萌ゆる緑に身を焦がす


イオン

 いやあ、参った参った。
 僕が体調を崩したことに守護役の子達があんまりにも責任を感じているものだから、つい夜に窓を開け放して寝てしまったのだと言えば物凄い勢いで叱られた。
 自業自得とはいえ、そこまで叱られるとは思わなんだ。もう二度としませんと誓ったよね。

 そうして熱に浮かされながら寝ていたら、またシンクが来た。
 正直また来てくれるとは思っていなかったのでびっくりだ。ここ気軽に立ち寄れる場所じゃないんだけどな。少なくともレプリカの集会場ではない。
 やっぱりセキュリティががばがば過ぎる。

 話を聞いてみれば、シンクは何故私が全開窓を閉めるように指示しなかったのか聞きに来たらしい。
 そんなこと聞きに来たの? と思ったが、言われてみればその通りだ。そうすれば熱も出さなかったのかもしれない。
 けどサブドロップしかけたシンクに窓を閉めろなんて言えるはずもなかったし、二度目はお見舞いに来てくれたことが嬉しくて気付かなかったんだよね。
 シンクが言うみたいに退路の確保のためと言えれば格好良かったのかもしれないが、恥ずかしいことにただ間抜けが露見しただけである。
 サブを気遣いきれていない。ドムとして情けない。

 ちょっとへこんだところでサブとして自分が欲しいのかって言われたけどさあ。
 それってそんな情けないドムのくせにこの僕を欲しいとでもいうつもり? ってことでしょ? 知ってる。情けないドムですみません。
 それに手を伸ばしたらシンクはするりと逃げてく気がする。抱き上げようとしても液体になってドゥルンッとすり抜けていく猫のように。

 そもそもの話、ドムとサブの関係はお互いを必要としていなければ成立しない。一方的に庇護しても信頼を得られなければドムの方が精神をやられるだけだ。
 だからねえ、今の僕達は利用し合うくらいがちょうどいいと思うんだよ。お互いのためにもパートナーになるには早すぎる。もうちょっと段階踏まないと。
 けどシンクからそう言ってくれたってことは、多少なりとも僕をパートナーにしてやってもいい、とか思ってくれてるってことだろうか。
 そうだとしたら嬉しいなあ、と布団の中でにへらと笑った。

 シンクの来訪に胸の内をぽかぽかさせながら療養を続け、何とか熱も下がったところで柔軟とストレッチを再開させる。
 積極的に食事もとって、少しでも遅れを取り戻そうと頑張った。案の定ちょっと歩いただけで息が切れる状態に逆戻りさ!
 もう守護役の子達の仕事が介助じゃなくて介護になっている気がするね!

 そうしている内に新しい守護役としてアニス・タトリンも紹介された。ようやく主要メンバー来た。明るい彼女にこちらも笑顔でよろしくお願いしますね、と答える。
 ただ他の子達のあたりがちょっとキツい気がする。なのでそれとなくアニスについて聞いてみれば、彼女は士官学校を出て間もないらしい。
 あんな子よりも私達の方が役に立ちます! とアピールされてなるほどポッと出のライバルが気に入らないのかと納得した。

 なんだっけ。アニスって確かモースのスパイなんだっけ。
 確か原作でイオンが死んだのも、両親を人質に取られたアニスがモースに命令されてイオンを連れだしたせいとかそんなだった気がする。
 ……ほどほどに仲良くするだけでいいかなあ。生憎と僕はアニスのために死のうとは思えない。

「僕は僕を守ってくれる皆さんが仲良くしてくれる方が嬉しいです」

 なのでそれだけ言っておいた。空気が悪いのは嫌だもんね。守護役達でギスギスされちゃ、囲まれているこっちまで気が滅入る。
 導師という立場上、守護役の子達をぞろぞろ引き連れなければならないことは理解している。たまに鬱陶しくなるけど、私室にまで入ってこられなければ構わない。
 でもそれだけ生活時間を一緒にするなら、表向きだけでも仲良くして欲しい。

 足りない部分を補い合えればそれは理想だが、まだ若い彼女たちにそこまで求めるのは酷かなとも思ってしまう。精神の成熟度が足りない。
 むしろ気を付けるべきは彼女たちが団結してアニスを排斥しようとすることだろう。新しいスパイに入れ替えられたら誰か解らなくなるし、女子のいじめってのは結構えげつないからそんなもの見たくない。
 導師守護役長が不在なので、一番階級の高い子にアニスがぼっちにならないよう見ていてあげてほしいとこっそり伝えておこうか。

 あー、でもそれだけだと贔屓ってとられるかなあ。アニスじゃなく彼女の特別感を煽っておけばいいか。
 アニスが士官学校を出て間もないのに守護役に捻じ込まれたのは事実だから、それをベースに恐らく彼女のバックには誰かついていることを匂わせておこう。
 実際大詠師のスパイなわけだがそこまでは言わずとも構わない。ただ下手に突いたらそのバックについている人物から貴方たちが排斥されかねませんよ、と匂わせておけば過剰な排斥行為は避けてくれる筈だ。
 僕は貴方達を失いたくないのです、そのためにも貴方の力が必要なんです。と憂い顔を付けておけば完璧である。

 これでアニスをスパイだと察してそれとなく監視してくれれば万々歳。そこまでいかなくともいじめとかがなければそれで充分。
 アニスだって馬鹿じゃないだろうから、無難な立ち位置に居てくれるよう立ち回ってくれればお互いウィンウィンではなかろうか。
 守護役は導師の私兵という側面もあるらしいから、そこら辺の調整は僕の仕事の内だろう。多分。
 記憶を探ってみるとイオンはむしろどこにでもぞろぞろついてきて気に入られようとおもねってくる守護役の子達にドン引きしてたみたいだけど。

