知られざる歴史と守護者達。(015)


※シンク視点

ソイルの木がこの外郭大地を浄化するための重要な存在であるということが解り、僕達はソイルの木を治すために動くことを決めた。
最初はほっとけばいい、と思ったのが"そうは問屋が卸さない"とはカナの言葉である。
ちなみにどこの問屋だという質問はスルーされた。

「でも前回は無事だったんだ。僕達が何も手を出さなくても平気なんじゃないの?」

「勿論その可能性はあるよ。けど今回は私達という異分子が存在している以上、ND2018に外郭大地を一斉降下できるとは限らない。
それまでソイルの木が持つかどうかなんて保証はない。

そしてもう一つ。シンクの逆行と私の召喚、これを行ったのはローレライで、現在ローレライは地殻に眠っている。
もし私達を呼び出すことにローレライが大量の第七音素を使用していたら」

カナは意味深に言葉を切る。
しかし最後まで言われずとも意味が解り、僕は無意識のうちに舌打ちを漏らしていた。

「まずいね。もし大量の第七音素を使用していたなら、前回の時に比べて地殻の振動もソイルの木への負担も格段に増してることになる」

「そう。この二つの懸念がある以上、無視するのは得策じゃないんじゃないかと思うんだけどどう思うよシンク」

「確かにね。無視して後でしわ寄せが来るなんてごめんだ。時間があるうちに問題の芽は摘んでおくに限る。
とはいえ……面倒だね」

「全くだ。問屋もとっとと店を閉めれば良いのに」

だから問屋ってどこ。
ため息交じりのカナの台詞に突っ込めば、やっぱりその答えは返ってこなかった。



翌日、午前中のうちに僕達はセントビナー軍基地を、正確に言うならばマクガヴァン元帥の元を訪れた。
ソイルの木の本格的な分析許可を得るためと、マクガヴァン元帥が行っているソイルの木の資料の閲覧を求めるためだ。
応接間に通された僕達は、30分ほどでマクガヴァン元帥と面会をすることができた。

「待たせてすまんの。生憎と仕事が立て込んでおってな」

「いえ、コチラこそ突然お邪魔して申し訳ありません。お忙しいのにただの旅人である私達のためにこうしてお時間を取って頂き、ありがとうございます」

「ほっほっほ。そう固くならんでもよい。して、ソイルの木の話、だったな」

本来ならばアポを取って出直して来いと叩き返されても文句は言えないというのに、こうして面会が叶ったのはやはりソイルの木の件があったからだろう。
案の定、元帥も挨拶もそこそこにすぐに本題に突入している。
カナもカナで僕の前では見せない、どこか緊張した面持ちでその言葉に頷いていた。

「はい。昨日いただいた枝を宿屋で調べてみた所、ソイルの木の特性が解りました」

「特性、とな?」

「そうです」

元帥の瞳が探るようにカナを見つめる。
元帥にどこまで話せば信頼を得られるか、それは既に話し合ってある。
嘘をつく、という選択肢は初期のうちに却下された。

相手は僕らより何倍もの時間を生きている老人。
下手に嘘をついてそれを見破られれば、後々宜しくない結果になるのは目に見えている。
だから僕達は真実を話す、という選択肢を選んだ。
勿論全てでは無く、信頼を得られそうな部分を、だが。

「ソイルの木は大地の浄化作用を持つ巨木なんです。大地の穢れを吸い上げ、それを清めた後清浄な音素として循環させています。
しかし今のソイルの木には負荷がかかりすぎているんです。それがソイルの木の能力を衰えさせ、結果枯れ掛けているんじゃないかと」

