知られざる歴史と守護者達。(016)


今後の方針を決めた私達は宿屋に戻り、まずはマクガヴァン元帥の用意してくれた資料を読み込むことにした。
どんな手がかりも無駄にするわけにはいかないと目を通し、全て頭に叩き込んでおく。
その間にシンクには植物活性剤の調合を頼んでおいたのだが、何やら酷く慎重な手つきで調合していたのに少しだけ笑いそうになってしまった。

確かに調合時の分量を間違えると大変なことになるけど、0.1mgまで気にしなくて良いと思う。
以前から感じていたことだが、シンクは少しばかり完璧主義の気があるらしい。
大雑把な私よりよっぽど調合関連には向いてる気がする。

「ねぇ、何かすごい色してるんだけど」

「ん?大丈夫大丈夫」

「……すごい匂いしてるんだけど」

「大丈夫大丈夫」

「……煙出てきたんだけど!?」

「ンじゃさっきすりつぶした奴入れて。全体的にまぶすような感じでね」

「入れて良いの!?入れるよ?!入れるからね!?」

「大丈夫大丈夫。入れたらゆっくりかき混ぜて。そのうち色が変わってくるから、渋い緑色になったら火を止めてね。完成だから」

「爆発したりしない?」

「今入れなかったら軽い爆発が起きるかもね」

私の言葉を聞いたシンクは慌てて先程すりつぶした実をなべの中に放り込む。
まぶすようにって言ったのに、聞いてなかったのか。
煙が徐々におさまってきたことにホッとしたらしいシンクは、私の指示通りひたすらお玉でかき混ぜ始めた。
ちなみに宿屋のキッチンを借りて作っているのだが……匂い、染み込まないといいな。

そうして完成した植物活性剤は、渋い緑色をしたドロっとした液体だ。
瓶に入れて蓋をし、用量用法などを書いた紙や手紙一緒に元帥に届けてもらうよう宿屋の主人に頼んでおく。
憲兵さんを呼んで資料を回収してもらい、私とシンクは宿屋をチェックアウトした。

「で、どこに行くわけ?」

「まずはチーグルの森だね。その後メジオラ高原と、イニスタ湿原とダアトかな」

「また遠いね……そこにソイルの木を植えるわけ?」

「そう。ソイルの木を調べたらそこにつぼがあるのが解ったからね。そこに魔術回路を仕込んだ木を植えるか、もしくは元々ある木に魔術回路を仕込むことでソイルの木の負担はぐっと減る筈だよ」

そして周囲の環境もまた、変化が訪れるだろう。
ダアトは更に緑豊かに、イニスタ湿原は湿地帯が減少し、メジオラ高原も多少なり緑が増えるに違いない。
それだけ魔術回路を仕込んだ木があると言うことは周囲に影響をもたらすものなのだ。

「それじゃあまずはチーグルの森だね。こういうとき一足飛びで行けるってかなり楽だね」

「まぁね。青い狸になった気分だけど」

「お腹にポケットがついてる奴?いい加減気になるんだけど、何それ」

「……ネコ型ロボット、いやネコ型譜業?」

「余計解らなくなったんだけど」

セントビナーを出て、扉を開くために人気のない場所へと二人で歩く。
私はシンクの呟きにちょっと考えてから、青い狸がなんたるかを説明するために口を開いた。

「青色の身体をしててね、身長は129.3cmで体重も129.3kgな未来から来たロボットなんだよ。こんな顔してるの」

まるかいてちょん、まるかいてちょん。
なんて口ずさみながらその辺にあった棒切れを拾い、地面に青い狸を書いていく。
うむ、我ながらうまくかけたと思う。
シンクはその絵をまじまじと見ると、腕を組んで限界まで首を傾げていた。

「青い狸でネコ型譜業なんだよね?耳ないじゃん」

「耳はね、昔ねずみにかじられちゃったんだよ。だからネコ型でもねずみが大嫌いなの」

「かじられたって……欠けたってこと?」

「そう」

「すごいねそのねずみ。人も殺せるんじゃない?」

故郷の国民的アニメの話をしてるのにそんな殺伐とした言葉を使わないで欲しい。
他にも三日三晩泣き続けて声がガラガラになっちゃったんだけどそれが妙に定着してたとか、本当は黄色いボディだったんだけど暴走してメッキが剥がれて青色になっちゃったとか、話そうとしていた内容を無理矢理飲み込む。
何を言ってもそっち方面に持っていかれそうな気がするからだ。