 あー、でもだから原作のイオンはアニスを贔屓にしてたのかな。みんな僕のお気に入りになろうと一生懸命だったもんね。
 僕は媚びへつらってくる子達もお仕事頑張ってくれた子を優先するよって誘導できたけど、刷り込みはされていても人生経験の少ないイオンではそれも難しいだろう。
 それでアニスを贔屓して、そのせいでアニスがいじめられて、それを庇うために他の守護役を遠ざけるようになれば……うん。そりゃ依存するよなあ。納得。
 でもごめん、アニス。中身が僕に入れ替わった以上、そこまで贔屓にはできんわ。原作開始前に原作崩壊してしまった。

 とはいえ仕事をしてくれるなら評価はする。アニスだろうが、他の守護役だろうが平等にだ。
 実際アニスはよく働いた。細々した気遣いは一等出来るのではなかろうか。僕の仕事のできる人間を優先して側に置く、というスタンスを理解してからはシャカリキに働いていた。
 ただの贔屓でないと解らせるために、僕の方も良いところは褒めてダメなところはしっかり指摘した。

 この辺りを指摘をしてもパワハラだのなんだの言われないってだけですごくやりやすい。
 なので指摘した部分を改善しようと努力の形跡が見られればそれだけでも褒めておく。そうそう。相手を蹴落とすんじゃなくて自分を高めなさい。その方が僕は好みだよ。
 僕のために是非頑張っていただきたい。僕は動けないからね!

「イオン様って、平等ですよねえ」
「そうですか?」

 仕事の合間、休憩のお茶の時間にアニスがそんなことを言った。
 勿論いるのはアニスだけではない。書類仕事を手伝ってくれていた子達や、私の身体をよく把握しているので柔軟やストレッチの補佐を頼んでいる子など。他の守護役の子達も同席している。
 休憩時間にお茶を飲んでお喋りに興じるのは最早日常となっている。どうでもいい話をすることもあれば、そこで気になったことは情報収集を頼んだりもしている。僕にとって貴重な時間だ。
 ちなみにアニスはお菓子作りが上手なのと民間療法に詳しいこと。あとお茶を淹れるのが上手なのでこの面子によく入るようになった。今は書類仕事を一生懸命覚えている最中だったりする。

「そうですよぉ。出来て当たり前とか言わないし、ちょっとしたことでもありがとうって言ってくれるし、同じミスを繰り返さないよう気を付けたり、新しいことが出来るようになればすぐに気づいて褒めてくれるし」

 アニスが指折り数えていく内容に他の子達もうんうんと頷いている。
 うん、日本じゃ部下持てば嫌でもそれくらいできるようになると思うよ。嫌われないように立ち回るって大事だから。

「僕のために頑張ってくれているのですから、当然のことでは?」
「全然当然じゃないです! あとさりげなく仕事サボろうとする子とか、口だけの子とか遠ざけてるあたり、ちゃんとあたしたちのこと見てくれてるんだなあって」

 ごめん、それは単純に僕が気に入らないだけです。前世の嫌な記憶が走馬灯のように流れていくが、ポイッと横に捨てておく。
 あっちの方が陰湿だったからねえ。それに比べれば幼さも相まって守護役の子達のあれそれは随分とレベルが低い。お陰で目が行き届いてるので指摘することはないけど。

「虚弱な僕が頑張れるのはあなた方のサポートあってのことですから。でも、そうですね……努力している子の方が好ましいと思うのが本音です。応援したくなりますから」
「イオン様にそう仰ってもらえるならいくらでも頑張りますよぉ。ねー!」

 アニスの声掛けに他の子達も「「「ねー」」」と返事をする。可愛いな。華やかだし和む。こちらまでにこにこしてしまう。
 でも可愛いなあとは思えてもお世話してあげたいなあとは思わないんだよね。アニス、サブっぽいんだけど食指が動かない。
 いや、僕がなんとなくそうかなあと思ってるだけで本人の口から聞いてないから実際のところは解らないけど。

 どっちかっていうとシンクみたいなサブの方が可愛く見えるんだよなあ。触れそうで触れない感じとか、無遠慮に手を伸ばすと猫パンチくらいそなあの感じ。お猫様みたいでとても可愛い。
 んー。好み変わったのかな。昔はアニスみたいなサブの方が好みだった気がするんだけどな。努力しているところをサポートしつつ、ほどほどに自分色に染めるのが楽しかった記憶がある。
 けど今は全く食指が動かない。見た目が幼女だからか? でもそれを言うならシンクもショタだ。なんなら僕もショタの範囲内だろう。
 ……これもイオンになった影響なのかなあ。そんなことを考えながらも全く違うことを口にする。これももうだいぶ慣れた。

「僕のために頑張ってくれるのは嬉しいんですけど、無理はしないでくださいね」
「イオン様に言われたくないですー。一番無理しちゃいけないの、イオン様ですからね?」
「はは、アニスは厳しいですね」
「他の子達がイオン様に甘いからあたしが厳しくするしかないんですよ!」

 ぶう、と膨れるアニスにあんまり膨れるとブウサギになっちゃいますよと言えば他の守護役の子達が笑った。
 うん。下手にお手付きにしてこの空気が壊れる方が嫌だし、アニスが好みから外れてるのは良いことだと思っておこう。
 サブかどうかは本人の申告がなければ気付かないふりしとけばいいや。

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