知られざる歴史と守護者達。(017)
咆哮が響く。
それだけで全身がビリビリと痺れ、耳が馬鹿になってしまいそうだった。
見上げるほど巨大で強大な、怪獣と称したほうがしっくり来る魔物。
獲物を追い詰めるように、一歩、また一歩と私たちに近付いてくる。
「……隙を突いて逃げるよ。いつでも扉を開けるようにしておいて」
シンクに言われ、私はシンクにしがみ付きながらこくりと頷く。
自分の中で魔術を組み立てながら何とか隙を伺おうとブレイドレックスを凝視していたのだが、何故か違和感を感じた。
ブレイドレックスはただキラキラとした瞳をコチラに向けているだけで、攻撃してこようとしないのだ。
咆哮こそ上げるものの、敵意らしいものを感じない。
攻撃を仕掛けてこないのは、てっきりシンクの強さに警戒しているのだと思っていた。
もしくは獲物をなぶるつもりですぐさま攻撃してこないだけなのかと。
けどこれは違う。
何故かそう思えて、じっとブレイドレックスの瞳を見つめる。
再度咆哮が響き渡り、シンクが歯噛みしながら一歩下がったところで私は一つの魔術を使うことを決めた。
『罪科よ、咲き開け』
「……カナ?」
『言の葉は意思にして思いを紡ぐ。
我等を隔てる壁を打ち壊し、心を通わせることを許したまえ』
扉を生成する魔術で無いと気付いたらしいシンクが怪訝な顔でコチラを見上げてくる。
杖をブレイドレックスに向ければ、ブレイドレックスは地響きを立てながら歩み寄ってくる。
シンクが下がろうとするのを止め、私は杖の先でそっとブレイドレックスの鼻頭を叩いた。
ついでにシンクの頭も叩いておく。
『魔女、魔女だよね?』
咆哮が響いた。
同時になにやら可愛らしい幼女のような声が頭の中に響いてくる。
シンクはまるで酢でも飲んだような顔で目を白黒させたあと、どういうことだと私を見上げていた。
「……何したわけ?」
「えっと、言葉が通じるようになる魔術を使ったんだけど」
『魔女だよね、魔女でしょ?』
「あ、うん。魔女ってか魔術師だよ」
『そうだよね、やっぱり魔女だよね。魔女だと思った。魔女だって思ったもの』
可愛らしい声が頭の中に響く度に、耳に届く低い唸り声。
シンクは複雑そうな顔をしながら私を降ろしてくれて、私は恐る恐るブレイドレックスに近寄った。
「えっと……何か私に用があるんだよね?」
『うん、魔女にね、お願いがあったの。お願いをしたくてね。魔女を探してたの。そしたら魔女が来たの』
「何か見た目と声のギャップが半端ないんだけど。ホントにこれの声なわけ?」
「……女の子なのかねぇ??で、お願いって?」
ブレイドレックスを見上げながら問いかければ、かぱりと人一人が飲み込めそうな大きな口が開けられる。
シンクが警戒を表したが、唸り声と共に再度頭の中に声が響いてきた。
『あのね、変なの飲み込んじゃったの。何か変なの。それが痛いの。変なのは痛いし、美味しくないし、ちくちくするの。だから取って!』
「……私が?」
『ちくちくするの。ちくちくすると苛々するの。魔女でしょ?魔女だよね?魔女なら取れるでしょ?』
……何か魔女何だから取れねぇとはいわせねぇぞゴルァって言われてる気分なのは私だけだろうか。
とりあえずブレイドレックス、略してブーちゃんが言うチクチクするもの探すために、ガパリと開けられた口の中を覗き込む。
喉の奥のほうに何か硬質なものがちらりと見えて、シンクを呼んで再度確認すれば間違いないとの事。
『ねぇ、ちくちくするのあった?痛いのあった?あったよね?』
「あぁ、うん……あれってさ、剣だよね?」
「剣だね。剣飲み込んでちくちくするって……」
警戒心も吹き飛んだのか、どこか呆れたような声のシンクに心底同意だ。
一体ブーちゃんの身体はどうなっているのか。
『取れる?取れるでしょ?』
「取れる、と思う」
「どうやって取るのさ?」
「セントビナーで小屋に置いてあった本を魔術を使って持ち出したでしょ?あれと同じ要領でやればいけると思うんだけど」
