逆行させられました。(007)
今日の夕飯はクリームパスタです。
シンクが買ってきてくれた諸々の食材を冷蔵庫に似た譜業に押し込み、ついでに音素灯の点け方も教えてもらう。
お陰で部屋が明るくなりました!
さくさく食事を作ってから、椅子に座りいただきますと手を合わせる。
怪訝な目をされたが無視無視。
流石にパスタを箸で食べる気は無いので、今回はフォークだ。
シンクによるエンゲーブでの報告を聞きながら黙々とパスタを口に運ぶ。
うーん、もう少し硬めに茹でても良かったかもしれない。
次からそうしよう。
「ところでシンクさん」
「君が僕をそう呼ぶって事は、言いづらいことなんだね」
ざっつらいと。
ため息混じりに言われた言葉に心の中で答えておきながら、同時にしょうがないじゃないかと言い訳をしてみる。
が、口には出さない。だって怖いから。
「ND2005って、いつ?」
私の率直な疑問に、シンクは飲んでいた紅茶を噴出しそうになっていた。
汚い。
少し気管へと入ってしまったらしく、むせるシンクを私はパスタを食べつつ傍観する。
一瞬睨まれたけど気にしない。
というか涙目で睨まれてもそんな怖くない。
「あのさ、そんな情報も与えられてないわけ?
ていうか君って僕達のこと見てたんでしょ?それ位覚えてないの?」
「与えられてないし、ぼんやりとしか。そもそもアクゼリュス崩落っていつだっけ?」
「ND2018だよ」
「……13年後!? 遠っ!」
思わず出た言葉にシンクは呆れたようにため息をつき、再度紅茶を口に含んだ。
だって私が知っているのはルークがティアと超振動を起こすところからなのだ。
まさかそんな昔だとは思っていなかった。
「てことは…今はまだルークは産まれてなくて、屋敷に居るのはアッシュか。
グランコクマの皇帝は?」
「カール五世だね。今動き回るのは利口じゃないよ。
ホド戦争が終わってまだ5年も経ってないんだ。
世界中不況に喘いでるはずさ」
「導師は?」
「今はまだエベノスが勤めてるはずだよ。
といってもオリジナルは既にダアトに居るはずだけどね。
今頃導師になるための勉強でもしてるんじゃない?」
少しだけ嫌そうに言う。
当たり前だろう。
私はあえてそれを追及することなく朧になっている知識とシンクの説明を頭の中で組み立てながら、これからのことを考える。
必要事項を確認し、それらを満たすようにして計画を立てなければいけない。
考え込んでしまった私を見て、シンクはカップを置きながらため息混じりに言った。
「まぁアッシュをさらわれないようにするなら充分じゃない?」
「え? 何でアッシュ?」
私が反射的に返した質問に、シンクは片眉を顰めた。
顔が整った人がやるとそれだけで迫力が出るから不思議だ。
「ローレライが救って欲しいのってアッシュでしょ?
てっきりそこから上層部への足がかりにするのかと思ってたんだけど」
「へ?ローレライが救って欲しいのってルークじゃないの?
まぁ足がかりにするってのは私も考えてたけど」
お互いがお互いに別人のことを考えてたらしく、つい手が止まったまま沈黙が流れる。
もしかしてシンクの言うとおりアッシュなのだろうか。
今更だが、ローレライに確認するのを忘れていた。
今からでも確認できるのか?なんて考えていると、シンクが口を開き、沈黙を破った。
「何でアッシュじゃなくてレプリカだと思ったわけ?」
「だってアッシュはローレライの力を継いだ半身だけど、人間でしょ?
