萌ゆる緑に身を焦がす
「……あのさ」
「はい」
「僕には……ヴァンみたいに喋らないわけ?」
シンクが泊まりに来たある日、いつものように一緒になってベッドに腰かけていたら突然シンクがそんなことを言いだした。
仮面に隠されていない表情はどこか不貞腐れているようにも見えるし、恥ずかしがっているようにも見える。
「ヴァンにあの口調で話すのは彼が嫌いだからですよ?」
「もう協力者になったのに?」
「それはそうなんですけど……やっぱり嫌いなので」
「あ、そう……」
だって僕よりシンクの近くに居るドムで、シンクにコーナーのコマンドを使ってトラウマを植え付けて、シンクを売ろうとした男だ。
ヴァンも僕やシンクを仲間としてきちんと敬意を払ってくれるようになったと思うが、それはそれとしてやっぱりムカつく。
「シンクが謝罪を受け入れたのですから僕に口を挟む権利はありませんが、やはり過去の扱いに思うところもありますし」
「アンタもしつこいね」
「シンクが大事だからですよ?」
「そ。じゃあ気を許してるからあの話し方をしてるってわけじゃないのか」
「シンク、敬語というのは敬意を払うからこそ使われているんです。ヴァンに敬意が必要ですか?」
「それ外で言わないでよ、頼むから」
多大に呆れを含んだ声音で言われたので、にっこりと微笑んでおく。
導師イオンとして主席総長を嫌っているなどバレたら色々と面倒くさいことぐらいわかっている。
実際、計画の一環としてヴァンは導師派であると公言するようになった。
ここで不仲説など出てしまえば最悪シンクとの時間が削られる。そんなのごめんなので、きちんと人目があるところでは猫を被る所存だ。
「ヴァンに敬意がいらないなら僕にもいらないと思うけどね」
「僕の可愛いサブになんてことを言うんですか」
「主席総長に敬意を払わないなら謡士風情も要らないだろって言ってるんだよ」
「表向きはちゃんとしてるじゃないですか。プライベートで誰に敬意を払うのかは僕が決めます」
「ああそう……」
また呆れたようにため息交じりに雑な相槌を打たれる。
しかしここまで来れば流石に気付く。肩を落とすシンクの顔を覗き込みながら、僕はにんまりと笑みを作った。
「シンクもこっちの口調で話して欲しいの?」
「……誰もそんなこと言ってないだろ」
僕の視線から逃れるようにシンクはぷいとそっぽを向いた。
本人は隠しているつもりかもしれないが、頬が赤い。図星のようだ。
「じゃあ今日はこっちでプレイをしようか」
「は? 何でさ」
「たまにはいいだろ? ほら、『座って』」
ロールプレイをご所望ということで、早速シンクの希望に応えることにする。
床を指差してコマンドを出せば、シンクはびくんと身体を反応させてからゆっくりと僕の足元に座り込んだ。
赤い顔で睨まれてもちっとも怖くない。猫パンチみたいなものだ。むしろご褒美だよね。
「良い子」
顎に指を添えながら端的に褒めてやる。嫌ではないのか、視線をうろつかせながらもまんざらではない顔をしていた。
だから足を組んで尊大に振舞いつつ、シンクを見下ろす。こちらを見上げるシンクの顔が期待しているように見えるのは、果たしてドムの欲目なのだろうか。
シンクのカラーと首の間に指を引っ掻ける。上を向かせれば頬を上気させたシンクが上目遣いでこちらを見ていた。これ興奮しちゃうな。
「さて、シンク。どうしてほしい?」
「アンタがドムなんだ。好きにすればいいじゃないか」
「そのドムである僕が聞いてるんだよ。シンク、どうやって可愛がってほしい? 『言って』」
