ようこそ非現実へ



今、自分がいるとしたら病院だろうか。


それとも家だろうか。


熱いアスファルトの感触はなく、感じる空気は少し湿っぽくほのかにひんやりとして涼しい。
誰かが運んでくれたのだろうか。だとしたらお礼を言わなければ……。

意識が体へと移り、するとお腹に暖かい温もりを感じた。人の腕だろうか、少し鬱陶しいくらいには揺らされた。
人間だろう、だとしたら誰だろうか。
ゆっくりと瞼を開ける。


『んー……』

「あ、お姉ちゃん目醒めた!」


目を開けるとまだ数えるくらいしか見たことの無い素朴な緑の服、さらさらと少年の動きで揺れる金の髪。
ぼうっとした頭の中の思考をフル回転させ、状況を把握しようとする。
リンクがいる、ということはここはあっちの世界だろうか……よく分からない。
でもリンクがいるならここは異世界なのだろう。


『リンク……?なんで、ここに』

「ここでお姉ちゃん見つけたんだけど中々起きなくて」


気付いたらリンクも寝てたらしい。相当寝てたのか……ということは寝顔を見られていたのか、少し恥ずかしい。
たしか目が覚める前は朝から頭痛がして、病院へいった帰りに今まで以上に酷い痛みが襲って壁に寄っ掛かりながら気絶するなぁ……て感じたのは覚えてる。

けれど意識が戻って気付いたらここにいた。その時自分は家へ通じた道路にいたはずだ。
いつもなら切り株の場所でリンクに会っていたのだが、ここは切り株の場所でもなく太陽の陽当たりの良いところだった。

起きたら急にリンクのいる世界にいて、なにがなにやらさっぱりだ。

原因は不明のままで、木が話すことが出来たら良いのだけれどそれは難しそうだ。
この森を守る大樹のように話せれば楽なんだけれどなぁ……と心のうちで呟く。

そこでハッとした。起き上がった状態でも体になんともなかった。
あの忌々しいほどに辛かった頭痛が消えてるのだ。


『あれ、頭痛くないし……』

「大丈夫かの?」

『うん大丈夫、………だいじょうぶ?』


どこから声が?辺りを見回してもリンク以外に人は見あたらない。
聞こえた声は辺りに静かに響くような音だ。
「こっちじゃよこっち」と後ろに今ちょうど寄り掛かってる壁から聞こえ……いや振動が……。


『うぇっ!?』


上を向くと巨大な木々と凸凹した顔のような、鷲鼻が見え風がそよそよ流れてくるからしてちゃんとした鼻らしい。
老いた翁の顔を模した大樹がまさにそこにいた。びっくりを通り越して心臓が飛び出そうになった。
そんな光景を目にして自分は大きく目を開いて固まってしまった。


「お姉ちゃん?」

『……』

「ビックリさせてしまったようじゃの……」


木、木がシャベッタァ……。

驚きすぎてしまって、しばらく現実へ帰ってこられなくなってしまった。
自分にはキャパシティが大きすぎて受け入れきれなかったようだ。
だって喋る木なんて現実ではまったく無いものだもん……。



* * *



「落ち着いたかの?」

『あ、はい……多分。すいません……』

「よいよい、ワシはデクの樹という、お前さんは?」

『ユキセ、て言いますです』


おっとまだ動揺が抜けていないようである。
自分は起きるまでこの大樹、デクの樹サマに寄り掛からせもらっていたようだ。
リンクせめて場所とか言って欲しかったかな。
聞かなかった自分が悪いけど、お互い仕方がないだろう。
まさかいつもの場所にいるのではなく、自分も寄りかかっていたのがまさか年老いた人語を話せる大樹だなんて誰が予想出来たんだ。

私のキャパシティは長い耳の子どもまでしか許容出来ないほど狭いんだぞ。


「リンク、ちょいっと席外してはくれないかの」

「?
わかった」


リンクがこの場から離れ、多少静かになった。
リンクを外させたということはそれほど重要なことを話すつもりらしい。
まぁ彼には私がどこから来たのかも聞いてない、何も知らない子どもだから。


