萌ゆる緑に身を焦がす
イオン
僕の下でもがく身体を精いっぱい抱きしめて口づけを繰り返す。
転がるようにベッドに押し倒されたシンクは僕の背中に腕を回して必死に息をしようとしていた。
キスが下手くそすぎる。経験が全くないのだから当然と言えば当然だが。
それに上手くてもそれはそれで腹立たしい。僕以外の誰かとしているということだから。
「ん……ッ、イオ、ふ……ッ、やめ、んっ、やめろ、んん……ッ」
抵抗の言葉すら食べつくす勢いでシンクの口を貪る。少年特有の柔らかい唇はどれだけ食んでも飽きない。
息を乱し、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる姿を見るだけでもっともっと欲しくなる。
もっともっと征服したい。僕だけのものにしたい。僕だけを見て、僕だけを愛して。
「シンク、噛んじゃ嫌ですよ」
「はっ、何を、んンッ!?」
ぬるりと口の中に入り込んだ舌にシンクの声がひっくり返った。
咄嗟に押し返そうとしてくる舌に自分の舌を絡め、裏筋を舐め上げて舌先を啜ってやる。
未知の感覚に身体を跳ねさせるシンクが愛おしくてたまらない。口の中を荒らされて、必死に僕の服を掴んでいる。
歯列をなぞり、顎裏を舐めて思い切り舌を吸ってやる。びくびくと跳ねるシンクは最早されるがままだ。
それなのにコマンドでもない噛んじゃ嫌だという言葉を必死になって守っている。ぎゅっと目をつぶって必死に耐える姿に興奮してしまう。
思う存分堪能してから口を放せば、混じりあった互いの唾液が糸を引いた。
ふつりと切れるそれを名残惜しく思いながらも上体を起こし、舌なめずりをしてシンクを見下ろす。
息も絶え絶えといわんばかりに胸を上下させ、赤い顔でぼうと宙を見る姿は放心しているようにも見える。目尻から溢れた涙がこめかみを伝っていた。
うん、これ以上先は無理だな。まだ早すぎる。そう判断して自分の劣情を何とか押し込めた。
それに先に進むのはいつでもできるが、この状態のシンクを愛でることが出来るのは今だけだ。それならばもっと堪能しておかなければ。
熱に浮かされたような瞳で僕を見るシンクを、よく頑張りましたと褒めて瞼に口づけた。
「こ、んなの……っ、なんの、意味が……っ」
「意味ならあるに決まってます。こんなにも可愛いシンクを見れるんです。この姿を見ていいのは僕だけで、シンクがこの姿をさらしていいのも僕だけなんです。解りますか?」
「あんたのっ、サブに、なるとは、言ってない……っ」
「そうですね。でもシンクは逃げなかった」
そう指摘してやればシンクはキッと睨みつけてくる。可愛い。
「だからもっといいことしましょう。プレイは初めてですよね。コマンドって本来こう使うものなんですよ?」
「意味が解らないって言ってるだろっ」
「シンク、『僕を見て』」
シンプルなコマンド。前世風に言うなら、Look。ただそれだけのコマンドにシンクの視線は僕に固定される。
呼吸が整いかけてもまだ顔は赤いままだ。じっと見降ろせば潤んだ瞳が僅かに不安に揺れている。
「ふふ、ちゃんと良い子ですね。じゃあ次です。『抱きしめて』?」
歯噛みしたシンクが少し悔しそうな顔で上体を起こす。ゆっくりと伸びてきた手が壊れ物でも扱うような手つきでそっと僕を抱きしめた。
もっときつく抱きしめてくれてもいいのにと思うが、神託の盾兵のシンクが目いっぱい僕を抱きしめたら多分僕は文字通り押しつぶされる。
シンクなりの気遣いなのかも、と思えばこれはこれで悪くない。
「上手です。こんなに優しく抱きしめてもらえるなんてすごく嬉しいですよ。シンクがこんなにいい子だなんて思いませんでした。良い子ですね、シンク。たくさん褒めてあげますね」
僕からも抱きしめ返して、目いっぱい褒めてやる。簡単なコマンドを達成する度に浴びせられる褒め言葉。続けざまに与えられる肯定と愛情に、サブの本能は少しずつ蕩けていく。
僕はシンクが受け入れてくれて嬉しい。シンクはたくさん褒められて嬉しい。ほら、こんなにも『良いこと』だ。
本来ならば互いのNGを確認してセーフワードを決めた後やるべきなのだが、そこはちょっとずるして飛ばした。
今回はそこまでガッつかないから許して欲しい。シンク、ちょっとしたことでセーフワード連発しそうだし。
「シンク、『キスして』?」
目がとろんとしかけたシンクにそう囁けば、真っ赤にした顔を歪ませて少し躊躇。僕も余り強くダイナミクスの力を乗せていないのでできる猶予。
けれど眉根を寄せながら、おずおずとキスをされる。何て幸福! 柔らかい唇がこんなにも甘美だ。
角度を変えて何度も繰り返される不器用な口づけにぞくぞくしたものを感じてしまう。でも我慢だ。劣情はぶつけない。そう決めた。
「ん。シンク、嬉しいです。本当に口づけてくれるなんて」
「あ、あんたが、しろって……言ったんじゃないか……っ」
「そうです。僕が言いました。僕の言葉を聞いてくれた。何度もキスしてくれた。これが嬉しくない訳がないでしょう? シンク、良い子。良い子です。可愛いシンク。僕のシンク。僕はこんなにも貴方が欲しい」
きっといろんな感情がぐちゃぐちゃに違いない。泣きそうなくせにこちらを求めている。嫌がりながら喜んで震える身体を抱きしめる。
赤い顔。呼吸は乱れたまま。前よりは薄まったのだろうけれど、それでもまだ僕が嫌いなのか。それとも意地を張っているだけか。あるいはサブの本能に従うことに戸惑いがあるのか。
ベッドに両手を付けさせて、そのまま待機を命じる。その顔にキスを振らせながら貴方が欲しいと、上手だ、とてもいい子だと繰り返す。
キスをしようと唇を近づければ命じても居ないのに口が半開きに開いた。
もうこのまま最後まで食べても許されるんじゃなかろうか。いや、僕の体力がもたないな。どっちにしろ無理だった。
『キスして』『僕を呼んで』『見て』『ハグして』
ひたすらに簡単なコマンドを繰り返しては褒めちぎり、じっくりと心を溶かしてやる。
サブスペースに入るのは無理でも、せめてサブとしての幸福くらいは知って欲しい。その姿を見ることこそ僕達ドムにとっての幸福につながるのだから。
けれど一気に襲い掛かってきた多幸感はシンクにとって恐ろしいものだったらしい。
何度目かの『ハグ』を要求したところで、シンクはもう嫌だと声を上げてしがみついてきた。嫌なのにしがみつくのか。可愛いな!
