逆行させられました。(009)


「とりあえず」

シンクがこれからのことを考える前に、と私にストップをかけてきた。
何かやることがあっただろうかと今日の予定を思い出そうとするが、コレといってない。
が、シンクの言いたいことはそういうことではなかったらしい。

「色々動く前に、さっきはあんなこと言ったけど、実際君が戦えるかどうか知りたい。
この世界を回るなら自衛手段を持つのは必須だ」

「私にスペクタクルズ使ってごらん。レベル1だから」

「つまり全く役に立たないってことだね」

「攻撃魔術はいくつか習得してるけど、かといって実戦に即使えるかと言ったら無理だと思うんだ、うん」

「だろうね。でも見てみないと解らないし、魔術があるなら僕が前衛に立って君が補助ってやり方もできる」

そう言って立ち上がる。
外に出て実際にやってみろということなのだろう。
なので私も立ち上がり、シンクの後に続いて外に出た。

幸いこの小屋の近くに魔物は出ないし、出たとしてもとても弱い。
まぁ試すのにはお誂え向きなのだろう。

スタスタと前を歩くシンクに続き、暫く歩くと何か色を間違えた猪のような魔物が見えてきた。
何だっけ、あれ。

「あれがサイノックス。ここら辺の敵だとまぁ体力が多いほうかな。
動きが直線的だし、単純だから初心者にはもってこいの魔物だよ」

「プチプリとか可愛い奴のが良かったなぁ」

「これから倒す魔物に可愛さ求めないでくれる?」

私の呟きに返事をしたシンクの言葉は最もなので、これ以上何か言うのはやめておく。
初めて見る魔物に多少の緊張感はあったが、シンクが近くにいてくれるので不安は無い。
彼からすればここいらの魔物など道端の石ころみたいなものだろうから。

掌に力を込める。
魔力が集中し、それが形となって淡い光が掌に収束する。
光はやがて明確な形を取り、杖として私の掌に納まった。
開いた羽を模した、鈍い金色の杖。

コレは魔術を使用する際に私の集中力を高めてくれたり、魔力の流れを潤滑にしたりといわゆる補助や増幅の役割を果たすものだ。
しかし飽くまでも杖の役割は補助なので、実際魔術を使用するのは私の手腕にかかっている。

シンクは私が杖を出したのを確認すると、黒い手袋を取り出して素早く手にはめた。

「それじゃ、僕が前衛をやるから君は気にせず術に集中してよ。
とりあえず威力が見たい」

「はーい。一番威力の低い奴で良い?」

「充分でしょ」

シンクが気にするなというので、私は元気よく返事をして本気で気にするのをやめた。
見れば威嚇しているのか、サイノックスは一定の距離を保ったまま近寄ってこない。
まぁその方がやりやすいので良いかと思い、私は一番簡単な攻撃魔術を組み立てる。

魔術を使う際、私はひとつのことを知った。
魔術とは、自然の摂理を捻じ曲げる術である、ということ。
だから代償を必要とするし、非現実的なことも可能になる。

そしてそれは、法を犯すことに似ている。

コレは忘れてはいけないことだと、理解し続けなければならないことだと本能的に悟った。
私は心の奥底にそれをしまい込み、魔術を発動させるために鍵となる言葉を紡ぐ。
普段話しているのはフォニック言語だが、このときばかりは日本語になる。

ちなみに今もフォニック言語を喋っているつもりは無い。
シンクの前で魔術を使ったときに指摘されて初めて気付いたのだが、普段は自動翻訳されてるんじゃね?と言ったら顔を顰めていた。アレはいつの話だったか。

日本語は定義が細かくフォニック言語に比べて圧倒的に複雑だ。
正確性を求めるのならばフォニック言語よりも適しているからだろうと勝手に結論付け、私はそれ以来魔術を使用する際は日本語を使用している。
自覚はないけれど。

使用する魔術により鍵となる言葉は異なるが、最初の一文だけは一緒だ。


『罪科よ、咲き開け』


その言葉を皮切りに、組み立てられていた魔術が形を成そうといてるのが解る。
威力を落とすためにその先は詠唱せず、意識だけで杖の先に魔力を集中させ、そのまま杖を振り下ろした。