とりあえずブーちゃんに口を閉じてもらい、ちょっと待っててねと念を押してから魔法陣を組み立ててみる。
口の中に入って取るという選択肢は端から無い。
そんな恐ろしいことを誰がするか。
何かぬめっとする剣を取り出すときに一段と低い唸り声が聞こえたが、頭の中で何か痒い、むずむずする、と聞こえたのでスルーする。
唸り声と幼女の声のギャップのせいで物凄く複雑な気分が未だに消えない。
せめて低いおじさんの声だったらまだ良かったのにと思いつつ、私はぬるぬるする剣を何とか取り出した。
「取れたよ。これだよね?」
『ホント!?ホントだ!チクチクする奴取れたね!取れたんだ!』
喜びの咆哮なのだろうか。
唸り声ではなく耳が馬鹿になるような大音量が響き渡った。
シンクにぬるぬるする剣を渡し、ぼろきれか何かで拭いてもらう。
嫌そうな顔すんな、私だって嫌だわ。
『良かった。魔女が来て良かった。あの木もそうだよね。魔女が作ったんだよね。魔女だもんね、作ったんでしょ?』
「そうだね。ブーちゃん、あれ食べないでね?大事なものだから」
『ブーちゃん?ブーちゃん?わたしブーちゃん?』
「うん、ブーちゃん」
『そっか、わたしブーちゃん!大丈夫だよ、あの木はちゃんと守るよ!守るからね!約束だよね!約束は守るよ!約束だもんね!』
「そうだね、約束は守らないとね」
何か凄く幼い子供と話しているように感じるかもしれないが、同時に大音量の咆哮だったり低い唸り声だったりが耳に届くので全然そんな事はない。
ブーちゃんも木を守ると言ってくれたし、私とシンクは先程の木のところに戻り、ようやく木に魔術回路を仕込む作業に入ることができた。
「……何か、君といると常識がどっか行きそうだよ」
「えー?戦闘にならなくて良かったじゃん」
「そうだけどね。しかもここで寝るし」
回路を形成する傍ら、お昼寝するの!と元気よく宣言して腹を出して寝始めたブーちゃん。
シンクはそんなブーちゃんを見てため息をついていたが、ため息の理由はよく解る。
腹出して寝るとか、お前は警戒心と野生の心を忘れた室内犬かと私も突っ込みたかった。
「まぁほら、言うじゃない。今日の非常識は明日の常識って」
「こんなのが常識になってたまるか!」
……それもそうだ。
自分で言っておきながらシンクの突っ込みに心底同意してしまった。
「でもブーちゃんが木を守ってくれるって言うならこれほど心強いものは無いでしょ」
「確かにね。これでココの木は安全が保障されたも同然だし」
「ね。後はイニスタ湿原とダアトか。
……イニスタ湿原にも何かでかいの居なかったっけ?」
「……ベヒモス?」
「何かそんな奴」
「……まさかこれと一緒とか言わないよね?」
回路を形成し終わり、軽快なメロディが流れる。
無言でシンクを見上げれば何とも言いがたい表情をしていた。
幼い声で拙く話すベヒモスでも想像したのだろうか。
ブーちゃんに挨拶して、私達はメジオラ高原を去る。
もしやという思いとまさかという思いをない交ぜにしながら向かったイニスタ湿原では、やっぱりベヒモス改めてベー君とお友達になるのだった。
『大丈夫です。ちゃんとまもるです。守れるです。ご安心を、です』
「ねえ、デカイ魔物って実は全部こうとか言わないよね?」
「私に聞くな」
イニスタ湿原でも無事作業を終えた翌日。
ダアト、正確に言うならばパダミヤ大陸の山奥には、人にこそ知られて居なかったもののやっぱり巨大な魔物が居た。
人がつけた名前が無いために呼び方が困ったが、ブーちゃんベー君ときたらやっぱりボーちゃんだろうと言えばシンクにアホかと言われてしまった。何故だ。
極彩色の巨大な怪鳥のような見た目をした魔物である彼女は、ブーちゃんやベー君に比べて随分と大人のようだった。
もっとも、ギュェッギュェッと鳴きながら頭に響いた声から判断しただけだったが。
『ご足労感謝します。オールドラント最期の魔術師よ』
「えっと、ご丁寧にどうも?」
『ココに木を植え、回路を形成するのでしょう?
