終わりよければすべてよしってことで

 獣人として生きることについて、嗅覚や聴覚は慣れてしまえば気になるものでもなく、異様なほどの適応力でエイダは馴染んでいた。
 
「あっコロッケの匂い。今日はコロッケにしようかしら」
「腐ってもライオンの嗅覚ねぇ…………」
 
 完全にコロッケの口だ。絶対に食べる。
 他にもその聴覚で噂話を聞き取ってウツボ兄弟が暴れているとかいうのを回避したりと大いに利用している。
 しかし聴覚は爆音に弱かったし、嗅覚は薬学で苦労させられた。キツい匂いのするものに近寄れないのである。
 そして鋭い嗅覚の弊害はそれだけではなかった。
 
「納豆が憎い…………」
「健康に良いのよ。匂いはキツいけれど」
「食べたら速攻で歯を磨いておいてね……」
「言われずともしてるわ」
 
 ああ憎き納豆、その匂い。昔は「へーそんな気になる? 美味しいのに」と思っていたものが今になって何倍もの勢いで突き刺さる。
 というか獣人の目の前で納豆を食べるとは嫌がらせだろうか。エイダはふとそう思ったが、でも(ヴィルは美容ガチ勢だしな…………)と思って浮かんだ疑念をかき消した。
 この世界にも存在する発酵食品のひとつは色んな面々にありえないと罵倒されて、けれども一部の生徒には人気があった。美容面健康面から、という者もいたし、単純に味を気に入っての者もいた。
 エイダは納豆が好き"だった"。
 過去形だ。今となってはキツい匂いを嗅ぎ取りすぎて、正直近寄るのも嫌なくらい。
 美味しいのは分かっている。郷愁の念からもそれに手を出したい気持ちはとても、めちゃくちゃ、かなりある。――でもダメだ、匂いが無理。
 
「美味しいのは知っているのよ……!」
「はいはい。食べられなくて残念ね」
 
 進級してもエイダと同じクラスだったヴィルは、彼女の存外適当な性格にすっかり慣れていた。そりゃあレオナの婚約者も務まるわけだと納得したのも記憶に新しい。
 
「それよりアンタ、昨日夜食に随分と油っこいものを食べてたんですってね」
「…………ルーク・ハントからのタレコミね?」
 
 それはそれとしてエイダのそういう意識の足りなさは業腹なので、ヴィルは容赦なく説教を始めた。しかしエイダは情報提供者(ルーク)に裏切り者という怨嗟をぶつぶつ呟いていたので、反省無しと見て尚更怒った。
 
 
 
 さて、時系列は原作(現在)に戻り、イベント。
 ある日、起きたら冬が真冬になっていた。基本的に気温調整がされているサバナクロー寮が、だ。
 あまりにも寒くて目が覚めたエイダは布団をしっかり被って二度寝の姿勢に入ったものの、あまりの異常気象に何とかしてくれとエイダのもとに苦情・要望が入った。
 仕方ない。エイダは実質サバナクローのナンバーツーなので。
 ラギーはレオナの使い走りという面が強いので、エイダのほうへ話が行きがちなのである。
(エイダが布団から出たがらなかったので)自室の扉越しにかけられた悲鳴の数々に、仕方が無いので布団を被ったまま手をベッドサイドテーブルへ伸ばしてマジカルペンをひっつかみ、魔法を使って制服に着替える。
 
「…………私もこうも寒いと困るわね。レオナさんはどこへ?」
「先ほど学園長に呼ばれただとかで学園長室へ行かれました」
「そう。とりあえず各自で厚着、取り急ぎ談話室にヒーターを用意するから必要な者は集まること」
「はい!」
 
 動き出してしまえばじっとしているよりも身体はあたたまる。エイダは毛布や暖房器具を集めさせながら、談話室でひとつペンを振った。
 現れるはヒーターだ。電源を入れて、そうすれば多少はマシになる。
 
「…………早くなんとかしてもらえればいいのだけれど」
 
 レオナさんまでで解決しないかしら。
 エイダはそう思ったが、まったくそんなことはなかった。NRCは面倒事のかたまりなので。
 
 "フェアリーガラを無事に開催する"、そして"魔法石を取り戻す"。両方やらなくちゃあならないってのが案件を任された生徒のつらいところである。
 覚悟が出来ているかは知らないが進級や生活の利便性が脅かされ、渋々フェアリーガラに参加することになったレオナたち。
 ことの成り行きを聞かされてエイダは「あらまあ」としか言えなかった。
 人選も決まっているのならエイダは無関係である、よって現作戦準備に不参加が望ましい――という訴えは無視された。
 レオナいわく、
 
