萌ゆる緑に身を焦がす


「紹介しよう、第五師団のシンクだ」
「……どうも」

 リグレットに招待を受けて足を運んだのは、教団や神託の盾に在籍するサブの集まりだった。
 パートナーの居ない奴は庇護してくれそうな、あるいは危険そうなドムの情報共有。パートナーの居る奴も暴力的になりがちなドムの対処方法の相談などをしている互助会のようなものらしい。
 それ以外にも情報収集には有益な場だと言うことで、僕もその密かな集まりに招待されたのだ。

 男女ともに入り乱れるその集まりはサブばかりということである意味危険はない。
 が、パートナーの有無や困っていることがないかなど質問攻めにあったところで気疲れしてしまい、よろよろと壁際のドリンクスペースに足を運ぶ。
 用意されているアイスティーを一気に煽れば、自然とため息が漏れた。

「お疲れ〜。新人の通過儀礼お疲れさま!」
「……アニス・タトリンか」
「あ、覚えてたんだ。そうだよ。アニス・タトリン。導師守護役。よろしく!」

 壁を背にして新しいドリンクを片手にしていたところで声をかけられたが、見知った顔にふいとそっぽを向く。
 こいつは気に入らない。イオンはアニスの懺悔を聞くのは導師の仕事の一環と言っていたが、あの膝に縋っていた姿を思い出すと嫌でも心が波立つからだ。
 なのにアニスはジュースを片手に勝手に僕の隣に陣取る。背中に背負っていた不細工な人形が壁に挟まれて潰れていた。
 こいつ、ここに居座る気か。

「イオン様がパートナーだって言ってよかったの?」

 が、その質問に守護役としての仕事も兼ねているのかと察して追い返すのはやめた。
 イオンは身体が弱い。そのせいか、守護役を使うのがうまい。ここでの情報収集もアニスに任せているのかもしれない。なら僕が邪魔しては駄目だろう。

「許可は貰ってる」
「そっか、ならいいや。あー、でもイオン様って結構色んなサブの子達に狙われてたからさ。嫌がらせとかあるかも。それだけ気を付けた方が良いよ」
「ご忠告ドーモ」
「ま、気持ちは解るけどね。イオン様本当にドムなのか疑いたくなるくらいに優しいもん。暴力とかなさそう」
「まあ……暴力はないね」

 そんなことをしてもイオンの方が先に息が切れるし、なんなら殴ったとしても僕へのダメージは殆どないと思う。それくらいイオンは力が弱い。
 その代わり僕の尊厳は別の方法で毎回擦り切れているので、どっちが良いかと聞かれればちょっと悩む。単純な暴力の方が耐えやすいからまだマシなのかもしれない。

「だよねえ。正直イオン様がプレイしてるとこって想像できないんだよね。実際何してんの? 椅子になってるとか?」
「あんたイオンのことなんだと思ってんの?」
「ぽやぽや導師」
「……」

 それは表向きの顔だと言いかけた言葉を寸でで呑み込んだ。
 ヴァンと話している時のような顔は守護役達には見せていないのだろう。僕と居る時の顔は言わずもがな。
 ならアニスの発言も間違ってはいない。

「面白そうな話をしているな」

 リグレットが飲み物片手に寄ってきて、この話がまだ続くのを察して舌打ちを漏らしたくなる。
 サブの集まりは初めてだが、まさかプレイの内容まで暴露するのが常なのだろうか。

「やっぱ気になりますよねえ! イオン様のプレイ!」
「前に聞いた時はある意味恐ろしいと思ったが、相変わらずか?」
「そうだよ。悪い?」
「悪くないさ。いたいけなサブに間違った常識を教えている訳でもないからな」

 リグレットの言葉にそういう理由で新人にプレイ内容を聞いているのかと納得した。
 確かに何も知らないサブなら、不必要な暴力を受けてもこれが普通だと言われてしまえば信じてしまうのかもしれない。

「えっ、なになに!? 気になる! イオン様どんなプレイしてるんですか?」
「そうだな……私の聞いた限りだと、理性が蕩けて多幸感に溺れさせるようなプレイ、だろうか」
「えぇえ〜〜? 想像つかなぁい。ねえシンク、どんなプレイなの?」
「……簡単なコマンドを連発してひたすら褒められるだけだよ」
「なにそれ! いいなぁ! 羨ましい〜!」