過去に交わした約束に基づき、その木は私が守りましょう』
優雅に羽を畳み、彼女は言う。
というか凄く綺麗な声で丁寧に話してくれるので、ボーちゃんなんて呼べない。
呼んだら凄く失礼な気がする。さてどうしたものか。
私が悩んでいるとシンクが会話を引き継いでいてくれた。
「約束、ってどういうことさ?」
『遥かな過去、私達巨獣は人に創られたのです』
彼女がそう言った時、少しだけ瞳が悲しさを孕む。
しかしその色はすぐに消え、彼女が語ってくれた話はこれまた荒唐無稽なもので、私が知っているオールドラントの常識を覆すものだった。
彼女を含めたベヒモスやブレイドレックスなどの巨獣は創世暦時代に人間が生み出した生き物だというのだ。
創造者たる人間達はソイルの木と同じ力を持った木を各地に植えた後、その木の守護者(守護獣?)として彼女たちを配置したのだと。
『しかし私達は若く、何も知りませんでした。人間の醜さと愚かさなど微塵も知らなかった。
結果、私達は木を護るという創造者達との約束を護ることができませんでした』
瞳を伏せて語る彼女に、ブーちゃんの約束だもんねという言葉が脳裏をよぎる。
あの言葉はそういう意味だったらしい。
『森の中に隠すように植えられた木はユリアが契約したというチーグルが守護を担い、またそのすぐ傍にチーグルたちが失敗した時のためにと人間達が住まう街に植えられたと聞き及んでいます』
「それがチーグルの森とセントビナーか。
皮肉な話じゃないか。一番守護役が弱いところが生き残り、しかも今も動いてるのは予備だった筈の人間が住む街に植えられた木だけとかさ?」
嘲笑交じりのシンクの言葉に彼女は言葉を無くす。
なのでシンクの足を踏みつけてやったら思い切り睨まれた。
今のはお前が悪いだろーが。
「一個疑問なんだけど、どうして貴方はそんなに言葉が達者なの?
ブーちゃんもベー君も子供みたいな喋り方だったのに」
『私は一番最初に創られた固体ですから、創造者たちともよく交流をしていたのです。
その時に人間との円滑な話し方も自然と学びました』
「成る程」
「てかさ、何でわざわざそんなこと引き受けたわけ?
勝手に作り上げて、勝手に仕事を押し付ける人間なんてアンタならすぐに殺せただろうに。
わざわざ従う理由なんて無くない?」
納得する私の横で、今度はシンクが棘のある口調で問いかける。
自分と重ねてるんだなって、すぐに解る言葉の選び方だった。
どこか苛立っているように感じるのもきっと私の気のせいじゃないだろう。
しかしそれに気付かなかったのか、はたまた気付かないふりをしてくれたのか。
彼女はゆるく羽を広げて答えてくれる。
『もちろん、創造者達が私達を愛してくれたからです。
それはとても短い時間でしたが、私の嘴を撫でて世界を頼むと笑ってくれた。
私はそれに応えたかった。
残りの二人も同じでしょう。
愛してくれた記憶が残っているから、それに応えたいと思った。
愚かだと思ったでしょう?
けど、私たちにとってそれはとても大切な記憶なのです。
それはきっとこれからも、未来永劫変わることは無いでしょう』
どこまでも温かい声音。
シンクを伺い見れば、口元は一文字に引き結ばれ無言を貫いている。
だからそっと手を取れば、驚いた顔でコチラを見られた。
おいコラ何だその顔は。
文句を飲み込み、黙って手を握り締める。
「……ここにも木を新たに植えるよ。植えるのは私だけど、護ってくれるかな?」
『願っても無いことです。今度こそ、護り抜いて見せましょう』
高らかに鳴き、羽を広げて飛び立つ彼女。
シンクからそっと手を握り返される。
極彩色の身体を持つ彼女の身体は空色によく映えていて、とても美しかった。
古の守護者達
えーと……捏造万歳!
すみません、オリジナル色濃すぎだ。
でも設定が設定なので突っ走ります。
元々突っ走ってるしね!
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