萌ゆる緑に身を焦がす
「……あのさ、この体勢。何の意味があるわけ?」
こちらの要望を聞き入れたイオンは確かに僕の腕を縛った。背中側で。
確かに要求したのは僕だが、イオンのことだしてっきり前で軽く縛る程度で終わると思い込んでいただけに予想外な行動だった。
その上ベッドに腰かけた自分の背後に陣取って後ろから抱きしめられている。
腕が使えないのは自分の要望なので許容するが、いつもと違う体勢というだけで何をするのかと身構えてしまう。
「今日はもうちょっと進もうかな、と思いまして」
「進むって、今度は何する気?」
「もっと気持ちいいことをしましょう、という話です」
その言葉に身体に力が入らないようにするのに、少しだけ気力を要した。
今まではキスをして、触れられて、舐められるだけだった。それだけでもいっぱいいっぱいだったというのに、今日はそこから更に踏み込むという。
踏み込まれたくない訳ではない。ただどうなるか解らないのが、少し嫌だった。いつもイオンの手と口に翻弄されて、僕は何も解らなくなるから。
とはいえ知識は既にある。互いの性器を擦り合わせたり、本来の使用用途とは違う使い方で穴を使って快感を追い求めたりするということも。
まずったな。そこまでするとは思ってなかったから、何の準備もしていない。
初めては痛みを伴うから自分で準備をしておくほうが良い、というサブの集まりで受けたアドバイスを思い出す。
ちょっと進むだけというイオンの言葉を信じるなら、そこまで到達しないことを祈るのみだ。
最悪セーフワードで無理矢理止めればいい。律儀なイオンなら渋々だろうとやめてくれるだろう。
そう結論付けて、そう、とだけ返しておいた。
「だからシンクも気持ちいい時はきちんと言ってくださいね」
そう言ってイオンが首筋に口づける。ちゃり、とカラーの金具が音をたてた。
ぬるりとしたイオンの舌の感触。そんなところを舐められると思わず小さく肩が跳ねる。
服の中に入ってきた手が肌を撫でまわす。触れるか触れないかの絶妙なラインで、少し冷たい指先が何度も肌をなぞる。
ぞくぞくとした感触に息を詰める。気持ちいい、なんて。言えるはずがなかった。きっとこれが気持ちいいという感覚なのだろうと理解はしても、素直に口にするにはまだ抵抗がある。
それでもイオンが耳を舐めると、更に強くなった感覚に自然と身体が跳ねる。背中がしなって、背後で手を縛り上げている縄がぎちりと音をたてた。
「シンク、ふふ。可愛いです。『声を出して』」
「……あっ」
半ば意地で奥歯を噛み締めていたところでコマンドを喰らって唇がほどける。
いつも降ってくるキスの雨も、口を塞いでくれる舌もない。だから喉が震えるがままに声が出てしまう。
舌先が耳の凹凸をゆっくりとなぞって、くちゅくちゅと耳元で音を立てる。肌の下で駆け巡る感覚に段々と自分の息が乱れていくのを感じていた。
運動をした訳でもないのに、何故この身体はこんな反応をするのだろう。頬が熱いのを感じながら、だんだんと鋭敏になっていく肌の感覚に目を瞑る。
服の下で往復を繰り返すイオンの指先。ほんの微か、それくらい弱い力で爪先で引っ掻かれて肌が粟立つ。
「イオン……ッ、あんた、また……っ」
「ここが気持ちいい、とシンクの身体はもう知っているでしょう?」
ねっとりと甘ったるい声が耳に直接吹き込まれる。
爪先が胸に刻まれた譜陣をなぞる。なぞるだけだ。ただそれだけのことにいつも翻弄されていて……ああ、違う。
そう教え込まれていたのだ、と気付いた。今更なことに。イオンの指と舌が触れれば僕の身体は勝手に火照る。
何度も同じことを繰り返して、僕の身体はそう学習してしまった。
「んっ」
爪先が胸の突起を掠めた。
男の身体なのに何のためについているのかわからないそれ。特に意識したこともない。ただの身体の一部。
爪先がそこを何度も引っ掻く。薄く。緩やかに。ほんのわずかな力で。何度も。火照り始めた身体はそのつま先の感触を鋭敏に感じ取る。
多分、他の場所より皮膚が薄いのだ、と気付く。引っ掻かれる度にぞくぞくとした感覚が腰から駆け上がる。
恐らく快楽と呼ばれる感覚。幸福な苦痛。思考を馬鹿にする、少しだけ怖い感覚。
何より、理性が少しずつ蕩かされていくのが嫌だった。なのに耳元から絶え間なく聞こえる水音が思考を阻害する。
「ねえ、そこ、ばっかり……っ」
「ほら、気持ちいいって言ってください。ね?」
「ん、んん……っ、そんなの、わかんな、あ、ぁっ」
何で勝手に喉が震えるのかが分からない。零れ落ちる声が自分のものとは思えない。
奇妙に甘ったるい声が自分の意思に反して溢れるのがどうしてか恥ずかしい。
背中を丸めてもイオンの手は離れてくれなくて、ただくちゅくちゅという音が頭の中に響き続けている。
「んぁあっ!」
イオンの指先が突起を摘まみ上げた瞬間、今までよりも明確な感覚が腰からほとばしった。
今の声は本当に自分の口から溢れたものだと信じられなくて目を白黒させてしまう。
「なんで、ぁ、あっ! イオン、それ、やめ……っ、あ、ぁっ!」
なのにイオンは熱心に僕の胸の突起を弄り始める。摘まんで。爪を立てて。転がして。一体何が楽しいのか。
