10

 偉大なる航路グランドラインに浮かぶザクロ島。
 その唯一の町では現在、海兵が多く行き交っていた。
 町の住人がどことなく戸惑っている様子であることから、それが非日常だということが伺える。
 喧噪は規律的でいて忙しない。兵としての教育を受けピンと背筋を伸ばした白く青い制服の男たちは気負っているようでもあり、気合いが入っているようでもあり。

「そこのお兄さん、ちょっと聞いてもいいかしら」
「ん、なんだ、手短にな」

 適当な海兵をひとり捉まえて、大きなヘアバンドの女が港のほうを指した。
 もうひとり、大きな箱を背負ったほうの女は黙って海兵を見ている。二人組。
 荷物の大きさからして二人旅でもしているのだろうか、と海兵は思った。このご時世、珍しくはあるが決してないわけでもない。

「ここっていつもこうなの? わたしたち、昼に着いたばかりで」
「いや、これから捕り物でな。娘さんたち、悪いことは言わないから出来るだけ町中にいたほうがいい。港へは近づかないように」

 捕り物? とふたりが顔を見合わせた。

「もしかして海賊がいるの?」
「これから来るという通報があってね。そうだ、昼に着いたというのなら見かけてはいないだろうか? 黄色い潜水艇だという話なのだが」
「黄色……潜水艇?」
「いや、知らないならいいんだ。女性の二人旅は何かと危険だろう、気を付けて」

 オウム返しにしたヘアバンドの女のほうが怪訝そうな表情だったので、海兵は知らないのだと思い手のひらを出して制するように言った。
 困惑交じりに頷いたヘアバンドの女が「ええ、どうもありがとう」と答えて箱を背負った女の手を引き去っていく。ああいう民間人が巻き込まれることがなければいい、と海兵は思った。――昼間に到着した船なんて存在しないとも知らずに。


「どーするよコレ」
「どうしましょうね」

 眉間に皺を寄せるイッカクの隣でアドリアーナも同様の表情をしていた。
 海軍に待ち伏せをされていたのだ。しかもピンポイントにハートの海賊団を。
 奪った記録指針ログポースのせいだ、というのは二人共に相違ない意見だが、そこが合致したところで事態が好転するわけでもない。
 一応先に住人への聞き込みで記録ログが溜まるには一日かかると聞いたわけだが、ああして構えられては物資の買い込みも出来なくて困る。

「一応“聞けた”し戻りましょうか」
「おう。暫く魚で我慢になるかもなァ」

 そうね、とアドリアーナは頷いた。
 ひっそりと町を出て、来たとき同様に箒に乗って島を出る。案外安定していることに気付いたイッカクは先ほどよりはいくらか落ち着いていた。
 島の裏側に回ったポーラータング号へ戻り、報告をする。ローもまたあの記録指針ログポースか、とふたりと同じ見解のようだった。

「真っ向から相手をするには骨の折れる相手だが、一隻くらいは潰しておかねェと後が面倒だな」
「食糧の貯蓄は余裕があるけど……」

 記録上の次の島へは三日とかからないというのは幸いだったが、逆に言えば海軍が追いやすいということでもある。
 いくら潜水艇とはいえども明確に追われている状態で海上を進むのは面倒臭い。その三隻のなかに大佐クラスが二人はいるというのも厄介だ。
 アドリアーナの耳は町中でもよく声を拾った。大佐と呼ばれた人物がふたり。どちらも非能力者のようで、それから北の海ノースブルーでは知名度のない人物だった。しかし海軍本部ではまた違うかもしれないので油断も出来ない。

「どこまで追ってくるかは読めねェが、場合によっちゃ永久指針エターナルポースの入手を最優先にする。あんな装備で追いかけ回されちゃ、いくらお尋ね者とはいえ潜伏もしにくい」
「記録指針ログポース通りに進むなら向こうも次に現れる島が分かるからなァ」

 ベポの言葉にローが頷く。イッカクが描いたおおまかな島の地図を眺めながらキャプテンがどうするか考えているのを、クルーたちは待っていた。
 同じように待機しながら、アドリアーナもまた思考を巡らせる。北の海ノースブルーで厄介だったノルディーン海賊団を潰したがための過剰警戒なのか、あるいはローの保有する能力に対する警戒なのか。
 真意は命令を下した者にしか分からないが、ともあれ面倒なものは面倒だ。

「……アドリアーナ、お前たしか暗視薬を作るとか言ってたな」
「え? ええ。手持ちは持続時間三時間程度が二人分、明日の夜までに同じ効果を追加で六人分までなら作れるわ」
「なら作っておけ、記録ログが溜まった夜に動く。カジカ、クリオネ、ウニ、イッカクで忍び込んで二隻分の底に穴開けてこい。おれとペンギン、シャチ、ベポで正面から行って囮になってやる。アドリアーナは空からサポート、ほかの奴らは船を島から少し離して潜水準備。撤退時に島の裏手でおれかアドリアーナが船まで飛ばす」