もう一度コマンドを出せばシンクの上目遣いが睨むようなものに変わった。
引っ掛けたままの指を少しずつ動かして、わざと金具の音を鳴らす。声にすることなく、耳からお前のドムが目の前にいるのだと教えてやる。
いつもと違うプレイだからだろうか。微かに震える唇がゆっくりと開く。
「……イオンの、好きにすればいい」
「ふうん、僕の好きにしていいの?」
「そうだって言ってるだろ。いつも好き勝手してるくせに、何を今更」
「僕に全部委ねていいと思ってるんだ? 可愛いこと言うじゃないか」
「なっ、だから、人の言葉を斜めに解釈するのをやめろ!」
「違うの? じゃあ言いなよ。ほら、シンクが決めていいんだよ?」
くすくすと笑みが漏れる。顔を真っ赤にしながらはくはくと口を開閉させるシンクが可愛くて仕方がない。
突如渡された主導権をどうしていいか解らず持て余している。静かな部屋にチャリチャリという金具の音だけが響く。
黒手袋を外している手が、おずおずと僕の寝間着の裾を掴んだ。
「イ、イオンに……まかせる」
「任せていいの?」
「いいって言ってるだろ! 何度も言わせるな……っ!」
「じゃ、シンクのしてほしいことを言ってもらおうかな」
「はあ!?」
「良い子のシンクは素直に言えるだろ?」
「……っ」
「シンク、『僕を見て』?」
恥ずかしさから逃げるようにうろつく視線を僕に固定させる。潤み始めた瞳が僕を映した。
カラーから指を離して爪先で首筋を撫でる。そのまま上へと滑らせて耳をなぞり、頭を撫でてやる。
愛でるように、褒めるように。僕と同じ緑色の髪を梳いて、耳の裏を撫で、顎をなぞり、頬を指の腹でそっとなぞる。
絶え間なくシンクに触れながら、羞恥に奥歯を噛み締めるシンクをじっと見降ろす。
「キ、キスして……」
「よく言えました」
消え入りそうな声で囁かれた希望に褒め言葉を一つ返し、シンクの両頬に手を添え、組んでいた足を解いてそのままキスをする。
半開きになって受け入れ態勢万全だった唇にちゅっと触れるだけのキスをすれば、拍子抜けしたかのようにシンクの目がぱちぱちと瞬きをした。
来ると思っていたものが来なかった。そんな顔ににんまりとしてしまう。
「次は?」
「アンタ……全部言わせる気?」
「知らなかった? こっちの僕は意地悪なんだ」
だから今日は存分にいじめてあげる。
そう耳元で囁けばシンクが言葉をつまらせながら僕の服を握り締めた。
自分が望んだことだけど、そんなとこまで想像してなかったってところだろうか。
「ほら、次はどうしてほしい? 叶えてあげる」
わざと吐息をかけながら耳元で低く囁く。何かを堪えるように顔を歪めたシンクが視線だけで僕を見る。
腰が揺れてるように見えるけど、まだっぽいんだよな。まだ先には進めない。あくまでも今日のプレイは触れ合いだけ。
「もっと……もっと、たくさん。キス、して」
「ちゃんと言えて偉いじゃないか。シンクが望むならいくらでも」
声を震わせながらもきちんとおねだりできたシンクの頬を包み込む量に両手で持って、今度は何度もキスをする。
いつもみたいに角度を変えながら繰り返し唇を重ねる。僕の手首を緩く掴みながら、シンクもぎゅっと目を瞑ってキスを受け入れている。
きっとシンクの中では恥ずかしいやら嬉しいやら腹立たしいやらでいろんな感情が渦巻いているのだろう。
触れるだけのキスがシンクも気持ちよく感じていると良いなと思う。時折唇に吸い付いてやれば、ぴくんと跳ねる身体が愛らしい。
頬を包んでいた指先を動かして耳朶を撫で、首筋に触れる。皮膚の薄いところを爪先で引っ掻いてやれば肌が戦慄いて素直に反応する。