「ここら辺で良い?」

「そうだね。じゃあ行こうか」

話を切り上げて扉を開き、チーグルの森へと一歩で移動する。
闇色の扉をくぐれば、そこは既に森の中。目の前にはソイルの木に並ぶとも劣らない大木が聳え立っていた。
その気にはうろがぽっかりと開いており、確か中にチーグルが居たよなーとか考えながらも木に近付く。

「これ、チーグルの住処か」

「知ってるの?」

「情報だけはね。一応教団の聖獣だから」

「なるほどね」

「この木に魔術回路を仕込むわけ?」

「そう」

大木を見上げるシンクとそんな話をしながら魔術回路を形成しようとしたら、ふと気付いた。
チーグルの木にも魔術回路が組み込まれているのだ。
ソイルの木に組み込まれていた魔術回路についての資料を引っ張り出し、見比べてみる。
すると所々回路がおかしなことになっていて、同じ魔術回路なのにきちんと作動していないのが解った。
組み込んだ人間はきちんと確認しなかったのだろうかと首を傾げたくなる。

「この木にも魔術回路が組み込まれてるね」

「同じ奴?」

「そう。だけど所々ミスがあるからちゃんと作動してない。多分修正すれば使えるんじゃないかな」

私が修理を始めると、シンクは木にもたれてボーっとし始めた。
多分護衛をしてくれているのだろう。穏やかとはいえここも魔物の住む森だ。
早めに済ませるに越したことはない。

欠けている情報を注ぎ足し、絡まった糸を解くように回路のミスを修正していく。
修正した箇所が正常に作動すれば、木管を鳴らしたようなぽぉんという音がする。
その音は何故か耳に心地よく、私は周囲の状況など忘れてひたすら修正作業に没頭した。

それからどれほどの時間が経ったのだろうか。
最後の箇所を修理したとたん、魔術回路が正常に作動することを告げるかのように淡く光り、軽やかなメロディが流れる。
大木が脈打ち、その静脈から根の隅々までに魔力がいきわたるのが解った。

「……今、木が脈打った?」

「あれ?シンクもわかった?」

「うん。存在感が増したって言うか、何か感じたよ」

仮面を着けたまま木を見上げるシンク。
木に触れればとくとくと脈打っているのが解って、その力強さにこれならソイルの木の負担も減るだろうと胸を撫で下ろす。
その時、うろの方から老人のような声がした。

「そなた達か、この木を治したのは」

金色の輪っかを抱えた、紫色をしたチーグル。
あの目を隠している毛は眉毛なのだろうか。とにかく年寄りぜんとしたチーグルだ。
ストーリーははっきりと覚えていないが、最初チーグルの森に来た時このチーグルにはいらだった記憶しかない。

「そうだけど、何?」

なので警戒を込めてそう答えれば、そのチーグルはくるりと背を向けて中に入るがいいと言ってきた。
会話が成り立たないのは魔物故か。何か上から目線で非常にむかつく。

「どうする?」

「危なくなったらボコせばいいだろうし、良いんじゃない?」

シンクの答えにそれもそうかと納得し、私とシンクはうろの中へと足を踏み入れた。
途端色とりどりのチーグルが足元一杯に広がり、こいつ等が散々甘やかされてきた生き物だと知る。
保護色とかこの生き物には関係のない話に違いない。
その中央に居るのは先程のわっかを持った長老っぽいチーグルで、私達が入ってきたのを見るとようやく説明を始めた。

「2000年前、我らはユリアと契約した。そしてユリアが死する時、我らはユリアと新たな一つの契約を交わしたのだ」

「契約?」

「そうだ。いずれこの木に組み込まれた回路の修正を行えるほどの力を持った魔女が現れる。
その魔女に鍵を渡して欲しい、とな」

「鍵って、ローレライの鍵?」

「そうではない。これだ」

シンクの問いかけを否定した長老は他のチーグルに箱を持ってこさせる。
簡素な木の箱を渡され、受け取って開けてみればそこには赤銅色に流線のラインが入った短刀が入れられていた。
試しに持ってみるが、それほどの重さはない。
刃も潰されていて武器として扱えるか怪しいことこの上ない短刀だ。

