分かっていただける方がいて嬉しい限りです

 一年を終えて進級して、エイダは二年に、そしてレオナは――二年のままだった。とうとう同学年である。
 レオナだけ時が止まったのかとエイダは思った。
 
「なん…………、なんで……?」
「留年」
 
 理解が追いつかなかったがレオナは二年連続で留年したらしい。進級する気がないのか?
 レオナは昨年同様にさほど気にした素振りもなかったし反省しているようでも後悔しているようでもなかった。そういえばよくレオナ様ってサボってよく寝てた……!? 単位足りなかった!? と思い至るには遅すぎた。
 そしてついでに、わずかに残ったエイダの記憶のなかにレオナの留年についての知識はなかった。
 
 俗に言うスペースキャットばりの呆然、そして困惑を隠せないエイダに対するヴィルからのコメントがこちら。
 
「いいじゃない、あのぐうたら男を先輩って呼ばずに済むようになって」
「そういうことではなく……」
 
 この学校の生徒は微塵たりとも遠慮だとか容赦だとかいう概念がないようで、同学年になったレオナに対してすぐさま呼び捨て・タメ口になった。
 先輩と同学年になっちゃったよどうしよう……という後輩の気まずさというのは一切ないらしい。そういえばエイダのひとつ上の先輩も、レオナに対して呼び捨てだし敬語もなかった気がする。
 
「今年こそは進級してもらうわよ」
「気が向いたらな」
 
 そうなるとエイダは周囲の空気に流される気質だったので、(別にいいのかな……?)と思いレオナに対する敬語をやめた。呼び捨てには出来ずにさん付けに変わったが、レオナは特に何も言わなかったし、むしろそう接せられることを当然とも思っているようだった。
 今年は進級していただきたいものである。流石に先輩が留年して後輩になっちゃった……という気まずさを味わいたくないので。
 
 まあ、一方でエイダも単位は実家基準的にギリギリセーフだったのだけれど。
 エイダの苦手科目は占星術である。他にも出来ないことはまああるが、最も苦手である、と言えるのは占星術だ。
 同じ占いならまだタロットのほうが分かる。星を絡められると何がなんだか分からない、というのがエイダの言い分で、星の配置なんて知らないし天体の動きは引力があるし……天動説……地球は青かった――思考の脱線はさておき。
 そういうわけでエイダは、占星術の成績がすこぶる悪い。赤点こそ免れたものの、課題にハテナマークを飛ばしまくることは勿論、実際に占ってみろと言われたって何をどう見たらいいのか分からない。
 クラスメイトのよしみだとエイダは占星術に関してはヴィルに泣きついていた。
 
「わからない……何もわからないの、どうして星で占おうと思ったの? 星は星、運勢は運勢で良いじゃない、星は空で、私たちは陸で暮らしていきましょう」
「現実逃避したって点数は取れないわよ」
「はい」
 
 スンッと真顔に戻ったエイダは図書室から借りて来た入門書を開いた――が、もはや何が分からないのかも分からない。なにもかもが分からない。星……占い……?
 
「やる気がないのならアタシは帰るわね」
「やめて、帰らないで、違うの、やるわ、ちゃんとやります」
 
 でなければエイダは課題も終わらない。
 アンタも人の子ねえ、とヴィルに言われながら、エイダは初っ端から間違いを口にしてため息を吐かれた。
 
 机にかじりつくようにしてどうにか課題を終わらせたエイダがそれらを抱えて寮に戻ると、よりによってレオナとはち合わせた。腕に抱えたままだった占星術の入門書を見て、レオナが「ああ……」と何やら納得したように目線をエイダに戻し。
 
「まだ出来ないのか」
「…………」
 
 心底腹が立って、エイダはレオナをじろりと睨んだ。
 エイダがレオナに対して遠慮をしないように、レオナもまたエイダに対する容赦がない。特に占星術に関してはエイダがあまりにも出来なさ過ぎて、面白がってくる始末。
 しかし出来るとは口が裂けても言えないのである。エイダが威嚇がちに唸れば、レオナは鼻で笑った。
 
「出来るようになるといいな」
「人には向き不向きがあるし、それに占星術なんて出来なくても生きていくのに困らないわ!」
「へぇ? お茶会で話題に上がらないと。なるほどな」
「…………その時はレオナさんに占っていただきます!」
 
 日本で生きていて英語に困ること以上に頻度が高いところが、尚更エイダの苦手意識を増長させた。
 生きていく上では困らないが円滑なコミュニケーションと立場の都合上、最低限は出来なくては困る――のだけれど、エイダの場合その最低限がダメなので。
 
「お茶会に俺はいねぇだろ……」
「ぐう」
 
 ぐうの音も出ない。あるいは「ぐぬぬ」でも良かったかもしれない。潔く言い負けたエイダは、それでもレオナがいればレオナがやってくれるだろうと思っていた。やらせるとも言う。
 ある程度科学技術の発展した世界において、占星術というのはあくまで占い程度のものでしかない。だけれども、貴族社会においては娯楽とも教養ともなる。そして普段エイダがお茶会に招き、招いてもくださるご婦人方は占いとかそういう話が好きなので。
 
