どうにもなってないじゃない!

 サバナクロー寮生は大半が獣人で、野性的だ。上下関係然り、縄張り意識然り。
 しかしここは学校で、寮は寮。サバナクローに分けられた一年生は当然サバナクロー寮生として受け入れるべきであり、同時に彼らにこの寮のやり方というのを教え込むべきでもあった。要は誰が寮長(ボス)かをはっきりとさせる。
 エイダが入学した年、サバナクローの寮長はレオナだった。誰かの下につくような性格でもなければ経験もないのだから、強引に寮長の座を奪い取ったのだろう。らしいことだ、とサバナクローの寮生を呼び寄せるレオナにエイダはそう思ったし、実際群れの頂点に君臨するのならレオナ以外にありえないだろうと思わせる気迫があった。
 
「部屋は好きにしろ」
 
 放任具合も込みでそれらしかった。
 勿論エイダは好きにしたし、レオナはいつもどこかしらで寝ているという聞き込み調査も済ませていたので、翌朝真っ先にレオナを起こしに行った。
 
「レオナ様、進級してください」
「あァ……? エイダか…………なんで俺の部屋に居やがる」
「朝食へ行きましょう」
「あー……ハァ、着替える。お前も身支度してこい」
「はい」
 
 エイダがこうして来るのは初めてだからかすんなり目を覚ましたレオナは面倒臭そうにエイダを追いやったものの、回避する労力のほうが面倒だと知っているのできちんと案内してくれる――ということをエイダは分かっていた。
 自室へ戻って鞄を取り、またレオナの部屋へ。
 そうして運動着に着替えていた手ぶらのレオナに、おや、と首を傾げる。
 
「飛行術ですか?」
「ああ」
「なるほど」
 
 それは手ぶらで十分なはずだ。一度寮に戻るのも面倒なので朝食後にすぐに授業へ向かえるようにしているのはエイダも同じこと。
 連れ立って大食堂へ向かうべく談話室を通り抜ければ、ざわめきがふたりを囲んだ。
 片や寮長たるレオナ。片や、入学したばかりの一年女子、エイダ。運動着のレオナと制服を折り目正しく着こなし鞄を持ったエイダとが並んで歩いているのは、違和感がある。どこからどう見ても不良とお嬢様だ。
 しかし不釣り合いに見せかけて、ふたりとも一切周囲のざわめきを気にしない無反応ぶりは似ていた。見られることに慣れている。
 なので「そういえば第二王子の婚約者が今年入学してくるって……」と夕焼けの草原出身の生徒が思い出した頃には二人は大食堂に到着していて、そしてやっぱりその日一番の注目を浴びてもなお、平然としていた。
 
「こんくらいでいいだろ。じゃあな」
「はい、ありがとうございました。ではまたお昼に」
「…………」
 
 しれっと昼も付き合うことを当たり前のように告げるエイダにレオナは額に手を当てたが、そんなリアクションでエイダが考え直すことはない。
 エイダの食事が終わるのを待っていた律儀なレオナが立ち去って行くのを見送って、エイダもまた己のクラスへ向かうべく足を向ける。
 そこへ勇気ある生徒が声をかけた。
 
「あの、いま、レオナ寮長と朝食を…………?」
「? ええ、はい」
「もしやあなたが寮長の婚約者の……?」
「エイダ・エインズワースと申します。よろしくお願いしますね」
 
 膝を折った礼からその気品さ――つまりエイダがレオナの婚約者である、ということはよく分かる。
 勇気を出したいち生徒は「あっそうなんですかよろしくお願いします……」と語尾を掠れさせながらエイダからそっと距離を取った。
 名乗らないということは名乗るほどの者ではないということだな、なるほど、と(勝手に)納得したエイダは授業があるからとその場を失礼したし、いち生徒からはかろうじてハイと掠れた声が届いた。
 
「ふうん、どいつもこいつも土埃のついたままのジャガイモばっかりだと思っていたけれど、そうでもないのもいたのね」
 
 それは果たして褒められているのだろうか――とエイダは思った。
 折り目正しく授業の始まる十分前に着席していたエイダの隣に立ったのは、ヴィル・シェーンハイトだった。
 
「隣、いいかしら」
「ええ、どうぞ」
 
 自分に自信のある彼は、だからこそ誰にも臆さないのだろう。
 じろじろとエイダを眺めたヴィルの総評は、甘い点も多々あるが及第点ということらしかった。
 普段召使いに支度を手伝われているので、エイダは実のところ一人きりで身支度を済ませるという経験が乏しい。式典服なんてどうしてこんな構造なんだ……と(獣人なら必ず思うフードの窮屈さも込みで)難儀した。
 それでも貴族生活を送っているうちに審美眼も磨かれて着飾ることが日常化しているので、レオナのようにエイダも制服姿にバングルを付けたりする。妙な崩し方をしないおかげか、肌や髪の手入れに贅沢をしていたからか、それなりの評価は貰えたようだった。
 そういう経緯でエイダは中々クセの強いヴィルと行動を共にするようになったわけである。
 
