逆行させられました。(011)


※シンク視点

何故、こんなにも穏やかにいられるのだろう。
何故、彼女は何も感じないのだろう。

「多分、私は狂ってるんだと思う」

そんな事を、平然と言わないで欲しい。
隠しきれていない悲哀の色が微かに滲む声音は淡々としている。

「ローレライが言ってた。私の狂気が必要だって」

うん、それは聞いた。でも信じられなかった。
むしろ、それを聞いた時は鼻で笑った。
カナに狂気なんて似合わない。欠片すら見当たらなかったから。

「きっとこういうことなんだよ。
大事なもの以外、心底どうでも良いって思える私の性根のことなんだよ」

「……大事なものって、僕?」

「うん。だってシンクが居なきゃ、やだ。シンクが傷つけられるなんてヤダ」

「だから、怒ったの?」

「怒ったっていうか……何だろうね。
改めて考えると、怒りとはちょっと違ったんだと思う。
なんていったら良いのかな……きっと見切りをつけたんだ。
そんなことできる立場じゃないのに」

「見切り?」

「あぁ、こいつ等要らないな、って」

「……必要がないってこと? だから、殺そうと思った?」

「消せば良い、って思った」

そう語る声は少しだけ低い。
殺そうとすら思ってなかった。
単純に障害物としてしか、見てなかったのだろう。

自分の中での根本的な意識が、既に普通の人間と違うのだとカナは語る。
そして多分それは、僕から見ても間違っていないと思える。
人を屠る場合は殺すという、しかしカナにとっては消すという意識なのだ。

「何ていうのかな、こういうの。感情欠落者?社会不適合者?」

「……でも、ローレライはそんな君を必要とした」

「そうだね。頭のネジが吹っ飛んだ人間で無いと、世界は変えられないって事かね?」

苦笑するカナ。
どこか傷ついたような表情をしている。
やっぱり彼女は心に傷を負っていたんだ。
僕が予想していたのと、違う形で。

「そのために僕も居る」

「そうだね……でも、嫌じゃない?」

「誰に向かって聞いてるのさ。ヴァンも大概だったけど、君も張るよ」

「うわぁ、アレと一緒にされるって嫌なんですけど」

「一応元上司なんだけどね、アレ」

「私からすればラスボスなんだけど」

「あぁ、レプリカルークたちの視点から見ればそうなるのか」

「そうだよー。シンクだって物語の中では敵役だったんだから」

自分が普通じゃないと理解してしまったカナ。
その事に傷ついていて、軽口を叩きながらもどこか泣きそうだ。
こういう時、どうしたら良いか僕には解らない。
だってそんなこと知らない。教わらなかった。誰も教えてくれなかった。
知る機会もなかった。

「……でも、今は君の隣に居る」

だから、それだけの言葉を搾り出すとカナは少しだけ驚いた顔をした。
一体今の言葉の何処に驚く要素があったというのか。
しかしカナはすぐに表情を和らげると、僕の手を握る力をほんの少しだけ強めて、僕の肩に擦り寄ってくる。
何故だろう、なんだか胸の辺りがむず痒い。

「そうだね……ありがとう」

そんな言葉、言わないでよ。
優しくお礼を言うカナの何処が狂人なんだ。何処が壊れてるんだ。
でも僕はそんなカナに感じていた恐怖はもう欠片も存在しない。

僕もどこか壊れてるんだと思ってしまう。
それは仕方ないかもしれない。だって僕は劣化レプリカだ。
導師の力以外にも、壊れているところがあったっておかしくない。

でなきゃ説明がつかない。
さっきは恐怖を感じていたのに、少し触れただけで今は隣に居たいと、泣きそうなカナに笑って欲しいと思ってる。
こんなの、おかしいじゃないか。

「……首」

「ん?」

「首、帰ったら手当てするから」

「コレくらい良いよ。舐めときゃ治る」

自分の気持ちを誤魔化すために言った言葉に、何やら男前な台詞が返ってきた。
カナは変なところで気を使うから、今回もその類だろう。
そんな気遣いは不要だと言っても聞かないのがカナだ。
言っても聞かないなら、身体で覚えさせないといけないよね。

「ふぅん……そんなとこ自分じゃ舐められないよね。僕が舐めてあげるよ」

「は?」

呆然とするカナを抱き寄せて、仮面を取ってから首元に顔を埋める。
髪を掻き分けて既に血が固まりかけている傷口をぺろりと舐めた。

「ゃんっ……シ、シンク!」

「舐めときゃ治るって言ったのは君でしょ」

「そ、それは物の例えで!」

一瞬聞こえた声がなんだか可愛くて、もう一度舐めてやれば身体が跳ねて抗議の声が止む。
なんだろう、思ったよりも楽しんだけど。
顔を上げてカナを見れば、真っ赤に染まった困惑した顔があった。

何コレ可愛い。
カナってこんなに可愛かったっけ?

