萌ゆる緑に身を焦がす


崖っぷち

「イオン様……」
「ああ、アリィ。それにシンクも。二人が一緒に教団に居るのは珍しいですね。どうしたんですか?」

 ドムの集まりを終え、ヴァンに導師の執務室へと送ってもらっている最中にシンクとアリエッタのコンビに出会った。
 この二人が一緒に居るのは本当に珍しい。そもそも神託の盾兵は基本的に神託の盾本部に居るので、警備兵でもない限り教団に来ることは余りない。師団長クラスならなおさらだ。
 お陰で同じ教団に所属している筈なのにシンクと顔を合わせることはあまりない。師団長って責任者だから、神託の盾本部に居るのは当たり前といえば当たり前なのだが。
 まあだから余計に師団長クラスが二人そろって教団に居るのが珍しいわけだが、アリエッタは僕の言葉にもじもじしてからヴァンへと視線を移した。

「総長、探してました」
「この馬鹿、提出日が一週間過ぎた報告書持って泣いてたんだよ」
「それで一緒に付いてきてあげたんですか。シンクは優しいですね」
「違う、押し付けられたんだ!」

 僕の言葉にシンクが否定してくるが、それでも同行してあげるあたり充分優しいだろう。
 にこにこする僕にシンクが不本意ですと言わんばかりに腕を組む。久しぶりのツンデレにふふ、と笑みが零れる。

「総長、報告書……サイン、ください」
「アリエッタ、今は」
「ヴァン、僕は構いません。見てあげて下さい」
「……ありがとうございます。アリエッタ、私は今イオン様の護衛としてここに居るのだ。書類を出す前にまずは足を止め許可を下さったイオン様にお礼を言いなさい」
「あ、はい。イオン様、ありがとうございます」
「構いませんよ。でも提出物の期限は守りましょうね」
「ほんとだよ。アンタ仮にも師団長なんだから、書類仕事くらい出来るようになってよね」

 シンクの嫌味がさく裂してアリエッタが涙目になる。最近デレのシンクばかり見ていたからなんだか新鮮だ。
 シンクも余り怒らないであげて下さいと言えば、悪いのはアリエッタじゃないかと逆に怒られる。

「シンクだって師団長なんですから、ただ叱ればいいというものではありませんよ。大切なのは原因を解明し、同じ間違いを繰り返させないことです」
「そうかもしれないけどさぁ」

 何でそっちを庇うんだと言わんばかりの態度が可愛い。嫉妬? 嫉妬なの?
 またにこにこしそうになったところで、不意に音素の集束する気配がした。
 何事かと気配の方向に顔を向けようとしたところで、僕を呼んだヴァンに覆いかぶさるようにして抱き締められる。
 ヴァンの腕の隙間から、泣き顔を一瞬にして切り替えたアリエッタが譜術媒体であるぬいぐるみを突き出し、譜術障壁を張るのが見えた。

 爆発が起きる。
 びりびりと振動が肌を叩く。
 鼓膜を叩く爆音。
 続けて聞こえてくる数多の悲鳴。

 遅まきながら先ほどの音素の集束はこのために第五音素を集めていたのだと気付く。
 一瞬にしてパニックになった教団の通路の一角。慌ててヴァンの腕の中から抜け出し、僕を庇ったヴァンに怪我がないか確認する。

「ヴァン! 怪我は!?」
「私は平気です。シンク!」

 ヴァンの声掛けにシンクがその場で半歩身を引いて上体を僅かに倒したかと思うと、次の瞬間にはその姿を消していた。
 視線だけで緑色の髪を追えば、犯人と思しき杖を構えた譜術士に肉薄している。
 音素による筋力強化を一瞬でトップギアまで上げ、一息で距離を詰めたのだろう。いずれ烈風の二つ名をいただくに相応しい速度だ。
 譜術士の方もまさか一瞬で見つかるとは思っていなかったのか、あっさりとシンクの上段回し蹴りを喰らっていた。

 犯人の確保は出来たのを確認して、改めてヴァンを見る。背中を確認すれば僅かに団服が焦げている。僕を庇った時についたものに違いない。
 ヴァンの譜術防御力は高いし、アリエッタが譜術障壁を張っていたとはいえダメージは入っただろう。

「アリィ、ヴァンにファーストエイドを」
「はい!」
「ヴァン、僕の護衛はアリィに任せて貴方はシンクと事態の集束をはかって下さい。犯人の扱いは任せます」
「はっ! いえ……護衛はシンクに任せましょう。シンク! 殺すな!!」

