逆行させられました。(001)


ローレライとの会話を終え、私は再び眼を覚ました。
未だにはっきりとしない頭は除夜の鐘を頭の中で鳴らしているのかというほどに酷く痛み、その痛みの原因が"この世界の知識を無理矢理頭の中に叩き込まれたから"だと理解した途端舌打ちをしたくなる。

周囲を見渡せば微かに埃を被った質素な小屋の中に居ることを知り、次に自分がベッドに寝かされていることに気付いた。
気付いた途端、硬直した。

この、隣に居る男は、誰だ。

一夜限りの過ちとか、酔った勢いとかそんな言葉が頭の中でぐるぐると周り、いやいや無い無いと自分に言い聞かせて深呼吸をする。
さっきまで馬鹿親もといローレライと話していたのだ。
どうやって一夜限りの過ちを犯すというのか。勿論酔った覚えもない。

目覚めない男は布団に包まったまま、静かに寝息を立てている。
その特徴的な緑色の髪に眩暈がしそうになったが、起こさないようにそっとベッドから降りた。
窓の枠越しに見える青空を見てから、頭痛を収めるためにも風に当たろうとゆっくりと小屋から出る。

ドアを開ければ眼前に広がるのは見渡す限りの草原と青空、背後には掘っ立て小屋と鬱蒼と茂る森。
頬を撫ぜる風は心地よくて、少しだけ頭痛がマシになった気がする。
数歩歩いて、日本とは違う空気を肺一杯に吸い込んで、吐き出して、その場にぺたりと座り込んだ。

惑星"オールドラント"。
それがこの世界の名前。

未だ歴史上に名前を連ねるだけで、存在が確認されていない第七音素の意識集合体、それが眼を覚ます前に会話をした"ローレライ"。

死ぬ前に見た青空を同じように見上げながらぼんやりと与えられた知識を反芻する。
どれくらいそうしていただろうか。

そしてやっと、やっと思い出した。
与えられた知識と、一人で考える時間を与えられてようやく思い出したのだ。

……そういえばそんなゲームありましたよね。
従兄弟に付き合わされてやった記憶があります一応戦闘だけ。
ストーリーなんて興味も無くてぼんやりと見てただけだし、むしろ途中からパーティメンバーに対する苛立ちしか浮かばなくて見るのをやめた記憶すらありますです、ハイ。
そーですかそーですか、ローレライの話し振りからして異世界なんだろうなと何となく思ってたけど…。

「何でゲームの世界やねん!」

思わず突っ込んだ私はきっと突っ込み属性に違いない。
ローレライを鷲掴み、ガシガシと揺さぶってやりたい衝動に駆られる。
もしローレライが人間の形をして目の前にいたならば、どこぞのチンピラ宜しく胸倉掴んで前後に激しく揺らしていただろう。

先に言えよ。
ゲームの世界ならそう言えよ。
とっさに思い出せない私が悪いんですかそーですか。

「って、ンなわけあるかァ!」

あの緑の髪だって見覚えあるよ、誰かは解らないけど何となく想像ついたよ。
そういえば確かに意識を手放しながら手駒が欲しいとか思った記憶が無きにしもあらずだけど、もしかしてアレがそうなのかローレライ。

「タチ悪ィな!」

地面を思いっきりはたきながら三度目の一人突っ込みをした後、深々とため息をついた。
今更何を言ったとしてもローレライには聞こえないだろうし(いや、聞いてるかもしれないけど)、優先すべきは現状確認であろう。
それに地面に向かって一人突っ込みを繰り返すのも空しくなって来た。

とりあえず今日が何日か確認して、(この世界の一年って長すぎて意味解んなくなる)

現在地を確認して、(大体の地図は頭に入っているが、それでも広すぎるだろ)

ローレライがくれた力を確認して、(本当は知識与えられた時点で解ってるんだけど非常識すぎて認めたくない)

これからの計画立てて…(ストーリーなんて殆ど覚えてませんけど)。

「やること山積みじゃん」

小屋の中へと歩を進めながら、もう何度目になるか解らないため息を深々とついた後、ドアを閉めてから何ともなしにベッドへと視線を向ける。
ゲームのストーリーを進めて出てくる緑の髪の持ち主は覚えている限り三人。

ベッドの端に腰掛け、未だ目覚めない彼の顔をぼんやりと見て、首を傾げた。
そう、ふぉみくりとかいう技術のせいで生まれてしまったレプリカたる三人は知っている。
知っているのだが、彼等は確かまだ子供だったはずだ。
確か、14歳くらいの。

しかし目の前で眠っている彼はどう見ても、14歳くらいには見えない。
線が細いという印象は変わらないが、髪だってだいぶ長いし年齢はどう見ても17,8か、あるいはもっと上か。
日本風に言うならば、高校生か、大学生くらいに見える。

