萌ゆる緑に身を焦がす
イオン
シンクに突き飛ばされた身体が椅子にぶつかり、派手な音を立てる。
シンクはそのまま部屋を出て行ってしまった。部屋に入ってきた守護役達が私の姿を見て慌てた様子で手を伸ばしてくれる。
その手を借りながら立ち上がったところでシンクに何をされたのかと憤る彼女たちを宥めるのに結構な時間を要した。
いやあ驚いた。まさかシンクがサブだったとは。イオンがドムなんだからおんなじドムだと思ってたのに。
そしてあの反応。多分自分がサブだって知らなかったんだろうな。悪いことをした。
ドムとサブは人類に存在する第二性だ。と言っても大半の人はナチュラル、つまり第二性を持たない。それが一般的だ。
しかし素質があれば、第二次性徴期にダイナミクスの力に目覚めることによって第二性は発現する。
ドムとサブの関係は一見支配者と被支配者と思われがちだが、その本質は庇護と信頼だと私は思っている。
事実、私はドムだ。サブの子を見ると守りたい、お世話をしたいと思うし、褒めてあげたくなるし、信頼して欲しいと思う。
サブはドムから守られたい、かまわれたい、褒められたい、尽くしたいと思うらしい。伝聞でしかないけど。
ただその衝動の中に、ドムは躾けたい、支配したい、というものがある。逆にサブは躾けられたいという願望があり、支配されたいと願っている。
そのせいで互いの信頼関係を確認するのにプレイという行程を挟むため、ドムとサブの関係はアブノーマルなものであると誤解されがちだ。
違うんだ。ただ互いの信頼関係を確認し合うのにプレイが一番最適で、効率的というだけなんだ。
まあ中にはサブを完全に支配下に置くために酷いことをするドムが居ることも否定しない。
本能的に満たされるための方法は個人によって違う。サブの世話をするだけで満たされるドムも居れば、ぎちぎちに支配されることで安堵するサブも居る。
その欲求がかみ合わないと酷いことになるので、ドムとサブにとって互いの相性というのはとても大切だ。
なお、私はお世話をしつつほどほどに躾けたい派だ。ドムの中でも然程アブノーマルではないと自負している。
しかしどんな形であろうとサブからの信頼がなければドムは満たされない。ドムは本質的にサブの奴隷なんだよねえ。一見逆に見られがちだけど。ドムほどサブの感情に敏感な存在は居ないってのに。
実際私がシンクがサブだと気付けたのも、本能的にサブに拒絶されたと感じたからだ。
なので咄嗟にコマンドを使ってしまったのだが……綺麗に決まったねぇ、あのコマンド。
ドムのダイナミクスの力を含んだ声に、サブは基本的に逆らえない。勿論乱用すれば精神にも悪影響があるし絶対服従という訳でもないけれど、無理に反抗すればそれはそれで宜しくない。
シンクはサブだと言う自覚はなくても、本能的に理解していたのだろう。混乱しながら座っている姿はとても可愛かった。
だからきちんと褒めたんだけど、あれ喜んでくれてたのかなあ。ちゃんとケアしてあげたい。いっぱい褒めたところでシンクが喜ぶかは謎だけど。
ひとまずお茶会は終わったのでテキパキと仕事を終わらせ、この世界のドムサブの価値観が知りたかったので守護役の子達とお喋りをしながら情報収集することにした。
軽くストレッチをした後、お茶に付き合ってくださいなとピンクの服を着た子達を呼べば喜んでと応じてくれる。居酒屋かな?
