逆行させられました。(010)


※シンク視点

自分を見下ろす瞳は悪感情しか抱かず、まるで物でも見るようなその視線に苛立ちを覚えていたのは確かだ。
なので憂さ晴らしに暴れればこの気分も晴れるだろうと相手を挑発して、此方に伸ばされる手や刃を払いのけながら拳を叩き込み、膝や踵で止めをさす。

止めといっても殺すわけじゃあない。
精々動けなくする程度だから、憂さ晴らしを兼ねた、半ば遊びみたいなもの。
いくら町の外での殺しが罪に問われないとはいえ、皆殺しにすれば目立ってしまう。
それがまずいのは解っていたし、何よりカナが居たから殺すのだけはやめておいた。

カナは甘い。
優しすぎるともいえるその性格は、目の前の惨状を見せたら壊れてしまうかもしれないから。
僕の心情をいちいち気にしてコロコロと表情を変える彼女は、話を聞く限りとても平和な世界から来たようだし。

彼女が壊れれば計画が頓挫する。
だから目の前で殺すのだけは止めておこうと、そう思ったのがいけなかった。

「動くな!」

背後から聞こえた叫び声に反射的に視線を移せば、先程気絶させたはずの男がカナの口元を覆うようにして顔を掴み、首筋に刃を当てていた。
拳を引っ込めて、繰り出そうとしていた蹴りをどうにかとどめる。

カナは眉を顰め、何とか顔を掴んでいる腕を外そうともがいているが叶いそうにない。
というか刃物突きつけられてるんだから、人質らしく大人しくして欲しいんだけど。

「そうだ、動くな……やってくれたな、坊主」

倒れる盗賊たちを視線だけで見回した後、そう言って舌打ちをする男の顔に浮かぶのは、嫌悪。
腹に膝を叩き込んだはずだが、浅かったのかもしれない。
対人戦は久しぶりだったから少し加減が甘かったか。
そう考えると舌打ちしたいのはこっちだし、坊主呼ばわりされる義理はないんだけどね。

「手を上げて大人しくしろ。言うことを聞けばこの女の命は保障してやる」

予想通りの台詞に大人しく手を上げてやる。
しかし隙ができたらいつでも飛び出せるようにするのは忘れない。
此処でカナを殺されるなど冗談じゃない。

男は言うことを聞いた僕に満足したのか笑みを浮かべると、そのまま動くなよと念を押し、此方へと歩み寄ってきた。
それでもカナから手を離すことなく引きずるようにしてつれてくる辺り、根が小心者なのが目に見えるようだ。
というかカナをそんな風に扱うな、僕と違ってカナは脆いんだから。

胸の中に黒い感情がとぐろを巻くのを感じながら、近寄ってきた男が蹴りを喰らわせてきたのに対し、反射的に腹に力を込めた。
鈍い衝撃が全身を伝わり、一瞬息が詰まったが倒れるほどではない。

「ほぉ、倒れないとはな」

「鍛え方が違うんだよ……っ」

吐き捨てるように言えば、今度は罵声と共に背中に走る衝撃。
どうやら背後に居た別の人間に蹴られたらしい。
座り込むような真似はしない。そんな無様な姿、見せられるものか。

少しだけ咽ながら、この状態に泣いてやしないかと視線だけでカナを見る。
そこで僕は目を見開いた。
てっきり彼女は泣いているか、悔しさに顔をゆがめているものだと思っていた。
だって、カナは優しい人間だから、目に涙を溜めているのではないかと。
以前聞いた話ではローレライはカナの"狂気"が必要だって言ったらしいけれど、そんなもの欠片も見当たらない、甘くて優しい…。

人間だった、筈だ。

「……カナ?」

思わず名前を呼ぶが、当然返事はない。
男の腕を引き剥がそうとして居た筈の細い腕はだらりと降ろされ、その黒い瞳は玲瓏な光を称えていて…。
そんな瞳、僕は知らない。

コレは誰だ。
自分の背中に走るこれは何だ。

明確な答えを出す暇もなく、カナの手に杖が出現する。
その現象に男が慌てたらしく、瞬間的にカナの口を覆っていた手を外した。
それが、始まりだった。

『罪科よ』

「ぅ、うわあああああああぁあああぁあぁぁあ!」

唇から漏れた凍てついた言葉は、魔術を使う際の鍵となる異世界の言葉。
何度か聞いたことのある響きと共にトン、と杖が軽く地面を叩いた。
それだけなのに男は悲鳴を上げてカナから離れ、刀を落とし自分の手を握り締めている。
何が何だか解らない。
何も変わっているように見えないのだが、男は何かに怯えるようにして自分の手を握り締めたまま。