 治癒術を受けたヴァンがアリエッタを僅かに僕の方に押すことで護衛を任せると、そのままシンクの方へと走っていく。
 見れば譜術士の首を鷲掴みにして持ち上げているシンクが居た。何でちょっと目を離した隙にぶち切れてるんだ。

「シンク、すごく怒ってる」
「……あ! 僕が狙われたから怒ってるんですね!」
「イオン様、気付くの遅い、です」
「すみません、まだ襲われた実感が余りなくて……」

 アリエッタから呆れたように指摘されてしまった。
 とはいえ狙われた実感が無いというのは本当だ。なにせ僕は最初に立っていた位置から一歩も動いていないのだ。
 気付けばヴァンに庇われ、気付けばシンクがぶち切れていた。反応が鈍すぎて自分でも心配になるレベルだ。ダアト式譜術は使えるんだけどなあ。

 ヴァンが犯人を締め殺しかけていたシンクを何とか宥め、そのままアリエッタと僕の護衛を交代させる。
 こちらに歩み寄ってくるシンクはまだ口をへの字にしていた。びしびしと肌を叩くような冷気は……多分殺気なのだろう。
 ヴァンはこのまま部屋に帰還した後も安全が確認できるまで出てこないよう僕に言い含め、シンクには伝令が来るまで導師守護役達と導師の護衛に専念するよう命じる。
 そのままアリエッタを連れて行ってしまった背中を見送り、僕とシンクはそのまま導師の執務室へと向かった。

「イオン様! ご無事でしたか!」

 道中騒ぎを聞きつけて迎えに来てくれていたらしい守護役部隊とも合流し、そのまま譜陣を使って導師の執務室へと移動する。
 導師の執務室はある種隔離された場所ともいえる。ここまで来れば先程までの喧騒はすっかり聞こえなくなり、肩から力が抜けた。どうやら無意識のうちに緊張していたらしい。
 ほう、と息を吐く横でシンクが守護役達に話しかけていた。

「閣下から安全が確認できるまで僕も護衛につくように言われている。伝令が来るまで僕も護衛任務にあたる」
「了解。私達はここで警戒態勢に入るから、シンクはイオン様と一緒に私室の方に行ってなよ。私達よりもシンクの方が強いから、万が一襲撃犯がこっちまで来たとしてもその方が確実にイオン様を守れるだろうし」
「わかった。イオン、行こう」
「あ、はい」

 ピリついていているシンクに何を思ったのか、守護役を代表してアニスが僕とシンクを私室へと追いやってしまった。
 シンクに手を取られ、隣りにある私室へと引っ張り込まれる。いつもならば僕を掴む手は優しいのに、今は痛いくらいに手首を掴まれている。そのままパタンとドアが閉まった瞬間、シンクに思いきり抱き締められた。

「……良かった。イオンが、無事で」
「シンク……ッ、あの、苦し……っ」

 先程とは打って変わって、動揺が隠せない声色。そして背骨が軋む音が聞こえてきそうな熱い抱擁だった。
 手に持っていた杖がからんと音を立てて床に転がり、僕は力を緩めてほしいと背中をタップする。
 いつもならば慌てて身体を離してくれるのに、今日のシンクはなかなか力を緩めてくれない。

「あいつ、絶対殺してやる……イオンを狙うなんて」
「シンク……いま、しにそう……っ!」

 歯ぎしりせんばかりに怒り狂うシンクの愛は嬉しくはあるのだけれど、段々と血の気が引いて意識が遠のいていくのを感じる。
 背中をタップする力すらなくなった腕がだらりと垂れ下がったところでようやく僕の状態に気付いたシンクが慌てて身体を離した。
 途端に咳き込む僕に謝りながらベッドに運んでくれる。横になればくらりと眩暈がした。ゆっくりと深呼吸をして酸素を味わう。死ぬかと思った。
 襲撃から守った筈の僕がその後シンクに殺されかけるなど、ヴァンも思ってもいなかっただろう。

