萌ゆる緑に身を焦がす
「うわっ!?」
ヴァンとの密談を終えたその日の夜、あらかじめ決めていた予定通りに僕はイオンの部屋に向かった。なんてことはない。恒例のいつものお泊りだ。
あれからそれなりに時間が経っているにも関わらず、イオンを見たらまたあの時の苛立ちがぶり返して、二人きりになった瞬間イオンへと抱き着く。
驚きながらも僕を抱きとめたイオンがどうしたんですかと柔らかな声で問いかけてきた。
「イオンは僕のなのに」
「シンク?」
「ヴァンと浮気したら許さないから」
「しませんよ!?!? しませんからね!?!?」
ぎょっとするイオンが力いっぱい否定する。それでもイライラが晴れない。
細い身体を折れない程度にぎゅっと抱きしめて首元に顔を埋める。匂いを嗅げば僅かに香の匂いがする。何かしらの式で焚きつめでもしたのだろう。
導師であるイオンは人前で教義を語り、経典を読み聞かせ、そしてあらゆる式の進行を担う。預言を詠むことは稀でも、信仰の象徴としての仕事は多岐にわたる。
まだ下っ端だった頃、一度だけイオンが大聖堂で人前に立つのを見たことがある。あれは何の式だったか。
ステンドグラス越しの柔らかくも鮮やかな光が白い法衣を彩って、大聖堂の高い天井に響く伸びやかな声に多くの人間が耳を傾けていた。
あの頃の自分はイオンには反発心しか抱いていなかったから流石は成功作様はお綺麗なことだとしか思わなかったが、きっとああいう姿を神聖というのだろう。
不可侵の白。平和の象徴。誰もが頭を垂れる教団の最高指導者。
でも今は僕のパートナーだ。僕のドムだ。その若葉色をした瞳が色を孕むのも、下卑た独占欲も、僕しか知らない。僕にしか見せない。
不可触の存在に触れられるのは僕だけだと自分に言い聞かせている内に、気付いた。違う。僕に向けるのとは違うけれど、イオンはヴァンにも導師ではない顔を覗かせる。
嫌悪に歪む顔も、見下すような視線も、嘲笑も。多分あれはヴァンにしか見せない顔で。ああそうか。だから僕はヴァンに苛立つのか。
例え向ける感情が嫌悪であろうと、イオンにとってヴァンが無視できない存在であることは理解していた。きっとイオンがヴァンに無関心だったら、こんな苛立つこともなかった。
けど多分、イオンは以前ほどヴァンに嫌悪を抱いていない。少なくとも協力者になったことである程度の距離は縮まった。そして多分その距離はこれからも縮まっていく。
名前で呼ぶことを許して、気安い態度で話して。イオンのことだ。なんだかんだ言いつつ、ヴァンが間違ったら言葉だけじゃなくきっと殴ってでも止めるのだろう。
僕では築けない関係を、ヴァンは築いた。僕に立てない位置に、ヴァンは立った。
サブである僕はどこまでもイオンにとって庇護対象だ。どれだけ身体を鍛えて強くなろうとも、僕がサブである限りイオンにとって僕は守るべき対象だ。
イオンが僕に手を上げることはないだろう。ヴァンにするみたいに無遠慮に暴言を交えて話すこともないだろう。
それが嫌なんだ。僕とは違う、けれどイオンのすごく近くに立つことになったヴァンが、僕は嫌なんだ。
きっと僕からイオンを奪える人間が居るとしたら、そいつはヴァンだ。
それに気付いて、また苛立ちが増す。
僕のイオンなのに。
「シンク?」
気遣うように僕の顔を覗き込んでくるイオン。
僕にだけ秘密を教えてくれたことに満足していたけれど、もう全然足りなくなってる。
僕のイオンだ。僕だけのものにしたい。僕だけを見て、一番近くにあるのは僕であって。
僕を愛して。
そう言おうとして、昔同じセリフをイオンに言われていたことに気付いた。あの時のイオンもこんな気持ちだったのかもしれない。
「イオン、好きだよ」
仮面を外し、イオンが何か言う前にその唇に噛みつくようにキスをすれば、少しよろめきながらも僕を受け止める細い身体。
唇を割り入って舌を滑り込ませて口内をかき混ぜる。イオンが教えてくれたように舌を掬い上げてその先っぽをぢゅうと音を立てて吸う。
でも出来たのは最初だけだ。すぐにイオンの舌が僕の口の中に入り込んでくる。逆に口の中をかき混ぜられていくうちに、頭の中がとろとろになる。
キスをしている最中の息の仕方だって教えてもらったのに。前よりキスだってうまくなった筈なのに。
なのにイオンの舌が僕の口の中を蹂躙すると、だんだんと頭がぼうっとしてくる。抱き寄せられた腰のあたりがぞわぞわして、馬鹿になった頭はイオンのことしか考えられなくなる。
僅かに目を開ければ、欲を孕んだ若葉色の瞳がじっと僕を見つめているのが見えた。その視線にぞくぞくする。
唾液でべたべたになった口周りをべろりと舐められて長い長いキスが終わるころには、僕はすっかり発情していた。
「イオン、えっちシよ」
「今日は積極的ですね、シンク」
「僕、イオンのものになりたい。もういいだろ? 準備だってしてきたし、中で気持ちよくなれるようにもなったよ。ねえ、イオン。シよ?」
慈愛の振りまき方なんて知らない。信者に愛される笑顔の作り方なんて興味ない。けどイオンが喜ぶ仕草なら知っている。イオンが興奮する言葉も、顔の角度も、瞳の熱の乗せ方も。