「うるさい……」

淡々としたカナの声に、ようやく先程自分を襲った感覚が悪寒であると気づいた。
けれど、気付いたところでカナは止まらない。

カナは杖を横薙ぎに振るうと、まるで縫い付けられたように男の口が閉じた。
情けないほどにボロボロと涙を零している男を、他の盗賊達は現状に着いていけないまま呆然と見ているしかない。

「いつまでそこに居るつもり?」

盗賊たちへと向けられた瞳はまるで何処までも無関心で、まるで地を這う虫を見るような瞳だった。
その声音はさっさと去れと告げている。
冷静なのはカナだけだ。
それが自分達にかけられた言葉だと気付いた盗賊達は大げさなまでにびくりと肩を震わせて、それでもカナに刃を向けた。

馬鹿な奴等。
お前達が今すべきことは、背中を見せて逃げ出すことだったのに。
どこか冷静な自分がこいつ等死んだな、と結論付けた。

事実、カナはゆっくり腕を上げると、先程よりも強く杖で地面を叩く。

『劫火ようねれ。
彼の者達を呑みこみ、魂までも焼き尽くせ』

聞きなれない響きは、きっと死刑宣告だったのだろう。
意味など解らずとも、それ位は理解できる。

案の定、カナの背後に炎でできた大蛇が出現する。
紅蓮の炎でできた大蛇は威嚇するように口を開き、細い舌をチロチロと動かし、そのまま盗賊たちに襲い掛かった。
人一人飲み込めそうなほど大きな口だと思ったが、予想通りとでも言おうか。
炎の大蛇は男達を丸呑みにしながら地を這い続ける。

大蛇が現れた時点で踵を返し逃げ出す者も居たが、大蛇は余すことなく呑み込んだ。
大蛇が通り過ぎた後には骨一つ残っておらず、焼け焦げた地面だけがむき出しになっている。
上げていた手を下ろしその様子を見ていたが、炎の大蛇は誰一人として残さない。
まるで劇か何かを見ているようで、その光景には現実味がない。

僕を取り囲んでいた盗賊達を余すことなく飲み込んだ大蛇は、腹が満たされたことに満足したようにカナの元へと戻っていく。
カナを拘束していた男だけが生き残っていたが、カナは杖でその男を指せば大蛇はまるで焦らすようにゆっくりと男に近寄っていく。
腰が抜けたらしい男は涙を流しながら逃げようとするが、勿論それを見逃すほど大蛇は優しくない。

長い胴で男の周囲をぐるりと囲み、先の割れた舌を男に近づける。
多分口が開くのならば泣き叫びながら命乞いをしていたのだろうが、カナが強制的に口を閉じてしまったためにそれすらも叶わない。

最初に彼等に抱いた苛立ちは、もう既に無かった。
哀れとも思わない。同情すら沸かない。
馬鹿だな、とは思うけれど。

『呑め』

短い響と共に、大蛇は音もなく男を丸呑みにする。
そしてじっと僕を見た後、まるで空気に溶けるようにして大蛇は姿を消した。



風が吹き、頬を撫でて草を揺らす。
何かの劇でも見ているかのようだった。
多分悲劇ではなく、喜劇の類を。

現実味がない光景に少しだけ呆然としていたが、杖を持ったまま動かないカナを見て慌てて駆け寄る。
呆然としている場合じゃない。
こんなことをするなんて思ってもみなかった。
カナの精神状態が心配だった。

カナは本来こんなことをするような人間じゃないことを、一緒に暮らしていた僕は嫌というほど解っている。
何処にでも居るような、ローレライに力を与えられただけの少女なのだ。
そんな少女がこんなことをしてしまった理由はきっと僕だ。

そんなの、痛いくらいに解ってる。
このまま倒れないか、激情に駆られて行った自分の行為を反芻し恐慌状態になるのではないか、不安が胸を満たしていた。

以前の僕では考えられないことだけれど、今はただただカナが心配だった。
が、意外なことにカナは何か眉間に皺を寄せて考えているようだ。

「……カナ?」

名前を呼べば、カナはすぐに此方を見上げてきて、こう言った。

「シンク、お腹見せて」

「……は?」

「蹴られてたでしょ! 青あざになったりしてない? 痛んだりしてない? 骨に異常は?」

え?僕?