途端、集中させていた魔力が火球となって出現し、熱を発散させながら弾丸のようになってサイノックスへと襲い掛かる。
顔だけ振り返って此方を見ていたシンクが慌てて避けると、火球はサイノックスへと直撃し、断末魔の悲鳴を上げる暇も無く、サイノックスはその場に倒れた。

「できた!」

「………………」

魔術式のファイアーボールといったところか。
サイノックスの焼け焦げた身体が淡い光に包まれ、音素に還っていく。
シンクは唖然とした表情でそれを見ていたのだが、ゆっくりと私を振り返り、近寄ってきたかと思えばそのまま私の頭に拳骨を落とした。

「いったぁあああああ!
酷い! 暴力反対!」

「一番威力の低いのって言ったろ!何だよアレ!」

「一番威力の低いの、だよ! 此処らへん焼き尽くす気なんてさらさらないんだからね!?」

「エクスプロードでもかます気!?」

「ちょっと近い」

「……信じらんない」

おいコラそれはどういう意味だ。
絶句するシンクに突っ込みつつ、私はサイノックスが居たであろう場所をもう一度見る。

……そんなに強かったのだろうか?
何分攻撃魔術を使うことなど初めてであり、加減の具合がさっぱり解らない。

「ちょっと試しに一番威力のある奴やってみていい? 比較のために」

「ここら一体を焼け野原にしたいわけ?」

「駄目?」

「駄目に決まってるだろ!」

止められた、残念。
しかし焼け野原にしたいわけではない。
単純に試してみたかっただけだ。メテオスォーム的な魔術を。

「あーもう! 此処まで加減を知らないなんて、予想外だ……。……カナ」

「うん?シンク?」

呆れたように顔に手を当てながら言っていたシンクは、突如雰囲気を変えた後言葉を切り遠くを見た。
その瞳はいつものよりも険しく、剣呑な光を孕んでいる。
つられて視線の先を見るが、エンゲーブではない。街道があるだけの筈だ。

「一人で帰れる?」

「……何かあるの?」

「多分、盗賊が近くにきてる」

「…………おぅふ?」

「良いから帰れ」

「シンクは?」

「ちょっと倒してくる」

そんなちょっとお遣い行って来る、みたいな口調で言わないで欲しい。
が、そんな私の心境を余所にシンクは仮面を取り出し、手早く髪を結び始めている。
しかし私が居ても邪魔になるだけなのは事実なので、言われたとおりに小屋に戻ろうとしてもう一度だけ視線を移し、先程よりもはっきりと見える砂埃に固まってしまった。
血の気が引くのを感じながら、シンクの服の裾を掴んで何とか意識を保つ。

「シンクさんシンクさん。砂煙がこっちに来てませんか」

「……ちょっと相手の移動速度が早いみたいだね」

舌打ちをしたシンクに、ちょっとで済ますな!と怒鳴ってやりたい。
しかし産まれて初めて盗賊なんぞに出会う私にそんな余裕はない。
シンクは私の手を掴むとそのまま森へ向かって走り出したのだが、馬(っぽいもの)に乗っている彼等と私達の距離はあっという間に縮まっていく。

小屋に帰るという選択肢はない。
あそこがばれるのは、色々とまずいのだ。

そして何故彼等は此方に来るのか。
エンゲーブに行くだろう、普通。
行かれても困るけれども!
ていうかこの世界にも馬なんてあったのか、そらぁ知らなかったよ!

