逆行させられました。(008)


照れ隠しに喧嘩して、いつの間にかベッドの所有権争いと化したあの夜から、私とシンクの生活は始まった。

翌日顔を隠したいとぼやくシンクに、初めて魔術を使って仮面を創造した。
シンクが教団に居た頃つけていたような、鳥のくちばしを思わせるあの仮面の色違いを。
あれは金をベースに赤い模様が入っていたが、私が創ったのは灰色をベースに赤い模様が入っている。

シンクは複雑そうな顔をしていたけれど、黙ってそれをつけた。
そして仕事を探すといって、エンゲーブへと行った。
町の人達には連れと一緒に森の外れにある小屋に寝泊りしながら暫く旅の休養をすると言い、仮面に関しては顔に大きな痕があるから隠していると言って誤魔化したようだ。
それで納得するエンゲーブの人たちも人が良いと思う。

そんな素朴な人々の集うエンゲーブだったが、思ったよりも仕事はあるらしく、本人が言っていたように農作被害をもたらす魔物を退治したり、壊れた柵を直したりとシンクは日々奔走しているようだ。
報酬を現金だけでなく、現物払いでも構わないと言ったのも功を奏したのだろう。
シンクは時折大量の林檎や野菜の類を持ってきたり、はたまた大量のイケテナイチキンを持ち帰ってきたこともあった。

それでも町の人たちと深く仲良くなったという話は聞かない。
町での話を聞く度にやっぱりどこか一線置いているように感じるのは、きっと気のせいではないだろう。


そしてシンクが働きに出ている間、私がやるのは魔術の習得と家事全般だった。
どこぞの主婦だと自分に突っ込んだのはシンクには内緒である。
書籍を読み漁りながら気分転換に洗濯をしたり、昼食を作ったり、部屋の掃除をしたりといった具合だ。

完全に理解できるまで何度も何度も繰り返し本を読み込み、実際に魔術回路を組み立てて使用してみたのも一度や二度ではない。
魔術に失敗し、ジェントルマンとかいう何か訳の解らないものを召喚してシンクに奥義を繰り出されたこともある。
あの時は死ぬかと思った。

そして魔術の習得と同時に、シンクからこの世界の常識を習った。
日本に居た頃にはありえない事例も、此処では当たり前のことになる。
全く予想だにしなかったことだってあった。
それでも少しずつ世界を知って、少しずつ魔術を習得して、気付けばあっという間に半年という月日が経っていた。





「…………」

「いい加減起きて欲しいんだけど」

「…………おぅ」

「ほんっっとに寝起きが悪いね、君は」

あくる朝。
この世界に来て早くも半年が経っていた。
オールドラントは一ヶ月が60日近くあるから、日本時間で言うと軽く1年経っていることになるがそこは割愛。

うまく働かない思考は未だに惰眠を求めていて、私は何とか上半身を起こしつつも宙を見つめて始動できずに居た。
逆にシンクは目が覚めたらすぐに動き出せるタイプらしく、私がぼーっと空中を見つめたまま動かないことにため息をつく。

そのまま船をこぎ始めそうな私を軽く引っぱたくと、シンクはとっととベッドから出て着替えを始める。
ちなみにベッドの周囲には私が縫った(魔術で創ったわけではない、手縫いの)カーテンが引かれていて、その向こう側で着替えているのでシンクの姿は見えない。

一度引っぱたかれて覚醒しかけた頭は放置されたことによって再度惰眠を求め始め、夢の国へと戻りかけた私を着替え終えたシンクが今度はチョップを落とす。
仮面をつけていない彼は蘇った際に伸びた長い髪を結わないまま、此方を見下ろしている。

ちなみにDVではない。いつもの光景だ。
そこまで痛くないし、私自身朝に弱い自覚があるので文句を言うつもりもない。

しかし今日くらい、寝かせて欲しい。
昨日は遅くまで最期の一冊を読み込んでいたのだ。

「ほら、さっさと起きてよ。朝食にするよ」

「私ご飯いらない」

「僕が食べたいんだよ」

「…………おぅふ」

家事は私の担当である。
それを言われたら私は動かざるえない。

未だ睡眠を求める身体を叱咤し、のろのろとベッドから出る。
冷たい水で顔を洗って完全に目を覚ましたあと、私は手早く朝食を作ってテーブルへと着いた。
最初はむき出しだった机にも、今ではテーブルクロスが引かれている。

「今日はオムレツと、パンと、サラダとオニオンスープです。今日は仕事行かないって聞いてるからお弁当は作ってないよ」

「うん、いらない。君の分は?」

「要らない。胃が……」

「いい加減この生活に慣れてくれる?」

呆れたように言われ、私はちびちびとコーヒーを飲む。
朝食が食べられない朝はコレが一番だ。
朝の一仕事を終えた事で身体が再度休息を求め始めるが、一度起きた以上流石に二度寝はできない。

