ガーデンフール02(14)



「い、言い訳! 言い訳させてください! 二つだけでいいので!」
「いいよ、聞いてあげる」

 遅まきながら状況を理解して慌てて主張すれば、ニヒルに笑う師団長の唇から奇妙なほどに優しげな声が聞こえた。
 それがたまらなく空恐ろしい。絶対に優しさが理由の譲歩ではないと解っていても、私は師団長の下で必死に頭の中をかき混ぜる。
 例え師団長の怒りからは逃れられなくても、最初から約束を破る意思があったわけではないということだけは伝えておきたかった。

「えっと……一つ目は、花が咲かせたまま花に飢えていたイオン様に近づいてしまいました。迂闊でした。ごめんなさい」
「馬鹿? 獲物が自ら魔物の口に飛び込むようなものじゃないか」
「ごもっともです……」

 一つ目の言い訳に対してぴしゃりと言われた言葉は思っていた通りきつかったが、ぐうの音も出ない程のド正論だった。
 神託の盾に所属していることと花生え同士の雑談で、メンタルが不安定な花食みは時に犯罪者となることがあるというのは私も耳にしている。
 導師イオンはメンタルが不安定になるとネガティブ極まって自罰的になるタイプのようだったから良かったが、これが周囲への加虐性として発露していたら私は今頃怪我をしていただろう。
 だから獲物が自ら魔物の口に飛び込むようなものという師団長の例えは決して大袈裟なものではなかった。

「……なんでわざわざそんな状態で近づいた。花を咲かせたままってことは、薄着で、且つ痛む身体を動かしたってことだろ」
「その、イオン様が……熱でふらふらしてて。支えなきゃって、つい」
「転がしておけばいいだろ。子供じゃあるまいし」
「相手は導師です、師団長」

 というか十四歳は世間一般では子供です、師団長。
 私達みたいな子供が働ける神託の盾や導師イオンが例外なのである。

「それで、二つ目は?」
「……直接食まれたのは、一輪だけです。あとは逃げて……残りは、摘んで食べてもらいました」
「ふうん……導師から逃げたんだ?」
「え? はい。師団長に約束したのは私ですから」
「……タッピングは」
「お断りしました」
「そう」

 スンと無表情になった師団長にドキドキする。これはときめき的な意味ではなく、純然たる恐怖である。
 師団長の黒手袋のされた指先が私の頬に触れた。何も言わなくなった師団長を恐る恐る伺うも、指先はゆっくりと頬のラインを撫でている。

「あの……ごめんなさい」
「それ、何の謝罪?」
「約束、私が言い出したのに……守れなかったので」
「……どこ」
「え?」
「導師が、直接食んだとこ」
「え、えっと。肩のあたり……」

 食まれたあたりを服の上から掌で押さえる。
 師団長の指先がするりと動いて、私のジャケットのボタンに手をかけた。

「師団長?」
「黙れ」

 黙れと言うが、人の服を勝手に剥いているのは師団長だ。
 慌てる私を置いてジャケットのボタンが外され、前を開かれ乱暴にずり下ろされる。
 むき出しになった肩に師団長の指先が触れるが、先ほどの乱雑な手つきとは真逆にその指先は丁寧に肌をなぞっていた。

「このあたり?」
「は、はい」

 肩の少し裏側、とでもいおうか。
 ギリギリ背中に届きそうなあたり。いつも私の花を食んでいる師団長だから、どこまで花が咲くのか私よりも把握しているのかもしれない。
 おおよそのあたりをぴたりと当てたかと思うと、手袋越しに肌に爪を立てられた。

「痛っ?!」

 剣闘士でもある師団長の手袋は普通のものよりも分厚く丈夫なものの筈だ。
 それなのにぎりりと食い込む爪に思わず声を上げるが、師団長は更に爪を食い込ませてくる。
 これは約束を破った罰なのだろうか。

