萌ゆる緑に身を焦がす
結局泣き疲れて寝てしまったアリエッタを置いて、僕はシンクの手引きで部屋に帰った。
途中熱が出ていることがバレて怒られたが、この程度は織り込み済みだ。そう言って苦笑する僕にシンクはため息をついていた。
そうして熱を出した僕に翌朝守護役達が何故と騒ぎ、公務がストップ。三日ほどベッドの住人になったところで、ヴァンがシンクとアリエッタを連れて僕のお見舞いにやってきた。
アリエッタがかつてオリジナルイオンとパートナーだったことを知っている守護役達は、現パートナーであるシンクと前パートナーであるアリエッタを同時に連れてきたヴァンを信じられないものを見る目で見ていた。ちょっと笑いそうになるのを堪えるのが大変だったのはここだけの話である。
僕もまだだるい身体を起こし、心配そうな顔をする守護役達に退席してもらって三人と相対する。
振舞われた紅茶が無言になった空間で静かに湯気を立てていた。
「ここに来たということは……落ち着いたようですね、アリィ」
「……顔色が悪い、です」
「少し熱が出ているだけですから、問題ありませんよ。ああ、その前に少し……ヴァン。先に治癒術だけ頼んでもいいかな」
「どこかお怪我を?」
「多分肋骨に罅が入ってる。前と似たような痛みだから」
「は? 僕はしがみついてな、アリエッタか!」
反射的に肋骨の罅は自分のせいだと思うシンク、ちょっと面白いな。
シンクの言う通り、多分この痛みは以前思い切りアリエッタがしがみついてきたせいだ。
ヴァンが苦笑して治癒術をかけてくれる。引いていく痛みにホッと息を吐いた。
「悪いね、助かったよ。流石に守護役達にも言えなくて困ってたんだ」
「いえ、こちらの配慮不足でした」
「構わない。さて、話を遮ってしまってすみませんでした。アリィ。気持ちに整理はついたんですか?」
改めてアリエッタを見れば、ぬいぐるみを抱えたままアリエッタは俯いてしまう。
シンクが苛立たし気に舌打ちをして、それにびくついたアリエッタが一歩距離をとった。
それでもゆっくりと顔を上げたアリエッタの目が僕を射抜く。
「……一つ、聞きたいことがあります」
「どうぞ」
「イオン様、貴方にアリエッタを守れって言ったって……本当?」
「本当ですよ。それなのに僕に貴方に近づくなって言うんです。酷いと思いませんか?」
「イオン様のこと悪く言わないで!」
「ふふ、すみません」
反射的なものだろう。
言い返してきたアリエッタに笑みを零しながら謝れば、アリエッタはまたきつくぬいぐるみを抱きしめた。
「イオン様、アリエッタに一緒に死んでって、言ってくれなかった」
「はい」
「アリエッタはイオン様のものなのに……」
「……そうですね」
「……それでも、アリエッタは生きなきゃいけないの?」
「……僕はレプリカでも、オリジナルの考えは解りません。でもドムとしてなら……自分が愛したパートナーに死んでほしくない、という気持ちは解るつもりですよ。例え僕が死んだとしても、僕はシンクに生きてほしいですから」
僕の言葉にシンクが小さく息をのむが、しかし何か口にすることはなかった。
アリエッタはローズピンクの目にいっぱい涙をためたものの、袖で拭って鼻を啜る。前のように泣くつもりはないらしい。
「シンクのイオン様は、アリエッタのイオン様と同じように、総長の計画に協力するって聞きました」
「はい。アリィがいいなら、その予定です」
「アリエッタが、良い、なら??」
「貴方を無視してヴァンに協力なんてできませんよ。ヴァンも納得してます」
アリエッタが本当かと尋ねるようにヴァンを見上げる。ヴァンが頷いたことでアリエッタも納得したのだろう。
しばし考え込むようにぬいぐるみを抱えながら指をもじもじとさせていたかと思うと、未だ潤む瞳で僕を射抜いた。
「アリエッタは、総長に協力して、イオン様のご意志を継ぎたい……と思います」
「そうですか」
「だから……だから、一つだけ、お願いしてもいい?」
「なんでしょう?」
「さっき、総長に話してたみたいな喋り方で……一度だけでいいの。アリエッタに頑張れって、言ってほしい」
懇願するアリエッタの後ろでシンクがムッとしているのが見える。
それに苦笑が零れそうになるのをぐっと堪えながら、僕は緩く両手を広げた。