「ごめん……感情的になった」
「いえ、心配してくれたんでしょう? 次から気を付けてくれればいいですから。あと犯人はすぐに殺しちゃ駄目ですよ」

 ベッドの脇に膝をついて僕の手を取るシンクを諫めれば、慈悲深いのも大概にしろと逆に怒られてしまう。
 しかしこれは慈悲などではない。

「別に慈悲で言っているわけではありません。背後関係も吐かせないとダメでしょう?」
「……そっち?」
「情報は大切ですよ。こんな白昼堂々と教団を襲うなんて、自暴自棄か、過激な思想の持主か……あるいは、人質でも取られていたか。なにんにせよ、これだけのことを起こすトリガーが襲撃者にはあった、ということです。言ったでしょう。原因を解明することが重要だと。再犯を防ぐためには警備を見直すことも大切ですが、同じような犯罪者を生み出さないための土壌を作ることも同じくらい大切です。ただ襲撃犯を処刑するだけでは対処療法にしかなりません」
「……そのための情報を吐かせる必要があるっていうのはわかる。でもその辺りはリグレットやラルゴの方が得意なんだけど、僕もできるようになった方がいい?」
「そうですね。出来ることを一つでも増やすのは大切でしょう?」
「まあ……そうだね」

 話している内に身体も楽になってきたので、シンクの頭を撫でてやる。
 もっと撫でろというように頭をぐりぐりと押し付けてくる姿はお猫様のようだ。もちろん撫でさせていただきます。

「ちょっと勉強してみる。ラルゴやリグレットの聴取を見学させてもらうよ」
「頑張って下さい。でも同じようにする必要はありませんよ。役割分担をするという手もあります」
「役割分担?」

 首をかしげるシンクに聴取の際に恐喝役と懐柔役の二名を用意する方法を教えてやる。
 日本でもよくあった、良い警官と悪い警官という奴だ。悪い警官が脅して精神を疲弊させ、良い警官が弱ったところに手を差し伸べて話を聞きだす。
 昔からよく使われる手法なのでこちらにも似たようなやり方はあるだろうが、聴取の方法の一つとして覚えておいて損はないだろう。

 そう思ったのだが、僕の話を聞いたシンクは何故か黙り込んでしまった。
 両手で僕の手をぎゅっと握り締めると、仮面の下で唇を引き結ぶ。

「……イオンは、さ」
「はい」
「どこで、そんなこと知ったわけ? ヴァンからも、そんなこと習ってない。刷り込みにだってなかった」
「……シンク」
「前、言ってたよね。自分はズルをしてるって。イオンは……」

 そこで言葉を途切れさせたシンクは、適切な言葉が見つからないのか、はたまた問いかける勇気がないのか。そのまま僕の手を握りこんだまま黙り込んでしまう。
 恐らくその仮面の下で彷徨っているであろう緑の瞳を見たくて身体を起こし、シンクの仮面に手を伸ばす。
 けれど僕等のやり取りを遮るようにノックの音をが聞こえて、シンクはパッと僕の手を離してしまう。結局シンクがどんな顔をしているか、見ることは出来なかった。

 あ、と吐息のような微かな声を出した僕が手を伸ばすよりも早く、シンクが立ち上がってドアの方へと向かう。
 僅かに警戒を滲ませながらドアを開けることなく返事をするシンクに、守護役の子がドア越しにヴァンから伝令が届いたと告げ、そこでようやくシンクはドアを開けた。
 入ってきた守護役の子が改めて襲撃犯が捕縛され仲間が潜伏していないことを確認し、安全が確保されたことを報告してくれる。
 彼女は僕がベッドに腰かけていたことに不思議そうな顔をしたが、シンクはそこに言及することなく了承を告げてそのまま神託の盾に戻ると返した。

「あの、シンク」
「見送りは要らないよ。犯人は捕まっても混乱は収束してない。あんたはまだ部屋に居た方が良い」
「そ、うですね……今日は大人しくしていましょう。夜に、ルナでも見て……心を落ち着けたいと思います」
「……そうだね。僕も……ルナでも、見ようか」

 暗に今夜来てほしいと告げれば、シンクは少し迷った末に了承してくれた。そのことにホッと息を吐いてから部屋を出ることなくシンクを見送る。
 恐らく今日はもう、執務室より先に出ることは出来ない。逆にシンクは片付けやら何やらで忙しくなるだろう。
 疲れたところを呼び出して申し訳なく思うが、それでもシンクを放っておきたくなかった。

 去って行く黒と緑の団服を纏った細い身体を見送る。シンクの後姿が見えなくなってなお胸の奥でぐるぐるしたものを感じて、僕もそのままベッドに横になることを選ぶ。
 シンクの疑問はもっともだ。シンクになら僕の秘密を話しても良いと思う。
 けれどそれでシンクに拒絶されてしまったら……そう思うと、不安でたまらなかった。

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