「い、痛いです、しだんちょ……っ」
「うるさい、嘘つき」
「うっ」

 やっぱりこれは罰のようなものらしい。
 反射的に逃げ出しそうになる身体を何とか押しとどめて痛みに耐える。
 ぎりぎりと食い込む爪にぎゅっと目を瞑って耐え、離れていく瞬間を今か今かと待つ。

「……逃げろよ」
「へ?」
「逃げればいいだろ、導師から逃げたみたいにさ」
「えっと、なんで師団長から逃げるんですか?」

 そう問いかければ師団長の唇が僅かに開いて、食い込んでいた爪が離れていった。
 そのことに密かにホッとしつつ、師団長の仮面を見上げる。
 師団長はしばし私を見降ろしていたが、私の肩を掴んでいた手がジャケットに結ばれていたリボンをしゅるりと解いた。

「タッピング、断ったんだったか」
「え? あ、はい」

 疑問に答えてもらえないのにまた話題が戻る。師団長が何を考えているか、何を言いたいのか解らない。
 だから素直に答えれば、解かれたリボンが私の頭に巻かれて視界を塞いだ。
 リボンで視界を覆われるのは初めてではない。だから師団長が何をしようとしているのかは察せられた。けれど何故それを今するのかが解らない。
 からん、と師団長が外した仮面をローテーブルに投げる音がした。

「師団長? あの、今から??」
「そっちの約束は、守ったんだろ。なら……ご褒美をあげる」

 どこか拙く、それでいて稚い。けれど僅かに甘い声音に私が反応するよりも速く、私の唇は塞がれた。
 当然のように師団長の舌が唇を割り入って、私の舌と擦り合わされる。
 びくりと跳ねる私の身体に師団長の腕が回され、うなじを掴まれて逃げられなくなる。

「んっ、んん……っ」

 甘い。ご褒美だ。気持ちいい。
 咄嗟に師団長の背中に腕を回してしがみ付けば、ぢゅっと音を立てて舌先を吸われた。
 くらりと塞がれた視界が眩む。舌裏を舐められるとぞくぞくした感覚が込み上げてくる。

「は、しだん、ちょ。ふあ」

 約束を破ってしまった罪悪感ごと、頭の中が溶けていくようだった。
 体に巻き付く腕に力が込められると、息苦しさと同時にそれ以上の幸福感に眩暈を覚える。
 舌を絡めとられて私も強くしがみ付けば、唇に師団長の吐息がかかる。

「しだんちょ、もっと……」

 もっともっと欲しいのに離れていった唇が惜しくて浅ましくねだる。
 視界を塞がれているのがもどかしい。師団長の目が見たい。ほう、とかかる吐息に顔が間近にあることが解っても、今師団長がどんな顔をしているのか知りたかった。

「師団長じゃなくてさ、こんなときくらい……名前で呼んだら」
「……しんく? んっ」

 ぶっきらぼうな物言いに少しだけ考えて名前を呼べば、ご褒美だとでもいうようにまた唇が重なる。
 差し込まれた舌に私から吸い付けば師団長の身体がびくりと反応したのが解った。
 お返しとでも言うように強く舌を吸われて肌が戦慄く。甘くて気持ちがいいのに、同時に変な気分になりそうだった。

「しん、く。あ……んっ、ぁ」

 唇の隙間から零れる吐息に混ぜて名前を呼べば、痛いくらいに抱きしめられる。
 怖いくらいに幸せだ。駄目だ、こんなの。シンクのこと好きになってしまう。

「シンク、もっと……っ」

 唇が離れる。首筋に口づけられる。
 気持ちがいい。頭がふわふわする。

「次、約束破ったら許さないから」
「んっ」

 小さな、小さな小さな声で釘を刺されて、返事をする前にまた唇がふさがれる。
 だから何度も頷くことで答えれば、またきつくきつく抱きしめられた。

 言葉にされない感情をぶつけられながら、思う。
 これが本当に、花生えを独占したがる花食みの本能でしかないというのか。
 シンクは本当に、私のことを何とも思ってないんだろうか。

 シンクのことを知りたいと、もっと近づきたいって思うのは、私だけなのかなあ。


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