13
得たものは少なかったが欲しかったものは手に入れた。
ハートの海賊団は一度記録を溜めたばかりの春島へ戻り、情報を集めに回った。
手に入れた永久指針は、島名と思わしき名前の書かれたメモがセットだったのだという。
しかしハートの海賊団の誰もがその名前を聞いたことがなかった。五十年前のものだというから、恐らくは名前が変わるなり消えるなりしてしまったのだろうということで情報収集が必要になったのである。
答えはすぐに得られた。昔のことは当時を生きた者へ。手あたり次第に島に住む老人へメモを片手に聞いてみれば、ひとりが反応をした。
「へえ……懐かしいねえ、いまはロゾリオ島と呼ばれている場所だよ」
「えっ! ワインの!?」
ロゾリオ島とは、ワインの醸造で有名な島である。輸出もしているが島の位置が偉大なる航路にある関係上、ほかの海へ出てくることは殆どない。出てきてもかなりの高額で取引され、口に出来るのはよほどの金持ちか運良く奪った海賊だけ。
酒飲みに限らず食通が憧れるワイン、なのだそうだ。
手に入れたのはそんな島へ向かう永久指針だったらしい。
その情報を大喜びで持って帰ってきたのはカジカだった。ハートで一番味にうるさく、飲んでみたいと思っていたようだ。
今のところ海軍に追われている気配はない。追ってきたとてそっちには何も与えずに損害を出してやるからな、という脅しがてらの軍艦破壊が効いたのかどうかは分からないが、しかし記録指針の通りには動かないほうがリスクを抑えられるのは確実である。
「次の目的地はロゾリオ島、だ。これを置いていった奴がデタラメを言っていなければだがな」
「ぜったいロゾリオ島でありますようにロゾリオ島でありますようにワイン飲みたいワイン飲みたいワイン飲みたい!」
「血眼じゃん」
「やっば」
若干一名のとてつもなく強い欲望と共にポーラータング号は本来の進路から外れていく。
海上を行く潜水艇、その甲板の上でぴょんと最上甲板部へ飛び移ったのは虎の姿のアドリアーナだ。飛び上がるまではよかったというのに着地でバランスを崩して前のめりに倒れこんだ。
「……四足歩行無理〜!」
横向きに倒れこんでばたばたと足を動かしているが宙を掻いているようにしか見えない。情けない声に見張り番のベポが「うーん」と首を捻った。
「着地だなァ」
「だよねー」
溜息を吐きながらアドリアーナはのっそりと起き上がり、欄干を越えて上甲板側に飛び降りる。
べちゃ。
「前足ほんとに無理じゃない?」
下肢はともかく前足にとことん慣れていなかった。
これはもう手札以前の問題である。
欄干から下を覗き込んだベポが「大丈夫ー?」と声をかけてくれたので、返事代わりにアドリアーナは尻尾をゆらりと揺らした。
慣れない体躯に四苦八苦する虎を眺めているのはベポだけではない。同じくもうひとり見張り番の、イッカクがケラケラ笑いながら投げ出されたアドリアーナの前足を持ち上げた。
虎の手足は人よりも大きい。大きなそれの肉球を躊躇なく触られて、アドリアーナは「うー」と唸った。
感覚としては動物性が強くなる。ヒトの姿であるときはさほど気にならないが、虎の姿で肉球を触られるのは親しい間柄であってもあまり好ましくない。
とはいえ唸り声に獣性はなかった。
「がおー」
「アハハ、迫力ねェな!」
ぐわ、と大きく口を開けてみせても四肢を投げ出した状態だったのでやっぱり笑われるだけだった。脅かすつもりもなかったのでいいのだけれど。
度々そういうふうに虎に変身して慣れようとしているアドリアーナだが、あまり進歩はない。虎の姿が必要になることは滅多にないので過去を思い返してみてもこの姿になったのは両手で数えられるほどしかない。
こうなれるようになってから使わないでいたのは虎の体をうまく動かせないからだった記憶がうっすら蘇ってきて、やっぱりこの魔法使うのやめておこうかなァという思いが胸によぎる。しかし何が起こるか分からないこの海で手札があって損はないと言ったのはアドリアーナ自身でもあるし。
ベポもいるし。虎の姿もけっこう好評だし。あと日向ぼっこすると毛皮が良い感じに暖かくて気持ち良いので。
「やばい、寝そう」
「そろそろ変身解けるんじゃなかったか?」
「あー」
する、と魔法が解けてアドリアーナは人の姿に戻った。手を持ったままだったイッカクにそのまま手のひらを揉まれる。肉球よりは不快感がないので、左手を差し出したままで仰向けに転がった。
日差しは柔らかくて暖かい。いまだ春島の海域なので、気候も穏やかなものだ。
「あれ、アドリアーナ、虎になってるんじゃなかったのか?」
「時間切れ〜」
虎の獣性を持つというのにこの体たらく。虎一年生。生まれたてと言っても過言ではない。
甲板に顔を出したウニへアドリアーナはイッカクから解放された手のひらをひらりと振った。
体を起こして立ち上がり、少しだけ体の違いに引っ張られかけたのを腕を伸ばして意識を切り替える。
「道のりは長いわね」
「おつかれさん。ほら、ブロットは? あと体調」
「良好、春の日差しでとても眠たい」
ペンの先についた魔法石を見せながらアドリアーナは欠伸を零した。空いた片手で抑えながらチェックを終えて船内への扉を開ける。
「昼寝しねェの?」
「雨の匂いがするからやめておくわ」
「はッ!? お前それ早く言えよ! 洗濯物しまえー!」
慌てるウニとイッカク、ベポをよそにアドリアーナはペンを振って、メインマストとサブマストと化している潜望鏡部分に引っ掛けられていた洗濯物に浮遊魔法をかける。
洗濯ばさみやロープも外して扉の内側に置いてあった籠の中にまとめて放り込むと「片づけておくわね」とそれを持って船内へ入っていった。
「いきなり全部飛んで行ったからびっくりしたァ……! アドリアーナか!」
アドリアーナがペンを振ったことに気付かなかったベポが上で驚いていた。 prev|next [
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