 異論はなかったのでアドリアーナは頷いた。ほかの面々も同じようだ。真っ向から交戦するには人数が多すぎるし、なによりあの大砲が厄介なので。
 具体的な船の待機場所や撤退の合図等を話している間にアドリアーナは暗視薬の追加分を作る。
 記録ログを溜めている間に何人かが町で海兵の動きを監視しているらしかった。爆薬の準備なんかをしている間も、アドリアーナはずっと鍋をかき混ぜていた。

 決行時刻、ローたち囮班ともイッカクたち潜入班とも別の位置でアドリアーナは箒に乗って様子を眺めていた。
 ふと海兵が気づく。ハートの海賊団がいる。連絡が回りローたちをいざ捕らえんと騒がしくなり、纏まり始める。
 アドリアーナの目は空から、イッカクたちがそれぞれ闇に乗じて軍艦に忍び込んだのを見ていた。設置に必要なだけの時間を置いて爆発音が立て続けに二度起こる。それが海兵たちに混乱を招き、大佐へ連絡が回ったようだが、二人共にローたちと戦っているために軍艦へは手が回らない。
 ものはついでだ。暗示薬の都合上、手が回らなかった一隻のうち、アドリアーナはそのいくつかの大砲に浮遊魔法をかけて海に落っことした。全部となると厳しいが、ふたつみっつ程度の負荷ならば許容範囲である。

「銃弾ゲット〜」
「バカ、荷物になったら捨てろよ!」
「割に合わねェんだもんよォー、観光したかったのに」
「そりゃおれたちみんなそうだよ、海軍の物資全部海に沈まねェかな」

 聞こえた声にアドリアーナは苦笑した。こちらは最小限の労力で、向こうには最大限の損害を。海賊らしさのなかにあるそういった利害を求める思考にはアドリアーナも概ね同意だけれど。だからアドリアーナも大砲をいくつか壊したのだ。
 そういうことをしたあとでアドリアーナはイッカクたちが海兵を蹴散らしながらも船のある島の裏手へ向かうのを眺めた。
 海兵のうち、実力者のほとんどがローたちのほうに集中していたようで、スムーズに事が運んだらしい。彼らを追う海兵がいないことを確認してからアドリアーナはひと際激しい戦場へ向かう。
 手元の子電伝虫が声を上げた。応答すればウニからの「全員到着した!」という連絡だ。追っ手はなし。

「キャプテン! オッケー!」

 声を上げるとローが「撤退!」と叫んだ。浮遊魔法で靴を引っかけるようにして海兵の何人かのバランスを崩させながら、アドリアーナはしんがりをつとめるローの上空に浮かぶ。

「ま、魔女です大佐!」
「箒で飛んでる!?」

 闇に紛れていたアドリアーナもそうなれば姿を発見される。
 海兵たちの反応を一切無視してアドリアーナは箒の柄を指先でトンと叩いた。ブロットを肩代わりしてくれる魔法石のついたペンは箒へと形状を変えているから、そういうときは魔法を使う合図をペンを振る代わりに柄を叩くようにしていた。
 本来はトリガーとなる行為をしなくとも魔法は使えるのだが、無意識化で魔法を使うことの抑制にもなるし、周囲への合図にもなるのでアドリアーナはそういうふうに魔法を使っていた。
 人体の足となると人の意思で動いているので少しばかり力がいるが、履いている靴であれば案外楽に浮遊魔法の効果をかけられる。ブロットも魔力も節約出来て地味に足止めが出来てとても良い使い方だ、とアドリアーナは自画自賛している。
 靴を取られてすっ転ぶのがちらほらと。隊列は乱れ、ローの能力もあって殆ど壊滅状態だった。
 “ROOM”からの鬼哭でスパッと一刀両断。単に斬撃を食らわせるよりもあっさりと刃は通り、上半分と下半分に分けられた海兵が、なんかまあたくさん。
 アドリアーナはそういう光景を見るのが初めてだったので、これがオペオペの実の力かァ、と感心していた。
 体力を消耗する能力なので先ほどはこれを使わなかったらしく、どよめきが上がる。分けられた体はそのままでも動くには動けるが、下半身だけ、上半身だけで何かしようというのは一般兵には無茶な話だろう。
 追っ手の数をそういうふうに減らしながら、やがて島の端にまで到着するとローが巨大な膜を作る。船と島の先端、クルーたちの待機している場所までを包み込んだところで「“シャンブルズ”」と手のひらを反した。
 クルーたちが全員、木片やら小石やらと入れ替わる。黄色い潜水艇は目の前なのに、狭間には海が広がっていて容易には近付けない。
 苦しまぎれの銃弾は到底届く距離でもなかった。

「全員船内に入ったな! 扉を閉じるぞ!」
「潜水準備オッケーです!」
「潜れ! 出航だ!」

 アイアイ、と声が揃い、それから黄色い潜水艇は立ち往生する海兵たちをあざ笑うかのように海へと沈んでいった。

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