萌ゆる緑に身を焦がす


シンク

 火山での予定調和のやり取りを終えて教団に戻り、いざ解散という空気になったところでモースが躊躇いがちに口を開いた。
 ついてきてほしいところがあると言う。イオンの体調を考えるともう寝かせたいのだが、イオンは少し迷った後に了承の返事をした。
 多分明日以降体調を崩した場合のスケジュールを考えていたのだろう。スケジュール調整をしている導師守護役の顔を思い浮かべ、少しだけ同情した。

「こちらです」

 すっかり態度を翻したモースの後に続き、足音を消して夜の教団を歩く。
 イオンはヴァンに片腕で抱き上げられていた。気に入らないが、仕方がない。イオンの歩調に合わせていては目的地に辿り着くまでに朝が来てしまう。

 空き部屋に入り、そこから隠し通路に入る。ヴァンも知らなかったようで、僅かに驚いた顔をしていた。
 古い建物なだけあって、教団はこういった通路や隠し部屋が多い。僕もかなりの数を教えられたが、恐らくヴァンの把握していない部屋もまだまだあるのだろう。

「……どうぞ」

 階段を下り、何度か角を曲がる。その先にあった小部屋の前で、モースがドアを開けて僕等を招く。
 窓のない小さな部屋だった。五人も入ればいっぱいになってしまうくらいの。
 そこに窮屈そうに収められたベッドの上、身体を丸めて眠る少年の姿を見て、僕等は揃って息を呑んだ。

「……モース、説明を」
「生き延びていた個体を発見し、いざという時に預言を詠ませるため、確保しておりました」

 そこで眠っていたのは、イオンレプリカの内の一体だった。まさか僕以外に生き延びている奴が居たなんて思いもしなかった。
 モースに説明を求めたイオンの声も心なしか固く、その唇は引き結ばれている。
 ヴァンに告げて降ろして貰ったイオンがベッドに近寄れば、くぅくぅと寝息を立てていたレプリカが目を覚ました。
 まだ頭が覚醒しきってないのか、目をしばたかせながらぼんやりとイオンを見上げている。

「……名前は?」
「ありません」

 モースの言葉にイオンがため息をつき、目をこするレプリカの頭をそっと撫でる。
 ふんにゃりと頬を緩める姿はどこか幼く見えて、ヴァンが三番目の個体かと小さく言葉を漏らしているのが聞こえた。

「三番目?」
「ああ。知能は高かったが刷り込みが不完全だったことと、運動神経と譜術の素養が低かったために失敗と判断された個体だ」

 なるほど、だからあんなに幼いのか。
 のっそりと身体を起こしてイオンにだぁれ? と間延びした声をあげ、モースを見てパッと顔を明るくする。
 どうやら慕われているらしいが、張本人であるモースは大変ばつの悪そうな顔をしていた。

「モース様だ!」
「……元気そうだな」
「うん! ここは魔物も出ないし、ご飯も出るし、元気だよ!」
「そうか。起きたのならまずはイオン様にご挨拶しなさい」
「イオン様?」
「教団で最も尊いお方だ。私が忠誠を誓うお方でもある」

 火山での取り乱しようなど欠片も見せない態度でモースがイオンに挨拶するように促す。
 レプリカは僅かに微笑を浮かべるイオンを見上げ、こてりと首を傾げた。

「イオン様?」
「はい、何でしょう?」
「モース様の……えっと」
「解りやすく言うなら、上司です」
「じょうし?」
「モースより偉い人です」
「モース様よりえらいの?」
「はい。突然お邪魔してすみません。起こしてしまいましたね」

 そう言ってイオンがまた頭を撫でる。気持ちよさそうに破顔する姿は幼い……僕と同じサブか?
 一瞬疑いかけたが、すぐに違うと否定した。恐らくだが、ドムだ。僕の本能がそう告げている。多分まだダイナミクス性が発現しきっていないのか、曖昧な感覚だったが。

「それで、モース。僕にこの子のことを教えてどうしたいの?」
「イオン様に……処遇を、お任せいたしたく」
「まったくお前は……んー、どうするかな」

 頭を下げるモースに対し、イオンが呆れたようにため息をついてから顎に手を当てて思案する。
 下がった眉尻を見るに、本当に困っているのだろう。当然だ。導師イオンと同じ顔をした少年など、どこに行っても問題になるに決まってる。
 僕はイオンに近寄ると、その肩に手を乗せて耳元で囁いた。

