萌ゆる緑に身を焦がす
シンク
「シンク、お前は預言をどう思う?」
「……僕らが消すべきものだろ」
「そうだな。では、お前は預言をどう定義づける?」
「ユリアが産んだおぞましい機構だ。人類を堕落させた毒。そう教えてくれたのはアンタじゃないか」
「そうだ。そう……私がそう教えた。その通りだ」
第五師団の師団長を叩きのめして事実上の下剋上を果たそうとした矢先、ヴァンにあの部屋に呼び出されてそんな問答をする。
席に着いて考え込むヴァンの言いたいことが解らず、その近くで立ったまま腕を組み口を引き結ぶ。この部屋は嫌だ。早く出たい。
そう思うのにヴァンは真剣な顔で考え込んでこちらを見ない。
「何が言いたいのさ」
「……シンク、人を殺された場合。その罪はどこにあると思う。そうだな、教団が命じ、私が剣で誰かを刺し殺したら……その罪は誰のものだ?」
「それは……教団と、ヴァンだろ?」
教えられた神託の盾のルールではそういうことになる。それを指示した者、そして実行した者に罪がある、と。
その理由によっては情状酌量の余地が認められるが、この場合指示を出した教団がより罪が重いことになる。
僕が神託の盾に所属している以上、そのルールに従うのは何もおかしなことじゃないだろう。
「そうだな。その通りだ……ああ、そうだ。そうだな」
「ねえ、これ何の時間? 僕必要?」
「……そうだな、次の質問で最後にしよう。いや……この質問は無意味か。私が調整した結果だ。だがこの差は何だ? あの思考はどこから来た?」
「会話する気がないってなら僕もう出てくけど」
呆れ混じりにそう言ってやれば、ようやくヴァンが顔を上げて僕を見る。
アイスブルーの瞳に射抜かれ、何も言えなくなった。
「お前が失敗作だからか?」
「……っ、ねえ、ほんと、なんなの。何が言いたいワケ」
また返事はない。視線も逸らされる。
それがお前には見る価値もないと言われているようで更に苛立ちを煽る。
僕は置物じゃない。
「導師イオンは預言を“ただの情報”として定義づけた」
それはどっちのことだ。僕のオリジナルのことか、はたまた今の導師イオンか。
オリジナルはヴァンの意向に共鳴していたという。なら違う。
では今の導師イオンか。しかしあの暢気な奴がそんなことを言うタイプには見えない。
「そんな教えは誰もしていない。だが私達が導いていないにも関わらず、導師イオンは自ら守護役を掌握し、導師派の賛同者を増やし、私に言い放った。今は、自分が導師イオンだと」
どうやらヴァンの言う七番目のレプリカの方らしい。
ヴァンは恐らく、僕に話しかけていない。自分の考えをまとめるために口にしているだけだ。
「確固たる自我を持つものにはオリジナルもレプリカもただの一側面に過ぎない。その通りだ」
ヴァンがテーブルに肘をついて指を組む。
あのイオンがそんなことを言ったのか? へらへら笑っている姿を脳裏に思い浮かべるがちっとも想像できない。
確かにドムとしては強いだろう。一方的にぶつけられる感情に溺れそうになったのは記憶に新しい。
あんなものに呑まれてしまえば僕はきっとイオンから逃げられなくなる。確かに、そういう意味ではあいつは確固たる自我を持っていると言えなくもない。
「飾り立てすぎて本質を失っている。確かにな。極端な物言いではあるが、預言とは結局ただの情報でしかないというのも間違ってはいない。エゴで飾り立てて本質を見失っていたのは我々の方だったのか……? 我等は見えてしまったが故に無意味に怯えているだけだと?」
もう帰っていいだろうか。ぶつぶつと呟きながら段々と剣呑な目になっていくヴァンにため息をつく。
ただ喋りかける相手が欲しいならリグレットでも呼べばいい。喜んでヴァンの側に付くだろう。
背を向けようとしたとき、納得したようにヴァンが結論付けた。
「本質を見誤っていたのは私か」
「……終わった?」
「ああ。計画を修正する」
「はあぁ!?」
預言とイオンの話から飛んでどうしてそうなるわけ!?
