萌ゆる緑に身を焦がす
ドムの集まり
教団と神託の盾の合同で、ドム同士が顔を合わせて情報交換やら何やらをする集まりがある。
あくまでもこの集まりに顔を出せるのはドムのみなので、僕もルールを守って導師守護役を入れず、ヴァンに護衛を引き受けてもらって時折顔を出している。
ドムの集まりはマウントの取り合いだ。もちろん導師という立場上表立って喧嘩を売られることはない。
しかし成人していない身体と柔和な顔立ちは強さというものからは程遠い。その上パートナーであるシンクに対するスタンスが甘すぎるということで、どうしても強いドムと認識されづらい。
結果、僕が初めてこの集まりに足を運んだ時の周囲からの態度は、表向き尊重しているふりはするけど内心は見下されている。というものだった。
まあグレア勝負で三人連続で相手をして、勝利を掻っ攫ったことで全員手のひらを返したが。
しかし僕から言わせれば、勝利は必然的なものだった。
もちろんオリジナルから引き継いだダイナミクスの力が強めということもあるが、なにせ僕には前世というアドバンテージがあったので勝って当然といったところか。
この世界は前世と違ってグレアの制御に関する講習などがない。大半が使えるから使っている。そんな感じだ。
だが前世はドムが放つグレアは一種の武器として認識されていたために、ドムはグレアの制御が出来ることを大前提とされていた。
実際グレアはサブだけでなく、ナチュラルの人々にも影響を与える。ドムが持つダイナミクスの力にもよるが、もし街中で無差別に放つようなことがあれば周囲の人間はバタバタと倒れることになるだろう。
そのため細かな制御法まで叩き込まれたし、感情的になってグレアを放つなどもってのほかとされていた。
他のドムにグレアをかけられた時、反射的にやり返さないようにするためのグレアに耐える訓練。
グレアを一点に絞り、周囲を巻き込まないようにドム同士でやりあうための制御法などなど。
グレアの制御、という一点においては僕は教団で一番だと胸を張って言える。なので、勝って当然なのである。
お陰でこの集まりでもそれなりの扱いを受けるようにはなったが、やはりシンクに対するスタンスが甘すぎるという認識は変わっていない。
中には僕の真似をしたらいつもより満足感があったと言ってくれるドムも居たが、それでも少数派だ。
サブはドムに絶対服従で何をしても許される存在である、という常識は未だまかり通っている。そこだけが少し悲しいな、と思う。
さて、このドムの集まりだが時折ドムサブ専門の店を開いている業者が外商に来る。いわゆるプレイの最中に使う道具を売りに来てくれるのだ。
正直なところ店に足を運んでじっくり選びたいのが本音だが、導師という立場上それも難しい。そのため僕もシンクとプレイをする時の道具はこの外商を利用していたのだが。
「導師も買い物か?」
「こんにちは、アッシュ。久しぶりですね」
「ああ。前々回の集まり以来か」
ヴァンを護衛として背後につけつつ、前回使ったローションが良さげだったので何か別のものをと見ていたのだが、声をかけてきたのは特務師団のアッシュだった。
個人的な交流は余りないが、ドムの集まりでは時折顔を合わせる。まあ仮面越しだけれども。
「アッシュも買い物ですか?」
「まあな。といっても特定のパートナーは居ないから、覗く程度だが」
「そうなのですか?」
「ああ。プレイ自体、余り……好きではなくてな」
目元が隠されているのでその表情は伺えないが、声音からしてあくまでもドム性を満たすために義務的なプレイしかしていないのだろうと察せられた。
まあ性欲と違って一人で発散できるものでもないからなあ。ナタリア一筋のアッシュからすると浮気しているような感覚になるのかもしれない。
「そうでしたか。いつか心を通わせるパートナーが出来るといいですね」
「そう、だな」
なので良いパートナーが見つからないのは残念なことだと、あえてずれた返答をしておく。