「他には?」
繰り返しキスをすることは触れ合いの合図だとすっかり学習しているシンクの顔は既に蕩け始めていた。
僅かに眉根を寄せながらも下がった眉尻。とろんとしかけた目に見降ろしているこちらまでぞくぞくしてしまう。
シンクは口を開きかけて、また閉じる。そして微かに震えながら何も言うことなく口を開けたから、後頭部に腕を回してその頭を抱き寄せた。
「可愛いおねだりだ」
「んん……っ」
お望みどおりに、シンクの口の中に舌を差し込む。もう逃げることはない舌を絡めとりながら思う存分シンクの口の中を堪能する。
互いの舌を擦り合わせる心地よさに酔いしれ、啜り上げた舌先を唇で食む。ぢゅっと音を立てて強く吸い上げればシンクがびくりと反応する。
気付けばシンクの腕も僕の身体に回されていて、抱き寄せてみれば抵抗することなくシンクは膝立ちになった。
互いの温もりを腕の中に閉じ込めながら、ひたすらに唇を貪りあう。唇を離す頃にはすっかりシンクの顔は蕩け切っていた。
そのサブの幸福感に満たされた顔。ああ、なんて愛おしい。その顔を引き出せることこそドムの最大の喜びだと僕は思っている。
最初は湧き上がる多幸感を恐れていたシンクも、ここまで身を任せてくれるようになった。そのことが僕を歓喜させる。
ドーパミンの放出で思考能力が落ちたサブはただただ本能に立ち返る。支配して欲しい。躾けてほしい。構ってほしいと、無防備にドムに願う。
それを満たされた幸福の絶頂に、サブスペースに入る日も近いかもしれない。
「シンク」
「ん……」
「ちゃんとおねだりできたね。いいこ。他にしてほしいことはある?」
「もっと、褒めて」
「褒めてほしいの?」
「ん」
「言えるじゃないか。僕のサブは優秀だね、たくさん褒めてあげる」
「キスも」
「いくらでもしてあげるさ。ねえ、他に何が欲しい?」
「は、ぐ。いっぱい」
「もちろん。シンクのお望みのままに」
顔を赤くしているのは羞恥なのか何なのか。
きちんと言える度に頭を撫で、触れるだけのキスを落とし、伸ばされる腕を受け止めてその身体を抱きしめる。
普段のつんつんした態度も可愛いが、こうして僕の教えた通りのことを望む姿が可愛くて仕方がない。
とろりとした顔で僕を見上げる顔に何度もキスを落とす。恍惚と言うにはまだ足りない。ああ、もっと蕩けさせたい。
「『おいで』」
床に膝をついたままのシンクをコマンド交じりに呼べばゆっくりと立ち上がる。
その身体を抱きしめたままベッドへともつれこむように押し倒す。自分の体重でシンクを抑え込みながらシンクの耳に舌を這わせた。
舌先で凹凸をなぞり、甘噛みしてから小さな耳の穴に舌を這わせる。その合間合間に質問を挟んでやる。
「シンク、今のシンクを押し倒してるの、誰?」
「い、いおん……っ」
「いいこ。シンクのドムは?」
「あっ……う、いおん、イオン……ッ」
「そうだね。可愛いシンクにこうしていいのは?」
「いおん、だけ……っ、んっ、いおん……っ」
慣れない快楽に息を乱しながらしがみ付いてくる姿がどれくらい僕を煽ってるかなんて欠片も理解していないのだろう。
何度も僕を呼ぶ声にぞくぞくと腰から駆け上がるものを感じながら、じっくりと耳を嬲る。
のしかかっているせいで腰が揺れているのが解る。シンクも気持ちいいのだと解って、もっともっとしてあげたくなる。
戦うことしか教えられなかった身体はまっさらで、僕が教えた通りに反応する。
と、思っていたらシンクの手が僕の身体を押した。だから少し身体をずらしてやれば、熱を孕んだ吐息を零しながらシンクが自分の服を捲り上げる。