「何考えてんのよ、あの馬鹿親…」

ため息と共にそう呟けば、その声を聞き取ったらしい。
薄緑のまつげが伸びる瞼が数度痙攣した後、ゆっくりと持ち上がった。

そこから覗いた瞳は予想通りやっぱり綺麗な萌黄色で、数度瞬いた瞳が此方に向けられ、急に手が伸びてきたかと思えば私の視界は強制的に反転させられた。

「ちょっ、ぐぇっ!」

ついでに声も反転した。
潰れた蛙みたいな声は年頃の乙女としては恥ずべきことだろうが、無理矢理ベッドに押し付けられ、喉を潰されているのでそれどころではない。

彼は寝起きざまに私の存在を確認した瞬間、胸倉を掴みベッドへと押し付けその上に圧し掛かって来たのだ。
流れるような動きは決して真似できない、戦いなれた者のソレ。

「あんた誰さ」

殺意の篭った瞳と、スピーカー越しに聞いていたものよりも低い声。
私は喉が絞まっているために答えられないと訴えるために、というよりもまず先に酸素を寄越せという切実な願いを込めて、首を絞めている男の腕をぺちぺちと叩いた。
こちとらローレライから力を与えられているとはいえ、腕力はそこいらの一般市民と大して変わりは無いのだ。

腕を叩く力からそれを察したのか、逡巡の末喉を押しつぶしていた力が弱められる。
途端新鮮な空気が肺を満たし、私は何度か咽こみながらも息ができる幸せを噛み締めた。
一度死んだ身とはいえ、窒息が此処まで苦しいとは知りませんでした、はい。

「あのっ、とりあえず、どいて…っ」

未だに整わない呼吸のままそう訴えると、喉を絞める掌に少しだけ力が込められる。
逃げるなと暗に言っているのだろう。
再度襲い掛かってきた身の危険に、私は慌てて言った。

「逃げない!逃げないから!とりあえずどいて!あと服を着て!」

「は?服?」

怪訝そうに眉を顰め、彼はやっと自分の身体を見て気付いた。
一糸纏わぬ、生まれたままの格好をしていることに。

「ちょっと!君が脱がせたわけ!?とんだ変態だね!」

「ンな訳ないでしょ!?私だって気付いたら此処に居たんだから!」

「はっ!お笑いだね!そんな言い訳が通じると思ってんの!?」

「思ってるも何も事実じゃヴォケ!つか女をベッドに押し倒して素っ裸で居て恥ずかしくねーのかテメェは!」

「は?何言って…………あ」

詰問口調だった言葉がぷつりと途切れ、私の放った言葉をやっと理解したらしい。
瞬間湯沸かし器の如く顔が真っ赤になり、その隙に私はベッドから転がり落ちるようにして彼の下から逃げた。

案外純情君で助かった…!

バクバクと煩い心臓を押さえつつ、布団を身体に巻いて此方を睨みつけているであろう彼をそろりと見る。
すると彼は案の定布団を身体に巻きつけ、それだけで人を殺せそうなほどの殺気を込めた視線を此方に向けていた。

はっきり言おう。
メチャクチャ怖い!
怖いものは怖い!!
何と言おうが怖い!!

「えっと…とりあえず、クローゼット漁るから、ちょっと待っててくれる?」

「漁りながらでも話はできるよね」

「そっすね」

その場を誤魔化すようにそう言うと、やっぱり鋭い視線と指摘が飛んできた。
最早泣きたい気持ちになりながらも何とか立ち上がり、部屋の隅にあったクローゼットを開ける。
そこには簡素な服が何着か並んでいて、彼の体格と合いそうな服を見繕っていると案の定質問が飛んできた。

「で、アンタ誰なのさ」

「香夏子。カナって呼んで」

「僕に…何をした」

「……何って?」

「とぼけるな!僕は死んだ筈だ!」

帰ってきた怒声に、私は深く息を吐くことしかできない。
いっそ本当にとぼけてしまうか。

死んだ筈?あんた生きてるじゃん。

そんな風に返そうかと思案して、すぐに止める。
腹を割って話すべきだ。
なのでとりあえず合いそうな服を手に取り、睨みつけてくる彼に放り投げる。

「名前」

「……何?」

「こっちに聞いたんだから答えなさいよ、アンタの名前は?」

「何で言わなきゃいけないのさ」

「言いたくないなら良いよ。当てるから」

服を受け止めた彼が、射殺さんばかりの視線を更に強める。
それを無視して、私は言った。

「シンク、でしょ。一回死んだ者同士、腹割って話し合いましょうや」



最悪の出会い


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