、レオナと王家の間に挟まっているうちにエイダ自身の自由時間というのが殆ど無くなっていたわけだ。
 王宮で過ごす以外にもエインズワース家の関わりでお茶会だったり慰問だったり、はたまた淑女としての勉強だったりと、エイダに課せられたノルマは多い。おかげでエイダもエイダで中々にストレスの溜まる日々を送っていた。
 自由といえばレオナと抜け出して街へ降りることくらいだったわけである。
 まあそれもNRCにレオナが入学することで出来なくなるわけだが。
 エイダだって自衛の手段は勿論身につけているし、暴漢相手に遅れを取ることはないと自負しているが、しかしそれはいつでも絶対に勝てるというわけではない。それに身分も身分なので、レオナと共にいる。私よりもレオナ様のほうが強いし、そもそも砂にしてもらえば終わるし――という身も蓋もない思惑はともかく。
 婚約者の立場として、いずれ王家に名を連ねる者として相応しい振る舞いとは到底言えないが、けれどもエイダとて歩み寄ろうという気持ちはある。街へ降りて遊びたいという欲求のほうが大きいこともさておき。
 それなりに打ち解けていたい、気楽に振る舞いたいという気持ちでエイダはレオナを連れ回していたわけだ。ふてぶてしさが過ぎて到底そうは見えないけれど、それでも。

「チェカ様、レオナ様をお借りしてもよろしいでしょうか。ご用事があるのです」
「んん、……いいよ!」
「ありがとうございます。レオナ様、こちらへ」
「なんだよ……」

 心底面倒臭そうにのろのろやってきたレオナを連れて、エイダはまたいつもの庭の、城壁そばへ。そしてレオナはようやく意図に気付き、チェカに好きなようにされた次はコイツか、とため息をつく。
 このところ、チェカが離れないのでひとりの時間が取れず、今まで息抜きがてら楽しんでいた街も辟易としてしまう。
 すっかり慣れた通りにエイダを木の上に引き上げ、壁に飛び移り外へ降り、そしてエイダがレオナへ問いかけた。

「さて、どちらへ行きたいですか?」
「は?」
「は、と言われましても」
「……、いや」

 ならば、とレオナは無言で歩き出した。エイダはその後を大人しくついてくる。
 けれどもレオナが露店を眺めていたって平気で「レオナさんこんなのありましたよヤバくないですか」とか引っ張って行くので特にいつもと何ら変わりなかった。
 ――気を遣うことを覚えたのかと思えば、そうでもなかったらしい。
 ふたりはいつも通りに散策をして、いつも通りに戻ったのだから。

「ホリデーにまた行きましょうね」

 ……それはいつも通りじゃなかったのか、はたまた「ちゃんと帰って来てチェカの相手をしろよ」ということなのか。レオナはため息をついた。



 サバナクロー、とだけ連絡が届いた。スマホは持ち歩いているだけのレオナから初めてエイダに届いたのがその六文字だ。
 エイダは「入学おめでとうございます」と送り返したが既読無視をされた。既読がついただけよしとして、ともかく、エイダはレオナが無事にNRCに入学して、サバナクロー寮に入ったことを知った。
 筆不精だったレオナから連絡が来ることはなかったし、エイダも特に用事はなかったので連絡をすることもなかった。話を聞くに義姉のほうはレオナに電話をかけたりしているらしかったが。

 エイダの日々はエインズワース家としてのそれとチェカの相手が主になった。幼い男児、それも獣人の体力というのは底なしで、あちこち駆け回るチェカを追ってチェカ付きの召使いたちは毎日とことん疲弊していた。
 遊んでも遊んでも物足りないとばかりの幼い王子をまさかひとりには出来ないので、召使いたちはチェカを追って一緒に駆け回る羽目になったのだ。
 子供の全力に付き合えるほどの体力もないエイダは後から追いかけるばかりだったが、それでも精神的に疲弊しきってベッドに潜り込むことになる日は多かった。
 そうやってどれだけ振り回されてクソガキなど決して口にしてはいけない類の単語が脳裏によぎっても、しかし相手が王子だから、子供だからと抑えていたエイダはそのうち、多少適当に接してもチェカは案外楽しんでいることに気がついた。
 レオナがいくら雑に扱っても楽しそうなのは懐いているから、そしてレオナが存外きちんと接しているから――と、エイダは思っていたのだが、チェカはひとりでも遊べるタイプだったので、目を離しさえしなければ放っておいても良かったわけである。そもそも見守るのはエイダではなく側仕えの者たちの役目だったが。
 エイダが心得てからは精神的負担が減ったし、チェカを無遠慮に抱き上げて移動するだけの度胸もついた。召使いたちでは恐れ多いと強硬手段を取れないのだ。

