シェリダン-再確認編-(021)


「…………おぅ」

「まだ何も言ってないよ」

「朝ごはんのことかな、と」

「正解。解ったならさっさと起きてくれる?」

朝。
シンクに起こされた私はぺしんと頭をはたかれつつ、大きくあくびをする。

シェリダンに来てから数日が経っていた。
私達は相変わらず宿暮らし……ではなく、宿屋のおばさんの好意で、離れにある小屋を使わせてもらっている。
宿屋のおばさんにキッチン下の異臭対策用に消臭剤を調合して渡したら大層喜ばれ、宿代を値引きすると言われたのだ。
なのでかなり長期で滞在するかもしれないと伝えたところ、日額宿代の三分の一の値段でこの離れを貸してくれた。

その代わり食事の用意や掃除などは無し。全て自炊である。
なので私はまた家事に精を出しつつ、結局占い師というよりも万屋として日銭を稼いでいる。
シンクもシンクで自動マッサージ譜業の作成で手伝えるところが終わったため、別の仕事に着手しているところだ。
共働きならば家事も折半と言いたいところだが、私とシンクでは稼いでいる額が違いすぎた。
それに私は店を開くも閉めるも気分次第なので、お昼休憩中なんて看板を下げてお昼ご飯を食べたりしている分、自由がきくのでやはり折半は無理そうだった。残念無念。

「カナちゃーん、依頼人連れてきたよー」

「はーい。今行きまーす」

宿屋のおばさんに呼ばれ、私は掃除の手を止めて宿屋の方へと向かう。
万屋の真似事をしているとはいえ、基本的に私がするのは占いと薬の調合だけだ。
調合の方は少し高くつく……と自分では思っているが、品質の割には安い、らしい。
そこら辺が良く解らない。日本の物価しか知らないし。

「タマラさん!今日はどうしたんですか?」

「アンタが集会所の前じゃなくこっちで仕事始めたって聞いてね。そうそう、前はイエモンが悪かったねぇ。そのせいでこっちに移ったんじゃないかと思うと申し訳なくてね」

「あはは、違いますよ。完全に宿屋の女将さんの好意ですから。
タマラさんが気にすることじゃありません。わざわざありがとうございます」

「そう言ってくれるとありがたいよ。そうそう、私も依頼に来たんだけど、今は大丈夫かい?」

「大丈夫ですよ。では、いらっしゃいませ。
ご用件は何でしょうか?」

お客さんとしてやってきてくれたタマラさんを、宿屋のロビーを借りて接客。
何かおばさんに甘えすぎな気もするが、離れは宿屋の奥にあるのでこういう形を取っている。
宿屋のおばさんもついでにご飯を食べてく人が増えたと喜んでいるのでまぁいいだろう。

「最近妙な連中がうろついてるんだよ。剣を持ってるし自警団じゃ手に負えないかもって話になっててねぇ、アンタ占えないかい?」

「妙な連中、ですか。詳しい話を聞かせて貰えますか?
人相や服装なんかを特に」

タマラさんの話を元に私は簡単な人相書きを作り、その妙な連中が"何"なのか早速占ってみる。
そこに出たのは"警戒"、"誘拐"、"女"、"商人"と不穏な単語ばかり。
私は以前小屋の周辺に現れた人攫い集団を思い出し、思わず顔を顰める。
まさかあいつ等みたいな存在じゃないだろうな。

「どうだい?何か解ったかい?」

「コレは飽くまでも占いなので参考程度にして欲しいんですけど……」

そう前置きをして、私は占いの結果を伝えた。
タマラさんは私の話に口を引き結び、眉を顰めたかと思うと何か考え込んでしまう。

「ココはキムラスカ兵が駐在してないからね、もし人身売買組織の連中が商品を漁りにきてもおかしくない。
若い女連中には暫く一人にならず、夜は出歩かないよう注意しとくよ」

「そうですね、警戒することは無駄になりませんし」

「ありがとね。はい、コレはお代。特に決めてないって聞いてたから適当に詰めちゃったけど」

「いえいえ、ありがとうございます」

タマラさんに封筒を渡され、私はそれを額に当てて拝むように受け取る。
私の仕草にタマラさんが笑い、そのまま集会所へと戻っていく背中にありがとうございましたーと再度声をかけた。
念のため宿屋のおばさんに先程の占いのことを報告しておき、離れへと戻る。

……封筒の中、5000ガルド入ってたんですけど。
これ、適当?適当なの??