「こんなの知らない……っ、いやだ、イオン、これ以上はいやだっ、頭がおかしくなるっ!」
「おかしくなっちゃうんですか?」
「頭が溶けそうなんだよっ、なんだよこれ! 無理っ、僕が僕じゃなくなるっ! 変になる! いやだ、イオン、イヤだ……っ、たすけてっ!」
ぎゅうとしがみ付かれて泣きじゃくるシンクにちょっと内臓が飛び出るかもしれないと思ったが、それ以上に僕に助けを求めてくるシンクにこれ以上ない程の興奮を覚えた。精通してないけど射精しそう。
怯えるシンクを抱きしめ返しながら大丈夫ですよとひたすらに繰り返す。ガッつくつもりはなかったが、これだけでも駄目だったか。
「シンクの中が僕でいっぱいになっちゃったんですね」
「そうだよ……なんだよこれ、こんなの知らない! 何とかしろ! イオンのばか!」
「怖いですか?」
「怖い……!」
「大丈夫ですよ。それは気持ちいいってことです。シンクを壊すものじゃありません。だから大丈夫。僕がシンクにすることです。変なことじゃありませんよ」
ゆっくりと背中を叩きながらしゃくりあげるシンクを落ち着かせる。
ドムに全てを委ねるのが怖いのならば、これ以上はもうやめておいた方が良いだろう。少しずつ慣らしていこう。
そうして落ち着かせていく内にシンクの手が緩み、泣き声は寝息に変わった。
無防備な寝顔に愛しさが溢れて目尻に溜まった涙を唇で掬い上げる。それでも流石は神託の盾。眠ったのにがっちり服を掴まれている。僕の力では離れそうにない。
「……既成事実を作るのもありですね」
どうしたものかと思案してそう結論付けた僕はこのまま寝ることにした。毛布を引きずり上げて一緒に被る。ぎゅうとシンクを抱きしめながら目をつぶる。
きっと今夜は素晴らしい夢を見られるだろう。狭いベッドに二つの身体を押し込んで、僕はゆっくりと夢の中へ旅立っていった。
そうして幸せな眠りについたのだけれど、翌朝にはシンクの姿はなかった。
隣にない体温にがっかりしつつ、起こしに来てくれた守護役の子に笑顔で挨拶をする。
朝食を取り、鏡の前で身支度を整えながら考える。
やっぱりシンクが欲しい。なんとしてでも僕のサブにしたい。
自分の中にこんな激しい感情があったとは驚きだ。いや、そもそもこれは本当に僕の感情なのか?
イオンになって段々と考え方が変わっていっている自覚はあった。前世の記憶をベースにしていることは変わらないが、それでも自分が変化しているのが振り返ればわかる。
そもそもヴァンとの対話もそうだ。初めて顔を合わせた時は間違いなく怖いと思ったのに、レプリカであることを踏まえてなおあんな風に振舞えるなんて。
これはこの身体に僕の精神が馴染んでいる、ということなのだろうか。それともイオンとしてこの世界に適応していっている?
しかし僕の知るイオンと、今の僕は違いすぎる。敬語を取り払った僕の喋り方はどうあがいても前世のものとは程遠く、むしろシンクに近かった気がする。
「……ま、どうでもいいか」
考えても仕方がないと、ペンダントを首にかけた。音叉の杖を手に取ればこれで身支度は終了だ。今日の仕事をこなさねばならない。
それに優先して考えるべきことは山ほどあるのだ。答えの出ない問に、いつまでもかかずらっている場合ではない。
近々やってくるであろうヴァンともどう相対すべきか、自分のスタンスを決めなければ。
そう結論付け、疑問を空の彼方に放り出す。
震えるシンクを思い出しながら、早く手に入れたいなあと独り言ちた。