世界中の人間なんてどうでもいいが、イオンの一番は僕でなければ嫌だ。僕の中をこんなにいっぱいにしたんだから、イオンも僕でいっぱいにならなきゃ許さない。
「僕、イオンの初めてが欲しい。僕の身体で気持ちよくなって」
「……いいですよ、シンクの望み通りに」
ちゅっとリップ音を立てて触れるだけのキスがされる。
防音譜術を張って。ジャケットを脱いで。胸の譜陣を夜風に晒して。そのままもつれ合うようにベッドへとなだれ込んだ。
「ん……準備とか、いいから……っ」
イオンが首筋に顔を埋めて舌を這わせる。ちゃり、とカラーが音を立てた。
素肌を晒した僕と違ってイオンはローブを着たままだ。当然だろう。虚弱なイオンが真っ裸で居たらすぐ風邪を引くし、僕が抱き着く代わりに服を掴んでいることはイオンだって気付いている。
「僕は言った筈ですよ。僕は僕のものでいっぱい気持ちよくなっているシンクが見たいんです。シンクの中に入れるのは嬉しいですけど、一方的に自分だけ気持ちよくなっても満足できません」
「でも」
「僕を気持ちよくしてくれるんでしょう?」
「ん……」
「でもそうですね。それなら手伝ってもらいましょうか。シンク、自分で気持ちよくなれるように触ってみてください」
「えっ」
「ほら、ここでいいですよ。シンクのここはもう充分えっちですから、気持ちよくなれるでしょう?」
僕の上に覆いかぶさったイオンが僕の手を取って胸へと誘導する。
散々イオンに触られて性感帯へと変えられた胸の飾りは、それでも自分で触れることなんてないに等しい。
「ほら、『触って』」
けれどコマンドを使われちゃ拒否も出来ない。ひくつく喉に嗚咽を押し込んで、ぷくりとしたそこに恐る恐る触れる。
イオンがしてくれるように指の腹で転がして、爪先で引っ掻いて。じんと響く気持ちよさに吐息が熱を孕んだところで、イオンの舌が僕の耳を舐り始める。
「あっ、イオンッ、そこ……っ」
「好きでしょう?」
「あ、ん……っ」
ダイレクトに響く水音に嫌でも快感が煽られる。その音を聞きながら触るだけでさっきよりも気持ちいいような錯覚を覚えてしまう。
イオンの手が僕の身体をまさぐって、ズボンの中に入ってくる。緩く立ち上がり始めているそれをそっと指先がなぞった。
「うあ、ぁっ」
「ほら、手止めちゃ駄目ですよ」
「んっ、わか、ってる……っ、あ、ぁ」
ズボンがずりさげられるのに合わせて腰を上げれば、そのまま一糸まとわぬ姿にされてしまった。
僕とは違う柔らかな指先が裏筋を撫でてカリ首を優しく引っ掻く。鈴口をこね回すように指の腹。
白い掌が先端を包み込んでぐにぐにと揉みこむ。その頃にはすっかり僕のものは勃ちあがっていた。
「イオン……ッ、手、きもちいい……っ」
「それは良かった。ちゃんと気持ちがいいって言えて偉いですね」
褒め言葉と共にイオンが頬に口づけてくれる。その間も不慣れなりに胸を触り続けていたら、耳元で上手と囁かれた。声がじんと腰に響く。
けれどイオンの手が僕のものを包み込んで上下に動き始めれば、そんなささやかな気持ちよさなど比にならない快感が込み上げてくる。
僕の気持ちいいところを全部知っている掌が動く度にぞわぞわとした気持ちよさが駆け上がってきて、のけぞる僕の首元にまたイオンが口づけた。
「いおっ、あ、ぁっあ、あ……っ! きもちっ、から、あっ、ぁ、あ……っ、あーーっ! ぼく、ばっかりっ!」
「ふふ。僕と違ってシンクは何度でも出せるでしょう?」
「そ、うかも、しれないっけど! あっ、ぁああっ、ぅ、んんっ!」
しなる背中がシーツから浮く。口から際限なく零れる声は甘ったるくて、最初は耳を塞ぎたくて仕方なかったのに随分と慣れてしまった。
男なのに、とは思わない。イオン以外に聞かれたら殺してやろうとは思うが。
先走りを指先に絡めながらイオンの手が速度を速める。こみ上げる射精感に何度も腰が跳ねあがる。
出したい。息を乱しながらイオンにそうねだれば、耳元で密やかにイオンが笑った。
「出したい?」
「んっ、あ、ぁっ! 出したっい、イオン、きもちい、のっ、出させて……っ、イきたいっ。せーえき、出したっあ、ぁ、あっ!」
「ふふ。良いですよ。『イって』?」
「んんん……っ!」
優しいコマンドを下されるのと同時に許可を待っていた身体が勢いよく精液を吐き出す。
奥歯を噛み締めながらぶるりと震えれば、出したばかりの先端をぐりぐりと指の腹で押しつぶされて腰が浮き上がった。
「あ、うっ。イオンッ、今、びんかん、だからっ」
「気持ちいいでしょう? 上手にイけましたね。手もちゃんと動いてました。いい子」
「ん……」
褒められた。自分の中のサブ性が、違う。僕がイオンに褒められて嬉しい、と感じている。
柔らかな唇が降ってきて重なる。口の中をかき混ぜられると射精後にぼうっとする頭の中までかき混ぜられているようだ。
幸福感で頭の中がふわふわしている。気持ちいい。すき。
ああ、うん。そうだ。好きなんだ。僕はイオンが好きなんだ。
だからイオンが欲しい。誰にも取られたくない。イオンの全部が欲しい。
改めて、そう思った。