「処分するなら僕がするよ」

 イオンは僕の言葉に僅かに眉根を寄せ、こちらを見る。
 そんなつもりはさらさらないと、若葉色の瞳が告げている。どうやら余計なお世話だったらしい。

「しません」
「そ。じゃあどうするのさ。ここに置いとく?」
「んー……ヴァン、ディストってまだ起きてるかな?」
「は? ディストに預けるのですか?」

 イオンの言葉に全員がぎょっとする。レプリカだけが目をぱちくりとさせていた。
 イオンは全員の反応に苦笑しながら違う違うと言ってひらひらと手をふる。

「それはまだ検討中。それより体を診てもらいたくて」
「ああ、なるほど。畏まりました。リグレット、先触れを頼む」
「はっ」

 ヴァンの「叩き起こして来い先触れを頼む」という言葉にリグレットが頷き、小部屋を出ていく。
 それを見たイオンはレプリカの手を引いて立たせると、モースに命じて替えの服と体を隠すためのマントを用意させる。
 幸い両方とも部屋にあったので、レプリカの準備はすぐに終わった。モースが居るからというのもあるだろうが、素直に従う個体で助かった。

「では、行きましょうか。フローリアン」
「フローリアン?」
「貴方の名前ですよ」
「僕フローリアン?」
「ええ、フローリアン」

 無垢なものフローリアン
 イオンに名前を付けられたことにパッと顔を明るくさせ、イオンと手を繋いで歩き出す。
 その背中を追いかけ、部屋から出ることが出来て嬉しいと話すフローリアンとそれに相槌を打つイオンをじっと見つめた。
 ……気に入らない、わけではないが。ちょっと癪に障る。

「嫉妬か?」

 からかい混じりのヴァンの声に蹴りを一発放ち、黙ってイオン達の後に続く。
 最初はのんびり歩いていたがフローリアンがイオンを引っ張るようになったため、結局イオンはヴァンに運ばれることになった。
 閉じ込められてた個体より体力ないってどういうことだよ。

「一体何時だと思ってるんですか」
「すみませんディスト、でも貴方が一番頼りになると思ったんです」
「むっ、仕方ありませんね。確かにレプリカに関して私以上に頼りになる研究者はいないでしょう。そういう意味では間違っていませんからね。ええ、許してあげましょう」

 誰ともすれ違うことなくディストの研究室までたどり着いたところで、開口一番文句を言ってきたディストをイオンが宥める。
 一番頼りになるという言葉に気を良くしたのか、ディストは不満げだった機嫌を一変させて僕達を部屋に招いてくれた。ちょっと単純すぎないか。
 先触れに出していたリグレットからあらかたの事情は聞いていたらしく、すぐさまフローリアンの健康診断が始まる。
 多少栄養不足の気があるものの簡易検査では病気などはなしということで、イオンが胸を撫でおろしていた。

「ついでにイオンの健康診断もしてくれない?」
「そんなもの見れば解りますよ。運動不足に栄養不足、何とかしたいなら仕事を休んで療養に専念すべきですね」
「それは無理ですねえ」
「でしょうね。だったら私が診ても無駄です。あなた! それに触るんじゃありません! まだ調整中なんですよ!」

 のほほんとしたイオンをスパッと切り捨てたディストは、興味深そうに音機関に手を伸ばしているフローリアンに声を荒げた。
 イオンはそれを見てくすくすと笑っていたのだが、すぐに顎に手を当てて何か考え始める。
 その間にもディストはフローリアンに質問攻めにされていた。ディストは律儀に答えているが、それを踏まえて質問が重ねられるせいで終わりが見えない。
 お説教がディストのなぜなにコーナーに変わった姿をじっと眺めながら、イオンはよしと小さく呟いた。

「ディスト」
「なんです。私は今いそがし」
「その子はフローリアンといいます。貴方が引き取ってくれませんか?」
「はぁ??」

 イオンの提案にまた全員揃ってぎょっとした。フローリアンだけが目をぱちくりさせている。
 にこにこと笑うイオンにディストが嫌そうに顔を歪め、なんで私がと吐き捨てるように言った。