(なんでこんなことに……)

 A.ご両親が国務で忙しいからです。
 早くナイトレイブンカレッジに入学したいなぁ、とエイダは遠くを見つめた。



 そういうわけでエネルギッシュなチェカに振り回される日々を乗り越えてようやくNRCへの入学が決まったエイダを待っていたのは、二年生のままのレオナであった。

「なんで?」

 うっかり素で言葉がこぼれたがレオナは一切気にせず「留年」とだけ面倒臭そうに言った。

 何が起こったのかさっぱり分からなかったがレオナは進級が出来なかったらしい。どういうことだとエイダは思ったし、実際に聞いた。レオナは至極どうでもよさそうにしていてまともな返答はしてくれなかったけれど。
 学年として一年縮まったレオナとの差にエイダはしばらく不可解さを呑み込めなかったが、サバナクロー寮に組み分けられて生活しているうちに慣れた。そもそも留年したといえど学年は違うままなので、そんなに変わったことがなかったのだ。
 国王直々に「どうかレオナをよろしく」という類の電話をされた時は卒倒するかと思ったが。どうせあの人はあの人で好きにやる。

「あなた、あのレオナ・キングスカラーの婚約者だって本当?」
「ええ、そうよ」

 中身の俗っぽさはともかくとして、身分相応の振る舞いに慣れたエイダに接するのはそういった身分差を気にしない者たちばかりだった。
 そしてその筆頭がヴィル・シェーンハイト。美の探求に熱心な彼は、貴族然とした佇まいのエイダがあのサバナクロー寮所属であることが信じられなかったのだ。それも、レオナ・キングスカラーの婚約者だなんて。

「王子が留年してるって……大丈夫なの?」
「何を心配なさっているかは存知あげないけれど。大丈夫よ、ありがとう」

 どちらかというとレオナのいる時の生活のほうが精神的疲弊は少なくて済んでいたので――なんてことはヴィルは知らないことだが、野蛮極まりない振る舞いをしていたサバナクロー寮生のなかにエイダがいることを彼は未だに不安に思っている。
 エイダの見目ばかりは良いところのご令嬢だったものだから。ネットの普及によって得られた情報からだってそうだ。福祉施設への慰問・エインズワース令嬢、という記事と写真も、いまヴィルの目の前にいる彼女も、サバナクローに似つかわしくない。

「……今からでもポムフィオーレに入ったらいいわ」
「あら、私は不屈な精神に基づいて生きてきたのよ。むしろポムフィオーレでは浮いてしまうわ」
「今まさに浮いているのよ、あなたが」
「そうかしら」

 そうなのよ。エイダは全く気にしていないようだったが同じサバナクロー寮生ですらお嬢様の佇まいに気後れしているところがあった。
 あのレオナ・キングスカラーと並んで大食堂にやってきたエイダに誰もが目を疑ったし、視線を一身に浴びてなお一切気にした素振りもなく二人とも朝食をとり始めたのだからとんでもない奴が入学してきたぞ、と思ったものである。
 そしてその二人が婚約しているのだという話が広まるのはあっという間だった。

 気にしていないというのは本当だが、エイダは何も気付いていないわけじゃない。
 少々アクの強い性格の者ばかりが集まるこの学校でエイダのような人畜無害(フリをしているだけだろとレオナは言うけれど)な獣人がサバナクロー寮に入ることはレアケースのようだったし、ポムフィオーレかスカラビアが似合うのではとはよく言われる。

「そのうちみんな慣れてくれるわ」
「……そう。ならいいけど」

 みんなが、と言うエイダに、ヴィルは彼女も彼女で気の強さがあるのだろうと納得して頷いた。

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