しかし詳しい内容を言うつもりはないようで、ヴァンはそのまま立ち上がり部屋を出て行ってしまう。
結局僕は何のために呼ばれたんだ。余りにも腹立たしくて、ヴァンの座っていた椅子を思い切り蹴っ飛ばした。
夜になるのを待ち、導師の私室へと向かう。この道のりにも慣れてきた。人目につかないよう注意しながら窓の側で身をかがめ、誰も居ないか耳を澄ませる。
人の声がしないことに部屋を覗き込めばそこに居るのはイオンだけだ。鍵を開け、最低限開けた窓の隙間からするりと身体を滑り込ませた。しかしイオンが起きる様子はない。
今日は起きないのか。それともまた体調を崩してるのか?
窓を閉めて足音を立てないようにベッドに近寄る。無防備に眠るイオンがそこに居た。すうすうと寝息を立てて眠っている。
会いに来いと言ったのはそっちだろうとか。お前ヴァンに何を言ったんだとか。文句が胸の内でとぐろを巻く。
叩き起こそう。叫ばれてもいいように部屋に防音譜術を張ってから拳を握り締めたところでわかば色に縁どられた瞼がゆっくりと開いた。
「ん……シンク……?」
「チッ、起きたか」
覚醒しきっていない顔で僕の名前を呼び身体を起こすイオンに、折角殴る機会だったのにそれを逃したことに舌打ちが漏れた。
目を擦りながら首をかしげるイオン。ベッドの端に腰かけながら、さっさと起きてくれると言えばへらりと笑った。
「会いに来てくれたんですね、嬉しいです」
「アンタが来いって脅したんだろ」
「提案しただけですよ?」
「だったら覚えときな。あれはまごうことなき脅しだよ」
「ふふ、はい。覚えておきます」
何が楽しいのかニコニコ笑ってあくびを一つ。
元々覚醒が早いのだろう。数度瞬きをすればいつもの顔になった。多少寝ぐせはついてはいるが。
だが完全に目が覚めたのならちょうどいい。
「アンタに聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「ヴァンに何を言った」
僕の問いにイオンは解りやすく嫌そうな顔をした。
ふい、とそっぽを向く姿はいつも以上に幼い。
「知りません、あんな男」
「あんたがそんな反応するのは珍しいじゃないか」
「だって僕よりシンクの側にいるドムですよ? 好きになれるわけないじゃないですか」
何でこいつは存在しない仮想敵を見出して勝手に不機嫌になってるんだ。呆れて見せつつ、その言葉に喜びそうになるサブの本能を無理矢理胸の奥へと押し込んだ。
というか仮にも導師のレプリカなのだから、そんな私情で主席総長兼詠師であるヴァンを嫌うのは如何なものか。
「アンタ自分の立場解ってる?」
「解ってますよ。導師です。……導師の権力でシンクを守護役に移動させるのって出来ると思いますか?」
「出来るわけないだろ!? 馬鹿じゃないの!?」
余りにも馬鹿なことを言いだすイオンに思わず叫んでしまった。防音譜術を張っておいて良かった。
こいつ覚醒してるふりして実はまだ寝ぼけてるとかじゃないだろうな。
怒った僕にイオンは不貞腐れた子供のように俯いた。ぎゅう、と細い手が毛布を握り締める。
「だって、シンクが欲しいんです」
「僕は物じゃない」
「解ってます。パートナーになって欲しいって意味です。公然とシンクは僕のサブだって言いたいんです」
「やっぱり物扱いじゃないか」
「パートナーだって言ってるじゃないですか。前にも言ったでしょう。ドムとサブは平等ですよ」
「そんなのアンタだけの理想論だ。ああ、もう。そんなことはどうでもいいんだよ。アンタ、ヴァンと何を話したわけ?」
ずれかけていた話題を修正すれば、イオンはまたむくれた。ヴァンの話はしたくないらしい。
それでも僕が引かないと分かったのか、ため息をついた後にそっぽを向いたままぼそぼそと答えた。
「……レプリカだってあからさまに見下してくるので、今は、僕が導師イオンだって言ってやっただけです」
