萌ゆる緑に身を焦がす
イオンはいつも言う。
「可愛い」「好きです」「愛してます」
僕はいつもその唇と指先に翻弄されている。
触れ合いを繰り返し、多少慣れてきたと思ったら関係性のステップアップという名の元に新しいことをされて、結局いつだっていっぱいいっぱいだ。
初めて射精させられた時も、自慰の真似事をさせられた時も、その後もずっと頭の中が真っ白に染め上げられるような気持ちよさに翻弄されている。
泊まりに行く度に繰り返される接触に何度果てたかはもう覚えてない。だから『イって』というイオンの言葉と共に欲を吐き出す瞬間の恐怖はかなり薄れた。
けれどだからこそ、胸の内でずっともやついている。僕ばかり気持ちよくなっていて、イオンは一度も自分も気持ちよくしろとは言ったことがないことに。
男同士でもセックスが出来るなんて知らなかったころ、段階を踏みましょうと言われたことを思い出す。あの時はいずれそこに到達する気があるんだと思った。
けれど、イオンは今でも僕を抱く気はあるんだろうか?
余りにもイオンが自分の快楽を求めないから不安になる。やっぱり、女の身体の方が良いんだろうか。
発展途上とはいえ僕の身体は骨ばっていて、筋肉の付いた身体は固く、抱き心地だって悪い。守護役達みたいな柔らかな肢体は当然のように存在しない。
いかにドムとサブとはいえ、やはり異性の方が良いんじゃないのか。
一方的に気持ちよくされるだけの関係が続いて、僕はそんな疑念を抱いていた。
とはいえ、僕が一人で考え込んでも答えなんて出ない。
何日かぐるぐると考えていたが流石に誰かに相談するのも気が引けて……散々悩んだ末に、やはり本人に聞くべきだと僕は結論付けた。
だからいつものように仕事を終えてイオンの部屋に泊まりに行ったある日。僕は諸々の準備をしてから、以前から抱えていた疑問をぶつけることにした。
「……ねえ、聞きたいことあるんだけど」
「はい、何でしょう?」
「なんで、僕のこと抱かないの」
互いにベッドに腰かけてそういう雰囲気になりかけたところで聞いてみれば、イオンは緩く目を見開いた。
それは滅多に見ない、驚いた顔だった。僕がそんなことを言いだすなんて思ってもみなかったのだろう。
イオンが僕に飽きた、とは思ってない。暑苦しいくらいの愛情表現を毎回これでもかと浴びせられているのだ。流石にそのあたりを疑うつもりはなかった。
けどだからこそ、じゃあ何で僕に手を出しはしても奉仕をさせないのか? という疑問がずっと燻ったままで。
いつかって、言ってたくせに。
奥歯を噛み締めながら、イオンの手を握り締める。感情のままに力を入れすぎないように気を付けるのが難しいのに、離したくなかった。
「……プレイ、いつも。僕ばっかり、されてる」
「それは」
「ドムは、サブに奉仕させるものだろ。けどイオンは何も求めないよね。そんなに僕は役立たず? それとも期待すらしてない?」
「違います!」
慌てたようにイオンが僕の卑屈になってしまった言葉を否定する。そして掴まれていない方の手を僕の手の上に重ねた。
身を乗り出したイオンの顔が近づいてくる。僕と同じ顔の筈だけれど、僕はこんな風に瞳だけで愛情表現なんてできやしない。
だから僕は失敗作なんだろう、と思うような卑屈さはもう持っていないと思っている。けど自分が導師になったとして、イオンのように慈愛を振りまけるかと言われれば無理だろうと思った。
「ドムだってサブのお世話がしたいんです。それにシンクはプレイの最中に僕のコマンドに応えてくれるじゃないですか」
「……そうだね。でもアンタが物理的に気持ちよくなることは一度もなかった。いつだって僕の方が狂わさればっかりだ。奉仕させてもらったことなんて一度もない」
「それは、その。すみません。可愛くてつい……」
「僕じゃ興奮しない、の間違いじゃないの」
「そんなことありません! しっかり興奮してます!」
それを力いっぱい断言するのは導師としてどうなんだ。
食い気味に言われた言葉に思わず肩の力が抜けた。その勢いから見ても、こちらを気遣っての言葉には聞こえない。
じゃあ何でと重ねて問いかければ、イオンは視線を逸らしながらぼそぼそと言い訳を口にした。
「男同士でする場合、挿れられる側は余り気持ちよくないと聞いています。僕はシンクに気持ちよくなってほしいんです。だから……ゆっくり、準備をしていきたくて」
「準備って、どれだけ時間かけるつもりなのさ。僕を精通させてからどんだけ経ったか解ってる?」
「シンクに負担がかからないようにしたかったんです。現にシンクの身体はもう、僕が撫でればそういう行為を始めるものだって学習してるでしょう? 胸、気持ちよくなれるでしょう?」
「嘘だろ!? 準備ってそこから!?」
思っていた以上に前から準備に取り掛かっていたらしいイオンに思わず叫ぶ。