にしてもまだアニス居ないんだよねえ。あの子もっと初期からモースに捻じ込まれたんだと思ってたけど違うのかなあ。
美味しい紅茶を音を立てずに啜りながらさりげなく会話をドムとサブの関係性について誘導する。この辺はね、年の甲です。守護役の子達みんな若いからね。結構簡単に引っかかってくれます。
「そういえばイオン様はドムなんでしたっけ」
「はい。ですから一般的な方々がどのようにパートナーを見つけるのかな、とか。その、気になりまして」
「あぁ、なるほど。そうですねえ、まず基本的にドムの方は自分のダイナミクス性をオープンにしてる方が多いですね」
「確かヴァンもそうですよね?」
「そうです。他にも教団や神託の盾に何名かいますよ。逆にサブの方は大半が秘匿されてますね。まあドムの方はなんとなく解るって聞きますけど」
そうだね、解るよ。なんとなくだけど。
その言葉にこくんと頷けば、サブは基本的にドムに虐げられる側なので隠すのだと言われて目が点になった。なんだそれ。
ぽかんとする私に守護役の子達が辛そうな顔をする。
「お優しいイオン様には辛い現実となりますが、ドムの支配欲を満たすためにサブを欲求のはけ口にする方々は多いんです」
「そんな……」
「だからサブは自分の庇護者となるドムを求めることが大半です。自分の庇護者となってくれるドムからカラーという首輪を貰うと、サブはそれを付けて自分が庇護者の居るサブだとアピールします。そのサブに手を出すってことは庇護者であるドムに喧嘩を売ることと同じだぞって意味です」
そんなペットみたいな扱いされてんのか……。
元の世界ではドムとサブは支配者と被支配者という形になることはあれど基本的には平等だったので、余りにも暴力的な解釈に唖然としてしまう。
サブから信頼を得られなければどれだけ支配してもドムが満たされることはないというのに。そのあたりがオールドラントでは共通認識として広まっていないのだろうか。
元の世界じゃカラーって信頼関係の証みたいなもんだったんだけどなぁ……。
守護役の子達が私にこの話をしてくれたのは、私が散歩に出るようになったことで私の庇護下に入りたいサブが現れるかもしれない、という懸念があるからだった。
僕は守ってあげたいと思うだろうが、守護役として不審な人物を迂闊に近づけるわけにはいかないと警告を受ける。
「……なるほど。貴方たちが僕を守りたいと思ってくれていること、嬉しく思います。僕もなるべく気を付けるとしましょう」
「お優しいイオン様には縋る手を跳ねのけることは辛いことかと思いますが、それが私達の職務ですので」
「解っています。ですが仲介するくらいはかまいませんよね? 教団や神託の盾で温和そうなドムや虐げられているサブが居れば教えてくれませんか?」
「イオン様、なんて慈悲深い……畏まりました。私達で軽く情報を集めてみましょう」
私のお願いに守護役達の子は拳で胸を叩いて引き受けてくれた。
これでシンクが虐げられていれば私の耳にも入るだろう。ちょっと気になっていたのでちょうどいい。
胸をなでおろしながら他にも話を聞いてみると、どうやらこの世界にはドムやサブ専門の医者も居なければ、互いのダイナミクス性から発生する欲求を満たすための出会いの場などもないようだ。
確かにその状態じゃあサブの子達も生き辛いよなあ……。
ちなみに教団や神託の盾でサブだと発覚しているのはリグレットやアリエッタが有名だそうな。
アリエッタは知ってる。被験者イオンがカラーを贈ったのだと記憶にある。
リグレットはヴァンがパートナーらしい。しかし守護役の子達はリグレットに同情的な口調だった。何故、と考えてすぐに思い至る。
「……その、一応これも確認しておきたいのですが」
「はい」
「ヴァンのパートナーはリグレットだけなんですよね?」
「表向きはそうなってます。ただ……お耳汚しになりますが、その、神託の盾のアッシュやシンクなど、幼気な少年に欲望をぶつけているのではないか、という下劣な噂があることは否定しません」
あ、やっぱ否定しないんだ。
「イオン様もどうかお気を付けください。イオン様が覚えておられるかは解りませんが、グランツ謡将はまだ導師に就任する前のイオン様に近づいてきた過去があります。幼いイオン様にとってグランツ謡将は頼りになる大人に見えたかもしれません。だから主席総長の地位にも推薦されたのでしょう。しかしいかがわしい噂が蔓延している現状、私達もイオン様が謡将に近づくことに賛成できません」
「……はい」
すごく真剣な顔で言われたので、私も神妙な顔で頷き返す。
本来ならば導師の耳に入れるには相応しくない噂でも、自衛のために必要だからと彼女たちは伝えてくれている。
ならば私も肝に銘じなければならない。彼女たちを安心させるためにも必要最低限以外近寄らないようにすると頷きつつ、引き続きそちらの情報収集も頼むことにした。
「確かにそのような噂が流れていることは事実かもしれません。しかし噂は噂。悪意によって事実が覆い隠されることはままあるものです。僕は導師としても、真実を知りたいと思います」
「……畏まりました。確かに、一方的な噂に踊らされては私達も守護役失格ですね。イオン様はどうしても謡将と接触することは避けられませんし、きちんと事実確認をしたいと思います」
「大変なお願いをしてすみませんが、頼みました」
「お気になさらず、それが私達の仕事ですから」
笑顔で引き受けてくれる守護役ににこりと微笑んでおく。
頼んだよ、私は動けないからね!
しかし被験者イオンが導師になったのって、イオンの記憶によれば八歳のころなんだよね。
その前からイオンに近づいて、まだ十歳になったばかりのアッシュを神託の盾に引き込んで、十二歳のシンクをまた神託の盾で引き取って、その上定期的にバチカルにルークの剣術稽古に通ってるとか……。
ヴァン、あんたのお稚児趣味の噂、ある意味自業自得だよ。
少年ばっかり手籠めにしてるじゃん。実際にしているのは洗脳と思考誘導だけど。
ひげ面を思い出しながらため息をつく。確かに私も迂闊に近づかない方が良いかもしれない。