「イオン……ッ、もっと、さわって」
その無防備に自分を差し出す姿にたまらなく興奮してしまう。
白い肌に指を這わせて譜陣をなぞる。フェザータッチで感度の増した肌を丹念に撫でまわしてやる。
僕が触れることは気持ちのいいことなのだと学習している身体に、更にじっくりと教え込む。
これ以上先に進むための準備だ。僕の指先で昂るように、シンクの身体に丁寧に刷り込んでいく。
息を乱したシンクが気持ちよさそうな顔をしているのが可愛くて仕方がない。
うっとりとしているというよりは心地よさにぼうっとしているという方が正しいだろう。
これが更に強い性的快楽となった時、シンクの顔はどんな風に歪むのだろうか。
想像するだけで僕まで気持ちよくなってしまう。
「シンク」
「ん」
「ほら、キスして?」
「んん、イオン」
頭がふわふわになっているせいだろうか、コマンドなしの言葉にも言葉にもシンクは素直に従ってくれる。
僕の身体に腕を回しながら唇を重ねて、舌を受け入れやすいように口を開いて。
じゅる、と唾液を啜りながら口の中を舐めまわす。素肌だけでなく腰のあたりを撫でてやると解りやすく身体が跳ねた。
嫌がられないラインを見極めるのは難しい。シンク相手は余計にだ。
ドムの希望に応えようとサブは我慢をしがちだし、シンクはようやくサブの得る幸福感に慣れてきたばかり。
このまま押し流すように多幸感に溺れさせてもいいが、シンクにはもっと僕を求めてほしい。
僕を見て。僕を愛して。僕を求めて。そんな独占欲が胸の内をかき乱す。
今すぐ蹂躙したいのも大切にしたいのもどちらも本音で、それを何とか抑え込んで、優しく幸福感で包んでやるのだ。
以前はシンクの方が二律背反に苦しんでいたのに、今では僕の方が欲望と理性の間で必死なんて笑える話だ。
「……シンク、そろそろ終わりにして寝ましょうか」
「ん……」
口の中をかき混ぜながら自分の頭の中がぐちゃぐちゃになってきたのを感じて、ぼうっとしているシンクに終わりを告げる。
このまま押し倒していたら欲望のままにシンクを暴いてしまいそうだったから。
シンクは僕と違って足りないということはないようだ。頭がふわふわしたままなのだろう。こくんと頷いて隣に寝転がった僕にしがみ付いてきた。
それがちょっとだけ恨めしく、同時に可愛いと思ってしまうあたり僕はだいぶ末期な気がする。
毛布を引き上げて二人で被る。狭いベッドの中で互いにぎゅうと抱きしめ合う。プレイで理性の緩んだシンクは、すぐにうとうとし始める。
その頭を撫でてやってから、そっと額にキスをした。
「おやすみなさい、シンク。いい夢を」
「イオン」
「はい?」
「……優しいだけじゃないあんたも、見せてよ」
うつらうつらとしながら言われた台詞に、僕は思わず目を見開いた。
そんな僕を置いてくあっとあくびをしたシンクはそのまますこんと眠ってしまう。
うん、寝つきが良いのはいいことだ。僕を置いていかないのならば、だが。
逆に置いて行かれた僕はシンクが明確に言葉にして、今まで以上に僕を求めてくれたという事実に歓喜していた。
腰のあたりがぞくぞくする。自然と口角が上がる。
ぎゅうとシンクの身体を抱きしめる。嬉しさに胸が破裂しそうだった。
「いずれ、必ず」
夢の中に旅立ってしまったシンクに囁きながら、興奮を沈めるように僕も目を閉じる。
なんて幸福! 何て快感!! 眠らなければと思うのにこれ以上ない程胸が高鳴って仕方ない!
射精してしまいそうだ。精通してないけど。