逆行させられました。(002)


「一回死んだ者同士…? はっ、アンタも死人って訳?」

「正確に言うなら、死んだ筈なのにどっかの馬鹿親のせいで無理矢理異世界に転生させられた憐れな一般人Aです」

嘲笑を含んだ声音に対し、私が棒読みで返すとシンクは物凄く怪訝そうな顔をした。
ソレを無視してシンクに背中を向け、ベッドとは正反対の位置にあるキッチンへと向かう。

「何処に行く気?」

「逃げないよ。 つかさ、着替えるとこ見られたいの? お茶淹れるからその間にちゃっちゃか服を着てちょーだい」

呆れたように言ってやれば、少し間を置いて布の擦れる音がし始める。
渋々とは言え納得したという感じだろう。

というかこの家誰の家なんだろうなー。
何か長らく使用されていませんみたいな雰囲気の家だけど、キッチンにお茶ッ葉なんてあるの…かなと思ったらあった。
ついでにティーポットの類も発見。
良し、じゃあ今度はお湯を沸かさねば。

そこら辺にあったポットを軽く洗ってー、水入れてー、コンロはこれか。
ふむふむ、大体日本に居た頃のものと一緒だな。
これなら使える……使えるのか? ガスじゃないもんねどう考えても。

お、使えた。火出た。
よしよし。なら火加減を調節して…

「服着たからさっさと話してくれる?」

なーんて慣れないキッチンに悪戦苦闘してると、いきなり背後から声をかけられて私は文字通り飛び上がった。
途端に心拍数を上げた心臓を押さえつつ、慌てて振り返れば案の定腕を組んだシンクが居る。

「ちょっ! いきなり後ろに立たないでよ! 私のガラスのハートを壊す気か!?」

「鉄の心臓の間違いでしょ。てゆーか君段取り悪すぎ」

「しょうがないでしょ! 自分の家じゃないんだから!」

「…は? じゃあ誰の家なのさ」

「さぁ?」

「…………」

「…………」

…………沈黙が流れた。
物凄く気まずいのは私だけだろうか。
背中に流れる冷や汗を感じていると、先に口を開いたのはシンクだった。

「……この服、誰の?」

「さぁ?」

「…………」

「…………」

…………再度、沈黙が流れた。
いちいち黙るのは止めて欲しいのだが。

「君、何でここに居るわけ?」

「だって眼が覚めたらベッドに寝てたからさ」

「寝てたのは僕でしょ?」

「だから、その隣に寝てたの」

「……図々しい」

「何でそうなる!?」

本気で問いたい。
何故そうなる!

私だって眼が覚めたら男の人が隣に寝てて混乱したんだぞ!
男の人と同衾するなんて初めてだったんだからな!

内心涙目になりながら心の中で訴えるも、そんな事怖くて言える筈もなく。
俯いてしまう私にシンクはため息をつくと、私を押しのけてキッチンへと立った。

「いい、僕が淹れる。ちょっと落ち着きたいしね」

充分落ち着いてるように見えますシンクさん。

それでもまぁその申し出は大変ありがたいので、その言葉を飲み込んで部屋の真ん中に置いてある椅子へと腰掛ける。
キッチンでお茶を淹れるシンクという今まで想像だにしなかった?ものをぼんやりと見つめながら、頭の中を空っぽにしてみた。

……何か新婚さんみたいだなー……。

「って、アホかぁッ!」

思わず自分に対して突っ込みを入れつつテーブルをはたくと、シンクが未知の物を見るような目で私を振り返っていた。
その視線、とても痛いので止めて欲しい。

「君、独り言を言う癖でもあるわけ?」

「あー…ちょっと。いや、だいぶ?」

「どっち」

「んじゃ真ん中で」

「意味解んないよ」

呆れを多分に含んだ声音でそう言った後、沸騰したお湯をティーポットに注ごうとする姿は慣れているように……見えん!
何故茶葉を鷲掴みにしてるんだ貴様!