「さて……と、まず今の状況を説明しようかの。お前さんはいきなりこの老木の背中側に"落ちて"来たのじゃ」

『うわ……いきなりごめんなさい……』


思わず謝罪するとホッホッホと笑いながら許してくれた。心の大きい大樹である。
落ちた……どのくらいの高さからは分からないけどよく平気だったな自分。普通それで起きないとはそれだけ図太いということ……という訳では無いんだろう。
今はもうないあの頭痛と関連しているのだろうか。


「そしてワシの所に訪れたリンクはビックリしての。お前さんが此処で寝ていたのがそんなに驚きなんじゃろう。なかなか起きぬお前さんにしまいには泣き出してもうて……」

『(案外泣き虫なのね……)すいません……』


リンク、目もとが赤く腫れてたのはそれだったらしい。
何故2、3度しか会ってないのに泣いたのかは分からないけど。
死んだのかと思われたのだろうか。


「リンクの話によると、スタルキッドにならず、外の遠い所から来たと」


外からってのは方便だ。
内心ドキッとし、デクの樹サマを下から見上げる形で見る。
もしかしたら侵入の罪で殺される……かは分からないけれど魔物に変えられるかもしれない。
神妙な表情を浮かべながら大樹を見上げる。柔和さが滲み出る大樹の相貌は何を考えているかまでは分からない。


「ふむ、詳しくこちらへ来た理由を教えてはくれぬかの?」


意を決して、言われた通り今まで起きたことを少しずつゆっくり話した。

自分は異世界から来たこの世界の住人ではないということ、
切り株に座っていたらいきなり霧が出てこちらへ来れたこと、
その後にひどい頭痛がしていきなりこちらへ来たこと。

自分でも俄かに信じ難く、けれど実際に自分に起きたことを話すが、口の筋肉が硬直したように動かなくてけれど無理矢理動かして伝えた。
今までこんなに必死に自分か置かれてる状況を説明したのは初めてかもしれない。
デクの樹はさわり、とゆっくりと木枝を揺らした。はらりはらりと葉が落ちる。


「ふむ、いきなりとな……」

『急に起きたことに私にはどうしようもなくて……。今までそんなことはありましたか?』

「ワシの記憶にはないのぉ。なんせ、今までそんな例はこの森では無かったからの」


静かにそう答えた。
もとより打開策はないと括っていたけれど……やはり私の他に異世界から人が落ちてきたなどという話はなかった。
今の私にとって同郷の人間も味方もいない、リンクとてこの森の住民だ。デクの樹に庇護される存在だから味方になれない。
正座で座り頭を下げながらデクの樹に懇願する。


『あの、お願いします。どうか魔物には変えないでください……』

「ほっほ、そう心配せずとも。大丈夫じゃよ、お前さんをスタルキッドにはさせんわい。森が外の子であるお前さんを迷わせ、魔物の姿にさせなかったという事はそういうことなんじゃよ」


その言葉に私はやっと緊張を解せた気がした。
ほっとして正座を崩してそのまま座り込んでしまったのは申し訳ない。
だって魔物になってしまったら元の世界に帰れないもの。

仮に戻れたとしても警察等に射殺されるか解剖されるかという悲しい終わり方しか未来が見えない。
とりあえず見つかったからにはもう帰らないといけないだろうなと心の中で思う。

今までのリンクとの逢瀬は分からないがこの森にとっては良くないことかもしれない。
私はいなかったことにした方がいいと思う。
だって、コキリ族は外に出ることは出来ない。だからこそ外の世界から来た私がいたら外に想いを馳せるコキリ族にとって良くない存在だと思う。

リンクと会えなくなるのは寂しいけれど、元の世界に帰らなきゃ……。
胸に両手をぎゅっと握りしめる。



* * *



結果論から言うと、私が帰ろうとした頃にはすでに手遅れだった。
遡るはデクの樹サマと話した時。

あのまま自分はこの異世界へと来てしまったわけで、デクの樹サマと話していた時には日が沈みだいぶ夕方だったので一旦でも帰らないといけない。
元の世界は夏で、陽がまだ斜陽でも夕飯時の時間になる。それにこの世界と元の世界では時間軸がずれてるかもしれないのだ。
それが一度あったために余計焦る。

それにそろそろ帰らないと元の世界に戻れないかも知れないとデクの樹サマに言われた。
何せ前例がない出来事なのだから。
いつ行き来できなくなってもおかしくはない。
それは私も同意見だ。

