萌ゆる緑に身を焦がす
シンク
三日後に。
以前ヴァンとイオンが言葉を交わした通り、レプリカの譜石を確認した三日後に僕はまたイオンをこっそりと部屋から連れ出していた。
抱き上げた身体は僕に比べて軽く、本当に同じオリジナルから生まれたのか解らなくなるほどに細い。ゆったりとした導師の服に隠れてはいるが、イオンの身体は本当に無駄な脂肪というものがついていない。
一応ダアト式譜術は修めている筈だし、実際短時間の戦闘は可能だとイオンは言う。すぐに息が切れるから、本当に一撃必殺状態らしいが。
そう聞いていてもこの細さと軽さは不安になる。腕だって、僕が握りつぶしたら簡単に折れてしまうだろう。
……ヴァンに何も言われてはいないが、護衛として背後についておくか。
心の中だけでそう決めながらザレッホ火山に通じる隠し通路を走った。
火山は嫌いだ。いい思い出なんて一つもない。その先に待っているのが僕と同じレプリカなんて嫌悪感しかない。
それでもイオンが行くなら、僕が行かないという選択肢はなかった。ヴァンも気遣ってくれたが、僕の目の届かないところで何かあったらと思うと躊躇う理由はない。
だいたい先日もヴァンに抱き上げられて運ばれるイオンを見て不愉快だったのだ。
そりゃ確かに僕とヴァンじゃ体格差があるのは否めないし、魔物除けをしてあるとはいえいざ魔物が出てきた時にイオンを庇いながら戦うとしたら、ヴァンが抱えているのが一番いいんだろうけど。
「シンク? どうかしましたか?」
「なんでもない。それより、イオンも昔に比べれば体力がついたよね」
「ほんとですか?」
「前なら火山なんて行ったら次の日には絶対熱出して寝込んでただろ?」
「確かに! 前の僕なら多分今頃寝込んでましたね!」
僕の機嫌が悪くなったのを察したイオンに声をかけられ、誤魔化すように褒めてやればパッと顔を明るくする。
火山の中なんてほとんど運ばれてたけれど、それでもこんな高温の空間に数時間居ただけで以前のイオンならぶっ倒れていただろう。
それを思えば間違いなく体力はついている。人並みには程遠いとしても。
「ふふ。このまま頑張りたいです」
それでも花がほころぶように笑って喜ぶ姿を見るとそんな無粋な指摘もできず、精々頑張るんだねと言うだけで終わらせた。
ほんと見た目だけなら美少女と言っても通じるんだけど、これで中身が生粋のドムっていうんだから世の中解らない。
僕はこんな風に微笑むことなんてできないので、やっぱりどっかで違うレプリカ情報が混ざったんじゃなかろうか。
もしくは違う世界の記憶とやらのせいで、レプリカ情報が動作不良か何か起こしたに違いない。
そんなことを考えている内に目的地に辿り着き、イオンを床に下ろす。
ありがとうございますと言って僕の頭を撫でた後、先に到着していたヴァンへと二人そろって歩み寄った。
舗装されていない足場ではイオンも歩きづらいだろうが、そこは音叉の杖をうまく使っているようだ。
「お前だけかい?」
「もうそろそろ来るはずです」
敬語を維持するヴァンの言葉通り、五分もしない内にリグレットに導かた招待客がえっちらおっちらとやってきた。
火山の中を歩くのが辛かったのだろう。ひぃふぅと息をして玉のような汗を浮かべながら歩いてくる男が、ヴァンとイオンを見つけた途端に駆け寄ってくる。
「ヴァン! それにイオン様まで!」
「来ましたか。ここまで大変だったでしょう。よく来てくれました。モース」
柔らかな笑顔を浮かべ歓迎するイオンと、僅かに頭を下げて礼をするヴァン。
僕はイオンの、リグレットはヴァンの背後に陣取ったところで三人が話し始める。
この三人は教団のスリートップだ。例え師団長の地位を持っていようが口を挟める筈もないので、大人しく護衛と傍観に徹する。
「イオン様、お身体は」