「これが、鍵?」

「そうだ。古の契約、確かに果たした。行くがよい、最後の魔女よ」

だから、何でそんな偉そうなんだ。
その言葉をぐっと飲み込み、折角くれると言ってるんだからと短刀を貰う。
正直契約についてはさっぱりだったが、そこはユリアとチーグルの間に交わされた契約だ。
そこまで突っ込む必要も無いだろうし、何よりはっきり言ってこの長老もどきがこれ以上教えてくれると思えない。

なのでそのままチーグルの住処を出た私達は、幸い日が落ちるまでまだ時間があるのでもう一箇所くらい回ってしまおうという話になった。
メジオラ高原へと飛び、そのままツボの部分にソイルの枝を植える。
シンクが周囲を警戒してくれている間に私は杖を取り出し、魔術を発動させるために精神を集中させた。

『罪科よ、咲き開け』

遠くから咆哮が聞こえる。
危険な魔物が居るかもしれない。

『雄大なる大地と清純たる聖水を糧に昇華せよ。
太陽と月は平等に汝らを照らす。
時を冒涜する代償として我が魔力を捧げよう』

パキリ、と小さく音がした。
何かが割れる音。それは多分罪を犯した証の音だ。
ああ、地鳴りが聞こえる。

ごっそりと魔力を持っていかれて一気に身体が重くなるが、気にしては居られない。
私は続いて別の魔術を発動させるための詠唱を始めた。

『息吹け、芽吹け。
領域を創造せよ。ここは汝らが楽園にして終なる住処。
大地に根付き連綿と続く生を育め』

最後に、杖を地面に打ちつける。
二つの魔術を同時に発動し、杖を打ちつけることをトリガーにして展開させたのだ。

一つ目の術は、持ってきたソイルの枝を強制的に成長させる術。
成長するための栄養源として私の魔術をごっそりと持っていかれる術でもある。
二つ目の術はその周囲に他の草花を生み出し、植物が生きていけるスペースを作り上げる術だ。

いくらソイルの木が頑丈でも、たった一本だけではいずれ枯れてしまう。
だから他の草木を同時に植えることにより、砂漠にあるオアシスのような空間を作り出すことでその領域を確保したのである。
草花はソイルの木の加護を受けて成長し、ソイルの木は他の草花に囲まれて枯れにくくなるだろう。

枝が伸び、太さを増して幹となり、みしみしと音を立てながらあっという間に大木となってく。
僅かな地鳴りを伴いながら根が盛り上がって大地を割り、成長の妨げとならないよう私は数歩下がった。

「カナ、やばいよ!」

「何?……うぉ!?ティラノサウルス!?」

「違う!ブレイドレックス!」

シンクに声をかけられて振り向いた私は、反射的にそんなことを叫んでいた。
驚く私に対し、シンクが律儀にも訂正をかける。
正直に言えばどっちでもいい、というのが本音である。

先程から続いている地鳴りはソイルの木が生長している余波だと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
魔物というより恐竜といった方がしっくりくるような強大な生き物が、リズミカルな足音もとい地鳴りを立てながらコチラへと走り寄ってくる。

「ちょ!?ええぇえぇ!?何でこっちくんの!?」

「知らないよ!逃げるよ!」

「え!?まだ回路組み込んでない!」

「そんなの後でも良いだろ!」

「駄目だよ!回路組み込まなきゃあっという間にアレの餌食になっちゃう!」

腹どころか全身に響く咆哮を上げながら、ブレイドレックスはこっちに走り寄ってくる。
シンクは渋る私に舌打ちをすると、私を抱き上げて思いきり走り出した。

「扉は作れる!?」

「つ、作れる!」

腕に覚えのあるシンクが真っ先に逃げ出すほどの敵。
流石にマズいというのは理解したので私は魔術回路を仕込むのを諦めて扉を開こうと杖を構えた。
が、私がぐずったのがいけなかったのだろうか。それとも相手の足が早すぎたのか。
それとも両方なのかもしれない。

いくら素早さに定評のあるシンクといえど所詮は人間。
いつの間にか背後まで来ていたブレイドレックスに前へと回りこまれ、シンクは足を止めて歪に笑った。

「……これはやばいかもね」

絶体絶命だというのに、ヤバイの一言で済ませないでほしい。
はは、と笑みを零しながら私はシンクにしがみつくのだった。


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