14
途中で物資補給のために見えた島に立ち寄りながらもやがてハートの海賊団は目的地であったロゾリオ島に近付いていた。
外の空気を吸いに甲板に出てきたアドリアーナが、う、と鼻を抑える。
「……お酒くさい」
「はッ? 誰も飲んでねェけど……?」
「もっ、もしかしてロゾリオ島が近いとかか!?」
仲間たちが色めく一方で、アドリアーナは袖口で鼻を抑えて顰め面だ。無言で匂いのもとを辿る。風に乗ってずっと向こうから漂ってくるのはワインらしいものではなく、人が盛大に酔っぱらったあとの酒臭さだ。それも数多く感じる気がする。
ハートの海賊団はたいがい宴好きであるのでアドリアーナも酒の匂いには慣れているし、自身も嗜む程度には飲んでいるのだが。
それなのにどうしてこんなにも気に障るのだろうか。ペンの先、魔法石にブロットは溜まっていないし、アドリアーナ自身甲板へ出てくるまで体調に違和感はなかった。
方角を考えると匂いが漂ってくるのはロゾリオ島のほうからだ。アドリアーナは鼻を抑えたまま、もう片方の手で輪を作り覗き込む。
「……見えてるみたい。匂いがキツすぎるから中にいるわね」
「大丈夫かァ……?」
「ベポも出てこないほうがいいかもしれねェな」
顔を顰めたままアドリアーナは船内へ引っ込んだ。潜水艇の壁というのは水を通さないため、そして水圧に耐えるため分厚く頑丈に出来ているので外の音ごとシャットアウトされて楽になった。
アドリアーナは数度深呼吸をしてアルコール臭から意識を散らし、操縦室へ寄ると「島が見えてたわよ。あとアルコール臭がすごかったからベポも甲板に出るときは気をつけてね」と報告と注意をして女子部屋に戻る。
揺れやスペース、増設のしやすさの都合からベッドはハンモックのままだ。はじめは落ち着かなかったが今ではすっかり慣れてしまった。横になって、なんとなく頭痛すらしてきた気がしてアドリアーナは丸くなって眠りについた。
「アドリアーナ、起きれるか?」
「んんー……イッカク?」
「キャプテンが呼んでる。まだ具合悪いんだろ、診てくれるって」
うん、と返事してアドリアーナは起き上がった。マシになるどころか、先ほどは気のせいかもしれない程度だったのにしっかり頭痛がする。起き上がった拍子にぐらっと痛んだ米神を抑えてハンモックから降りた。
イッカクに支えられるようにしながら医務室へ。アドリアーナ自身、思いのほか酷い有様だという自覚はあったので、ローが「そこまで悪化したのか」という声にもまともに答える気力が起こらない。
嗅覚だけではなく聴覚までもがやけに敏感になっていた。仲間の声、廊下をいく足音、遠くの会話──そういうものがすべてアドリアーナのもとへ届いて、それを処理しきれずにがんがんと頭を揺らしている。
「頭痛か?」
「なんか、すごい……おとが聞こえて」
「音?」
「においも。壁が分厚いから外の音は少し鈍いけれど、いつもよりひどい気がするの」
ポーラータング号で起こっている物音や匂いは慣れたものだというのに、いつもよりも拾う感覚が大きい。
なんというか、普段ならば無意識化に受け入れて視野に入れないはずのものが全て視界に入ろうとアピールしてくるというか。
「……ベポも匂いはキツいと言ってたがお前よりはマシな様子だった。聴覚については聞いていないが、お前らは普段同じ程度の嗅覚のはずだろう」
そうなの、とも言えない。タイミング悪く甲板への扉が開閉した音を感じ取り、その隙間から匂いをかぎ取ってしまったからだ。
ローが何事かを考えてながら話しかけているようだったが、聞こえはしてもきちんと理解しているかというとそうではない。処理が追いつかないのだ。
喉や瞼の裏などを確認されたが視診では異常は見られないようだった。申告通り聴覚・嗅覚が過敏になっているための体調不良だろうとローは結論付ける。
「町の反対側に向かっているから今よりはマシになるはずだ。夜は離れた場所に停泊してやるから滞在中はマシなとこ探して休んでろ」
「ええ、そうする……」
「イッカク、送ってやれ」
「ああ。アドリアーナ、立てるか? 女子部屋のほうが遠いからな、そっちのほうがいいだろ」
「だいじょうぶ」
気を使って声のトーンを落としてくれたことに内心で感謝をしながらアドリアーナは立ち上がる。
収まったというよりは情報量の多さに麻痺した気もする。よくはないが、動けないよりはマシなので気合を入れて部屋へ戻った。
せっかく美味しいワインが飲めるはずだったのに、それどころじゃなくなってしまった不運にアドリアーナはこっそり嘆きながら眠りについた。
結論からいうと、アドリアーナの異変はおそらく覇気と呼ばれるものだろうということになった。
ロゾリオ島はその特産から商船の出入りが多い。再び赤い土の大地を越えなければ辿り着けない偉大なる航路後半の海へまで向かうようなものもあり、情報が集まる場としても優秀だった。クルーのひとりが聴覚と嗅覚が突然鋭くなったという話に「そりゃ見聞色の覇気に目覚めかけてるんじゃねェか?」と言ったのはその島で長くレストランを営むオーナーだ。
覇気──悪魔の実の能力とは違い、全ての人間が持ちうる意思の力がより強固に、戦闘技能等に特化して表れる力。
そのうちの見聞色の覇気というのは相手の気配を感じ取ることが出来るものだから、もしかしたらそれに近いものが発現しているんじゃないか、とオーナーは言った。彼自身は覇気を身に着けておらず、客からの聞きかじり程度の知識だと前置いての話である。
情報を集めていたローは十中八九これだろうという確信を持ってアドリアーナにその話を聞かせていた。
「もしお前が感じ取っているのが生物由来のものであるならその可能性が高い」
「…………言われてみればそう、かも?」
「コントロール出来る能力のようだから手探りでもどうにかしてみろ。新世界を行くには必須のようだしな」
「普段から聞き分けているつもりだけど……うーん。まあやってみるわ、どのみちずっとこれじゃ島に近付くたびにしんどいし」
「覇気についてはおれも調べておく。進展があったら報告しろ」
「ええ」
ローに別れを告げて女子部屋へ戻る。離れたところで潜水してくれたおかげで、アドリアーナの認識に入ってくるのは船内と近海のことだけだ。廊下を歩きながら覇気ねえ、とつぶやく。
偉大なる航路後半の海を新世界とも呼ぶらしい。そこには悪魔の実以外の力を持った連中が恐らく当たり前のようにいて。
悪魔の実について初めて知ったときと似たようなカルチャーショックだ。
そういうことが起こるたびにアドリアーナはこの世界にも魔法があって当然では、と思うが、今のところその気配はない。
果たしてこれは無意識化に落とし込めばいいのか、もしくはスイッチのようにオンオフできるものなのか、はたまた己のキャパシティを底上げすればいいのか。
完全に手探りでやらなければならないとなると難しい話だ。感覚的なところが強い気もするし。
アドリアーナは溜息を吐いて、とりあえず部屋に防音シート貼りたいなァと思った。 prev|next [
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