12

「水没都市?」

 気になる話を耳に入れて来たのはクリオネとウニだった。買い出し班だった二人は店員から水没都市があるという噂を教えてもらったらしい。
 島の近海にかすかに海面に頭を覗かせる山がある。大昔、その山がまだ海の上にあったころ。
 そこには栄えた都市国家があった。背の高い時計塔がシンボルで、人々は裕福な暮らしを送っていたのだという。
 なにしろ大昔というだけでどれだけ以前の話かも分からず、ふんわりとした言い伝えだけが町に残っていた。
 いまでは海に沈んで見る影もない都市国家。相当深くにまで沈んだのか、普通に潜ったところで確かめようもない海底。

「でもおれたちのポーラータング号なら?」
「……行ってみる価値はあるな」

 ローの言葉にひゃっほう、とクリオネとウニが揃って拳を突き上げた。そんな面白そうなもの、行けるチャンスを逃す手はないのである。
 集まったクルーたちに次の目的地が周知されると、誰も彼もが喜び勇んで水没都市探索へ乗り気になった。
 おれたちの船が潜水艇で良かったァと口々に言いながら出航準備を進める。記録ログが溜まるなり、足早に黄色い潜水艇は出航した。

「いつ見えるかな!?」
「どのくらい深いんだろ」
「魚人島より深いかもしれねェな」

 かの魚人島は海底一万メートルの位置に存在するという。ローから聞きかじっているのでいずれそこを通らなければいけないことをクルーたちは知っていた。
 このポーラータング号でもさすがにそこまで深い場所へは水圧の関係で難しい。だから水没都市があるのならもう少し浅い場所であることを願いながら進んでいた。
 海の底へ沈められた山に沿って下へ、下へ。嵐や人目を避けるようないつもの潜航とは違った航海にクルーたちの士気はいつもと違う。
 全員が操縦室に入り込んで、狭いだの暑苦しいだのと文句を言いながらも目を皿のようにして都市の名残を探していた。
 一番人気なのは投光器の操縦権である。
 くまなく探しながらどれほど下っただろうか。やがて光に照らされて見えた影に明確な人工物があった。

「あっ」
「あったァ〜〜!!」
「オイお前ら操縦盤から手を放すんじゃねェよ!」

 がくん、とバランスを崩したポーラータング号を大慌てで立て直し、それから内部では罵声が飛び交う。

「ふざけんな!」
「すみませんでしたァー!」
「それよか見えたろ! 水没都市探検だァー!」

 とはいえ、安易に外に出るようなものではないので水没都市探検はポーラータング号に乗ったままである。
 一応ハッチもあるので外に出られないわけでもないが、海中を泳いでいるのが巨大な海獣なので人の身では無茶な行為だ。
 かつて陸の上で美しさを誇っていたであろう都市は、おもったよりも綺麗に形を遺していた。
 それだけ頑丈な作りだったのか、海水に強いのか。錆びていたり所々欠けていたり、それから海藻が生えていたりもするが元の形はよく分かった。
 特に時計塔はその大きさからよく目立つ。いまでは魚の良い隠れ家になっているようで、落ち着いた色合いの魚が見え隠れしている。
 アドリアーナもまた興味深くそれを眺めていた。投光器の取り合いをせずともアドリアーナには見える。どういう暮らしをしていたのか。果たしてそれがどれだけ昔のことだったのか……。

「お宝ねェかな〜」
「金だったら光るから絶対見逃さねェ」
「…………」
「こいつらにそんな感受性はねェだろ」

 ローの言葉にアドリアーナは「そうね……」と頷いた。美術館とか秒で飽きそう。

「……? ちょっと投光器貸して」

 順番に使おうということで話が纏まっていたらしいが、アドリアーナは無視してベポの手から投光器の操作スティックを奪った。上がりかけた抗議の声は照らされた箇所を前に静まり返る。
 不自然に開けられた巨大な穴。その前には柱が何本も建てられていて、装飾のあっただろう箇所が不自然に所々空白になっている台なんかもある。

「海底……洞窟……!?」

 勿論行かないという選択肢はなかった。満場一致で突入する。
 ポーラータング号がギリギリ通れるほどの幅であったことが幸いした。


「あれ、行き止まり?」
「上に続いてんだよ、潜望鏡使え」
「なんも見えねェ」
「当ッたり前だろアドリアーナと代われ!」

 賑やかさが倍増した操縦室でアドリアーナは「はいはい」と言いながら譲られた潜望鏡の位置と交代する。
 高さを調節しながら覗いた先、うん? とアドリアーナは首を傾げる。

