いのちのお別れ




デクの樹の中から出ると、頭上から葉が落ちてくるのが見えた。
出る前とは違う、茶色の葉っぱへと変わっていた。


『あ……』


上を見上げれば力を失った萎れた葉や枯れた葉がちらちらと散っていた。
まるで秋の終わりと感じさせるような光景だった。
秋の終わりちは命の終わり。
デクの樹の死期はすぐ目の前にあった。
それも知らずにコキリの子どもたちは喜びながらデクの樹に報告しに行ってしまった。


「デクの樹サマ!」

「デクの樹サマ、ゴーマをやっつけたよ!」


それを止めようと手を伸ばして、直ぐにそれを止めてしまった。
私は今なにをしようとした?
自分だけがこの先を知っている。自分だけがそれを知っていて誰にも教えることのないままここまで来た。
そんな自分にリンクたちを止める資格などあるだろうか。
意味を無意味にさせるなんて残酷なこと、出来るだろうか。

蔦を登ったりしてデクの樹の中から抜け出した頃には、もう空は陽が昇っていた。
そういえば自分達は真夜中に戦ってたのか……。


『夜が明けたんだ……』

「ユキセ、大丈夫だった!?怪我は無い?」

「頭打ったりしてないよね?」

「全身打撲とかない?」


ずっと待っていたのかみんな少し眠たそうな顔の中で涙を流すサリアと、
涙は流してはないが、けれど今にも泣きそうな双子のリチェ、リカもこちらを見上げた。
なかなかに的を得たものばかりで見られてたのかと一瞬ドキッとしたけれどあの謎の声のおかげで怪我はない。


『うん、なんとかね。平気だよ』

「よかった……」


チビゴーマやゴーマにやられた傷もあの謎の声のお陰で痛くない。服がところどころ泥で汚れてはいるものの怪我をしたことを悟られずに済んだ。

そういえばあの声がまだ謎のままだ。
誰だったのだろうか。聞き覚えの無い声も何も言葉だけしか理解できないような状態だったが。
今は考えても仕方がない、またあちらから声をかけてもらうしか方法がないのだ。

と、癖の様にポケットに手を突っ込むと手に当たる物があった。
それに気付きいて、リンクたちの方へサリアも双子姉妹も向かってるあいだにそっと輪から脱け出した。

着いた場所は暫く行ってなかった森の中の切り株がある場所。
私が絵を描いていた場所だ。
その辺にあった木の枝で根元に穴を掘って、ハンカチで包んだ蜘蛛を埋める。
そして少しの間両手を合わせた。

ゴーマをあのままにしておくのは可哀想だったからあそこから持ってきてしまったのだ。
操られていたとはいえ、デクの樹を瀕死にまで追い込んだ原因のひとつ。
死体まで持ってきたことがバレると顰蹙(ひんしゅく)を買いそうだったから誰にもバレない方がいい。
周りに私の行動につけてきた子もいなさそうだ、上手く持ってこれて良かった。
きっとここなら陽も当たり、亡骸を養分にして新たな生命を育んでくれるだろう。

自分は……これからどうしようか。
リンクは外へと旅に出ることになるだろう、本人も外の世界に出たがっていたし。
それに比べて力もない、容量の悪い自分がくっ付いて行っても邪魔になるだけだろう。

ここにいた方が良いのかもしれない。
元の世界に帰れるだろうか、その時が訪れるかも解らないからやはり安全という意味ではコキリの森に住んでいた方が良いのかも……。

ただ、友人たちは心配しているだろうか、家族は大丈夫だろうか、様々な心配はある。
行方不明としてしかしたら警察が捜査してるかもと思うと一層逸る気持ちを抑えられないくらいだ。
あの世界には私にとって償わなければいけない人がいるから。

けれど元の世界へ帰ったら二度とリンクやサリアたちに会えなくなってしまいそうで、それはそれで嫌だ。

帰りたいけど帰れない。

帰りたくないけど帰りたい。

私には今はどちらも好きな世界だからどちらにも選べない。不安がいっぱいでなんだか押し潰されそうだ……。


「ユキセ?」

『リ、リカ……?』


後ろから声をかけられて、目に見えるくらいビクッと肩をビクつかせてすぐに振り向けばさっきぶりのリカがそこにいた。
珍しくもう一人片割れがいなくて、一人だけなのは珍しいなと感じたがここでなにをしていたかバレたらきっと嫌われてしまう。
けれどここで嘘をついても仕方ない。


「いないなと思ったらこんなとこでなにしてるの?」

『あ、……えっと、埋めてたんだ』

「埋める?何を?」

『えっと、デクの樹サマの中で暴れてたゴーマていう魔物……って言っても元はただの虫で、呪いはぜんぶ解けたから平気だからっ!なんもないから大丈夫だよ!』


埋めた跡を見ながら話す。
恐らく、リカは訝しげな表情をしてるだろう。
自分は表情を見ることが出来なかった。


「でも、デクの樹サマを苦しめたんだよ?そこまでしてなんで埋めるの?」

『う、うん……、確かに悪いことをしていた。
でもそうするようにかけられた呪い、だと思うから……憎みきれないんだよ、ね』


性善説ありきの話だ、人によっては戯れ言に過ぎない。
この行為はきっとみんなからしたら裏切りのようなものだろう……。
いいや、それ以前に私はデクの樹が死ぬという事を知ってたんだ。……知っていたけれど結局デクの樹は救うことすらできなかった。
これも苦しまぎれの行ないだ。

どもりながらも理由を話すと一拍置いて、ふぅと息をついた。


「……ユキセは不思議だね。急に現れた外の世界の人だと思ってたら、自分だって危ない目にあったのにその魔物の亡きがらを埋めてあげたりするんだもん」

『……やっぱり怪しいかな』

「ううん、優しいなって。ふつうそんなことしないもん。あたしもデクの樹サマを苦しめた魔物は嫌いだけど……みんなにはナイショにしといてあげる」


リカは指を口元に添えながら笑って誰にも話さないよと言ってくれた。
それに少し安堵する。
……あの謎の声に自分よりもデクの樹を助けて欲しいと願えば良かったのかもしれない。
私の生命でも体でもさっさと差し出せば良かったのかもしれない。

けど、しなかった。
物語を変えるのが怖くて。
このまま違うお話になってしまったらと思うと何故か怖くて仕方がない。


「早くデクの樹サマのところに行こう?」

『………そうだね』


切り株に背を向けて、リカと一緒に歩きだした。
木々から漏れる朝陽はとても眩しく感じて、目を細めることしか出来なかった。

もうすぐこの森にも大きな生命が消えてしまう。
ひとことでも彼に感謝の意を伝えなければ。
ああ……ないしょ話みたいに二人きりで元の世界のことを話そうと思っていたのにそれも叶わぬままになってしまった。



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