シェリダン-再確認編-(022)
「え?まだ帰ってない?」
「そうなのよ。薬届けるついでに晩ご飯の買い物行って来るって、物騒みたいだから日が昇ってるうちに行って来ますって言ってたのに」
一仕事終えて帰宅した僕は、宿屋の女将さんに呼び止められカナが未だに帰宅していないことを聞かされた。
今はレムがとっくに沈み、空は群青色の星空が広がっている真夜中だ。
いくらなんでもおかしいだろうと僕が帰還する少し前に、近所の人たちが探しに行ってくれたらしい。
不安そうな顔をする女将さんに仮面の下で眉を顰めつつ、何をしているのかと舌打ちをしたくなった。
だがもう一方で、妙な引っかかりもあった。
カナはこのオールドラントで唯一の魔術師だ。
その魔術は譜術と一線を駕し、無詠唱で発動しても中級譜術以上の効果を持つ攻撃魔術も習得していた筈。
例え攻撃しなくとも対象を見えなくする"インビジブル"や、相手を強制的に眠らせ悪夢に落とす"ナイトメア"など逃げ出すための魔術は幾つもあると聞いていた。
厄介ごとに巻き込まれたとしても、魔術を使えば逃走は可能な筈……。
「女将さん!」
僕が思案していると、顔を青くした住人が一人飛び込んできた。
その手には少し薄汚れた紙袋が持たれていて、中には食材が入っているようだ。
何でも、これが道に無造作に落ちていたのだという。
その道はいつもは多少は人通りがあるのだが、ここ最近物騒な連中が増えていたために今日は無人の時間も多かったのではないかという嫌な注釈つきで教えてくれた。
「まさか……誘拐されたんじゃ」
「まだ解らない。僕も上から探してみるから」
「は?上から?」
青い顔をした女将さんにそう言ってから、疑問符を浮かべる住民を押しのけて宿を出た後、そのままひとっとびで屋根の上へと飛び乗った。
目を丸くしている住民達を放置し、そのまま屋根から屋根へと飛び移りながらカナの姿を探す。
暗くて解りづらいが、探索範囲が狭いので何とかなりそうな感じだ。
シェリダンの町はそれなりに広いが、カナの移動範囲はそこまで広くない。
移動手段は徒歩移動だけだし、何より遠出するだけの体力がカナには存在しない。
魔術は使えるもののカナの身体は一般人の女性と変わらないからだ。
だから出かけたとしてもそこまで遠くにはいけないはず。
そこまで考えて、僕はぴたりと動きを止めた。
なんてとんでもない矛盾だ。
そう、カナは確かに魔術師だが肉体的な強さは一般人と変わらない。
そして魔術師とは文字通り術師。いくら優秀な術師でも詠唱や術の発動を封じられればその火力はがくっと落ちる。
軍人ならば後衛職だろうと前衛もできるようカリキュラムが組まれるが、カナは違う。
例えば。
例えば数で押されたりとか、詠唱の前に攻撃を喰らったりとか、はたまた物陰から攻撃されたりとか、対処できない事例などいくらでもあるじゃないか……!!
「くそっ!」
今度こそ舌打ちをして、僕は探すものを切り替えた。
セントビナーの一件で散々魔術が行使されるのを見てきたせいか、魔術があるから大丈夫なんて心のどこかで思っていた自分を殴りたくなる。
預言みたいな毒になる、なんて、偉そうに言える立場じゃない。
既に僕自身がその毒に侵されてるじゃないか。
更にスピードを上げて走り回り、最近見かけた物騒な集団を探す。
しかしココ最近街中を徘徊していたそれらしい集団は欠片も見当たらず、スピードを最大限に上げて宿屋へと戻る。
窓から室内に飛び込んできた僕に何人かは目を丸くしていたが、それを無視して女将さんにカナが帰って来たか確認した。
そして首を横に振る女将さんに、拳をぎゅっと握り締める。
僕一人で帰ってきてる時点で結果など解り切っているだろうに、見つかったかい?と聞いてくる住民にすら苛立った。
「居なかった。あと、ココ最近見かけるようになった妙な集団も居なかった」
僕の言葉を聞いた住民達が色めき立つ。
その中の僕が出る前には居なかった顔ぶれから、実は昨日二人組を探していると妙な集団に声をかけられたという証言も得られてしまった。
状況的に見て、カナが誘拐されたのだろうというのはほぼ確定した。
「じゃあ探していたのは二人組なんだね?」
「あぁ。緑の髪で仮面をつけた青年と、黒い髪と瞳をした少女を探していると」
「そんな妙な連中に探されるような事した覚えはないんだけどね……」
もう一度舌打ちを漏らし、逆に集団がどこへ行ったか解らないかという聞き込みをしてみる。