「慣れてはきた。きたんだけどね……昨日遅くまで読んでましてね」

「そういえば随分遅くまで明かりつけてたよね、そんなに難しかったんだ?」

パンを食べながら聞かれ、私は昨晩得たばかりの知識を反芻する。
難しいといえば難しい術式だった。
何より大量に魔力を持っていかれるのに、発動時間が物凄く短いという使いどころを選ぶ魔術なのだ。

「タイムストップ……時間停止の魔術。組み立てが複雑でね、何かもうね……」

「アイテム使ったほうが早い気がするんだけど」

「そんな貴重なアイテムを何処で手に入れろと」

「知らないよ、使ったことないし」

「シンクが無いなら私なんて余計に無いよ。ついでに使うべき場面も思いつかないよ」

「良いんじゃない?カナはどう考えても戦闘向きじゃないし」

「うん。無理」

「使う前にやられるだろうしね」

「そんなこと……ありえるな。開始一秒で負けそう」

「それはいくらなんでも早すぎ」

シンクと軽口を叩きつつ、少しは身体も鍛えたらと笑うシンクをぼんやりと見た。
半年という月日を経たおかげか、はたまたシンクの心情に緩やかな変化でもあったのか。
シンクはこうして軽口を叩く合間に少しだけ笑顔を見せてくれるようになった。
最初の頃なんて自嘲的なものか、蔑むような笑みしか見せなかったくせに、本当に変わったと思う。

私は頬杖をついて朝食を口に運ぶシンクをじっと見る。
その視線に気付いたのかシンクは朝食を取る手を止め、私を見る。
なので暫く前に気付き、未だに口にすることのできない現実を脳内で反芻しながら、本来ならこんな阿呆な会話をする前に伝えるべきことを口にした。

「タイムストップで最後だよ。コレで此処にある書籍は全部読み終わった」

「……動くの?」

シンクがまとう空気が変わる。
世界を塗り替える準備を始めるのかと、期待を滲ませる。
だがその前に、私は口にしなければならないことがある。
が、未だにその質問をする覚悟ができず、誤魔化すようにこれからのことを話し始める。

「まずは世界を見て回りたいと思う。
魔術は習得したし、シンクにも色々教わったけどやっぱり実際見てみなきゃね」

「確かにね。知識と実戦は違うから」

「うん。できれば人脈も広げたい。伝手は多ければ多いほど良い」

「策は?」

「いくつか。そっちは?」

「少しなら。後で聞かせてよ」

「そっちもね」

にやりと口角を吊り上げて笑みを浮かべれば、シンクもつられて笑みを浮かべる。
あぁ、コレじゃあ私達は悪役みたいだ。
自嘲しながらこれ以上引き伸ばせないなと自分を叱咤し、気付かれないように小さく深呼吸をしてコーヒーを飲んだ。

「その前にさ、確認したいことがあるんだけど」

「……何?」

微かに震える声に、気付かれただろうか。
多分気付かれただろう。
もう一度だけ深く息を吸い、吐いてから私は前々から感じていた疑問をシンクにぶつけた。

「爪、切らなくて良い?」

「……は?」

「髪、伸びてない?」

「何言って……」

「引きこもってる私はともかく、屋外作業してるのに、シンクは全然日にやけないじゃない……?」

微かにシンクの肩が揺れた。
私の言いたいことに気付いたのだろう。
覚悟を決めたはずなのに少し遠まわしな言い方になってしまった臆病な自分に唇を噛み締めてから、コーヒーの入ったカップを握る手に力を込める。

「……私達、成長してるのかな?」

シンクがテーブルに手をついて勢いよく立ち上がり、音を立てて椅子が倒れる。
その目は大きく見開かれていて、それが目の前の現実を受け止め切れていないことは明白だった。

そのまま何か言おうと口を開いて、やめて、また何か言おうとして、やめて。
顔をゆがめた後、テーブルに拳を打ちつける。
鈍い音と共にテーブルに並べられていた食器たちがぶつかって甲高い音を立てる。

それを見ていることしかできない私はまた唇を噛み締めていて、それに気付いて自分もいつの間にか緊張していたことを知る。
落ち着くためにぬるくなったコーヒーを口に運び、シンクはのろのろと倒れた椅子を戻してその上に腰を下ろした。