目を見開くアリエッタがくしゃりと顔を歪ませて、ぬいぐるみを放り出して僕にしがみ付いてくる。
「アリエッタ、僕の願いを叶えてくれるね?」
「はい……はいっ。イオン様っ! アリエッタはイオン様のためなら、なんだってします……っ!」
「そう。なら、頼んだよ」
柔らかな身体をぎゅっと抱きしめて、ピンク色の髪を撫でる。
これがシンクなら額にキスの一つでも落としてやるところだが、そのシンクは口をへの字にして僕達を見ている。機嫌悪そう。この後時間取れるかな。
そんなことを考えながらアリエッタの頭を撫でていると、すんすんと鼻を啜ったアリエッタがゆっくりと身体を離して笑った。
「やっぱり、イオン様と違う……です。アリエッタのイオン様、そんなに優しくなかったもん」
「そうですね、僕はイオンですが、アリィのイオンではありませんから」
「うん。でも……ありがとう」
「どういたしまして」
涙を拭いながら笑うアリエッタに僕も微笑む。
それからヴァンに連れられてアリエッタは退室していった。これからオリジナルイオンのお墓参りに行くらしい。
シンクは置いてってくれるというヴァンに、少しはアイツにも周囲からどう見られるか指導した方が良いんだろうか、とちょっと考えてしまった。
ヴァンにとってオリジナルと僕は別人だろうが、周囲から見ればそうじゃないということを失念していないだろうか。
というか今度はロリコン疑惑持たれそうだな。噂が持ち上がったらそれとなく消してくれるよう、ちょっと守護役達に一言言っておこう。
出ていった二人を見送れば、僕とシンクが残される。
シンクは無言で防音譜術を張ったものの、腕を組んだままその場から動かない。
「シンク」
「……なに」
「こちらへ」
今度こそ苦笑をしながらシンクを手招く。ベッドの端をぽんぽんと叩いて座るように促す。
シンクはむすっとしたまま僕に背を向けてベッドに座った。
「すみませんでした」
「……なにが」
「見ていて不愉快だったでしょう」
「アリエッタを安定させるのはヴァンに持ちかけた条件の一つだって聞いてる。そのためにやったんだろ。僕は関係ない。好きにすればいいさ」
突き放すような物言いに苦笑も消えて不安が鎌首をもたげる。嫌われてしまっただろうか。
でもシンクを不機嫌にしてしまったのは僕だ。僕が不安に思うのは違うだろう。
そう思ってシンクの背中に額を当てる。僕と違って鍛えられた身体が服越しに感じられた。
「必要なことだった、という意見を変えるつもりはありません。アリエッタの機動力と戦力はこれからの計画にも不可欠でしょう。それに……シンクも八つ当たりされていたのでは?」
「……知ってたの?」
「予測はしていました。アリエッタの感情表現は苛烈ですから」
原作でもアリエッタはアニスと何度も衝突していた。
アニスよりも側にいて、パートナーだと公言しカラーを与えたシンクに突っかかることは予想できていたことだ。
実際、アリエッタの安定を求めたのはそういう意味合いも含んでいる。
「だから……アリエッタのことを条件にした?」
「それも含んでの条件、といったところでしょうか」
「……だったら!」
シンクが勢いよく僕を振り向いた。
仮面を投げ捨てるように外し、錨に歪んだ顔が露わになる。
「言えばいいだろ! 僕に一言も無しに勝手に気遣われたって嬉しくないんだよ! ドムとサブは平等だって言ってたのはアンタのくせに! これのどこが平等なのさ!」
「……すみません。でも一個だけ、言わせてください」
「何さ」
「僕に言え、と言うのであれば。シンクも僕絡みで何かあったのなら、ちゃんと教えてくださいね」
んぐ、とシンクの言葉が詰まる。また苦笑する僕にぷいっとそっぽを向かれてしまう。
どうやらあえて黙っていた自覚はあったらしい。
「アリエッタの癇癪なんてわざわざ言う程じゃないと思っただけさ。聞き流せばいいだけだし」
「そうですね。でも周囲の人間はどう思うでしょうか。きっと僕は自分のサブも碌に管理できない最低なドムだと思われているでしょうね」
「捨てられたサブがどれだけ喚こうが誰も……いや、あんたは別か。次からちゃんと対処する。これでいいだろ」
「対処する時も僕にも教えてくださいね」
