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世界中が注目を集めたその日、ローはおもむろに「船へ戻れ、出航するぞ」と言った。
海軍対白ひげ海賊団の総力戦がシャボンディ諸島で中継されている真っ最中。火拳のエースの執行時刻はまだ訪れず、戦況は上空から乱入してきたモンキー・D・ルフィをはじめとするインペルダウンへ収容されていた脱獄囚たちにより荒れていた。
ローがベポたちへ声をかけたのはルフィが革命家ドラゴンの息子だと明かされてからだ。
途中までは最後まで見届けるつもりであっただろうローはクルーたちが全員集まったのを確認すると高らかに宣言する。
「目的地はマリンフォードだ」
「…………ええええっ!?」
クルーたちは揃って目を剥いて驚いたが、しかし反対らしい反対もせず、各々がきびきびと出港準備を整えてポーラータング号はシャボンディ諸島を発った。
シャボンディ諸島からマリンフォードはほど近い距離にある。たいした苦労もなく、海中をハートの海賊団は潜行していく。
「お前ら、オペの用意をしておけ。麦わら屋を生かす」
青キジが海を凍らせ、白ひげが大地を割る。その影響でか魚はおろか海王類ですらもいない海中に待機しているポーラータング号は、傍受していた電伝虫からの情報を拾うローの号令で慌ただしく動き始める。
ローがなぜ麦わらのルフィを助けようと思ったのか、この場にいた誰も知らないままだったが、それでもいまこの場において医者であるローが動くことはルフィにとって好転と言えよう。
ポーラータング号は潜水艇だ。潜ってしまえば砲弾は届かないし、海軍の実力者たちの殆どが能力者である以上、海のなかは逃げるのにうってつけの場所なのだ。
名目を失ってもはや暴力が暴走しているこの場所で、意図はどうあれ医者を名乗るのは彼のプライドの一端かもしれない。
ローが声を上げる。能力か何かで浮いている、ルフィとジンベエを抱えた赤鼻の男がその二人をローの、ポーラータング号のほうへ放った。
アドリアーナはペンを振ってふたりに浮遊魔法をかけ、丁寧に船内へ運ぶ。
「オペ室までわたしが! 船が安定するまで浮かせたままでいるから急いで!」
「全員中へ入れーッ!」
「機材の準備完了済み!」
「急げ急げ!」
クルーたちは全員が、今日がいままでで一番忙しい日になるだろうと確信していた。
船は海深くへと沈み、追っ手を搔い潜る。
治療においてロー以上の適任者はいない。クルーたちはその補助に回りながら、潜水艇を動かしながら、それぞれが忙しなく働いていた。
アドリアーナは魔法薬を作る専門だ。いや、魔法薬ではないものも作るが、手術においてはアドリアーナに出番はない。ストックされていたあらゆる薬があっという間に数を減らしていくが、いますぐに作らないと間に合わない量でもないので操縦室でベポの補助である。そもそもここまで酷い怪我を負ってしまえばアドリアーナの作る魔法薬では癒えきらないし、急激に再生させたショックで逆に心身へダメージを与えてしまいかねない。
「そろそろ浮上してよさそうだ」
「なら伝えてくるわね。むこうとタイミング合わせましょ」
「うん。合図たのむ」
追っ手のリスクはあるが潜行は潜行で海流に巻き込まれる可能性がある。天候はよし、周囲に海獣の姿もないので安全に浮上できるタイミングだ。
オペの手を一時的に止めてもらって浮上する。
しばらくぶりの外の空気を吸いに甲板へ出て、アドリアーナはちらりと見かけたルフィの様子を思い返して目を伏せる。
医者の腕は心配していない。あれだけの重傷者がふたりもいるのだ、難しくて神経をすり減らすようなものではあるだろうが、それでも一命をとりとめることはできるだろうと思っている。
だが真の意味で治るかどうかは、当人の生きる気力にかかっていた。
はたしてああまでして助けに来た兄を、よりにもよって目の前で喪って耐えられるだけのものがあるのかどうか。
それが分かるのは彼の行く末だけである。
浮上したあと、甲板に出て水平線のむこうを眺めていたアドリアーナは、戦艦の一隻が近付いてきたことに気付いてそばで同じように風を受けて涼んでいたベポへ声をかけて箒に乗る。
それはいやにまっすぐポーラータング号へ向かって進んでいた。アドリアーナが気づくよりも先に、だ。追跡されてきたのなら潰さなければいけない。いまのハートの海賊団は重傷者を抱えているのだ、出来る限り近場での戦闘を避けたい。
雲が視界を遮るほど高くまで登ってなるべく視野に入らない頭上からその戦艦へ近付いたアドリアーナは違和感に首を傾げた。
様子がおかしい。生き物の気配が想定よりもずっと少ない。拡大魔法で覗き見る。
見える範囲、甲板にいる海兵たちは石化していた。動いている者もいるが見るからに海兵ではない。
加えてそこにいるのは七武海のひとり、ボア・ハンコックである。わけがわからない。
状況を読み込めないながらも、どうにもただ海軍に追われているというわけではないようだったのでアドリアーナはしっかりと箒の柄を握って下降した。
「わたしたちを追ってるみたいだけど、何?」
「そなた、ハートの海賊団の者じゃな?」
「分かって追ってきてたのに確認する必要ある?」
最終的には帆でも浮かべて取り上げてやろうとアドリアーナは構えていた。空にいる以上、アドリアーナのほうが有利……だと思うのだけれど。ボア・ハンコックは能力者だし。
「ルフィの……ルフィの容態はどうなのじゃ!? 答えよ!」
アドリアーナは目を丸くして、つい素直に答えてしまった。
「わたしは医者ではないから軽率に話すことは出来ないし、あなたに勝手に教えることもできないわ。オペが終わってからキャプテンに聞いてはみるけれど」
「ならば待つ」
「そう。なら船はこの位置で止めて。オペ中にほかのことに意識を割かせたくない」
ボア・ハンコックは渋面を作りながらも頷いたので、アドリアーナは箒の先をポーラータング号のほうへ向けてまっすぐに戻った。
幸いにもボア・ハンコックはルフィの協力者だったようで、七武海の立場を利用して彼女たちの本拠地である女ヶ島で潜水艇ごと匿われることになった。
女ヶ島は男禁制の島だという。そこを停泊だけは特例で許可されたが、国へは男を入れられない。そういうわけで女であるアドリアーナとイッカクだけで国のなかに足を踏み入れ、物資の調達と容体の報告諸々を担っていた。
現在女ヶ島の許されたほんの一部に滞在しているのはハートの海賊団ほか、泳げるほどにまで癒えていないジンベエである。
ルフィの援護を目的として彼に同行していたらしいイワンコフほか、インペルダウンから脱獄してきたという者たちは九蛇の海賊船が合流した際に別れている。騒々しい面々が去っていくのをアドリアーナは耳を塞ぎながら見送っていた。
「海侠のジンベエは目覚めたけど、麦わら、目ェ覚ますかなァ」
「どうかなァ」
アドリアーナも少しだけ。……少しだけ、想像してみたことはある。アドリアーナは一人っ子だ。兄弟はいない。
ルフィにとってエースというのはそれだけ良い兄だったのだろう。どんな会話をしたのだとか、どういうふうに慕っていたのだとか、知らないけれど。
「元気になるといいわね」
彼はまだ目覚めない。 prev|next [
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