萌ゆる緑に身を焦がす


イオン

 青ざめるモースを見下ろしながら考える。
 もうこいつに敬語を使う必要ないんじゃないかな。幸いここには身内しか居ないし、うん。それがいい。

「お前はレプリカで、」
「だから何? 僕こそが先代イオンよりその名を引き継ぎ、導師に指名された当代導師。この世界で唯一惑星預言プラネットスコアを詠める最高位の預言士スコアラーだ。例えこの身がレプリカであろうが、それは間違いなく事実だ」
「ならば何故未曾有の繁栄を否定する!? 人類の滅びを受け入れられる!! 教団は人類を繁栄に導くために存在するのだ!!」
「はァ? お前、何様のつもりなの?」
「……はっ?」
「教団のトップはお前じゃない、僕だ。それなのに何故お前が教団の在り方を代弁するの? 何の権利があって主張してるわけ?」

 嫌悪を露わに言ってやれば、ひゅっとモースが息をのむ音がした。唇を戦慄かせ、細い目を限界まで見開いて僕を見上げている。
 そして怒りに顔を赤らめて起き上がろうとした肩を踏みつけて抑え込む。上下関係を解らせるつもりで、視線に僅かにグレアを混ぜる。

「ユリアは繁栄の先に滅びを詠んだんだ。大詠師を名乗るのなら、詠まれた預言を否定するな。自分が認めがたいからと拒絶することは許さない。それは預言の管理者である教団の人間が一番やっちゃいけないことだ」
「な……な……っ」
「自分が望んだ未来が得られないのならと駄々をこねるなら、さっさと辞職しろ。詠まれた預言に責任を持てない人間を大詠師なんて職に就けておくわけにはいかないからね」

 そう言って足をどかせば、モースはぶるぶると震えていた。
 奥歯をきつく噛み締め、拳を握り締める姿は何かを堪えているようにも、怯えているようにも見える。
 しばしの間それを見下ろしていたのだが、顔を上げたモースが吠えるように叫んだ。

「認められるわけがない! 認めてなどなるものか!! 未曾有の繁栄のためにどれだけの屍を積み上げてきたと思っている!? 幾千幾万と積み上げてきた犠牲のためにも、人類には未曾有の繁栄が必要なのだ!!」

 叫んだせいだろうか。荒い息遣いをしたモースが僕を睨み上げた。
 多分、血を吐くような叫びというのはこういうことを言うのだろう。血走った目で僕を見上げながら叫んだモースに嘆息する。
 その心意気は認めよう。数多と積み上げてきた犠牲を無駄には出来ないというのも同意する。けれどモースは肝心なところを勘違いしている。

「勘違いするな、モース。その屍の頂点に立っているのはお前じゃない。この僕だ」
「なにっ!?」
「お前がどれだけその手を血で染めてきたかなんて知らない。どれだけ屍を積み上げてきたかもね。けれど、今は僕が導師なんだ。ならその屍の山と血の池に対して責任を取るのはお前じゃない。お前にその責任を背負う権利はないんだよ」

 僕の言葉にモースは息を止め、言葉を失う。第七譜石のレプリカに背中を預け、ずるずると身体を落として脱力する。
 正しく魂が抜けたような様相を見せるモースにまたため息をついた。
 ため息に反応したのか、モースがのろのろと顔を上げる。絶望というにも生温い。揺れる瞳が僕を捉える。

「なら……私が、してきたことは、一体何だというのです」
「おかしなことを聞くね。人類のために、お前は動いてきたんだろう?」
「違う。私は滅びに向かって背を押していただけだ」
「そうだね。でもお前はもう、未来を知った」
「もう、おしまいです……人は、滅びるしかない……」

 頭を抱え、身体を丸め、モースはすすり泣き始める。
 導を失った人間はこうなってしまうのかと、不思議な気持ちでそれを見下ろす。あれほど預言に固執していたというのに。いや、だからこそこうなってしまうのか。
 だが僥倖だった。もしモースが人類の滅亡を認めることができなければ、あるいは預言に詠まれているのならそれに従うべきだと狂気に走るのであれば、ここで始末するしかなかったからだ。

 しかしモースはそうならなかった。ただただ、未来を想って泣いている。なら予定通り生かそうじゃないか。
 振り返ってヴァンと頷き合う。再度モースを見下ろし、丸めた身体を軽く蹴って声をかけた。

「ならお前は勝手に死ねばいい。僕達はその先へ行く」

 びくりと巨体を震わせたモースが涙に濡れた顔を上げる。
 にっと笑って見せれば、涙の幕を張った瞳が僕をしっかりと見た。

「何を、なさるおつもりですか」
「決まってるだろ。預言を覆すんだよ」
「そのようなこと、できるはずが」
「するんだよ。僕がそうすると決めたんだ。ならそれが教団の意向だ。そうだろヴァン?」
「はい。導師イオンの御心のままに」

 恭しく頭を下げるヴァンの背後でリグレットが、いつの間にか僕の側に来ていたシンクが膝をついて首を垂れる。
 それに満足げに頷けば、モースが縋るようにして僕の服を掴んだ。ぽとりとその頭から帽子が落ちる。
 それに構うことなく、モースは震える指先で必死に僕の法衣を掴んでいた。

「イオン様、イオン様。おやめください。ユリアの預言に逆らうなど」
「やめない。僕は導師として人々を導く義務がある。お前は諦めたんだろ。なら勝手にすればいい」
「いいえ、いいえ! おやめください! そんなことをしてはどのような未来が訪れるか!」
「そうだね、解らない。もしかしたらユリアの預言よりも早く人は滅んでしまうかもしれない。けど、その先を見られる可能性だってある。なら僕は進む。お前はそこで蹲っていればいい。ここでカラカラに乾いて死ねばいい。今まで教団に尽くしてきた功績に免じて、弔いくらいはしてあげる」

 そっとモースの頭を撫でてやる。
 ひぐ、と喉を鳴らして口元を歪めるモースの頭をぽんぽんと軽く叩いてからヴァンの元へ向かおうとすれば、また法衣を引っ張られた。
 何度目か解らないため息をついて振り返れば、泣きながらモースが懇願してきた。

「なら、ならばお連れ下さい。どうか私も!」
「なんで?」
「わ、私は大詠師です! イオン様を支え、教団を支えるのが私の役目です!!」

 叫ぶように宣言したモースを見下ろす。緊張気味にこちらを見上げる姿は、僕をレプリカだと見下していた面影はもうない。
 だから身体ごと振り返って、モースと向き合う。杖を持っていた手を横に伸ばせば、察したシンクが受け取ってくれた。
 その両頬を包み込むように掌を添える。びくりと震える姿がなんだかおかしかった。

「お前は預言に逆らえるの?」
「……それが、人類のためならば」

 どこか怯えの混じる声は、それでも覚悟を決めたものだった。
 モースの小さな瞳に写る僕がにいと笑う。それだけでモースの目に力が込められる。

「そう。なら立ち上がってついておいで。屍の先に何があるのか、共に見に行こうじゃないか」
「……はい。不肖モース、どこまでもお供いたします」

 モースの顔から手を放し、今度こそヴァンの元へ歩み寄る。
 立ち上がったモースが帽子を拾い、頭に乗せてから僕の後に続く。

 覚悟の決まったモースに、僕とヴァンは小さく笑い合った。

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