「長居をしなければ大丈夫でしょう。流石にそこまで軟じゃありませんよ。それに僕はモースと違って運んでもらいましたから」
「さようでしたか。ですがご無理はなさいませんよう。ヴァン、一体何を考えているのだ! 第七譜石に関して内密に報告があるというから来たというのに、イオン様をこのような場所にお連れするなど!」
「申し訳ございません。しかしモース様、これは必要なことだったのです。こちらをご覧ください」
モースの怒りを受け流し、ヴァンが第七譜石のレプリカを見上げる。
どうやらモースはそれが譜石だと気付いていなかったようで、見上げるほど巨大なそれが譜石だと気付いた瞬間目を見開いて駆け寄った。
「お、おお……っ! ヴァン、これはまさか……!!」
「はい。間違いなく、ユリアが詠んだ惑星預言の一つ。長らく発見できなかった、第七譜石になります」
「僕は先に確認させてもらいました。モース、貴方も確認してください」
イオンに促され、目をらんらんと輝かせたモースが譜石にかじりつくようにして刻み込まれた文字に目を走らせる。
最初こそ恍惚とした笑みを浮かべていたものの、その笑みは段々と引きつったものへと変わり、やがて火山の中に居るとは思えないほど顔色が悪くなっていく。
自分の見たものを信じたくないとでもいうように、血走った目で何度も同じ文を確認する。
その姿が余りにも哀れで笑いだしたくなったが、同時にこれが普通の反応なんだろうと思うと先日のイオンのあっさりと態度が恐ろしく思えて笑いも引っ込んだ。
間違いなく異世界の記憶の影響なのだろうが、それにしたって肝が太すぎやしないか。
「嘘だ」
モースが口を呟いた。
「ありえぬ! ヴァン! これはユリアの預言などではない!! ユリアは繁栄を詠んだのだ! これは偽物だ!」
「いいえ、モース様。これは本物のユリアの預言です」
そのレプリカだけどね。という言葉を呑み込み、唾を飛ばして嘘だそんな筈がないという言葉を繰り返すモースを睥睨する。
何を根拠に本物だというのかと喚くモースに、ユリアの子孫として先祖代々受け継いできた譜石だとヴァンは言い切る。
青ざめるモースがきょろきょろと視線をさまよわせると、やがてその視線がイオンへと定められた。
「イオン様、預言を、預言をお詠み下さい! これがユリアの預言の筈がない! ユリアは繁栄を詠んだのです!! 本当の預言を、輝かしき人類の未来の預言を!!」
「……モース、それで僕が同じ預言を詠んだとして、貴方は受け入れられるのですか?」
「ありえません! そんなこと、ありえるはずが。いや、そうだとしたらお前が失敗作だということだ! 所詮レプリカなど尊き預言を詠むに値しなかったということだ! ああ、イオン様! 貴方が命じられたからレプリカを導師に据えたというのに……っ! これではレプリカを導師に据えた意味がないではないか!!」
喚き散らすモースが不快で、仮面の下で眉根を寄せる。今すぐくびり殺してやりたい衝動を必死に堪える。
お前がそれを言うのか。僕等を作ったのはお前達のくせに。
殺意をたぎらせる僕の前で、イオンが長い長いため息をついた。そして未だ喚くモースに歩み寄ると、その身体を思い切り蹴り飛ばす。
まさかそんな暴挙に出るとは思っていなかったのか、はたまた頭が働いていなかったのか。
仮にも奏将の地位にある筈のモースはあっさりと蹴り飛ばされ、その巨体が譜石にぶつかって鈍い音を立てた。
「イオン様!?」
ヴァンの呼びかけを無視して咽こむモースに歩み寄ると、イオンはモースの顔面の真横に杖を振り下ろした。
小さく悲鳴を上げるモースに向かって、イオンが口を開く。
「黙れ」
「な……っ」
「僕が、導師イオンだ」
力強く断言するイオンに、ぞくりとしたものが背中を駆け上がった。