萌ゆる緑に身を焦がす
イオン
「イオン様、見つかりました」
「そう。じゃあ、行こうか」
ヴァンから連絡が来た。これにより、本格的に計画が始まる。
それでも現物の確認は必要だろうと、僕はシンクの手引きで夜にこっそり部屋を抜け出していた。
今はND2017。預言の年までもう時間がない。間に合うか不安だったが、どうやら杞憂だったらしい。
とはいえ時間が少ないのは変わらない。これから怒涛の時代が始まると思えば、少しでも猶予が欲しいのは事実だ。
「こちらです」
案内された先は教団の隠し通路を使った先。ザレッホ火山にある。
そこは教団が過去秘密裏に使っていたらしいスペースだった。ヴァンが見つけて以降勝手に使っているそうだ。魔物避けは既にされており、遠目に地形を利用した牢屋らしきものも見える。
それだけで原作で登場した場所だと解ってしまってちょっと気分が悪くなったが、顔を青くしてもここに来るまでの道中が辛かったのだと勘違いされたようで不審に思われることはなかった。
まあ途中からヴァンに片腕で抱き上げられて運ばれてたから、僕自身が歩いた距離は然程ないんだけども。
努力はしているが、僕の虚弱体質改善は未だうまくいっていない。でもレディースの丼小盛を食べきれるようにはなった。僕すごく頑張ってる。
その隣でシンクは男性用の丼大盛りとプラスアルファを腹に収めていたとしても、僕が頑張っているのは間違いないので気にしてはいけない。
「ヴァン、もういい。おろして」
「ああ」
シンクと僕、そしてヴァンとリグレット。四人しかいないせいか、ヴァンの口調も気安いものへと切り替わる。
降ろして貰った先で見上げたのは、見上げる程の巨大な譜石。
レプリカホド。
ヴァンが海中でコツコツと作り上げていたというエルドラントは、かつてのホドのレプリカ情報を元にしている。
人間のレプリカとは色々と勝手が違うようで樹木や植木といった有機物の再現は出来ないが、それでも家屋などの無機物ならば再現が可能らしい。
エルドラントの一部として作成されたこの譜石のレプリカ。これがヴァンが新たに立てた計画の起点だった。
「よくこんな大きなものを運び込めたね。大変だったんじゃない?」
「人目には気を使ったが、運搬には音機関を使ったからな。ディストが居てくれて助かった」
「そう」
火山の中だけあって熱気がすごい。シンクとパートナーになって以降伸ばし始めた髪が、汗の噴き出る首筋に張り付く。
それを振り払ってから、レプリカの譜石にそっと手を添える。表面にびっしりと刻まれた文字を読んでいく。
「『かくしてオールドラントは障気によって破壊され塵と化すであろう これがオールドラントの最期である』。うん、間違いないね」
「……冷静だな。もう少し取り乱すかと思っていた」
「何故?」
「人類の消滅が詠まれているのだ。当然だろう?」
「おかしなことを言うね、ヴァン。前にも言っただろう? 所詮これは情報に過ぎない。大切なのは未来の情報を何をするかだ」
そう断言すればヴァンは頬を緩ませる。その背後ではリグレットが顔を青くし、シンクは無言で第七譜石のレプリカを見上げていた。
同時にシンクみたいに髪を結んでくるべきだったな、と内心後悔する。僕がお揃いが良いと駄々をこねたせいか、シンクも髪を伸ばしているのだ。
邪魔だ鬱陶しいと言いながらも切らずに僕の我儘を聞いてくれている辺り、僕のサブはとても可愛らしい。
とはいえ邪魔なのは事実らしく、常日頃から髪を降ろしている僕と違って結んでいることが大半だけれど。
「では、これを見たイオンはどうする?」
「そのための計画はお前が立ててるだろ?」
「そうだな。なに、ちょっとした好奇心だ。もし私の計画がないままこの情報を得ていたとしたら……お前はどうする?」
隣にやってきたヴァンが僕と同じように第七譜石のレプリカに手を添え、見上げる。
その瞳に僅かに懐かしさが乗っているのを見ながら、ヴァンに言われたことについて考えた。
「そうだね……効率だけを重視するなら、聖なる焔の光の暗殺とか?」
僕の言葉が予想外だったのか、ヴァンがぎょっとした顔でこちらを見た。
そんな反応をされる理由が解らず、目を瞬かせる。第六譜石の内容とヴァンと手を組んでいないという状況を考えればおかしくないと思うのだが。
「そこまで驚く?」
「イオンにしては過激な発言だったからな。正直そう来るとは思わなかった」
「じゃあなんて答えると思ってたの」
「まず詠師会を押さえ、続けてキムラスカに密使を送る」
「まあ順当に手順を踏むならそうすべきだろうね。僕の安全を度外視するなら、だけど」
「ああ……確かに、私が協力していない状態でそんなことをしたら、一気に危険性は跳ね上がるな」
「そういうこと」
もしヴァンと手を組まないまま情報だけ得て動くとしたら、一番の懸念はそこだった。つまり、消滅預言を受け入れられない者達による僕の暗殺。
導師という立場の人間がそんなことを喧伝すれば世界中がパニックになると、僕は確実に抑え込まれる。
それどころか預言を妄信し未曾有の繁栄を夢見る者達からは導師が狂ったと表舞台から遠ざけられ、その後ユリアの預言を否定する者など導師ではないとこっそり始末されるだろう。
ヴァンとリグレットによって導師守護役達は揃ってしごかれ、昔に比べてだいぶ強くなったと思う。
それがない状態で消滅預言を暴露しようものなら、守護役達によるぬるい警備は簡単に突破され、僕はあっさりと暗殺される未来が目に見えている。
それを考えれば詠師会達には何も告げることなくルークとアッシュを消すのが一番安全で、且つ確実なのだ。
「その場合、命じられるのは僕なんだろうね」
「人の手配は頼むでしょうね」
歩み寄ってきたシンクがヴァンの反対側に陣取り、会話に参加してくる。
黒手袋のされた手の平がそっと第七譜石のレプリカの表面を撫でた。その手つきが妙に優しく見えるのは気のせいだろうか。
ああ、でもこの譜石は第七音素だけで出来ているのだ。僕とシンクと同じなのだ。そう思えばシンクの手つきが優しいのも、おかしなことではないのかもしれない。
「私が協力しないならシンクとも無関係だろう?」
「お前は何を言ってるの? ヴァン、その程度のことで僕がシンクの存在を見逃すはずないだろう?」
「そうだね、もしそんな未来があったとしても僕はイオンに掴まってると思うよ」
「……そうか」
僕とシンクが断言したことにヴァンは言葉を呑み込んでそれだけを返す。少し離れたところに居たリグレットが苦笑していた。
ところでシンクは僕に捕まったと思ってるってこと? 今度ベッドの中で詳しく聞こうっと。
「イオン様、計画通り進めても宜しいですか?」
僕が心の中だけでこっそり予定を立てていると、歩み寄ってきたリグレットが問うてきた。
ヴァンを見上げれば彼も頷いたため、僕はリグレットに向き直って微笑を浮かべる。
「うん。招待状の手筈は頼んだよ、リグレット」
「畏まりました」
「ヴァンも、後は手筈通りに。何かあったら知らせて。僕の方でもできる限り対処するから」
「解った。では、三日後に」
「うん。三日後に」
口端を上げて笑う僕に、ヴァンもまた目を細めて嗤う。
ああ、悪役だなあ。なんて。
他人事のように考えながら、自分も今はそちら側に居るのだと思うと無性に笑い出したくなった。