僕はいわゆる後ろの穴を使うための準備のことを話していたのだが、イオンはじっくりと僕の身体に手を加えていたようだ。
慄く僕の前でイオンは気まずげに視線を逸らした。逸らすくらいなら僕に無断で勝手にそんな長期計画立てるんじゃない。
「あとは、その……僕って、体力がないでしょう」
「まあ、そうだね」
「いざという時も途中で息切れしてしまいそうで……そんなの、かっこ悪いじゃないですか。だから耐えうるだけの体力をつけてから挑みたかったといいますか……すみません。それでシンクを不安にさせていたんですから、ドム失格ですね。くだらないドムの意地だと笑ってくれていいですよ」
顔を赤くして気まずげな顔をするイオンにため息が漏れた。そのあたりは考えていなかったが、確かにイオンの体力では途中でバテる可能性は高い。
けれど笑う気にはなれなかった。イオンの体力が低いのは、イオンが怠惰だからじゃないことは知っている。
だから俯くイオンの顔を覗き込んで口づければ、パッとイオンが顔を上げた。
「笑うわけないだろ。あんたが体力ないのなんて今に始まったことじゃないし、努力してることも知ってる。まあ三歩進んで二歩下がる感じだけど」
「……一応、多少改善はしてるんです。散歩の距離もだいぶ伸びてるんですよ」
「知ってるよ。ようやく子供用の丼を完食できるようになったこともね」
「ははは……改めて聞くと情けないですね」
空笑いを零すイオンの手を改めて握りなおす。
そんな情けないドムを望んでパートナーにしているのは僕だ。
「準備とか、僕で出来る限りする」
「え?」
「気持ちよくなれるかは、わかんないけど。でも僕は……僕だけじゃなくて、イオンにも気持ちよくなってほしい」
「シンク……」
頬が熱い。縺れそうになる舌を必死に動かしてそう告げれば、イオンは堪えきれないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
拒否は、されてない。そのことに密かにホッとしたのも束の間、イオンはまだ迷う様子を見せる。
「でも……準備と言っても色々あるでしょう。だったら」
「ああもう! ごちゃごちゃ言ってないでいいから抱けよ! それともアンタ不能なわけ!?」
「え? わかんないです。出したことないので」
「嘘だろ!? 僕のこと精通させたくせにアンタまだなの!?」
「はい」
あっけらかんと言われた言葉に脱力してしまった。慣れた様子だったからてっきりイオンは済ませたものばかりと思っていたのだ。
頭をがしがしと掻いて立ち上がる。なんだか悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。
イオンの足を割り開いてその間に座り込めば、僕が何をしようとしたのか察したらしいイオンが驚いたように僕の名前を呼んだ。
そういう知識はあるくせに未精通ってどういうことだよ。
イライラしながら寝間着の裾を捲り上げ、下着をずり下ろせば萎えたままのものが顔出した。
……他人のそれって見たことないけど、やっぱりここも僕と一緒なんだろうな。当たり前だけど。
「あの、シンク? 無理は」
「無理じゃない。サブの集まりでそういう話だってするし、やり方だって教わった」
「だからって、んっ」
イオンにされる時のように優しく手で包み込んで上下に擦ってやれば、気持ちが良いのかイオンの声が詰まった。
それに気分が上向いて手を動かし続ければ段々と芯を持って天を向き始める。僕の手でイオンが気持ちよくなっているのだと解って気分がいい。
無意味に早まる鼓動を感じながら、しっかり勃ち上がったものをやわやわと握ってやる。
「シンク……ッ、もう少し、強く握っても……大丈夫、です」
流石にここまで来て拒否する気はないらしく、熱のこもった息遣いでそう言われて少しだけ指先に力を籠める。
ぷくりと先端から溢れ始めた先走りに、意を決して口を開けた。
「シンク、待って! あ」
制止の声を無視し、竿の部分に舌を這わせる。イオンの腰が跳ねて声がひっくり返った。
手よりも気持ちがいいのだろう。唇を寄せながらイオンの顔を伺えば、色づいた頬と伏せ気味の瞳。そして悩まし気に零される息遣いに間違いなく快感を感じているのだと解る。
「イオン、きもちいい?」
「はい……とても、良くて……」
初めて聞く蕩けた声にもっとしたくなって、逡巡の末にぱくりと先端を口に含む。苦い。けれど気持ちがいいのだろう。イオンの声が更に溶けたのが解って、根元のあたりを手で包みながら咥えられるだけ口の中に咥えこむ。
ぎこちなくも舌を動かせば手の中でびくびくと反応するものに僕の気分も良くなる。このままもっと気持ちよくなればいい。
「シンク……っ、ぁ、舌、もっと……っ」
はあ、と零れたイオンの熱っぽい吐息は聞き慣れないもので、じゅると音を立てて唾液を啜ればまた小さく反応した。