ルークは第七音素でできてるから…」
「それが?」
「第七音素の意識集合体であるローレライが愛し子っていうくらいなんだから、ローレライの力を持ってて、且つ第七音素だけでできてるルークのが愛し子っぽくない?」
「…………確かに」
納得された。
それでいいのか。
コレで間違ってたらどうしよう。
ちょっぴり不安になりつつも、再度パスタを口に運ぶ。
冷めたクリームパスタはあまり美味しくないので、さっさと食べるに限る。
が、今度は私はシンクの放った一言でパスタをまきつけたフォークを取り落としそうになった。
「ま、コレは後からでもいいか。
それより当面のことなんだけどさ、かなり時間があるのも解ったし、僕が君を養うのは良いとして、食事は君が作ってくれない?」
「……私、シンクに養われるの?」
「他に誰が金を稼ぐって言うのさ」
ぽかんと口を開けて言ってしまったが、シンクの言いたいことはすぐに理解できた。
心のどこかでとにかく住むところがあるのだからこれからの生活も何とかなるという楽観的な思考を持っていた自分に気付き、穴があったら入りたいような気持ちになる。
日本人は衣食住の住に重きを置くとはこのことか。
大分違う気がするが今回は横に置いておこう。
確かにシンクの言うとおり、私はこれから魔術の研究にかかりきりになる。
基本的な知識は頭に(文字通り)叩き込まれたものの、本棚に並ぶ書籍は応用並びに実戦に関する専門書の類が多かった。
仕事をするなら研究は遅々として進まなくなるし、時間があるとはいえそれで手遅れでしたなんてなったらローレライから文句を言われてしまう。
なのでシンクに養われるのは、仕方ない。
ちょっと嫌だが、納得しよう。
しかし、だ。
「……シンク、外で仕事するの? 何の仕事?」
「適当に?」
「いや、適当て…」
シンクは参謀総長を務めた男の子だ。
それが叩き上げなのかヴァンの手によるのかは不明だが、勤めていた以上それなりに頭も回るし腕もたつのだろう。
それでも適当て……。
「エンゲーブは魔物による農作被害が多いし、収穫時になれば人手も要る。幸い僕なら往復するのにもそんなに時間がかからないし、探せば仕事くらいはあるでしょ」
黙々とパスタを口にしながら言った言葉に、私は納得するしかなかった。
私自身が動かないのならば、口出しできることではない。
「でもさ」
「何」
「シンクが農業やるって想像つかないんだけど」
「僕だって自分が農業に参加する時が来るとは思わなかったよ」
パスタを食べ終わり、げんなりと言うその口調から進んでその仕事を選んだ訳ではないのが解る。
多分、シンクなりに考えてそれしかないと思ったのだろう。
「でもなぁ…六神将じゃないシンクって想像つかないや」
「ちょっと聞きたいんだけど、君が見た物語で僕のイメージってどんな風になってるのさ?」
腕を組んで農作業のために桑を振るっているシンクを想像しようとしていた私に、シンクが心底嫌そうに聞いた。
そういえば全然話していなかったなと思い、自分の分の紅茶が入ったカップを手に取りながらどう説明したもんかと考える。
「…六神将って騎士団の大将だよね?何で子供が六神将なんて大層な職務に就いてるの!?ってのが最初の感想だったかなぁ」
「悪かったね、僕が六神将で」
「そうじゃなくて。子供が将軍職に就ける神託の盾騎士団って大丈夫なの?って意味」
卑屈になるシンクにそう訂正を入れると、シンクは予想外なことに黙り込んでしまった。
何か変なことでも言ってしまっただろうか。
私が首を傾げると、シンクはそれを察したのかぽつりと呟く。
「あれは…ヴァンのごり押しだったし」
「あぁ、じゃあやっぱり学校とかは…」
「行ける訳ないでしょ。この顔で」
「デスヨネー。
まぁその後は何でイオンと同じ声?っていう疑問が出てきて、捻くれてる子供だなぁーってなって」
「君、言いたい放題だね」
「まぁまぁ。
地殻に落ちるシーンは悲しかったし、最期にルーク達と戦うところはいっそ清々しかった記憶があるよ」
まぁ戦闘では詠唱短縮して譜術ぶっ放すわ、奥義に体力削られまくるわ、ちょこまかと動き回るわで苦戦した記憶しかないけれども!
他にどっかシンクと相対するシーンあったっけ。
確か砂漠にある遺跡と……後は忘れた。
私が必死に思い出そうとしていると、いつの間にかシンクは怪訝そうな顔を隠しもしないまま頬杖をついてこちらを見ている。
「……何?」
「何で僕が堕ちるのが悲しいのさ。
レプリカルークを主人公にした物語って事は敵役だったんでしょ?」
「まぁね。同情、なのかな。
それに…自分を蔑ろにするその様に悲しくなったってのもあると思う」
「……要らないよ、そんな同情」
吐き捨てるように言われた言葉に、私は苦笑を返すしかない。
だってシンクならそう言うと思ったから。
それでもまぁ、念のために釘を刺しておくとする。
「でもまぁ、今はシンクは私の仲間になったんだから、」
「手駒の間違いでしょ」
間髪居れずに訂正が入った。
これ、ルークより卑屈じゃないか?