「負荷じゃと?」

「ホド戦争です」

カナが短く断言すれば、元帥が小さく息を呑むのが解った。
そして肩を下ろしたかと思うと、小さくそうか、とだけ呟く。

「しかしホド戦争から5年は経っておる。何故今になって…それに関しても説明はつくのか?」

「負荷がかかりすぎているという推測が事実であるのであれば説明は可能です。

一つ目は、穢れが大きすぎるという点。
人が流した血を吸い上げた大地は穢れそのものであり、ホド戦争で流れた血の量が多すぎたために、浄化にかなりの力を使っています。

二つ目は、ホドが崩落したことです。
ホドが崩落したことで大地の循環に歪みが生まれ、循環機能が正常に作動してないようです。これがまた負担を大きくしています。

そして三つ目は、ホド戦争で多くの音素が消費されてしまった点。
それを補うために今もまだプラネットストームは活性化を続けており、そのため循環の流れが非常に速くなってしまっている。

どれか一つだけであったならば時間をかければ何とかなったのですが……三つも重なってしまえばそれは抱えきれない重荷になります。
だというのに、ソイルの木はそれでも己の役目をまっとうしようとしているんです」

指を一本ずつ立てて淡々と説明するカナに対し、マクガヴァン元帥の顔はどんどん沈んでいく。
そして最後まで説明を聞いた後、深く長い……重く苦しいため息を吐いた。

「ソイルの木は、我々人間の犠牲になろうとしているということか」

「……はい」

「何とか……何とかならんのか?ソイルの木が無くなれば多くの人間が困窮する。セントビナーも城塞都市としての役目を果たせなくなってしまう。
いや、それが無くともこの街の人間はソイルの木に多大な恩恵を受けてきたのじゃ。あの木が無くなれば多くの人々が悲しむ」

「今回面会を申し出たのはその件に関してです。先日頂いた枝だけでは解らない点がいくつかありました。なので今回はソイルの木本体を直接調査する許可を貰いにきたんです。
それとマクガヴァン元帥が研究されていたというソイルの木の資料を見せていただきたい」

「それでソイルの木が治るのか?」

「それを判断するための調査です」

カナがきっぱりと言い切り、元帥は眉を顰めて口をつぐんだ。
数秒の沈黙の後、元帥は意を決したように顔を上げる。

「その調査でソイルの木を傷つけたりなどは?」

「するつもりはありません」

「解った。すぐに資料を届けさせよう。宿屋に運べば良いかの?」

「お願いします。私は今からソイルの木に向かいます」

「了解した。……ソイルの木を、頼む」

元帥の言葉にカナは頷き、それでは失礼します、と言って立ち上がる。
僕もそれに従い立ち上がり、ドアへと向かうカナに続く。
しかしカナはドアの前で止まると、元帥を振り返り少し情けない顔で口を開いた。

「あの、一つお願いが」

「何かの?」

「私の持つ技術は非常に珍しいものでして、あまり人の目に触れさせたくないんです。どこか人の目に着かない場所があれば、教えていただけませんか?」

「木の上に登ればよかろう。あそこまで登るのはワシくらいなものじゃ」

元帥にあっさりと言われ、カナは言葉を詰まらせる。
降りるときのことを考えているのだろう。もしかしたら今度は登るのも躊躇するかもしれない。

「……りょ、了解、です」

がっくりとうなだれながら、カナは何とかその言葉を吐き出した。
僕はソイルの木を前にしてやっぱり怖いと言うカナを思い浮かべ、そうした場合はどうすべきかと思案する。
……登る時は背負うか、肩に。

結果、僕の懸念は当たり、カナは僕に担がれてソイルの木に登ることになった。





   □ ■ □





「一個思うんだけど」

「何?」

「夜に調査すれば人目に晒されなかったかなって」

「何を今更」

「気付いてたのなら教えてよ!」

「どっちにしろ枝葉を調べるなら上に登らなきゃいけないんだから、諦めたら?」

「シンクの馬鹿!意地悪!」

「解った。降りるときは一人で降りな」

「ごめんなさい。私が悪かったです」

あっさりと掌を返したカナに、僕は一つため息をつく。
現在カナの周囲には薄水色の半透明な板のようなものが大量に浮遊していた。
そこに書かれている文字はやっぱり僕に読むことはできず、第三音素を操り高所特有の強風を和らげる以外特にやることはない。

