災厄の襲来
帰れないということは、
物語に巻き込まれるということ。
そばにいるということは、口を閉ざし物語を見守り続けなければいけないということ。
保身のために、ただ目の前で行われていく事象に身を任せるしかないということだ。
なにも能力も持っていない私はなおさら、安全な場所でそれを見続けるしかない。
リンクが魘されることが少なくなったしばらくの後、今度は自分が眠れなくなってしまった。
太陽が降りると同時にみんな眠りにつくため、私一人だけそんな暮らしに慣れてないのですぐには寝付けないのだ。
無理に慣れようとしたがその反動でか、毛布に包まっても眠れないままでしばらく横になっていたが、そっと静かに起き上がって毛布を掛けながら小屋から出る。
今日はそれほど肌寒いということはなく、程よい風が肌に触れる。
『風が気持ちいいなぁ……』
半袖だと少し肌寒いけれど、毛布があればちょうどいいくらいに収まる。
夜の冷気に少し目が冴えてしまったから夜空を眺めようかと空を見上げた。
無駄な明かりの無い中の夜空は幻想的で星がきらきらととても輝いていて口をぽかりと開けたまま魅せられていた。
機械の問題か、原作では月しか見えなかったけどこの世界はきちんと星は存在していた。
現実世界も田舎辺りまで行けば空はきっとこんな風なのだろうが、この美しさに勝るものはあるだろうか。
もっと見ていたかったのだけれど、上空は風が強いのかだんだん雲が掛かってなんだか雲行きが怪しくなってきた。
いつまでも曇り空を見ていても楽しくはない。そろそろ寝ようと思い、腰をあげると道で誰かが歩いているのをみた。
(……?誰だろ……)
暗くてわからないけど、
背が高くて黒い……、
髪も、黒でもなく赤っぽい……。
あれ?
……自分以外の外の人間は森には入れない、はずだ。リンクのようにトライフォースの資格を持っているか特別な力がない限り森は人間を受け付けはしないだろう、それを言えば私は何なのかという話だけれど。
デクの樹はそれに関して結局明言することは無かった。
けれどもたしかに普通の人間はコキリの森にまで入ってこれないはず……。
黒……赤………。
もう少し顔を見ようと思って目を凝らす。
あ……れ……?
『……ッ!!??』
思わず家の中へ隠れる。
胸に手をやればドクドクと何時もより速く鼓動が鳴るのがいやに分かる。
片方の思わず握りしめた手に汗がしとどに沸いてくるのが気持ち悪い。
『(何で……あいつ……ガ、ガノンドロフが……!?)』
おかしい、こんなのおかしい……!
なぜガノンドロフが此処に現れる?
魔術でこの中に入れるのか?
それほど奴の力は強いという事なのか?
疑問は深まるばかりだ。
息が漏れないように呼吸を止めたままで苦しくなるが、少しでも呼吸音を聞かれたら殺されるような気がした。
そんなこちらのこともお構いなく、ガノンドロフはただまっすぐ歩き続ける。
狙っているのは、デクの樹。
いや、デクの樹が密かに守っているコキリの翡翠だ。どこから聞き出したのかは知らないが世界を支配しようとしているガノンドロフはそれを狙っている。
物語が動き出した、と私はここでやっと確信した。
家の梯子を降りて巨大に育った木々に隠れながらガノンドロフを追う。
外はざわざわと木々がざわついていた……まるで森の危機が迫っていると知らせるようにいつもより騒々しい。
やがてデクの樹のもとへたどり着く。
様子をうかがうと何やらデクの樹と話していた。
ここは開けているからか、ホール会場のように声が響いて離れていてもここから耳に届いた。
「ゲルドの黒き民よ……早くここから立ち去れ。
おぬしの力は森に影響を与えてしまう、ここへ来るべき場所ではない」
デクの樹が普段見ない厳しい顔付きでガノンドロフを牽制する。
それにガノンドロフが答える。
「貴様のような老木には不要な物だろう、死にたくなければこちらに寄越せ」
「おぬしに渡せば世界がどうなるか目に見えておる。ここから立ち去れ!」
デクの樹が叫ぶ。
思わず足を出す。
いや、今行って何になる?力の無い人間が一人でガノンに敵う訳がないのだ。
ラスボスという脅威に戦いとは無縁だった自分が立ち向かえる訳が無い。
無謀。
この言葉が一番しっくりくる。出かかった足をゆっくり、元の位置へ戻してしまった。
武器もない自分でも、いや、たとえ武器を持ったとしても私に勝つ算段が一つもない……。
やがてガノンドロフはデクの樹へと寄生したゴーマを残し去って行った。
去っていくガノンドロフを見つめているとこちらを向きそうになったので慌てて隠れた。
たぶん、暗くて解らなかっただろう。やっと息をまともに吐けるようになった。
闇へと完全に姿が見えなくなった後、駆け足でデクの樹へと向かった。
ゴーマに寄生されて元気が無く、眉が垂れ下がっていた。
『……い、今のは?』
知らないふりをするのがとてつもなく辛い。
落ち葉が散らつくようになった樹の下でデクの樹を見つめた。
「砂漠に住まう盗賊王、ガノンドロフじゃ……恐らく奴の巨悪な魔力で中に入られたようじゃの…
お前さんは大丈夫かい……?」
こんな時でも人の心配するのもこの精霊らしい。
その言葉にしっかりと頷く。
ただ見ていただけだ、何も傷つくことはない。
毛布をぎゅっと握りしめる。
「う、む……。身体の中にヤツが入りこんで、まるで身体の自由が効かん……」
手を伸ばしてゆっくりとデクの樹を触る。樹のはずなのに感じてた暖かさが少ししか感じられない。
生命を喰らう呪いがデクの樹を蝕んでいるのだ。
物語は始まった……。
知ってたのに。
こうなること知ってたのに……。
ギリ、と手を痛いほど強く握りしめた。
私にはなにもできない……リンクに、まだ幼いリンクにこの世界の命運を託すしかできない。