「違うよ。仲間!仲間ったら仲間なの」
「ハイハイ。で?」
「自分を蔑ろにしちゃ駄目だよ?命を大事に」
「…………」
私の言葉にシンクは面食らったらしい。
目を白黒させながらどう答えたものかと言葉を捜すようにして視線をそらす。
身体は大きいけれど、やはりこうやって素になった時の表情は子供のように解りやすい。
やがて答えが見つかったのか、物凄く困ったような顔で私に問いかけてきた。
「……手駒が無くなったら困るって事?」
……うん?
どうしてそうなった!?
「全然違う!
折角シンクが手伝ってくれるって言ったのに、シンクが怪我したりしたら悲しいから、だよ!」
「別に気にせずに使えばいいでしょ、レプリカなんだし」
シンクの答えに私はくらりと眩暈を起こしそうになった。
レプリカ云々以前の問題な気がするのだが、仲間になってくれた以上傷ついて欲しくないというのはおかしい考えなのだろうか。
あぁ、嫌な予感がする。
「シンクさんシンクさん」
「その呼び方気持ち悪いからやめてくれる?」
「いいから!
もしかしてシンクって、自分は私の手駒になったって考えてない?」
「……そうだけど」
それが何か問題なのかと言外に告げられた気がして、私は今度こそ机に突っ伏す。
もうどこから訂正していいか解らない。
シンクが協力してくれると言ったところからか、それともシンクの意識から改革すべきなのか、いやいや、ローレライに手駒が欲しいと言ったところからだろうか。
思いっきり息を吸い込み、本日で一番大きいため息をついた後私は姿勢を正してシンクを見た。
「……ちょっとそこ座りなさい」
「とっくに座ってるけど」
うん、そうだね。
それは失礼しました。
「確かに、私はローレライに手駒が欲しいって言ったよ?
でもその本質は自分ひとりじゃ限界があるから仲間が欲しいって意味なの、解る?
まぁシンクはそのやり取りってか私の要求を聞いていたわけじゃないからこの際横に置いておくけどね?
それで蘇っちゃったシンクに私は好きに生きろって言ったよね。
それでシンクは自分で私に力を貸すって決めたんだよ?
だったら私とシンクの立場は対等なの。解る?」
「つまり、手駒になるって自分から決めたってことでしょ」
「ちゃうわ!」
スパーンと机を叩く。
此処にハリセンがあったら、私は間違いなくシンクの頭をはたいていたに違いない。
やはり思ったとおり、私とシンクの心情には大きな齟齬があったらしい。
どう言葉を重ねたらそれを訂正できるか。
あぁ、何だか頭痛がしてきた。
「例え手駒のために蘇ったとしても、私が好きに生きろって言った時点でシンクは一回自由を手に入れてるの。
そこはいい?」
「まぁ、解るよ。捨てたって事だよね」
腕を組んで言われた。
うん、言葉は悪いが否定はしない。
事実、そうだろう。
いや、ちょっと待て、そうなのか?
だって私はシンクの所有権など持っていた記憶など無いのだが。
「何か違う気がするんだけど」
「どこが違うのさ」
「だって私は最初からシンクが自分のものだなんて思ってないもん。
むしろ言ったよね、私。 巻き込んじゃったって。
つまりそれって、シンクは被害者ってことだよね」
私の言葉を聞いてシンクはまた困ったような顔をする。
こういう扱いに慣れていないのだろう。
「シンク、私は被害者であるシンクがローレライの我侭を無視して自由を得るのは当然の権利だと思ってる。
だから一回自由になったシンクが、自分の意思で、私の手を取るなら、それは私の下に就くということじゃなくて、対等な立場になるってことなんじゃない?」
ゆっくりと噛み締めるように言った私に、シンクは再度視線をさ迷わせた。
コレでもし仮面があったのなら、多分引き結ばれた唇だけが見えていたのだろう。
「……でも、僕はそのために生き返った」
「違うよ。生き返らされた、が正しい」
「君と僕が……対等なんておかしいだろ」
「どこがおかしいの?