既に朝食を食べる気など無くなってしまったのだろう。
テーブルの上で握り締められた拳は微かに震えていて、緩やかに此方を見る瞳は負の感情に彩られている。

「…………いつ、気付いた」

「…二週間くらい前かな」

「何で……すぐ言わなかった」

「私も最初はまさか、って思った。その後はなんて言って良いか解らなくて……伝えるべきか迷った」

淡々と答える私に苛立ちを募らせているのが解る。
しかし私が感情的になるわけにはいかなかった。

だって、

「もっと早くに言うべきだろ、こんな大事なこと!!
気付かなかった僕も大概間抜けだけどね!」

シンクが感情的になることなんて解りきってたから。

カップをテーブルに置き、声を張り上げるシンクを見る。
シンクは私が冷静なのを見ると眉根を寄せて歯噛みし、そのまま俯いてしまう。
前髪が長いせいでそれだけでシンクの表情は隠れてしまって、私は涙が流れそうになるのを堪えながら、握り締められたシンクの拳の上にそっと手を乗せた。

「嫌だったんだ。シンクは絶対、もっと自分を嫌いになるって思ったから」

「……僕が?」

「レプリカである自分が、シンクは大嫌いでしょ?
もっと自分のこと嫌いになるんじゃないか、そしたら自分を傷つけるんじゃないかって、怖かった」

「……そんな自虐趣味は無いよ」

「うそつき」

ゆっくりと顔を上げるシンクに、苦笑交じりに言ってやる。
事実彼は自分を傷つける言葉を選ぶのにためらいが無い。

何も自分の身体を傷つけるだけが自傷ではないのだ。
心だって傷つく、シンクはきっと自覚して無いだろうけど。
きつく握られた拳を少しずつ解きながら、慰めになるか解らないけれどこの二週間の間に必死になって考えた言葉を紡ぐ。

「シンク。自分を嫌いになるな、とは言わない。
私も自分があんまり好きじゃないから、人のことを言える立場じゃない」

「……知ってる」

「でもね、何の慰めにもならないかもしれないけど、そんな傷の舐めあいなんて趣味じゃないかもしれないけど、一人じゃないって言うのを忘れないで。
私だって、きっと同じように成長が止まってる。

シンクはレプリカって言う異端な自分が嫌いかもしれないけど、私だって魔術師って言うこの世界の異物だ」

この世界の異物という言葉に、シンクは嫌そうに顔を歪めた。
それでも事実だ。

「一人じゃないって、自分と同じ存在が居るって、大きな力になると思うんだ」

私の言葉を聴いていたシンクは、重ねられた掌を見る。

無言。
混乱しているのか微かに唇が震えている。
そのまま長い間を置いてから漏らした言葉は彼らしくない、珍しい弱音。

「……このまま歳を取らなかったら、」

「取り残されるよね。でも、私も居る」

だから言葉を先取りして、そう告げる。
聞きたくないんじゃなくて、言わせたくない。
きっと後で後悔するから。

「死ねなかったら?」

「一緒に旅にでも出るか、山奥にでも引っ込んで隠居でもする?」

「死にたくなったら?」

「試しに二人して海に飛び込もうか?」

「……冗談。君と心中だなんて、趣味じゃないよ」

少しだけ調子を取り戻したシンクは自嘲的に笑って手を引っ込めた。
触れていた温もりが離れ、私はもう一度コーヒーの入ったカップを手に取る。

「シンクと心中かぁ。どうせならもっと可愛い性格の子がいいなぁ」

「ちょっと、それどういう意味?君が言い出したんじゃないか」

「だってシンクってつんつんしてるんだもん」

「どうせ僕は尖ってるよ」

「六神将に居た頃の髪型みたいに?」

「アレはしょうがないだろ!同じ髪型にするわけには行かないじゃないか!」

「アレ凄い不思議だったんだよね、どうやってセットしてるのかなーって」

「あぁ、もう!君と話しているといつも話がそれる!」

「楽しいでしょ」

「どこが!」

段々といつも通りに修正される会話に、シンクは深々とため息をついた。
多分彼も解っているのだ。
私がわざと話をそらしてこんな馬鹿のことを話してる、なんて。

「……君が理由を語らないってことは、解ってないんだよね」

「……うん。最初は魔力を得た代償かと思ったけど、それならシンクまで成長しないのはおかしい。
蘇らせた弊害かとも思ったけど、ローレライは何も言ってなかったし」

馬鹿な話をして少し落ち着いたらしいシンクはぶっきらぼうに確認してきた。
彼の言うとおり、おぼろげな予測はできても確信には至らないし、ことがことなので今すぐに原因の究明はできない。
というかやりようがない。
唯一何か知っていそうなローレライは地殻で眠っている。

「解った。それならコレは後回しだ。
それよりこれからの話をしよう」

気持ちを切り替えたらしいシンクは、朝食を再開しながらそう提案してきた。
うん、シンクなら最終的にそう言ってくれると思ったよ。
シンクはとっても強いから。

心の中でそうぼやきながら、頷いた私は考えていたことをどう伝えようかと、自分も思考を切り替えるのだった。



一寸先は闇


前回が長かったので今回は短め…に、しようと思ったんですがなりませんでしたごめんなさい。
恋ではないけれど、やっぱりシンクを想うんです


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