「言ったでしょう。私は忙しいんです。子守りなんてしている暇はないんですよ」
「でも、ディストならフローリアンの良い先生になると思ったんです」

 先生。なるほど。
 確かにフローリアンの質問に律儀に答える姿は伝え聞く教師のようだった。教師なんて僕は知らないから、想像でしかないけれど。
 納得する僕の前で、何故かディストは動揺した姿を見せた。目をきょろきょろさせたかと思うと、メガネの向こうでそっと瞼を伏せる。

「……私が先生になんて、なれるはずがないでしょう」
「そんなことありません。ディストは今、立派に先生をしていたじゃないですか。貴方ならご存じでしょうが、フローリアンは知能が高いそうです。そのフローリアンの素養を生かすなら、ディストのように頭の良い大人の元に居るのが一番でしょう?」

 イオンの言葉にディストが口を引き結ぶ。固く拳を握る姿は何かに耐えているようだったが、それが何かは解らない。
 躊躇うディストをヴァンやリグレットは黙って見守っていたのだが、今まで黙っていたモースが一歩前に出て口を開いた。

「養育資金は私が出そう」
「……ですが」
「ディスト、この子を導いてやってくれませんか? 貴方が生み出した命です」

 モースの申し出になおディストは躊躇い、イオンが追従するように言葉を重ねる。
 話を理解できていないらしいフローリアンだけがきょとんとした顔でディストを見上げていた。
 ディストは逃げ道を探すように視線を彷徨わせれば、自分を見上げるフローリアンと視線がかち合う。
 何故か、ディストはとても情けない顔をした。眉尻を下げ、口端を目いっぱい下げて、今にも泣き出しそうな。

「ディスト?」

 フローリアンがディストを呼ぶ。
 返事もせずに固まっていたディストは肺の中の空気を全部吐き出す勢いで長い長いため息をついた後、フローリアンの肩に両手を乗せた。
 その長身を屈めて、フローリアンと視線を合わせる姿は確かに教師に見える。

「私が……先生でもいいですか?」
「せんせい?」
「あなたに……フローリアンに、いろいろ教えてあげる大人になる、という意味です」
「僕に教えてくれるの?」
「ええ、私で解ることならば」
「ほんと? やったぁ! あのね、じゃあね。これ、これ何?」

 ディストの言葉にパァッと顔を明るくさせて早速質問を繰り出すフローリアンに、ディストは一つ一つ丁寧に答えていく。
 イオンはにこにこしながらその姿を眺めていて満足げだ。まあうまく収まるところに収まったらしい。
 モースがそれに歩み寄り、フローリアンに声をかけた。

「フローリアン、これからはディストの元で勉学に励みなさい」
「モース様?」
「ディスト、フローリアンを頼んだ。養育資金については近々使いをやる」
「ええ、仕方ありませんからね。引き受けてあげましょう。良いですかフローリアン、今日からここが貴方のお部屋です」
「僕のお部屋? ディストのお部屋じゃなくて?」
「一緒に暮らすんですよ」
「モース様は? どっか行っちゃうの?」
「どこにも行きはしない。これからはここでたくさん学び、イオン様のお役に立てるようになりなさいと言っている」

 まだ理解の及んでいないフローリアンに向かって大人二人でたどたどしく説明している。
 ちょっと滑稽な光景だなと思いながら見ていると、イオンが音もなくこちらに歩み寄ってきた。

「フローリアンもこれで彼らしく生きられると良いのですが」
「あの様子なら大丈夫じゃない? というかモースが様変わりしすぎてて気持ち悪いんだけど」
「信仰心は時として依存心と変わりません。そこを突いた自覚はありますが、確かに様変わりしてますね」

 結構に辛辣なことを言いながらイオンはにこりと笑う。
 そして呆れる僕の手を取り握ってきた。その手を握り返しながら気になっていたことを聞いてみる。

「ねえ、ディストがあんな反応するって解ってて預けたの?」
「……さあ、どうでしょう?」

 僕の質問をイオンは微笑一つで受け流す。
 預言なんてなくても、イオンは未来を見通せるのかもしれない。そんな馬鹿なことを考え、すぐに頭を振りかぶった。
 どんな未来だろうと、イオンやヴァンについていくと決めたのは僕だ。だったら例えその先がどうなろうと構いやしない。
 微笑ましそうにフローリアン達を見守るイオンを見て、僕もまたゆるりと頬を緩ませた。

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