「空気がありそうね」
「えっ!?」
「浮上できる?」
「できるとおもうけれど」

 ぱっと全員がキャプテンを見た。にやっと笑う口元。「浮上だ」そして歓声が響き渡る。
 洞窟内の高さを見つつ慎重に浮上した先には確かに空気が存在した。山が沈んだ際に抜けなかった洞窟内部の空気がそのまま残っていたのだろう。

「何が残っているか分からねェし、空気があるとはいえ海底だ。慎重に進めよ」
「アイアイ、キャプテン!」

 声を揃え、気合いたっぷりにクルーたちは各々明かりを片手に洞窟の奥へと進んでいく。
 洞窟の入り口に残っていたのは柱ばかりではあったが、儀礼的なもののために用意されていたように思える。
 それがどういう意味を持つのかまでは分からないけれど。通ってきた洞窟内に装飾は見られない。日常的に使っていたものではないようだが。

「箱あったァ! 宝箱かな!?」

 反響して届いた声にお、と反応してアドリアーナはそちらへ寄った。随分と離れた横道にいたので、辿り着いた頃にはなんだか意気消沈している仲間たちがいた。

「箱があったって聞いたけれど」
「それがなァ……先を越されててなァ……」
「ほら」

 小さな紙切れを渡されてそれに目を通す。日付が書かれている。五十年も前のものだ。
 なるほど? とアドリアーナは首を傾げた。既にこの場所に誰か来ていたらしい。
 儀礼用と思われる装飾具を奪ったこと。隠され、収められていた宝も見つけたこと。
 後続の者への煽り文句だ、これは。しかし歳月も含めて先を越されたというのはどうしようもない。
 冒険とはそういうこともあるだろう。ただ、せっかく海に沈んだこんな洞窟まで来ておきながら何もないというのは自分だって嫌だということ。だから先人は、代わりに己の財宝を置いておくことにしたらしい。

「あら、金でできた懐中時計?」
「これはありがてェけどよー」
「あと永久指針エターナルポースも入ってたぜ。欲しかったからいいけどどこのだろうなァー」
「マジ? めちゃくちゃ助かるじゃん」
「……ウチも先人に倣うか」
「何かお宝置いてきます?」

 それには賛成だ。何もないよりはあったほうがいいのは確かである。
 とはいえ金銭価値のあるようなものが今ウチにあっただろうか。アドリアーナは首を傾げた。
 何を入れるのだろうと興味が湧いて、アドリアーナも船へ戻るローに同行してみることにした。
 彼が手にしてきたのは書籍だ。アドリアーナも読んだことのある薬草について纏められた本。

「次に来る奴が読めるかは知らねェし価値は落ちるだろうが、ないよりかはマシだろ」
「あ、じゃあわたしも魔法薬入れてみていいかしら」
「…………ま、いいんじゃねェか」

 ここに来たのが誰かも分からなければ製作者も製造日も不明、そういう薬をわざわざ飲む者がいるのかどうかはともあれ、価値が高いのは確かだろう。
 調剤室から持ってきたいくつかの小瓶にアドリアーナはシールを貼って、それぞれ名称を書いた。
 そういうのをもとにあった宝箱に入れていたら面白がったクルーたちがガラクタにも近い何か――ベポの欠けた爪、不要になった部品パーツ、そこらへんで見つけた綺麗な石――などを次々と放り込んでいく。

「ガラクタだらけになったな」
「……魔法薬でどうにか釣り合いを取ってもらうということで」

 緩和剤で包んだ小瓶にはそれぞれ水中呼吸薬、暗視薬、変身薬などと書かれている。我ながら怪しさ満点だなとアドリアーナは思ったが、己の差し出せる最大級のものがこれなのだ。

 “三番目に辿り着いた見知らぬ誰かへ。財宝はすでに盗られていたので、せめてもの情けでこれを遺す。”

 名は記さない。五十年前に先を行った誰かさんも名を遺さなかったようだし、いらねェだろ、とのことだ。
 箱を閉じてもとの位置へ戻す。ひとしきり探索を終えて、成果は少ない。果たしてあの箱はいつ、だれが開けるのだろう。それを知ることはないけれど。

「こういうのもロマンがあるわね」
「……とんだはずれクジになったがな」

 こっそりと笑みを浮かべるアドリアーナに返して、ローは「引き上げるぞ! 出航準備だ!」と声を張り上げた。

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