すぐに何人かが他の奴等にも聞いてくると言って宿屋を飛び出し、僕は女将さんに少し休んだほうが良いと言われて一旦借りている小屋に戻ることになった。
音素灯の着いていない室内に、机の上にぽつんと置かれたカードを見て嫌な予感が胸のうちに湧き上がる。
数日前にカナが占ってくれた内容を思い出した。
目先のことに囚われて、大切なものを失う。
大切なものとはカナのことだったのだろうか。
□ ■ □ ■
「……ここか」
僕が休んでいる間にも住民達が聞き込みを続けた結果、カナがさらわれたのはほぼ間違いなく、誘拐犯たちは町外れの洞窟をアジトにしているのではないかと結論に到ったらしい。
仮眠から目覚めた僕は早速そのアジトに向かおうとして……とめられた。
強いのは解ってるけどせめて誰か連れて行けと。
でも、正直言って誰を連れて行っても邪魔でしかなかった。
だってそうだろう。みんな僕よりも圧倒的に弱い。
これは否定しようが無い事実だし、多少心得がある程度の人間じゃ足手まといどころか保護対象にしかならない。
戦闘になった際僕が守らなきゃいけなくなるっていうのは、余計な体力を消耗する羽目になるし、カナと合流した時も人目があると魔術を使えなくなる。
だから着いてくるって言うのを断って、それでも食い下がってきたから正直に守りきれない事態になっても責任は負えないって言った。
そうなれば全員俯いてた。そうだよね、誰だって死にたくなんかない。
せめてこれ持ってけと色々渡された後、もし一週間以内に帰還しなかったら離れの物は処分してくれって言ってからここに辿り着いた。
微かに匂う鉄錆の香りに、無意識のうちに舌打ちが漏れていた。
この洞窟は深さは20メートルほどで奥に開けたスペースがあるらしく、時折今回のように悪党が拠点することがあるのだという。
それに人里に近いことも相まって魔物も近寄ることもなく、人目を避けなければならない集団からすれば格好の穴場らしい。
確かに他のダンジョンになりそうな洞窟に比べれば明らかに小さい洞窟だ。
人里にも程よく近く、僕のように戦闘の心得のある人間なら問題なく野営に使える場所でもある。
しかし小さいとはいえ20メートルとは結構な距離だ。
にも拘らず入り口付近でこれだけ匂うということは、それなりの量が流れ出していなければ無理な話で、果たしてこの匂いの元がなんなのか。
嫌な予感が脳裏をかすめ、仮面の下で眉を顰めてしまう。
手だけでポーチにグミやボトルが入っているのを確認し、僕は洞窟内へと足を踏み入れた。
耳に届く水滴の音から水場もあるようだと判断する。
事実、洞窟内の隅のほうには僅かに水が流れていた。地下水脈でも漏れ出しているのかもしれない。
敵の気配を探るために細心の注意を払いながら一歩一歩ゆっくりと歩んでいた僕だったが、おかしなことに10メートル進んでも誰にも会わないし気配の一つもしなかった。
「……」
おかしいとは思う、本能が警鐘を鳴らしている、進むべきではないと勘が告げてる。
しかし足を踏み入れる以外に現状を探る方法は無く、可能な限り自分の気配を消しつつ、奥へ奥へと向かう。
そして何事も無く20メートル進み、鉄錆の臭いが更に濃くなった頃、突然背中に氷水を流し込まれたような悪寒に襲われた。
ぞわりと、首をもたげる闇。
死を連想し、眼前に広がる何よりも暗い闇色に逃げ出すことも忘れて呆然とする。
いや、正確に言うならば逃げ出すことなんて考えもしなかったのだ。
この闇を目の前にして、逃げ切れる自信など砂粒の欠片ほども存在しなかったから。
揺らめきよどむ闇は最奥にあると聞いていた広場全体の地面を隠すように覆っていて、足元に広がる奈落に僕は思考を停止していた。
それでも僕の脳味噌が再起動できたのは、その中央で光るものがあったからだ。
それはもう見慣れたと言っていいほど何度も見てきた、広げた翼を模した金色の長杖。
「……カナ?」
杖を持った女は、僕に背中を向けて立っていた。
それは間違いなくカナの筈なのに、何故か僕は躊躇っていた。
カナに感じる強烈な違和感。
普段の明るさや優しさなど欠片も感じられないほどの冷たい空気。
そう、例えるなら、"あの小屋で暮らしていた時にカナが初めて人を殺したときのような"、そんな感じを受けた。
そしてゆっくりと振り返るカナを見て、僕の勘は当たっていたことを知る。
僕を見つめる彼女の瞳は、あの時と同じようにどこまでも玲瓏な光りを讃えていた。
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