「ちょっ! ちょっ! ちょ、待っ!」

「何その鳴き声」

「ちゃうがな! 茶葉! 何で鷲掴みにしてんの!」

「お茶淹れるためだけど?」

「ティースプーンを使え! どんだけ濃いの淹れる気だ!?」

慌てて立ち上がり、ティーポットと一緒に取り出しておいたティースプーンを手にとって見せると、シンクは訳が解らないという顔をして此方を見る。

「……つかぬ事をお聞きしますが、シンクさん」

「何さ、気持ち悪い」

いちいち暴言を間に挟まないで欲しい…。
その文句を何とか飲み込み、ティーポットに投入しようとしていた一掴みの茶葉を見てからシンクを見る。

「お茶を淹れたことは?」

「ないけど?」

「…後は私がやるから。シンクは座ってて」

「は?何さ急に」

「私はね、普通のお茶を飲みたいの。 濃すぎて渋くて飲めないお茶なんて飲みたくないっつーか、お茶っ葉もったいなくてできないの。 だからさっさとその鷲掴みにしている茶葉を離せ!」

とりあえず私の発言により、一掴みでお茶を淹れれば渋くて濃くてとても飲めそうに無いお茶ができあがるということを理解してくれたらしい。
胸を撫で下ろしながらティースプーンで茶葉を二掬いして、ソレをティーポットに入れた後お湯を注ぐ。

カップを洗い、トレーの上にティーポットとカップを乗せてからテーブルへと移動させる。
シンクは何かに納得するようにソレを見ていたのだが…。

「お茶淹れるとこ、見たこと無いの?」

「無い。いつも部下に淹れさせてたしね」

「さいですか」

さりげなく出た発言に、そういえばこの人一応偉い人だったんだなと思い出す。
今思うとさ、中学生ぐらいの年齢の男の子が将軍張ってる騎士団ってどうなのよ?
大丈夫なのかローレライ教団つか神託の盾騎士団。

「少し蒸らせばできあがりだよ」

そう言って椅子に腰掛けると、シンクも向かい側の椅子に腰掛ける。

「そ。じゃ、吐いてもらうよ」

「何を?」

「僕に何した訳?」

あ、そういえばそんな話してましたね。
お茶を淹れるのに思考が偏っていたせいですっかり忘れていた。

「私が何かしたの前提ってのがなぁ…」

「君以外に誰が居るのさ」

「……ローレライとか」

とりあえず思いつく人物?を言ってみると思い切り顔を顰められた。
目は口ほどにものを言うと、昔の人はよく言ったものだ。
視線だけで誤魔化すなというシンクの気持ちがひしひしと伝わってくる。

「悪いけど。ほんとに私は何もしてない。さっき言ったでしょ。馬鹿親のせいで無理矢理異世界に転生させられたって」

「……もしかして、馬鹿親ってローレライのこと?」

「そう。多分それに巻き込まれたんだと思う。けどまぁ…」

そこで私は言葉を区切る。

私はローレライの頼みを聞くために、手駒が欲しいと願った。
だが、はっきり言って、無理だろう。
彼にそんな事をさせる訳にはいかない。

細かい内容までは覚えていないが、確かシンクは火口に生きたまま捨てられたところをヴァンに拾われて、捨てられて拾われてを繰り返した、要は良いように使われてきた存在だったはず。
世界と預言に復讐をしようとしていた、そんな彼にローレライのわがままを聞くためにまた使われろというのは酷過ぎる。

嫌々とはいえ、私は自分の意思でローレライの頼みを引き受けたのだ。
しかしシンクは私の手駒が欲しいという我侭に巻き込まれてしまったわけで…。

「シンクまで、ローレライのわがま…お願いに付き合う必要はないと思う」

「今我侭って言おうとしたよね?」

「いや、だってお願いのために選択肢塞いで半ば無理矢理転生させられるとか、愚痴の一つも言いたくならない?嫌な印象しかないっつーの」

思わず唇を尖らせると、シンクはじーっと私を見てくる。
何?と聞いてみれば別に、としか答えないのだ私も流すことにした。
そろそろお茶もいい具合だろうし。

なのでカップに注いでみれば、ふわりといい香りが鼻腔を擽る。
シンクの分もカップに注ぎ、私は火傷しないように気をつけながらカップに口をつけると、舌に広がる味にほう、と息をつく。