「もうちょっと本を読んでくだされば助かるのだけれど……本は感想言えばいいだけだもの……」
「大人しく勉強してろ」
 
 それが一番手っ取り早いし、そもそもひとつでも赤点があることをエイダの両親が許さない。あーあ、とエイダはため息をついた。
 そこへひょっこりと見知った後輩が現れる。
 
「あ、エイダさんお疲れッス。夕飯食べました?」
「あら、ラギーも。ご飯はまだよ」
「これから大食堂行くとこなんスけど」
「先に行っててちょうだい、これを片付けてから行くわ」
「オッケーッス」
 
 進級して変わったことと言えば、後輩が出来たことだ。特によく喋るようになったのはラギー・ブッチ。レオナの世話を焼いて報酬を得る、逞しさのあるハイエナの獣人である。
 お陰でレオナの留年の危機は免れたと言ってもいい……と、思う。授業に出るようにと口うるさいのが増えた上、ラギーは率先してレオナの世話を焼いてくれるので。
 ついでにエイダの分まで用意してくれたりするので、おかげでエイダからラギーへの好感度は高い。自分用の夜食に取っておいたとっておきのチョコだってあげちゃうくらいには。
 そもそもラギーは報酬目当てにやっていることなので、ならばレオナの様子を見る手間が省けるようになったエイダとしてもそれは支払わなければいけない、気がする。いや悪いのはレオナさんだけれどね? あの人が全部自分でやってくれていれば留年なんて……留年なんて……いやまあ出来る限りご実家から離れたいのは分かりますけれども……!
 当のご実家からは「のびのびとやれて楽しそうだ」と言われていた。嫌味なのか素なのかいまいち分からないところがエイダとしては困るところである。
 
 彼らに追いつけば、席の確保だけでなくバランスよく食事も盛って用意しておいてくれたラギーの有能さたるや。エイダは後でお礼に彼の好物であるドーナツをあげようと思いながら、フォークを手に取った。
 
「そういや、エイダさんって部活どこなんスか?」
「……山を愛する会」
「なんて?」
 
 エイダの向かいで肉にフォークを突き刺したラギーの手が止まった。その隣で、レオナが思わずといったように吹き出して笑い始めた。
 この学校では部活の所属が義務付けられている。内容は実益的なものから趣味程度のものまで好きにしていいのだが、エイダのそれには山よりも高く、そして海よりも深いワケがある。
 
「適当に言ったのが通ったんだろ」
「海派か山派かのあれだと思ったのよ……」
 
 要はウッカリというか、話を聞いていなかったのだが。
 
「どうしてか賛同されて、メンバーが集まったおかげで私はめでたく会長よ。明後日には山登りに向けての会議があります」
「なんでそんなことになってるんスか……」
「私にも分からないわ」
 
 エイダの敗因は、彼女が支持を集める側だったことである。
 気付けば愛好会を立ち上げることになり、エイダは当時一年ながら会長に就任していた。
 
「気になるならラギーもどうかしら、山を愛する会」
「え、遠慮しておくッス……」
「なんだかんだ楽しいは楽しいのよね、獣人だからかしら」
 
 草原に生まれ育ったはずのエイダだが、そういえば木登りを率先してやろうとしてたな、とレオナは思い出した。王宮から抜け出す時は華美な恰好だったので動きにくそうだったが、装備を整えればエイダも動けるほうか。
 憂鬱そうに行儀悪く頬杖をついたエイダの背後に、ぬっと大きな影が現れた。
 
「分かります」
「ええと。ジェイド・リーチくん?」
 
 分かる男が登場したがエイダは分からない女であった。彼は先日見学に来た背の高い一年生である。
 山に対する愛の深い見学者に対してエイダは「ウン……そうね……」程度にしか返せなかったのだが。
 
「僕はやはりあなたの愛好会に入って正解のようだ。ぜひよろしくお願いしますね」
「お手柔らかに……」
「ええ、ではまた。お食事中に失礼しました」
 
 分かる男は突然乱入してきたかと思えば言いたいことだけを言って去って行った。
 残るはそのわずかな間にどっと疲弊したエイダと、唖然とするラギー、そしてツボに入って抜け出せないのか笑ったままのレオナである。
 
「くく、お前も良い後輩が出来たじゃねぇか」
「……退会していいかしら」
「へーえ? せっかくの後輩が可哀想だなァ」
 
 気分転換程度のエイダと恐らく心底愛好しているであろうジェイドとの温度差があまりにも酷い。
 エイダは今日は間の悪い日だったのかもしれない、と思い、むしゃくしゃしたので後でアイスを食べることを決めた。

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