萌ゆる緑に身を焦がす


 翌朝、目が覚めた僕は身体を起こすよりも先に頭を抱えていた。
 ただでさえ元々プレイの時は何も考えられなかったというのに、昨晩の自分がどれだけ無防備にイオンに身体を預けていたのか。思い出して羞恥心やら情けなさやらが胸を突く。
 イオンに手ずから教えてもらった性的快楽は恐ろしくもあったがそれ以上に抗いがたく、あの声と指先に誘導されてしまえばこれからも拒めないことは間違いない。
 挙句の果てには気持ちよくなって、褒められて。それで馬鹿になった頭で自分からキスまで強請って。
 好きと言われるのが、嬉しくて。

 カッと頬が熱を持った。
 サブの本能だ。僕の感情じゃない。最早そんな言い訳も出来ない。
 それくらいイオンの体温に安心して、その口づけに幸福感を感じていた。
 イオンが喜ぶと嬉しい、なんて。そんな馬鹿みたいな。

「おはようございます、シンク」

 頭に寝ぐせを付けたイオンが目を擦りながら朝の挨拶をしてくる。
 オハヨウ、と返せばにこにこと笑うイオンが僕の頬に口づけた。

「昨晩の貴方は可愛らしくて……つい僕も興奮してしまいました」
「やめろ」

 どこか恍惚とした表情で言われた台詞に思わず言い返すも、僕を抱きしめようと伸ばしてくる手を叩き落とすことは出来ない。
 そのままイオンに抱きしめられながら、僕もその薄い身体を傷つけないよう気を付けつつ腕を伸ばす。

 そこで気付いた。
 最初はイオンを傷つけないよう縛ってもらった筈なのに、最後の方は結局僕もイオンを抱きしめていた。
 これでは縛ってもらった意味がない、

 はたと気付いた事実に、やはり流されてはいけなかったのだと自分を戒める。
 次も軽い罅で終わるとは限らないのだ。やはり何を言われようと拘束は解かせてはいけなかった。
 そう自省していたところで、未だ興奮の冷めやらぬイオンの声が僕の耳に届いた。 

「特にシンクが快楽に抗えない姿が一等可愛くて……僕がどれだけシンクを気持ちよくしてもされるがままになるしかないあの姿。たまりませんでした。次はもっとシていいですか?」
「駄目に決まってるだろ」

 僕の自省を粉々にするようなことを言うのはやめてほしい。ぶち壊すのは預言だけで充分だ。
 反射的に言い返したところでイオンがにんまりと笑う。
 その笑顔にしてやられた、と気付いた。

「じゃあもうシンクを縛る必要はありませんよね。良かった! プレイの最中はやっぱりシンクにハグして欲しいので!」
「イオン、僕はあんたの安全のために」
「それですが、早急に筋力強化を覚えたいと思います。そうすれば防御力も上がりますから」

 イオンの言葉に思わず身体を起こしたが、提示された提案にぐっと言葉を飲み込んだ。
 それなら、と考える自分と、だからといって自分がイオンを傷つける方法を所持したままプレイを行うことに対する抵抗。
 ぐらぐらと揺れる気持ちをイオンは全て見透かしているのだろう。むくりと身体を起こしてもう一度僕を抱きしめる。

「シンクが僕を傷つけたくない、という気持ちは嬉しいです。でもだからといってそういうプレイでもないのにシンクの自由を奪いたくないんです。僕はシンクの全てが欲しいと思っていますが、だからと言ってシンクを束縛したいわけじゃありませんから」
「……はァ。わかったよ。新しいことする時はまた縛ってくれるっていうなら、それでいい」
「もしかして本当に縛られるの気に入ったんですか?」
「違う」

 仕方がないと諦めた僕が条件を提示すれば、きょとんとした顔でこちらをを覗き込んでくるイオンにきっぱりと否定をする。
 その腕を掴めば、余分な肉も最低限の筋肉も碌に付いていない細腕の感触を布越しに感じた。
 ……やっぱり、細い。こんなの簡単に折れてしまう。自分が力任せにこの細腕を手折る姿を想像するだけで悪寒が背中を駆け上がる。
 やはりだめだ。最低限の拘束は必要だ。イオンが嫌がろうとそこだけは納得してもらわねばならない。

「シンク?」
「……最初は、怖かったんだ。気持ちよくなると……頭が真っ白になるから。実際最初に出した時はそうだった。暴れそうになったし、縛られてて良かったんだと思う。多分拘束されてなかったら、あんたのこと突き飛ばしてた」
「それは……僕が、無理矢理したからでは? すみません。もう少しステップを踏むべきでした」
「違う。単純に僕が自我を失うようなあの感覚に慣れてないだけだ。実際……二度目は、そこまで怖くなかった。イオンが居るってだけで、平気だった。その……ちゃんと、気持ちよかった、と思う」