口いっぱいにイオンのものを頬張りながら裏筋をなぞるように舌を動かし、ゆるゆると竿の部分を擦ってやる。
イオンの身体がぶるりと震えた。
「シンク、んっ。も、口……離して……っ」
「ん……っ」
イオンの手が僕の肩に置かれる。
僕の身体を離そうとしているのだろうが、誰が放してやるものか。自分だって僕を精通させたくせに。
口いっぱいに走る苦みと息苦しさを感じながらも、耳に届くイオンの声に深くまで咥えこむ。
喉が気持ちいいんだっけ? 以前サブの集まりで聞いた知識を思い出し、えづきそうになりながら、口を動かして射精を促す。
「だめ、シンク……ッ、それは……っ」
気持ちいいのだろう。もっとそのまま欲を弾けさせてしまえばいい。いつも僕にしてるみたいに。
イオンの声にちょっとだけ優越感のような気持ちを覚えながら疑似的なピストンを再現する。
舌を絡めながら何度も硬いものを出し入れするのは結構に疲れるし苦しいけれど、それでもやめようとは思わない。
僕の肩の上を滑るイオンの手にざまあみろとすら思う。
「シンク、もう、じゅうぶ、んです、から……っ、あ、出そ……っ」
「ん……」
艶めいた息と共に言われた言葉に、出せばいいと思い切り吸い付いてやる。
びくんと口の中のものが震えたかと思うと、喉に叩きつけるようにして口の中に射精された。
何とか僕の身体をはがそうとするイオンの手に抗いながら、苦くて吐きそうなそれを無理やり嚥下する。
ごくんと喉を上下させた後、半分萎えたものが今度こそ僕の口から抜かれてしまった。
「シンク! 飲んだんですか!?」
「にが……」
「当たり前でしょう! 飲むものじゃありませんよ! お腹壊したらどうするんですか!」
あわあわと慌てながら僕の肩を掴むイオンは、初めての精通に対する喜びも、僕が上手にフェラが出来たことに対する褒め言葉もなかった。
ただ僕が精液を飲んだことに驚いて、僕に水を飲ませようとしている。
……僕は間違ったのだろうか。男のドムはサブに精液を飲ませたがるって聞いてたのに。
差し出された水の入ったコップに口を付けた後、こちらを見下ろすイオンを見上げる。
コップを空にしてからイオンの寝間着を掴めば、イオンが心配そうに僕を見降ろしていた。
「シンク? やっぱりお腹痛いですか? 辛かったのでは?」
「……嬉しく、ない?」
「え?」
「下手だった、のは、そうかもしれないけど……でも、ドムは飲ませたがるものなんだろ? ちゃんと飲めなくて仕置きを受ける奴だっているって聞いたし……」
イオンの嗜好には合わなかった、ということだろうか。
思えばイオンはどっから学んだのかという独特な価値観を持ってるから、一般的なドムの嗜好は持ち合わせていないのかもしれない。
……やっぱり僕は間違ったのか。
気分が落ち込みかけたところでイオンに抱きしめられる。
イオンの手が優しく僕の背中を叩いた。
「すみません、嬉しくない訳ではありませんよ。シンクが自主的に奉仕しようと思ってくれたことも、それを実行してくれたことも、苦いのを我慢して呑み込んでくれたことも、全部全部嬉しいです。ごめんなさい。先に言うべきでしたね。よくできました、シンク。良い子ですよ。貴方がサブとしてこんなに育っていたなんて。ドムとして嬉しいです」
「……ん」
柔らかな声にやはり間違っていなかったらしいと解って、僕もイオンの服を掴む。
あやすように背中を叩かれながらイオンの温もりに包み込まれる気持ちよさに目を閉じた。
この声を聞けただけであの苦いものを飲み込んだ価値はあったと思う。
「ただ教えていないことをされて驚いてしまっただけです。でもシンクがお腹を壊したら嫌なので、無理はしないで下さい。顎だって疲れるでしょう」
「平気だよ。気持ちよかった?」
「ええ。とても。シンクにされているというだけでもすごく興奮するんですけど、一生懸命奉仕してくれる姿が可愛くて」
「可愛いじゃなくてもっと別の言い方出来ないわけ?」
「ふふ。すみません。でも本当に可愛かったんです。いい子」
そう言ってイオンが僕の頬に口づける。
口にしてくれればいいのに、と思った直後に自分のものを咥えた口にキスをするのが嫌なのかと気付く。
「今日はキスやめとく?」
「いいえ? しますよ」
が、僕がそう問えばちゅっとリップ音を立ててキスをされた。
その顔は幸福そうで、僕を気遣っているわけではなさそうだ。
「でも次は僕がシンクのことを気持ちよくさせて下さい。ね?」
「それじゃあいつも通りじゃないか。その、中……洗ってきたから。使えばいい」
「正味な話、いきなり二回はキツいです。その、体力的に。ですからシンクが中でも気持ちよくなれるように、準備していきましょう」
「へ? だから準備は、うわっ」
腕を掴まれ、ベッドへと引き上げられる。
そのまま押し倒されたかと思うと、イオンがのしかかってくる。
今日は僕がするつもりだったのに、ここから先は結局いつも通りになるらしかった。