矢継ぎ早に質問をされて、一瞬カナが何が言いたいのか解らなかった。
なのでコレくらい慣れっこだし、そんなやわな鍛え方はしていないことを告げると、途端によかったああぁと安堵の息を漏らす。
あまりにもカナが"いつもどおり"過ぎて、逆に僕の心配はじわじわと広がっていく。
本人も気付かないまま未だ興奮状態にあって、現実を認識できていないのかもしれない。

「ていうか……君は大丈夫なわけ?」

「私? 大丈夫だよ。あ、でも刃物当てられた部分がちょっとぴりぴりするんだけど、切れてるかな……見てくれる?」

どこかずれた回答をするカナは髪をかきあげて首筋を露にする。
その白い肌の上に一筋、赤い線が走っていた。
間違いなくあの馬鹿な盗賊のせいだろう。

「ちょっとね。でも浅いしすぐに治るでしょ」

「そっか、良かった」

「もう小屋に戻ろう。外は危険だ」

「そうだね。怒りに任せて魔術使ったから、ちょっと疲れちゃった」

「あれも攻撃魔術だよね?上級魔術?」

「ううん、アレは中級くらい」

……あれで中級なのか。
上級魔術を使われたら文字通り町が一つ吹っ飛びそうな気がする。
そのことに少しだけ冷や汗をかきつつ、杖を光の粒子に霧散させたカナの手を取る。

僕が手を握ったことに少しだけ驚いた顔を向けてきたが、その後に少しだけ頬を染めて握り返してきた。
ふにゃりと笑うカナの笑顔を見て、胸の中に救っていた不安が少しだけ霧散したような気がして、そのままゆっくりと歩き出す。

無言のまま、暫く草原を歩いた。
ゆったりとした歩調のおかげで、あんなことがあったというのにまるで散歩に出た帰りのような錯覚に陥ってしまう。

そもそもアレは、僕のせいだったとも思う。
もっと冷静に対処していればカナをちゃんと守れただろうし、あんなことをさせずに済んだ筈だ。
今は落ち着いているが、カナが今回のことで心に傷を負っていない筈が無い。

訓練された兵士でさえ、戦場では命を奪うことに躊躇する。
世界を憎んでいた僕とて、初めて人の命を奪ったときは震えたし、暫く悪夢にうなされた。
命を奪うという行為に慣れ、感覚を麻痺させることで兵士は罪悪感を薄めていくのだと思う。
自分の心を壊さないために。

訓練など積んでいないカナが、このまま壊れないとどうして言えよう?
そこまで考えると薄れていた不安が増大し、思わず足を止めた。
手を繋いでいたカナもつられて足を止め、どうして止まったのかと此方を見る。

「ごめん」

そう呟けば、カナの目が大きく見開かれた。

「…………シンクが、謝った……!」

「ちょっと、人が素直に謝ったっていうのに何その反応」

本気で驚くカナに、胸の中に渦巻いていた罪悪感が一瞬ぶっ飛ぶ。
謝った僕が馬鹿みたいじゃないか。

「いや、だってシンクが謝るなんて……」

「僕だって自分が悪いと思ったときは謝るさ」

「……シンクは何も悪いことしてないと思うんだけど」

「君を護りきれなかっただろ。君は弱い」

「そりゃあ防御力は紙だけどね……」

紙か。まさにそんな感じだ。
その例えに納得しつつ、カナがその場に座り込んだので僕も隣に座る。
小屋までもう少しだが、風が気持ち良いから外も嫌ではない。

何となく、手は繋いだままだ。
膝を立てて座れば優しい風が頬を撫でた。

「でも、シンクが謝らなきゃいけないことじゃないよ。むしろ守ってくれてありがとう」

「……結局、守りきれなかったじゃないか。君に人を殺させた」

「別にそれは良いよ」

あっさりと言われ、胸に渦巻いていた不安が爆発しそうになる。
まるで他人事のような言い方。

「っ……よくないだろ。
君は平和な世界から来たんだ、人を殺したのなんて……初めてなんじゃないの」

「そうだね。初めてだよ」

それなら、何故そんな平静で居られるんだよ。
口から飛び出しかけた疑問を何とか飲み込む。
カナの顔は何処までも穏やかなのに、どこか悲しさを含んでいる気がしたから。

「初めてなのにね……何でだろうね、何も感じないんだ」

その言葉も、どこまでも穏やかなまま。



そんな君、僕は知らない



シンクさん、絶賛混乱中


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