「アンタ……消されたいワケ? 自分の立場、全然解ってないじゃないか。成功作とはいえアンタだって所詮代用品だ。都合が悪ければ切り捨てられる。それともそれが解らない程馬鹿だった?」
「それくらい解ってます。でもシンク、考えてもみて下さい。新しいレプリカを作るのにどれだけ手間がかかりますか? お金もかかりますよね? 周囲にばれないよう入れ替えるのにも気を遣うでしょう。万が一入れ替えたとしてもそれに合わせて守護役をもう一度総入れ替えなんてすれば、流石に周囲に怪しまれます。僕を新しいレプリカにすり替えるには、手間もリスクも一度目のすり替えの比じゃないんです」
「それは……そう、かもしれないけど」
当然のように告げられた言葉は、理解は出来る。けど納得できるかは別だ。だって僕等は代用品だろう。必要とされなければ、息することさえ許されない。
なのにそんな僕を置いて、イオンは自分の胸に手を当てて自信に満ちた顔でこう言った。
「でしょう? だから言ってやったんです。僕の立場は導師イオンだって」
お前が失敗作だからか? という昼間に聞いたヴァンの声が頭の中でリフレインした。
ふふん、と胸を張るイオンを見て理解する。確かに、僕はこうはなれない。こんな自信、僕は持てない。僕はこれと比べられたのだと理解してしまった。
沸々と湧き上がるのは怒りか、はたまた劣等感か。歯噛みする僕の顔をイオンが覗き込んでくる。仮面を取ろうとしてくる手を叩き落とす。
「……預言についても話したんだろ」
「預言ですか。みんな好きですね。毎日毎日、飽きないんでしょうか」
「アンタ仮にも導師だろ……」
「ヴァンにも言いましたけど、所詮預言なんてただの情報でしょう。うまく利用すればいい。それこそ天気預言みたいに。それなのにそれを崇高だの何だのと……馬鹿馬鹿しい」
その吐き捨てるような物言いは初めて聞くものだった。
嫌悪を滲ませるその表情は、鏡で見た自分のものと似ていた。同じレプリカ同士とはいえ、顔が似ていると感じたのはこれが初めてだなと考える。
「イオンも、預言が憎い?」
「ただの情報にそこまで感情を裂けるほど僕の胸の内は広くないんです。今はシンクのことでいっぱいなので」
「……本当に何でアンタが導師なわけ?」
すがすがしい程預言に対する優先度が低い。これを慕う導師派の奴等に同情を覚える程だ。
少なくとも導師を崇める奴らにこいつの本性が知れたら全員唖然とした後、だましたのかと罵るに違いない。
こいつにとってそれほど教団の人間が崇める預言も、僕以下の存在らしい。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
ため息をつけばイオンが後ろから抱き着いてくる。筋肉の付いていない薄っぺらい身体が思っていたよりも温かい。
「はあ……なんでヴァンはこいつと話してあんな結論に至るんだ」
「ヴァンが何か言ったんですか? シンク、酷いこと言われました? 僕からヴァンを叱っておきましょうか?」
「想像しただけで絵面が酷いからやめてくれる?」
「お稚児趣味の噂が加速していて流石に目に余るのでって導師として詠師会で注意するから大丈夫です。そしたらシンクに迂闊に近寄れないでしょう?」
「やめてよね! 僕がそういうことされてるって疑われるじゃないか!」
「それはいけませんね! やめておきます!」
思わず叫んだ僕にイオンも真剣な顔で言い返してくる。
本当になんでヴァンはこいつと話してあんな結論に至ったんだ。頭を抱える僕の仮面を、イオンの手が取り去る。
返せと言いながら振り返れば、色に濡れたわかば色の瞳がすぐそばで僕を見ていて。
「せっかく来てくれたんです。シンクのお話が終わったなら、僕といいことしましょう?」
しまった。逃げ遅れた。
そう気づいた瞬間には、僕の口はイオンの口でふさがれていた。