軽いパニックに陥ってると、シンクが昼食を取りに帰宅したため私は慌ててキッチンへと向かう。

「何コレ」

「さっきまで依頼人が来ててね、その謝礼」

「へぇ、結構貰ったんだね。というか、だから準備できてなかったわけ?」

「うん。何か申し訳なっちゃうよ。そうそう、さっきの占いのことなんだけど」

さっさと作るならこれだろうと私はパスタを茹で、簡単なカルボナーラを作る。
シンクにはついでに簡単なサラダと朝の残りのスープをつける。
私は茹で上がったパスタに油と醤油をかけただけのお昼ご飯だ。
成長しないというのは太らないということでもあると気付いた私は、最近カロリーというものを気にしていない。

いや、カロリーさえ気にしなければシンプルで美味しいんだよ?油に醤油。
出汁汁加えて炒めたベーコンやほうれん草なんかを加えると更に美味しい。
ご飯食べるのにも文句言われてた昔は良く食べてたんです、はい。
食事の準備をしながら説明を終えれば、シンクは眉間に皺を寄せて顎に手を当てて考え込んでいた。

「心当たりでもあるの?」

「まぁね。何か妙な連中が居ると思ってたんだ。これなら護衛の仕事も請けれるかな?」

「そっちに思考が行くんだ」

シンクの発言に苦笑しつつ、もぐもぐとパスタを食べる。

「そりゃね。早く稼げるに越したことはないだろ?」

「まぁね。でもそんな急ぎの旅でも無いでしょ?無理して稼ぐ必要は無いからね」

「解ってるって。できれば1ガルドでも多く貯蓄したいってだけだから」

そんな感じで食事を終えても雑談をしていたのだが、シンクの休憩時間にも限りがある。
なのでシンクがまた仕事に行くのを見送ってから、私も洗い物をなどを済ませつつちまちま来る占いの依頼を受けていた。
その中に腰痛に関する悩みを抱えているお客さんなんかも居て、酷使のし過ぎでしょうねと告げれば薬の調合を同時に頼まれる。

なので調合に少し時間を貰い、晩ご飯の買い物ついでに届けますよと言えば喜んで工房を教えてくれた。
多分この世界に個人情報保護とか、そういう言葉はない。
そうして多少材料を買い足して調合した薬を届けた後、その代金で晩ご飯の買い物をしてから帰路についていたのだが、まだレムが沈みきっていないというのに私は怪しい集団に囲まれていた。
おいおいおい、そういうことは夜にやってください!

「何か御用ですか?」

晩ご飯の材料が入った紙袋を片手に問いかけてみるも、返事は無い。
当たり前かと思っていたら、そのうちの一人が前に出てきたかと思うと剣をコチラに向けてきた。
な、なんやねん。怖くなんてないんだからな!
嘘ですごめんなさい本当は怖いです見逃してください。

「以前、マルクト帝国内エンゲーブ方面に向かった我々の仲間が行方不明になった」

地を這うような声でそう宣言され、私の脳裏に掠めたのはシンクがぼっこぼこにしてやんよ!と言わんばかりにフルボッコにしようとして、結局私が手をかけた連中だ。
あいつ等の仲間かと身構え、魔術を使うべきか迷う。
杖がなくとも多少の魔術ならば発動は可能だが……場所が場所なだけに使うのが躊躇われた。

「成る程、身構えるということはやはり知っているということかっ」

そう言って怒気を纏う集団。
しまった、と後悔してももう遅い。
咄嗟に杖無しで詠唱しようと口を開きかけたが、背後から伸びてきた手に口を塞がれそれも妨害される。

タマラさんの占いの内容が脳裏を掠めた。
私は彼らが"何"か、という問いの元占いをした。

"警戒"
――仲間の消失の原因となった私やシンクへの警戒を持っていた彼等。

"誘拐"
――この怒り方からして、恐らく復讐目的で私たちを誘拐するつもりだったのだ。

"女"
――そして手を出しやすいのは、一見一般人の私の方。

"商人"
――即ち、人間の売買をする彼らのこと。

彼等は商品を漁りに来たんじゃない。
いや、もしかしたら最初はそのつもりだったのかもしれないが、私やシンクを見て目的を変えたのだ。

魔力は喰われるし威力も下がるが、この際四の五の言っていられない。
紙袋を取り落とし、杖を取り出して無詠唱で魔術を発動しようとした私の腹に拳が打ち付けられる。
一瞬だけ息が止まり、構築していた魔術回路が霧散していくのを感じながら、遠のきそうになる意識を必死に押し留めた。
鳩尾を殴られるって結構辛い。こいつ等排除してやろうか。

「おい、早く気絶させろ!」

今度は剣の柄で思い切り殴られる。
容赦もクソもありゃしないその一撃に、私は今度こそ意識を手放した。


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