せっかく少しリンクと仲良くなれたかなと思ったけれどなぁ……。

もともと自分の世界は此処ではない……。
あちらには友人達以外にも家族というものがある。帰れないとなると心配させてしまう。
例え……と自嘲気味に思考を止める、意味のない思考はしても無駄だ。
優しげな声が静かに耳へ伝わる。


「もうお帰り。親が心配するじゃろう」

『……はい』


そう言われ、悲しむからリンクには何も伝えず帰ろうと腰を上げ森の奥へと進んだ。適当に歩いても覚えている切り株への場所。
不思議だと思ってるうちに見慣れた風景へたどり着いた。

切り株の元へ歩きそのまま腰を下ろす。
しばらくすればまた霧が濃くなって元の世界へ戻れるだろうとたかをくくっていたのだが。
切り株の周りの状況に変化が起きない。

一時間、二時間と経つ度に携帯の時計の文字盤を見る度に周りを見渡すが、一向に景色が変わることはなかった。
相変わらず小さな光がふよふよと漂いながら切り株を中心にあちこちを見て回る私を花弁の如く避けている。

目の錯覚でもなんでもない、ファンタジーがそのまま残っていること自体がおかしいのだ。


『そんな……嘘でしょ?』


どのくらい待っただろうか、たしかもう3時間くらい待った気がする。携帯の数字はすでに三つほど時刻が過ぎていた。
しかしいくら待っても結局変化は訪れやしなかった。
そうだ、きっと他に帰れる道があるに決まってる……デクの樹サマならきっと何か案を用意してあるはずだ。
……そうだと信じるしかこの世界の事情に疎い自分にはほかに方法がなかった。
残酷にもその願いは叶わなかったが。


* * *



「うむぅ、遅かったようじゃの……」

『はい……』


予想だにしなかったことに溜め息を零す。
デクの樹サマに報告するためにこの大樹の下へ帰ってきた。今はもうすっかり日が暮れたが不思議とここは視界が開けていた。多少離れていても、デクの樹サマをしっかり視認できるほどだ。

頭痛がしたり倒れたり帰れなくなったり散々な一日だった。
話が終わったかとひょっこり出てきたリンクは頭にハテナが浮かんだ表情をしていた。


「遅かった?」

『えっと……、もう日が暮れちゃってね。私一人じゃ帰れなくなっちゃって』

「えっ何で!?」

『……えーとね』


思わず困った顔をする。
旅人と言っても旅ができるほどの金も道具も持っていない。
どう言い訳を作ろうか悩んでいたところにデクの樹サマが助け舟を出してくれた。


「ユキセは今、修業の身でな。暫く此処に居るようじゃ」

「本当!?」


嘘八百も良い所だ、なんの修行と誤魔化せばいいのか。
この狸……樹だけど。デクの樹を睨む。
もう(心の中で)敬称つけてやらない。

しかし口車に合わせなきゃいけないないらしい……。これで否定しても意味はないだろう、
余計に拗れるだけだ。


『まぁ……そういう訳なの』

「じゃあ俺ん家に住めば良いよ」

『……リンクの?』


嬉しそうな表情を浮かべながら即OKしてくれたリンクに、こちらとしては雨風を凌げる屋根のある場所を確保できたのはとても嬉しいけれど
いいの?とリンクに問う。
疑うとかそういうのではなく、純粋に何故?と。


「だって、困ってたらお互い様でしょ?」


ってデクの樹サマが言ってた、と後付けしたがぽっと出の人間に優しくできるとは……デクの樹は本当にリンクをしっかりと育てているようだ。
なんて良い子なの。
リンクが構わないのなら、とお言葉に甘える事にした。


友人よ、そちらの世界に居る
家族よ、しばらくそちらに帰れなくなりましたと心の中で報告する。なにしろ送る手段がない。

とにかく、私は帰る方法を見つけないといけなくなってしまった。
また私がここで諦めることを選択してはいけないのだ。

少女漫画のように爆発とか扉で帰れるなら良いんだけれど……出来ればそれは避けたい、かな。爆発四散は心臓に悪いし……。
なぜ自分がこんな目に遭っているのか分からないけれど、頑張るしか道はないのである。
途方にくれるなか目の前の彼に手を引かれながら再びコキリの森へと足を踏み入れることとなった。



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