「……そんな報告義務は」
「なら僕も勝手にします」
「……解ったよ」
渋々頷くシンクを手招く。未だむすっとした顔は変わらないけれど、ベッドに乗り上げたシンクから腕が伸ばされる。
互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合って、その額にキスを落とす。
「好きです、シンク」
「うるさい」
「貴方だけが好きなんです」
「うそつき」
「愛してます。本当ですよ」
「……なら、他のサブに手を差し伸べるな。馬鹿」
服が引っ張られる感覚。シンクが僕の服を握り締めているのだろう。きっと、きつく抱きしめる代わりに。
それに応えられない虚弱な身体であることが悔しくて、同時にそれほどの感情を抱いてくれていることが嬉しい。
例え口にすることはなくても、こうした仕草の端々でシンクが僕に向ける感情が垣間見える。
「シンク、『僕を見て』」
未だ不満げな顔を隠さないシンクの視線が僕に固定された。
眉間に刻まれた皺に頬を緩め、その唇に口づける。あむ、と下唇を唇で食めばびくりとシンクの身体が反応した。
「こんなことをするのは、シンクだけですよ」
「……あんたは、僕に嘘はつかない」
「はい。シンクには誠実でありたいので」
「だから、出来ない約束はしてくれない」
「……はい。嘘をつきたくありませんから」
他のサブには手を差し伸べない、と僕は言えない。
事実、アニスは僕の庇護下にある。適度なケアは一種の対価だ。感情だけで放り投げるわけにはいかなかった。
もしかしたらこれからアリエッタのケアも受け持つことになるかもしれない。避けたいが、他に選択肢がない場合はお鉢が回ってくるだろう。
くしゃりと顔を歪めたシンクからキスをされる。唇をぶつけるような不器用なキスは、初めて会った頃に戻ったのかと錯覚させるほど拙い。
けれど何度もぶつけられる唇に、それだけシンクの心が乱れているのが伝わってくる。それでも首に回される腕は優しくて、その背中に回した腕に力を込めて精いっぱいかき抱く。
その口の中を貪りたい衝動に駆られたけれど、今の僕の体力では満足させてあげることが出来ないのでぐっと我慢した。その代わりとでもいうようにただ唇をぶつけあう。
互いの唇が腫れるんじゃないかってくらいキスを交わした後、僅かに頬を赤らめたシンクが僕を見てからまた抱き着いてきた。
「……イオンは、さ」
「はい」
「僕に一緒に死ねって、言わないの」
「言いません。シンクに死んでほしくないので」
「それなのに神託の盾に居るのはいいんだ」
「はい。僕はシンクを自分の支配下に置きたいわけではないんです。勿論僕のものになってくれたことは嬉しいですし、僕の色に染め上げていくのは楽しいですよ。シンクがどんどんえっちに変わっていく姿を見ているとぞくぞくするくらい興奮します」
「ちょっと」
「ふふ。でもシンクの何もかもを支配したいわけじゃないんです。シンクが進みたい道を止めるつもりはありませんし、応援したいと思ってます。シンクの人生はシンクのものですから」
「僕がアリエッタみたいになっても?」
その質問に思わず顔を上げる。まじまじとシンクを見れば不機嫌そうに眉間に皺を寄せられた。
どうやら僕の反応がお気に召さなかったらしい。
「何、その反応」
「シンクは……僕が死んだらあんな風に泣いてくれるんですか?」
「いや、分かんないけど……でも、多分……悲しい。すごく」
うろりと、シンクの視線が彷徨う。ぎゅう、と服が握られた。
「イオンを失うところは……想像したくない」
「……そうですね。大切なものを失う想像は、悲しいです」
「たいせつなもの」
「はい。僕もシンクを失う想像なんてしたくありませんから」
「イオンも、僕が居なくなったら悲しい?」
「当たり前じゃないですか!」
「……そっか。うん。なら、いいや」
なにが?
何か一人納得したらしいシンクにまた抱きしめられた。
まあよく解らないがシンクが納得したなら良かろうと僕からも改めて抱きしめ返す。
「僕が死んだら、好きにしてよ。僕も好きにする」
「どういうことです?」
「そのままだよ」
更に問いかける前にまた口づけられる。
唇を離した時、覗き込んだシンクの瞳は初めて見る穏やかなものだった。