「それで、何か解った?」

「今の所ソイルの木に関しては収穫はないかな」

カナの視線はせわしなく動き回っていて、板の上を滑るように流れていく文字を物凄い速さで追っている。
小屋に居た時もそうだった。カナが文字を読むスピードは異様に速い。
これが無ければ魔術を習得するのにまだ半年か一年はかかっていただろう、というのが僕の感想だ。
それよりもカナの言葉に引っかかりを覚えて、僕は疑問を素直に口にする。

「ソイルの木に"関しては"?それ以外なら収穫があったわけ?」

「まぁね。というか、シンクに突っ込まれないってことはもしかしてシンクもまだ気付いてない?」

「何が?」

「どうして魔術回路がソイルの木に存在するのか、っていう点だよ」

「昔の人間が魔術をかけたからでしょ?」

「そう。つまり昔は魔術がこのオールドラントにも存在した、ということになる。それなのに何故現在魔術は存在しないのか。そもそも魔術とはいつの時代の技術なのか。
これだけ万能的な技術なんだ。技術が滅んでいたとしても伝承くらい残っていても良いはず、なのにシンクは知らなかった。
つまり魔術は歴史の闇に沈められた技術である、ていうのが予測できる」

難しい顔で告げられたカナの言葉は、僕が予想だにしていなかった憶測だった。
むしろ何故今まで気付かなかったのか。つい先程までの自分の頭を殴りたくなってしまう。
何だかカナに出会ってからこんなことばかりだ。
……カナに影響されてるのか。ちょっと気を引き締めよう、うん。

「それに関してソイルの木を調べて何か解ったわけだね?」

「そう。この魔術回路が構築されたのは2000年前、ちょうど外郭大地が出来上がったあたりだから、創世歴時代には魔術という技術が存在していたことが解る。影か日向なのかは解らないけどね」

「じゃあソイルの木は創世歴時代から存在していた?」

「みたいだね……あった」

板の上を走っていた文字の動きが止まる。
カナは食い入るように板に浮かび上がる文字を見つめ、なにやらぶつぶつと呟き始めていた。
紙とペンを手繰り寄せ、滑るように動いていくペンが日本語をつづっていく。

「シンク、世界地図ある?」

「ないよ。そんなもの」

「ちっ」

「舌打ちしたね、今」

「気のせい気のせい」

棒読みで言ったカナは再度文字を追い始め、少し荒れた指が絶え間なく板の上を走り始めた。
次々に切り替わる内容に本当に読めているか疑わしくなるが、それも5分ほどで終わる。
薄水色の板を掌で撫でれば途端に板達は姿を消し、カナが立ち上がって伸びをしたことで作業が終了したことがわかった。

「何か解ったの?」

「やっぱり浄化作用に負担がかかりすぎてるね。魔術回路が焼ききれるのも時間の問題だよ。
気休めにしかならないだろうけど植物活性剤を作って一時的にソイルの木に与えるよ、一次しのぎくらいにはなるはずだから。
それから根本的解決に動かなきゃいけないわけだけど、欲しい情報は手に入れたから薬ができ次第すぐに動くよ」

「何する気?」

「ソイルの木にかかっている負担の分散。
昨日ソイルの木以外にも同じ役目を持っている木がある筈だって話したでしょう?それを作る、もしくは復活させる。これはその木があったであろう場所を示した場所ね」

そう言ってカナは先程何か書き込んでいた紙をひらひらと見せ付けた。
成る程、場所さえ解ってしまえば後は魔術でどうにかするということか。
僕は納得した後、それならばと後片付けを手伝い、荷物を収めたカナを抱き上げる。

「ちょ、何この体勢?」

「決まってるだろ。降りるんだよ」

「は?ちょ、まさか……また、っ!」

「そのまさか。ほら、舌噛まないように口閉じてな」

「まっ、の、みぎゃああああああぁぁぁあああぁ!!」

問答無用、と僕は顔を青くさせるカナ構わず飛び降りる。
浮遊感を全身に感じながら、相変わらず可愛くない悲鳴に眉を顰めるのだった。


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