私達は組織に所属している訳じゃない。
レプリカだからなんて言うのも無し、私から見れば私もシンクも自我を持った一つの命なんだから、」
そこまで言って、ふと気付いた。
お互いの心情や思考に齟齬があるのは当たり前だ。
だって私とシンクは別個の人間で、育ってきた環境が違う以上考え方も違うのも当然だ。
だからこそ。
「…………でも、シンクから見たら私とヴァンは一緒なのかな」
思い至ったその結論に、俯いた私の胸の中に黒い感情が渦巻く。
この世界に望まない命を与えられ、憎しみ故計画に賛同、その手を取った。
シンクからすればそれだけのことであり、行うことの差異はあれその経緯は変わらない。
あの男と一緒にされると思うと苛っとするが、今大切なのは私の苛立ちではなくシンクの心情なのでこの際コレは無視する。
しかし苛立ったのは事実なので、もしあの男と合間見えることがあったらその眉を毟ってやることを心の中にあるやることリストにそっと付け加えておくことにしよう。
「……なんで君が落ち込むわけ?」
俯いてしまった私に、シンクがもうどうして良いか解らないと言った声でそう言ってきた。
顔をあげれば視線を反らされ、この空気に耐え切れないといった顔をしている。
「私、シンクが着いてくって言ってくれて嬉しかった」
「……それで?」
「一人じゃないんだなぁって。一緒に、やってくれるんだなぁって思った」
「だから……やるって、言ってる……」
「私、ヴァンみたいにシンクを使いたいわけじゃない。
手駒が欲しいとは思ったけど、それでもシンクをあんなふうに使いたくないし、使おうとも思わない。
一緒にってことは、対等にってことだと思ってる」
「意味わかんないよ……」
力のない声による会話。
己がレプリカだからという劣等感からなのか、それとも私の語彙能力が低いのか。
多分後者だ。いっそ海底に沈んでしまいたいほど悲しい。
それでも、伝えなければならない。
だって私は手を取ってくれて嬉しかった。
言葉にこそしなかったが、私の心の中は歓喜で満ちていた。
「解んなくていいから……自分を大事にして」
「……何で」
「私が嫌なの。私の我侭だって解ってるけど、シンクが傷つくとことか見たくない。
シンクが死ぬのなんて絶対嫌。シンクに置いてけぼりにされるなんて嫌。
一緒にやってくれて嬉しいって、そういうことなんだよ。
シンクが居てくれて嬉しいことなんだよ」
シンクはその私の言葉に戸惑った空気を隠さないまま、口元を手で覆ってそっぽを向いてから小さな声で解った、と答えた。
とりあえず今はそれだけ解ってくれればいい。
ほっと胸を撫で下ろしてから、もう一度紅茶を淹れようとティーポットを手に取る。
そんな私の耳に、ぽつりと小さな言葉が飛び込んできた。
「よく恥ずかしげもなくそんな事言えるよね……」
「…………」
ぴしりと、ひびが入ったように私の動きが止まる。
多分シンクは私に聞こえないように呟いたつもりなのだろうが、雑音が存在しない小屋では丸聞こえである。
ティーポットを持ったまま固まってしまった私は、先程言った自分の言葉を頭の中で反芻する。
「…………」
私、メチャクチャ恥ずかしいこと言ってませんか。
何か凄く愛の告白タイムみたいなことになってませんでしたか。
頭の中に浮かんだ言葉をそのまま言っただけなのに、何かおかしい人みたいになってませんか。
「……ちょっと、何固まってんの」
声をかけられて、私は急激に自分の顔が熱くなるのを感じた。
多分鏡を見れば真っ赤になった私の顔が映っているだろう。
何と返していいか解らず、言葉に詰まった私はポットを置き。
「シ、シンクのバーカバーカバーカ!!」
「はぁ!?意味わかんないんだけど!」
「バーカバーカ! もう寝る!」
「ちょっと! 何!? 八つ当たり!?」
「そうだよ! 逆切れで八つ当たりだよ!文句あっか!」
「あるに決まってるじゃないか!あ、ていうかベッド占領しないでよね!僕が寝るとこが無くなる!」
「知らん!」
気恥ずかしさに耐え切れず、逆切れしてしまった。
あぁ、穴があったら入りたい。いっそこのまま埋めて欲しい!
会ってまだ一日も経ってない相手に私は何を言ってるのか。
シンクが居なくなったら私は世界に一人ぼっちだ。
だから居なくなって欲しくなくて、自分を大切にして欲しくて。
浮かんでは消える考えに更に恥ずかしくなってベッドへと逃げ込もうとする。
しかし結局は口喧嘩になって、真っ赤な顔でシンクと顔を合わせないまま怒鳴る私はさぞ滑稽な姿だったに違いない。
君と私の改革計画
なんだこれくそ長い。
愛の告白(笑)を受けたシンクは恥ずかしさを隠すために口元を手で覆ってそっぽを向いてます。
しかし自分を大切にして欲しいと必死に主張する彼女は気付いてません(笑)
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