 
 エイダやレオナに限らず、NRCには中々に個性豊かな生徒が多かった。個人主義で協調性が薄っぺら。
 そして個性豊か、という点でいうと、エイダはポムフィオーレ寮生であるルークを思い浮かべる。
 ヴィルといると、だいたいどこかでルークが合流してくる。彼はどうにもエイダのみならず、獣人が気になって仕方がないらしい。
 無遠慮に触れられるような事こそないものの、その熱視線にやや辟易してしまう。
 
「気になるのは分かるわ。触らせろとは言わないけどね」
「そもそも誰かに触れられたい場所でもないのよ」
「耳も?」
「耳も」
 
 腹などの降伏を意味する箇所や急所を触らせないというのは当然そうだが、エイダは耳も尻尾も他人に触れられることは好きではない。例えば獣人ではなく純粋な動物としてのライオンであれば毛繕いをしあうことだってあるだろう。猫だって。
 けれどエイダには耳も尻尾もなかった頃の自我が、「もうちょっとパーソナルスペース広めに取りたいんですけど……」と言っている。要するに近い、距離が。ルーク・ハントの。圧も強い。
 
「お嬢さん(マドモアゼル)の機嫌を損ねるのは本意ではない……仕方がないね、諦めよう。代わりに君の婚約者のことを教えてはくれないかな?」
 
 美しいものを愛でることを一番の生き甲斐としているルークは、この学園で一番美しいヴィルに首ったけな一方で獣を追いかけることを好んでいる。観察される側のエイダとしては迷惑極まりない。
 
「それは私がレオナ様といるときに気まずくなってしまうから、駄目よ」
「そう。それは残念だ」
 
 エイダが何を言っても無駄であろうことは彼の白々しい声色からよく分かる。
 どちらかといえばエイダもルーク寄りのフリーダム(性格)なのだけれども、しかしエイダはルークよりかは理性を無視出来ない部分があったので。
 
(レオナ様は私が私であったことに感謝するべきでは?)
 
 その思考に誰も同意をしないのは明らかである。
 
 エイダのコミュニティは狭い。
 今日話したのは挨拶抜きならレオナ様とヴィルさん、それからルークさんだけよ、という日がよく続く。
 それは��あの�<激Iナの婚約者であるという噂に加え、エイダがあまりにもお嬢様らしいお嬢様だったものだから、周囲が中々接しあぐねていたのである。
 中にはヴィルのように婚約者の噂を確かめる者もいたし、そういう立場ならと気を使って無闇に声をかけないようにする者もいた。
 従ってエイダが仲良くなったのは、美に対して人一倍意識の強いヴィルをはじめとしたポムフィオーレ寮生、それからNRCで数少ない女子生徒たち。
 この学校は男子校というわけではないが、生徒の男女比率は著しく偏っている。そんな有様なので女子生徒には女子生徒だけのコミュニティが出来上がっていた。
 たとえば寮生活における不安だとか疑問だとかは率先して女性同士で解決しようとしていたのだ――というのはともかくとして、つまり、エイダのコミュニティは狭いままだった。
 
 そしてエイダが友人のなかで一番仲が良いと思っているヴィルは、どうにもレオナが一国の王子の立場でありながららしからぬ姿勢、態度に怒り心頭らしかった。それを私にぶつけられても、というのがエイダの言い分だったが、ヴィルはそんなの知ったことじゃないと愚痴をこぼす。入学式で見かけた後に、あんなやつが王子だと知ったらしい。
 正直エイダはレオナが王子然としていたほうがよほど接しにくいので、不良らしい不良でいてくれたほうが��見た目も態度も怖いけど害はない近所の面倒見が良い兄ちゃん�≠フ印象で見れて楽なのだ。その人、婚約者ですよ。
 
「婚約者なんでしょ? なんとかしなさいよ」
「そうは言われても……きっと直してくださらないわ」
 
 ヴィルに言われてエイダはそう返した。
 直接意見したことはないが、レオナはやるほうが面倒がないと悟ればやるほうなので多分エイダが押して押して押しまくればやる。だがエイダに押す気がないので、レオナはきっと王子らしい態度にはならない。
 エイダ自身だってそのほうが周囲にやいのやいの言われず面倒がないから、という理由でお嬢様らしい振る舞いをしているのだ。
 なのでまあ、つまり。
 
「善処するわね(いいえ)」
「……何か含みのある言い方をしなかった?」
「気のせいじゃないかしら」
 
 面倒臭いなという気持ちを読み取られてしまったが、エイダは素知らぬ顔をしていたので事なきを得た。
 そしてエイダは一切の努力をしない、というわけではないので。
 
「そういえば同じクラスのヴィルさんがレオナ様の態度どうにかならないの? って怒ってましたよ」
「……何で俺に言った?」
「善処はしましたという表明を」
「…………」
 
 授業を終えて会うなり、確かに伝えといたよ、じゃあ後はよろしく――というノリで放り投げて行ったエイダにレオナは「そういう奴だよお前は」とボヤいた。

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