「も、もう!怒るよ!?」

「もう怒ってるくせに」

「誰のせいだ!」

「僕」

「解ってるなら止めろバカ!」

「ははっ」

ぷりぷりと怒るカナに思わず笑ってしまう。
ぺちぺちと叩いてくる手を受け止めてから抱きしめ、肩口に額を乗せて思い切り息を吸い込んだ。
うん、大丈夫。いつものカナだ。

「……シンク?どこか痛いの?」

突然黙り込んだ僕を不信に思ったのか、見当違いな質問を飛ばしてくるカナ。
不安そうに僕の服を弱々しく握ってくる。

カナは、確かに狂ってるのかもしれない。
むしろどこか欠落していると言った方が正しいだろう。
けれど根本は変わらない。僕とは違う、優しい……人間だ。

「何処も痛くないよ」

微かに香るのは洗剤と陽だまりの匂いで、それはカナの匂いだと一緒に寝てるから知りたくなくとも知っている。
いつからかその香りがとても落ち着くものだと知った。
時折混ざる花の蜜のような甘い香りだって嫌いじゃない。

「気分悪い?」

「別に。それよりそろそろ帰ろうか」

「? うん、解った」

僕の行動を理解し切れていないカナを解放して立ち上がる。
立ち上がる際に手を差し出せば、やっぱり少し照れたような顔をして僕の掌に重ねられる小さな手。
掌は水仕事のせいで少し荒れているけれど、それでも僕のものに比べれば柔らかい。
そのまま僕らは、手を繋いで小屋へと帰還した。



それからカナはすぐに夕食の準備を始めた。
気付かなかったけれど盗賊たちに襲われていたせいで大分時間が経っていたらしく、カナがキッチンに経ってからすぐに夕陽が沈み始めたのだ。

僕が仕事を請け負っているエンゲーブは農業をやってるだけあって朝が早い。
その分必然的に僕も朝が早くなるわけで、そうすると夕食の時間も早くなる。
だからいつものように、今日の夕食も早い。

「ねぇシンクー」

「何?」

夕食の準備(多分チキンのソテー)をしながら間延びした声が飛んできた。
ちなみに僕が何をしているかというと、ひらがなの練習。
僕に日本語の習得は難しいだろうと言われたのでだったらやってやろうと思い練習し始めたものの、これがなかなか難しい。
数が多すぎるのと勉強の時間が中々取れないのとで、あまり進捗していない。

「結局私って戦闘には参加しない方が良いのかな?」

その質問にひらがなの練習をしていた手を止め、考える。

「止めておいた方が良いだろうね。
音素の動きがない事に対して怪しまれるだろうし、何より加減ができてない。
味方識別もできてなかったみたいだし」

「まーきんぐ?」

「味方を識別して術技に巻き込まないようにするやり方のことさ。
それができない以上、君は非戦闘員で良い」

「はーい。でも非常時には私も動くからね?」

「それでも今日みたいなことはやめてよね。人に見られたら面倒だ」

「解ってますよー。で、これからのことなんだけどさ」

予想通り、今日の夕食のメインはチキンのソテーだった。
トレーに乗せた夕食を運びつつ、カナはつらつらと話し始める。
テーブルの上に運び込まれた夕食たちを展開して食事を始めながら、カナの考えた"これから"の予定を聞いていたのだが、大まかな流れは悪くない。
というか面白い。

自然と笑みが浮かんでしまう。
途中気に入らない過程もあったが、それも必要とあらば耐えようじゃないか。
幸い僕の隣にはカナがいるし、何よりその方が後の展開が面白そうだ。
きっとあちこちがてんやわんやになって、上から下への大騒ぎになる。

「君、僕が働いてる間にそんな事考えてたわけだ」

「私だって魔術の習得ばかりしていたわけじゃないからね」

いや、そこは集中するところなんじゃない?という突っ込みはこの際横に置いておこう。
カナの立てた計画はレプリカルークを救って欲しいというローレライの願いと、預言が捨てられ忌避される世界が見たいという僕の願いをうまく両立している。
というより、計画の中に僕の願いが組み込まれているといったほうが正しいか。

「それじゃ、それで行く?」

「いけるかな、参謀総長殿」

「充分いけるとおもうし、君の魔術があればどんなことでも成功率は格段に上がるからね」

「私の場合は何でもありなところがあるからね!」

「今思うと結構ずるいよね、魔術って」

「ありがと」

「褒めてないよ」

軽口を叩きつつ、頭の中に出来上がった大きな流れを反芻する。
六神将をやっていた頃の流れに沿って考えてみるが、大きな矛盾は見つからない。
微調整は必要だろうが、例え道を踏み外しても修正が可能だろう。

「シンク、笑ってるよ。楽しいの?」

話すことに夢中になって箸が進まなかったカナもようやく食事を終えたらしく、そう問いかけてきた。
楽しくないわけがない。
それを理解した上で聞いているのだろう、カナも意地の悪い笑みを浮かべている。
なので僕も当たり前のことを答えた。

「君が世界をひっくり返すと思うと、ね」

「違うよ。二人で世界を引っ掻き回すんだよ」

成る程。その切り替えしにははっと声が漏れる。
くすくす笑うカナを見て、僕もつられてまた笑った。




手を繋いで




まだくっついてはいないけど、ちょっとくらいは甘く…!と頑張っても此処までしか進歩しない二人。
夢主はともかく、シンクは恋愛方面に対して絶対鈍いと思うんです。
それにしても進まない…orz


前へ | 次へ
ALICE+