身体を資本とするシンクと違い、インドア生活を続けていた私は脳内で現実逃避をしつつもすぐに息が切れ始める。
しかしシンクは走る速度を緩めてくれない。
といっても、私に合わせて走っているわけだから彼からすれば歩いているようなものなのかもしれないけれど。

やがて小さく聞こえていた蹄の音が間近に迫り、私達を取り囲むようにして砂埃が舞った。
囲まれた、と認識した瞬間、私は頭を押さえつけられる。
シンクに頭をつかまれつつ、その場に強制的にしゃがみこむ形になった。

「こんな辺境に盗賊とか、一体どういうつもり?
僕達そんな裕福じゃないんだけどね」

むしろ貧乏だろう。
心の中で補足しつつ、荒れに荒れている呼吸を何とか整えようとする。
盗賊達を視線だけで見上げると、彼等はシンクの問いかけに答えることなく下卑た笑みを浮かべながら此方を見下ろしていた。

あぁ、嫌な瞳だ。

「上玉だな」

「あぁ、高く売れそうだ」

「……成る程ね、商品を漁りにきたわけだ」

シンクが嫌な笑みを浮かべる。
その声は少し震えていて、盗賊たちその震えが恐怖によるものと思い込んで笑みを深め、私は逆に盗賊さんたち逃げて!と心の中で叫んだ。

コレはヤバイ。シンクが切れかかってる。
震えてるのはどう見ても怒りと嫌悪感からで、切れたシンクが此処でアカシック・トーメントでも繰り出せば彼等のHPは一気に瀕死状態になること請負だ。
ついでに面倒ごとになることも確定だ。全くもって嬉しくない。

「し、しんく、落ち着いて…」

「僕は落ち着いてるよ」

人を道具としか、商品としか思わない。
そんな彼等にかつて自分を廃棄処分しようとした人間を重ねているのだろう。
落ち着いているといった声は、一見普通だが一緒に暮らしているからこそ解る。
どう見ても堪忍袋の緒が切れちゃってますありがとうございました。

「だから君は大人しくしててよね」

「あ、はい」

つまり自分が締めるから手を出すなってことですね。
釘を刺すように言われ、思わず素直に返事をしてしまった。

そんな会話をしているなどと露知らず、声を(怒りで)震わせていたシンクに油断したのだろう。
(仮称として)盗賊Aが私達を捉えようと伸ばしてきた手首を立ち上がったシンクが掴み、思いっきり引いた。

「んなっ!?」

馬に乗っていた盗賊A(仮)は突然のことについていけないまま、間抜けな声を上げて無様に落ちようとするが、その腹に思い切り膝が叩き込まれる。
私は心の中で小さく合掌した。
きっと仮面をつけていなかったら、氷よりも冷たいシンクの瞳が見れたことだろう。

鈍い音を立てて落馬した盗賊Aの背中を勢いよく踏みつけるシンク。
あばらが砕けるような、何か嫌な音がしたのはきっと気のせいではない。
そして予想外の出来事に笑みを消した盗賊たちを見回し、口元に綺麗な笑みを作り、挑発した。

「誰から死にたい?」

短い一言は、相手の神経を逆なでするのに充分だったらしい。
その言葉を皮切りに、乱闘が始まった。

盗賊達は舐めやがって!とか、ふざけんな!とか、仮面なんぞつけて何様だ!とか言いながら、シンクへと襲い掛かる。
(何様オレ様シンク様だ)
中には刃物を持っている人間も居たが、シンクは私の手を掴み手早く乱闘外へと放り投げてから(酷い)、最低限の動きで盗賊たちを避けると次々と盗賊たちを落馬させていく。

やがて馬に乗っていると不利だと悟った盗賊達は馬から下りてシンクへと襲い掛かったが、やはりコレも軽やかに避けられた。
当たり前だ。経験値が違いすぎるのだから。

しかも私に襲い掛かろうとする手を軽々と退けながら盗賊の相手をしているのだから、最早此方は見守るしかない。
やっぱ逃げてって言っとけば良かったかもしれない、とシンクに良いようにあしらわれている盗賊に同情できる程度には、私の思考は回復していた。

「やっぱり強いなー」

「全くだ。予定外だったぜっ」

人が人を殴打する鈍い音を聞きながら私はシンクに放り出された場所で動かないでいたのだが、多分シンクを見るのに夢中になりすぎていたのだろう。
独り言に返事が帰って来たことに驚いて、反射的に振り返ろうとした瞬間背後から伸びてきた手に口をふさがれる。
無骨な手に口元を覆われるのは吐き気しかせず、油断をしていた自分をぶん殴りたくなった。



草原にて


長くなったので一旦切ります。
シンクは普通に強いと思う。


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