「質問を変えるよ」

「……どうぞ」

「どうして僕を知ってるわけ?」

その質問に、私はカップを取り落としそうになった。
そういやそうなりますよね。
てっきりローレライのお願いってなぁに?なんて質問が来ると思ってたからちょっとびっくりしてしまった。

「あー…なんて言ったら良いのかな…」

取り繕うようにカップをテーブルに置き、頭を捻る。

答え。
ゲームで見たから。

…………通じないだろう。

「言えないわけ?」

頭を抱える私に辛辣な言葉が降ってくる。

「いや、そうじゃないんだけど…PS2でやったって言っても解らないでしょ?」

「ちゃんと相手に解るように説明してくれる?」

「だからどう説明していいか解らないんだってば。 んー、物語として、見た?うん、そんな感じ」

「もっかい言うよ。 ちゃんと相手に解るように説明してくれる?」

駄目押しされた。
心の中でほろりと涙を流しつつ、私はもう一度頭を捻る。

「ルーク、解る?」

「アッシュのレプリカ?」

シンクは一応答えつつも何故そこでその名前が出てくるのだと怪訝そうな顔をしたが、それを無視して話を進める。
それを説明するための確認なのだから、それくらいは許してもらおう。
一応彼がルークを知っているという前提で、私は言葉を選びながらゆっくりと説明した。

「そう。彼を主人公とした物語を見た、が一番砕いた言いかたかな。 つっても途中で嫌になって放棄しかけたんだけどさ。 だからえーと…魔弾のりぐれっど?とか、黒獅子ラルゴとか、幼獣のアリエッタ?とかも一応知ってるよ。 物語の中の登場人物として、ルークの敵役として、だけど」

「りぐれっどじゃなくてリグレットね。 ふーん…じゃあ僕がレプリカっていうのも知ってるわけだ」

私の説明に訂正を入れた後、シンクは嫌な笑み、というかどこか自嘲的な笑みを浮かべる。

「一応知ってるといえば知ってるんだけど…まぁ、だからこそ余計に、かな」

「何が?」

「シンクは、ローレライの我侭に付き合わなくていいと思う」

そう言った私にシンクは何度目か解らない怪訝そうな瞳を向けてきて。
仮面が無いと彼はこんなにも表情豊かなんだなぁって、私は苦笑をすることしかできなかった。

「意味が解らないよ。 使えるなら使えばいい。 レプリカなんて、」

「ストップ!レプリカだからじゃないよ。 シンクは今まで、まぁ言い方は悪いけど利用されて生きてきた訳でしょ?」

言葉を遮られ、今度は不服そうな顔で私を見る。
その瞳はほの暗く、たった2年かそこらしか生きていない人間のするものではない。

「だから今度は君が、僕を、利用するんだろ? ローレライの"おかげ"でさ」

"おかげ"の部分に力を込める辺り、シンクの性格は捻じ曲がってる。
いや、私も人のことを言えた義理ではないが。

「人の話は最後まで聞けって。 だから、だよ。 今度は好きに生きても良いんじゃないってのを言いたいのよ、私は」

苦笑しながらそう言うと、シンクは何とも言えない顔になった。
というより、そんな答えが返ってくるとは思っても居なかったという感じだ。
私がそんなシンクをのんびり観察していると、少しだけ視線をさ迷わせてから此方を睨んできた。
何でだ。

「勝手に生み出して、蘇らせて、好きに生きろ? 馬鹿にしてるにも程があるよ」

…………確かに。
私はそう納得しかけて。

「……そんな生き方なんて、僕は知らない」

俯いた顔が伸びた髪に隠されて表情が見えないシンクが、そう小さく、弱々しく呟いたことに胸が締め付けられそうになった。




望みなどしなかった


前へ | 次へ
ALICE+