遠退く現実
ギラギラと輝くピーカン照りの太陽と青空の下、他人から見たら青白い顔だっただろう。
頭痛が酷く、ふらふらな状態のまま家までの道を歩く。
『頭痛い……』
朝からズキズキと押さえつけられるような痛みに襲われていた。夏の暑さも相まって余計に体調が悪化しそうだ。
風邪でも引いたかな。節々の痛みは無いけど……。
そんな病人に知らず後ろからどんと背中に重い衝撃を与える奴がいた。
『う゛っ』
なんか吐き出しそうな声が出た。
後ろを向けば見覚えのある顔が見える。こちらの生命力でもぶん取ったかのように明るい笑顔だった。
「〜♪
どした?元気ないね!」
『嗚呼……頭痛の種がきた……』
「酷くない?」
『酷くない……』
「泣いていい?」
是非とも樹海で泣いていって欲しい。幽霊に迷惑がかからない程度で。
暑いのに密着してくるので背中からひっぺ剥がす。今日の気温は三十度超えだ。
ことさら暑苦しい、やめてくれ。
「なになに?今日はずる休みしてたの?私ちょー寂しかったんだけど」
寂しいと言いながらもニヨニヨウキウキしながら話す友人に訂正を入れる気力が若干湧かない。
もう世間は夏休みに入っていて、学校が休んでもいいよーという夏休みという幸せな期間なのだけれど、休みの間でも部活に行かなければいけなかったりする。部によるけど美術部がそうであって主に制作かおしゃべりか部室の掃除だ。
部員達に暑い中、教室で掃除出来るほどの体力もないインドア派が多いので顧問の担任も指示は適当だ。
『違うから……、病院だよ病院』
がさりと音を立てながら今しがたもらった処方薬の入ったビニール袋を見せた。
この頭痛で病院へ行ったが、結果は風邪と判断された。
今は軽めの鎮痛剤の処方箋をもらって薬を買ったその帰りだ。
早く帰りたいなぁ……と遠い何処かを見つめた。捕まったからには逃げられない。
「えー、じゃあ私が看病してあげる!私の家クーラーガンガンに付けるから涼しいし気持ちいいよ?」
『人の話聞いてた?処方箋貰ったからいいの』
「ユキセのためのベッドもいつでも用意してるからいつでもお泊まりしていいよ?」
『……風邪移したらどうするの』
「風邪って移るの?私ユキセの風邪なら別にいいけれど。あ、なんならうちのドクター呼ぶ?」
『一般人は家でおとなしくするのが普通なのよ、落ち着け』
友人は富裕層にあたるらしく(いや、ベッドが用意されてるのも専用ドクターがいるのも一般としてあり得ない)たまにこうして一般常識が一致しない……というか本人が知らないことがままある。
ままあることなので、その度に一般知識を突っ込ませるのだが友人はそれが楽しいらしい。
「新しいことが増えてくのって楽しいよね!授業の先生が言ってることはよくわからないけれど!」が彼女のいつもの言葉である。
移ってもいいという言葉も彼女にとっては言葉のボキャブラリーの少ない中での、相手を思いやる言葉なのも知ってる。
クーラーガンガン……というのは体が底冷えしそうで避けたいが。
それはいいとして、これ以上こんな暑い外で話が長続きするのは今は御免なので早々に切り上げて彼女と別れた。
別れ際にいつでも呼んでね!と言われたが絶対に呼ばないと思う。
本当にただの頭痛だと思うから。
* * *
夏休みが来ても余りワクワクしないのは小学生より少し大人になったからだろうか。
ほら、宿題とか沢山あるわけで。
寧ろそれをやる為の長い期間じゃないかと思うほどに学校側は容赦なく宿題を出してくるのが嫌だ。
初夏もとっくに過ぎたこの夏、ミンミンジージーと蝉の鳴き声とこれから虫捕りでもするのだろうか、障害物に隠れて子どもの楽しそうな声とともに虫網がヒラヒラと舞っていた。
文化系部活は終わってるこの時間帯、陽も少しずつ傾き初めており辺りは朱い世界へと変わっていた。
その昏くなる世界の朱をボンヤリとただ見つめていた。
普段ならなんでもないはずの夕陽なのに、今日だけは見入る様に見つめていた。
頭が動いていないせいだろうか。見ても何にもならないはず……けれど私はそれに吸い寄せられるかの様にただ見つめた。
見つめ続けて、意識が朦朧としてくる。
逢魔が時、という言葉をふと思い出した。
夕方と夜の曖昧な時間帯、昼が夜へ移り変わる時間帯を指す。
意味は《怪しいものに出会いそうな時》、《著しく危険に出会いそうな時間》などといったものだ。不思議で、不安な時間。
脳内ウィキが仕事した。
もう夕方時と認識したとたんに、余計なくらい胸の内がざわついた。体の危険信号とでもいうのだろうか。
そして胸がむちゃくちゃになるくらい、様々な色がたくさん混ざり合っているような、そんないやな予感がする。
ここで私へ何か起きるとでもいうのだろうか。
この嫌な予感ほど当たる物は無く。
目の前が真っ黒で見えなくて、サアッと血が抜けるような感覚と目の奥が痛むような感覚とで立っていることすら辛い。
フラつく足をなんとか留めて、前かがみになり頭を押さえる。
長い間陽に当たっていた訳ででもない。
すぐさま袋から手こずりながらも紙袋から薬を取り出して少し残っていたペットボトルのジュースと共に胃へと流し込む。
本当は服用する際、水のほうが好ましいのは分かっている、けれど今はなりふり構わぬほど頭痛がするのだ。飲み物の種類にこだわってなどいられない。
はぁ、とそばの住宅の壁に寄りかかる。
少し影になっているから太陽光にあたるよりマシだろう。
けれど急に頭の痛みが最高潮に達し、激痛に悲鳴を上げる暇も無く視界がブラックアウトした。
何もかも聞こえない、見えない、感じない。
宵闇に覆い尽くされるように、そして意識までもが遠退いていった。