 羞恥心を覚えながらも二度目は平気だった、ときちんと伝える。イオンはホッとして僕の手をとった。
 よかった、と声に出さずに漏らされた本音を読み取りながら、僕もまたイオンの手を握り返す。

「これからも……多分、最初は怖い。だから最初だけ縛ってよ。あんたが居れば大丈夫だって学習すれば、その、大丈夫だと思うから」
「シンク、でも」
「プレイの度にアンタを傷つけるかもしれないって怯えるのは嫌なんだよ」
「……解りました。それがシンクの望みなら」

 イオンの了承を得られたことに僕もホッと息を吐いた。イオンが筋力強化を覚えた上でこの約束を果たしてくれるなら、僕がイオンを傷つける確率はぐっと減るだろう。
 ちう、と触れるだけのキスをされる。柔らかな唇が重なる気持ちよさに目を閉じる。
 離れていく唇に目を開ければ、何故か今までで一番恍惚とした顔のイオンが居た。何故そんな顔をされるかが解らない。

「嬉しいです。シンクはこれからも僕とシたいと思ってくれてるってことですよね」
「は……? あっ」
「すごく、すごく嬉しいです。怖いのに僕が居れば平気だなんて。僕ともっとステップアップしたいと思ってくれているなんて! ドムとしてこんなに嬉しいことはありません! シンク、可愛いシンク。僕だけのシンク。もっと、もっと僕の色に染まって下さいね。僕のものになって。僕のことだけ見て。そうして僕を全部、受け入れて下さい」

 僕の言葉が何か琴線に触れたらしいイオンに衝動のままに抱きしめられる。
 恥ずかしいやら嬉しいやらで頭の中がぐるぐるした。確かにそれらしいことを言ってしまったかもしれないが、何故そんな興奮しているのか。
 というかそんなストレートに言った覚えはない!

「なんで朝からそんな興奮してるんだ馬鹿! いいからもう朝食に、んっ!?」

 唇がぶつけられて舌が口の中に入り込んでくる。いつもより性急に蠢く舌が口内をまさぐって僕の舌を掬い上げる。
 どうやら本気で興奮しているらしい。細腕に抱きすくめられながら口の中で動き回る舌に僕の身体は勝手に脱力する。
 イオンの寝間着を掴みながら、身体の中で熱が燻り始めるのが解る。
 そうして散々口の中をかき混ぜられて、口が離されたころにはすっかり僕は骨抜きになっていた。

「シンク……しんく、僕のシンク。僕は、貴方の全部がほしい」
「も……じゅうぶん、あんたの、ものだろ……っ」

 これだけ好き勝手しておきながら何を今更。
 ぜいぜいと息をしながら細い身体にしがみつく。

「はい。でも足りないんです。シンクが欲しくて仕方がないんです。僕をこんなに執着させて、貴方は僕をどうしたいんですか?」
「知るか」

 勝手に興奮して勝手に執着してるのはそっちだ。
 イオンの切なる疑問を切り捨てて前髪をかきあげる。
 いい加減着替えて朝食を食べねば仕事に遅れてしまう。

 身体を離してイオンの顔を見れば、瞳を潤ませ頬を赤らめたイオンが切なそうな顔で僕を見ていた。
 見た目だけならどう見てもサブなんだよなぁ、と自分と同じ顔であることを棚に上げて考える。中身は生粋のドムだが。

「……勝手にすればいい。僕はあんたのサブで、あんたは僕のドムなんだから」
「していいんですか?」
「何を今更。……嫌ならとっくにカラーなんて外してるんだから、好きにすれば」

 気恥ずかしさにそっぽを向いて、伸びてきた手から逃げるように立ち上がる。
 朝食抜きで仕事に向かうのはごめんだからだ。

「シンク。好きです。愛してます」
「はいはい」

 ドロドロに溶けてしまいそうな声をわざと適当にいなし、荷物から着替えを取り出す。
 ベッドから降りて駆け寄ってきた身体を背中で受け止めれば、身体に回された腕がぎゅうぎゅうと僕を締め付けてくる。
 渋々振り返れば蕩けた表情を浮かべるイオンの顔がそこにあって。また近づいてくる唇を受け入れるために口を開く。

 朝食抜きはごめんだが、少し遅れるくらいなら……まあ守護役達も許してくれるだろう。

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