 心底そう思ってるというような顔で言われて思わず怯む。実際受けてみればそんな良いものでもない。だって何もさせてもらえないのだ。
 けれどアニスは本当に羨ましそうな顔をしている。何ならアニスの声を聞きつけた他のサブ達もアニスから話を聞いて羨ましいと連発してきた。
 中にはギラついた目でこちらを見てくる奴もいて、どうやら僕のされているプレイは本当に他の奴等がしているプレイとは毛色が違うらしい、というのを理解させられる。
 ただ余りにも羨ましいと連呼されるとこっちも苛立ってきてしまう。そんなに良いものでもないのだ。本当に。

「そ、んなに……良いものじゃない」

 だからそう言い返せば、何が不満なのだと逆に聞かれてしまった。
 アイスティーを煽り、イオンとのプレイを思い出す。主導権など欠片もない、一方的な侵略にも似た行為。本質で言えばこいつ等が受けている扱いとほとんど一緒だと思う。
 けどこいつ等から言わせればそんな良い扱いを受けているくせに、といったところか。驕るな、と言われているような気がして更に苛立ちが増した。
 言い返してしまったのは、反射的なものだった。

「良いものじゃないって言ってるだろ。完全に頭も体も支配されて、何もさせてもらえなくなるのにどこが羨ましいのさ。ただ与えられる言葉に溺れて、こっちは息も出来なくなってるっていうのにアイツはそれを見て可愛いだの良い子だの連呼して……アンタたちは理性も羞恥心も何もかもはぎ取られて、自分じゃ手足一つ動かせなくなった状態で全部暴かれるのが本当に羨ましいわけ?」

 僕の言葉に言い募っていた奴らがしんとしてしまう。何故かごくりと生唾を飲み込んでいる奴もいた。
 変な空気になってしまった。苛立ちに任せてアイスティーを飲み干す。口を開いたのは黙って話を聞いていたリグレットだった。

「……シンク、お前まだ簡単なコマンドしか使われたことがない、と言っていなかったか?」
「そうだよ」
「まだセックスまで行ってないんだろう?」
「そうだよ! なんだよ、悪い!?」
「悪いというか……ただの触れ合いだけで既にその状態なんだろう? その、更に踏み込んだ関係になったら、どうなってしまうのだろうな、と思ってな」

 リグレットの言葉に中身を飲み干したカップを取り落としそうになった。
 正直、男同士のセックスの仕方なんて未だに知らない。イオンに尋ねたことはあるが、段階を踏みましょうとしか言われなかった。
 つまりイオンとしてもいずれそこに到達する気はある、ということだ。

 騎士団での猥雑な会話から、セックスには繁殖以外にも快楽を伴う行為として好まれていることくらいは流石に知った。男は特に理性が飛びやすいということも。
 リグレットの言葉に今の状態に更に性的快楽を追加されることを察し、僕はカップを片手に青ざめてしまう。

「……僕が死んだら第五師団は頼んだ」
「諦めが早すぎないか?」
「だって無理だろ! 今ですらこんななのに!! これ以上なんて受け止められるわけないだろ!! 僕の意思なんて根こそぎなくなるに決まってる!!」

 逆切れをかます僕をリグレットが宥めにかかる。
 怒鳴る僕に他のサブ達も慌ててプレイで死んだ奴は居ないと言うが、そんなのイオンのプレイを知らないから言えるのだ。

 そこから僕は男同士のセックスについて教えられた。
 痛くないよう、恥ずかしい思いを少しでも減らせるように自分で事前準備した方が良いとか、後始末をせずに寝ると腹を壊すとか、そんなことを色々と。
 ただ僕の場合事前準備の段階でイオンに前後不覚にされる可能性が高いので自分で準備していった方が心身的に楽かもしれないというアドバイスも貰った。そんなこと知りたくなかった。
 ついでに何か聞きたいことがあるなら今のうちに聞いておけと男のサブに言われて、カップを片手に考える。

「……キスの時の負担をもうちょっと軽減したいんだけど、何か方法ない?」
「キスの何が負担なんだ?」
「負担だろ。してる内にどんどん理性がそぎ落とされるし。口の中を延々とかき混ぜられて息もできなくなる」
「シンク……多分それもイオン様だけだぞ。普通はちょっと唇を触れ合わせて、舌をすり合わせて終わりだ。そこまで時間はかけない」
「嘘だろ……」

 そもそもそこから違うのだと知って僕はまたショックを受けた。
 最早僕を羨ましいというサブはいない。全員が同情の目を向けてくる。

「シンク、イオン様が体力無くて良かったね。でなきゃ多分今頃シンク溶けてなくなってたんじゃない?」

 アニスの言葉に僕は何も言えなかった。

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