アッシュは僕の返答に曖昧に微笑み、導師のパートナーはシンクだったか、と話題を変えてきた。
シンクの話ならいつでもウェルカムな僕は早速その話題に乗る。
「ふふ、可愛いですよ。僕にもう少し体力があればもっと可愛がってあげられたんですけど」
「それで道具か?」
「ええ、まあ。シンクの許可が取れれば視野に入れたいな、と考えていまして」
「相変わらず導師はシンクに甘いな。そこまで甘やかして噛みつかれたりしないのか?」
「身体に異物を入れるのにパートナーの許可を取るのは当然のことかと思いますが……特に噛みつかれたりはしませんね。もう無理だとギブアップを叫ばれることはありましたが」
「あんたさっきもう少し体力があればと言ってなかったか??」
アッシュにツッコミを入れられるが、そうではない。そうではないのだ。
僕もシンクみたいに二発三発出せる体力があればという意味で言ったのであって。いや、一方的に愛でるのも悪くはないのだけれど。
「道具があればプレイの幅が広がるじゃないですか」
「例えば?」
「拘束と目隠しをして悶える姿を眺めるとか。きっと僕を呼びながら可愛く鳴いてくれると思うんです」
「ある意味暴力をふるうより酷くないか、それは」
同じ男として同情したような声で言われるが、可愛いと思うんだ。前の強請ってくるシンク、可愛かったし。
そもそもシンクも僕を傷つけないためという名目で縛って欲しいと言うんだから、多少過激なプレイも受け入れてくれると思うんだよな。
今度してみようか、目隠し放置プレイ。想像するだけで興奮しちゃうね!
「シンクにはいっぱい気持ちよくなってほしいんですよね」
「導師のそれは快楽責めと言うんだ。ある意味拷問だぞ」
「確かに快楽は痛みと違って慣れることがありませんが、拷問という程ではないのでは? 僕は泣き縋ってくれるシンクが可愛いというだけですよ?」
「充分拷問だろう。導師は随分とサブに甘いと思っていたが、認識を改めた方がよさそうだな……ある意味暴力による支配より酷い」
「そうですか?」
「酷いだろう。一見甘やかしているように見えるが、その実あんたはサブから支配権を差し出させて完全に管理下に置いている。サブから逃げ出す気すらなくさせる。縋る先は自分しか居ないという、マインドコントロール付きの完全支配だ。俺には愛情という鎖でガチガチに縛り上げてシンクを好き勝手にしているようにしか見えん。可哀想に。シンクはもうアンタから逃げられないだろう」
なんかすごく失礼なこと言われてる気がする。
静かにドン引きしているアッシュにずっと背後で黙っていたヴァンが小さく笑った。
アッシュと二人でヴァンを見れば、失礼と言って笑ったことを謝ったヴァンが口を開く。
「アッシュ、イオン様のやり方はサブを支配のするための完成系の一つとも言える。恐怖で支配した兵士は脱走の懸念が付きまとうが、忠誠心で戦場に向かう兵士は命尽きるまで戦ってくれる。そういうことだ」
「それは……そうかもしれんが」
「皆はイオン様が甘いというが、ある意味この中で一番サブを支配しているのはイオン様ということだな。それが全てとは言わないが、そういう方法もあると覚えておけ。従来の方法とはかけ離れて入るものの、選択肢の一つとして知っておくことは悪いことではない」
「まあ……そうだな。覚えておこう。使う日が来るかは解らないが……」
なんかすごく失礼なこと言われてる気がする。二人して失礼な。僕はシンクを愛してるだけなのに。
ぷぅと頬を膨らませて不満をアピールすればアッシュはきょとんとして、ヴァンは微笑ましそうに笑う。
「二人して失礼ですね。僕はシンクを愛しているだけだというのに」
「随分と重い愛情ですな。逃げづらい分、性質が悪い」
「その愛とやらで既にシンクはがんじがらめだろう。お互いが納得しているなら俺が口を挟むつもりはないが、俺はごめんこうむる」
本当に酷い言い草だ。