「真面目な振りをするのは得意だろ、お前」
 
 だそうな。
 エイダは何ですか失礼な! と憤慨した。
 
「私は真面目に見えるようにすることに関しては真面目に取り組んでいるわよ!」
「怒るとこそこ!?」
 
 当然である。エイダは(早く終わらないかな)と内心思いながらもそれをおくびにも出さず、お偉方との食事会をさも楽しそうに過ごすことが得意だった。
 そんなエイダと共に出席することが多々あるレオナはだからだ、と言った。
 
「なんなら俺よりこいつのほうが慣れてる」
 
 だから代わりに出ろと? レオナがエイダにショーに出る役目を押してつけられないかと思っていることを察して、エイダは顔の前で腕を交差し大きなバッテンを作った。
 
「レオナさんが請け負ったことなんだからレオナさんが最後までやるのよ」
「請け負ったつもりはねぇ」
 
 でもレオナがやると言ったらやるのである。
 エイダは断固拒否したし、エイダを中心にカリム・ジャミルで挟むのも良いかと考え出したヴィルとクルーウェルは「レオナさんのほうが華があるし統一感が出るわ!」と言いくるめた。
 正直養殖的に身につけた自分の振る舞いよりレオナの柄が悪くとも迫力のある立ち姿のほうが映える、とエイダは思っている。何しろレオナは生まれながらにして持った天性のカリスマがある。それは年の功や経験値によって使用人や寮生に指示を出すエイダよりも、ずっとずっと輝いているもの。
 エイダがスカラビアの主従に挟まれたくないわけではない。ええ、決してそんなことは。
 
 
 そういうわけでヴィルとクルーウェルふたりのプロデュースおよび指導のもと、フェアリーガラへ向けての特訓が開始された。
 演目は素人が付け焼刃に何か特別なことをするのは危険だとスカラビア主従が元々得意としていたダンスに加えて圧倒的な存在感を出すモデルウォーク担当レオナ。
 要はファッションショーにダンスパフォーマンスを加える形になったのだが、指導教官の厳しいことといったら。
 エイダは回避出来て本当に良かった〜、と、モデルウォークの会得に苦労しているレオナを眺めながら心底安堵していた。
 
「エイダさんはああいうこと、やれるんですか?」
「やれないし、やらないわね。私の場合はあくまで貴族としての振る舞いでしかないもの。ああやって歩いて服を見せびらかすなんてことはしないわ」
「……ですよねえ」
 
 様子を見に来た監督生に言われてエイダはついでに「やりたくもないわ」と付け加えた。
 
「やっているレオナさんの立場は……?」
「あら、でもレオナさんが向いているのは確かよ。カリスマ性があるもの」
 
 エイダの場合は長年やってきたことからお嬢様然とした立ち振る舞いが身についたのだが、レオナは天才肌なところがあるのでエイダがやるよりもよほど早く技術を会得するだろう。ただしやる気が出れば、の話になるが。
 元々パーティーなどの人と関わる事柄を避けてきた彼だ。エイダもいる時は「我婚約者ぞ? ひとりにするんですか? えっまさか婚約者をひとりに!?」と押し通して出席させたものだが、そういった際のマナーもエイダより早くあっという間に会得したので(私の努力とは……)と虚無顔になったことをエイダはよく覚えている。
 
「たしかに。ラギー先輩や他の寮生だってついて行ってますもんね」
 
 その通り。エイダであれば寮生をああも纏めあげることは難しかった。
 だからレオナならやれるだろう。特にフェアリーガラまでそう時間の無い今なら。
 …………それはそれとしてヴィルもクルーウェル先生も私が師事したマナー講師よりも厳しいなあ、と思った。
 
 
 かくしてエイダが口を挟むこともなく全てはつつがなく終わった。
 レオナがへそを曲げて部屋に篭もるなんてこともあったがすぐさま強行突破されたのだから些事だろう。
 とにかく魔法石が戻り、元のように快適に過ごせるようになった。
 ところで。
 
「気温調節を切ってしまえば各寮の土地と同じ気温になっていたのでは……」
「あ」
 
 ……………………めでたしめでたし!

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