意味が解らない。こんなの教わってない。身体は勝手に跳ね上がって、けれどイオンに背後から抱きしめられているせいで逃げることも出来ない。
びりびりと肌の下を駆け巡る感覚に身を捩る。気持ちいい? 違う。こんなの。いや、これも快楽だ。間違いなく。
「ふふ、シンクの声。かわいい」
「そこ、で……しゃべるなっ、んっ、んん……っ! うあっ!」
胸の突起を二つともいっぺんにいじられて、今度こそ僕の身体は大きく跳ね上がった。
自分の意思に反して身体に勝手に力が入る。熱い。いつも以上に火照っていて制御が効かない。
相変わらず舐められ続けている耳に絶え間なく頭の中を犯されて、どんどん思考が溶けていく。
浅い呼吸を繰り返しながら皮膚の薄い部分をイオンの舌が、指先が、飽きることなく弄り続けている。
「もっ、やだ……っ、なんだよこれっ、やだ、あっ! イオンッ、あんた、なにがしたっ、ひっ!」
ぎゅぅ、と突起を一等強く抓み上げられて声がひっくり返った。痛くはない。けれど頭の中で炭酸が弾けたような感覚に背中が反り上がる。
耳から唇が離れていったかと思えば、ちゅう、と音を立ててうなじに吸い付かれる。突起を弄っていた指先がするりと腹筋を撫でて、内ももに触れた。
「ふふ、シンクは気持ちいいって言ってくれませんね?」
「これの、どこがっ、気持ちいい、ことなのさ……っ」
「でもシンクのものは大きくなってますよ?」
「は……?」
肩に顎を乗せたイオンが視線だけで指した場所は僕の足の付け根で、つられて視線を降ろせば自分でも見たことのない状態になっていた。
乱れた呼吸のまま自分でも意図していない自分の変化に思わず固まる。それを良いことにイオンの手が僕のズボンの前をずりおろした。
ちょっと、と抗議の声を上げようとして失敗する。緩く立ち上がったそれがどういう状態なのか、遅まきながら知識を引っ張り出す。
「な、んで……」
「何でって、気持ちいいからこうなってるんですよ。ふふ。嬉しいです。僕の手でこんな風に興奮してくれて」
つまるところ、僕は間違いなく性的興奮を覚えているらしい。
普段排泄にしか使わないそれの先端をイオンの指先が押したかと思うと、優しく掌で包み込む。
他人に触れられたことのない場所をイオンに触られているということに頭がおかしくなりそうだった。
「ばか! そんなとこ触るなっ、あっ!? ぁあっ!」
「もう精通って済みました?」
「知らなっ、あっ、やだっあ!」
ゆるゆるとイオンの手が僕のものをしごき始める。せいつう、という言葉の意味を考える余裕はなかった。
今までとは比べ物にならない痺れるような感覚が駆け上がって、僕の身体は勝手に跳ね上がる。
いつもみたいに舐められて、撫でられるだけとは比較にならない。最早言い訳のしようのないほどの快感に頭の中でぱちぱちと音が弾けているようだった。
先っぽから溢れたものを掌に擦りつけながら、包み込んで上下に動かされるだけなのに。
「いおっ、あっ、いおん……っ、やだ、これ、やだ……っ、あっ、ぁああ……っ! 変になるっ、あたま、変……っ!」
「いいんですよ、変になって。それが気持ちいいってことです。僕の手でいっぱい気持ちよくなってください。ああ、でもこれだと顔が見えませんね」
背中からイオンの体温が離れていったかと思うとベッドに押し倒される。
僕の上に覆いかぶさるように体勢を変えたイオンが、更に速く性器を擦り上げて僕を追い詰めてくる。
息が乱れたまま戻せない。それどころかどんどん呼吸が難しくなっていく。
際限なく身体が火照る。頭が溶けているのかもしれない。勝手に腰が動く。こみ上げる感覚に全身に無意味に力が入る。
「やだ、あっうっんっ。見るな、あっ、ぁ、ぁあ……っ!」
「いやです。全部見せて下さい。貴方は全部僕のものなんですから」
腰が浮き上がる。頭が溶けてしまいそうだった。
腹の奥から何かがせり上がってくる、未知の感覚。浅い呼吸を繰り返しながらそれは駄目だと首を振ってもイオンの手は止まらない。
腕を縛っている縄は存外強固で、どれだけ手首を捻ろうと自由を得ることも出来ない。
膨れ上がっていく快感が弾ける瞬間がすぐそこまで来ている。
「あ、ぁっあ。いおんっ、なにか、くるっ! 手とめっ、あっあ、ぁああ……っ!」
「いいですよ、『イって』」
「──っ!!」
優しいコマンドと共に、得た筈の自我が真っ白に塗りつぶされる。お腹の奥で快感が弾けるのと同時に息が詰まって、性器から勢いよく何かが溢れた。
目尻に溜まった涙を瞬きで落としながら自分の身体を見下ろせば、見慣れぬ白くどろりとしたものがイオンの手を汚している。
なんだ、あれ。
「声を我慢しては駄目だと言ったのに」
恍惚とした顔でイオンが僕を見ている。
未だぞわぞわとした感覚が引かないが、快楽に塗りつぶされた自我はいつの間にか引き戻されていた。
良かった。僕は僕のままだ。
「なに、いまの……っ」
「やっぱり初めての射精でしたか」
「しゃせい? 今のが? じゃあ、それ、せいえき……?」
「そうですよ。精通、おめでとうございます。これでシンクも立派な男の子ですね」
そう言ってイオンはにこりと笑った。