あんまりにもあんまりな言い草に拗ねる僕に対し、二人は肩を竦めるだけだった。
結局今日はラインナップを確認するだけで終わらせて、部屋の隅に設けられた休憩用の椅子に腰かける。ここで耳を澄ませているだけでも色々と聞こえてくるものだ。
ヴァンが持ってきてくれた飲み物に口を付けつつ、どうもサブドロップ寸前で放置されているサブがいるようだがらアリエッタあたりに救助に行かせるかと考える。
サブの保護施設というか、お見合い用のマッチングシステム作っても良いんじゃないかと思うんだけどどうだろう。弱者の保護は宗教活動の鉄板だよね。
「アッシュとも話していましたが」
「ん?」
「イオン様の愛し方は独特ですな。まあシンクのような捻くれ者には丁度良いのかもしれませんが」
「本当にお前は失礼だね。僕は純粋にシンクを愛して、愛でて、可愛がっているだけなのに」
「愛する相手から泣き縋られたいというのは健全な感情ではないかと」
「僕にされているのに僕に助けてと懇願してくる。それは僕に歯向かう気がないからこそ反抗せずに耐えているということで、同時に僕なら助けてくれるという信頼だ。これ以上のプレイがある?」
「だからといって足腰立たなくなるほど責め立てるのはいかがなものかと」
「何でお前がそれを知ってるの」
「シンクがよくリグレットに相談しているのですよ」
「ああ、そこ経由か。まあそれならいいか」
部屋に何かしらの情報収集器が付けられていたのならば別だが、シンクなら話が漏れることを前提に話しているだろうしなら構わない。
それよりも、と僕は話題を変えた。
「アッシュもお前の賛同者だろう? 僕のことは?」
「よくご存じで。まだ話しておりません」
「お前が連れてきた子供だってことさえ知ってれば嫌でも解るだろ。誰なら知ってる」
「ラルゴとディスト、それとアリエッタとリグレット」
「ふうん」
つまり六神将の内知らないのはアッシュだけか。
いや、まだ六神将という呼称自体ないから仲間外れというには早計かもしれないけど。
「ま、お前の仲間たちにはきちんと伝えておくことだね」
「寂しいことを仰る。まるでイオン様はその仲間に入っていないような口ぶりではありませんか」
「当たり前だろ。僕はお前に共鳴してる訳じゃない。お前が条件を達成した以上、協力はするけどね。けどあくまでも協力だ。僕は気に入らなかったら気に入らないと言うし、おかしいと思ったことはおかしいと言う。お前が変な方向に突っ走ろうとしたら言葉を尽くして止めることはしても、無条件にお前の後ろをついていく気はない」
勘違いするな、僕はお前の傘下に入った訳じゃない。
そうきっぱりと言えば何故かヴァンは目を瞬かせて僕を凝視していた。何故そんな顔をされるのか解らない。
試しに飲み干したカップを渡せばヴァンはきちんと受け取る。ちゃんと反応はするらしい。
「私が……間違ったとき」
「うん?」
「止めて下さるのですか」
「当然だろう。共倒れはごめんだからね」
何を当たり前なことを、と呆れを隠すことなくヴァンを見返す。
ヴァンは数瞬だけ目を伏せた後、そうですか、と言って嬉しそうに頬をほころばせた。一体何を考えたのやら。
「イオン」
「なに?」
「これからは、人目がない時はそう呼んでも構わないか?」
「好きにすればいいじゃないか」
「では、そうさせてもらおう」
「今は人目があるのにいいの?」
「誰も聞いていない。構わんだろう」
そう言って笑うヴァンは機嫌がよさそうだった。
僕の言葉が何かしらの琴線に触れたようだが、それ何なのかちっとも解らない。
けれど疑問符を浮かべる僕を置いて、ヴァンはもう一度僕を呼ぶ。
「イオン」
「なに」
「イオンが間違えそうになった時は、私が止めよう」
「力づくはやめろ。僕はすぐ死ぬぞ」
「斬新な脅しだな。だが確かにイオンに死なれては困る。覚えておこう」
僕の軽口にヴァンはからからと笑う。
この日を境に、ヴァンの態度は気安いものへと変わった。